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千里を歌う者  作者: 友野久遠
王族放浪記
33/96

5、スキップで夜を駆けよう

 ピカーノの剣は、一般的な物よりひと回り大きい。

 自分の体格に合わせて、大ぶりの物を特注しているのだ。

 その剣を無造作にぶら下げて、彼は白木の扉の外にその大きな体を押し出した。

 「亭主。 裏口を開けてくれ」

 気配りの男キャドランニが、脱出口を確保すべく厨房へ移動する。


 フライオの脳内は、逃げる算段を求めて忙しく働き始めた。

 表に馬車を停めて、中で「砂漠のマルタ」ことマルタ・キュビレットが待機してはいるが、この人数が全員乗り込むのは無理だ。 山賊たちには、来た時と同じに馬で逃げて貰うしかない。

 しかし、眠り込んでしまったロンギースから、イリスモントだけを引っぺがして逃がし、あんたらは勝手に逃げろと言ったら、盗賊どもの反感を買うに決まっている。 第一、物であれ人であれ、この巨漢の首領の懐から盗み出すなどと言うことが、そもそも可能であるのか。


 (全員だ。 全員で動いて煙に巻く。

  同時に人を動かすもの、魔導師ができないこと。

  ‥‥つまりは竜神様の領域(なわばり)のもの‥‥)


 フライオは荷袋から愛用のヴァリネラを取り出した。 ベルトで首から吊るして安定させる。

 それから、首領の腕の中でまだもがいていたイリスモントの耳元で、何事か囁いた。


 「おい大将、起きろ!」

 フライオはやにわにロンギースの椅子を蹴飛ばして叫んだ。 同時にヴァリネラをかき鳴らす。

 「商談成立のお祝いだ。

  共和国のために、踊ろうぜ!!」

 ロンギースの巨体を支えてすでに悲鳴を上げんばかりだった小さな椅子は、フライオの一撃であっけなく潰れてしまった。 ロンギースが、テーブルを巻き添えにその場に尻餅をつく。

 目を白黒させるロンギースの腕の中からやっと脱出したイリスモントは、首領の腕を取って笑いかけた。

 「さあ、立って1曲踊ってくれ。 みんなでお祝いをしよう!!」



 「白木扉亭」のドアの前は、三本のカンテラが下がっていて、温かみのある明るさになっているが、その前の通りには、時間相応の暗がりが広がっていた。

 石畳に落ちた影と同じ色の服を着た人影が、ドアの前で足を止めた。

 中年の魔導師の両眼が、フードの陰ですうっと細くなる。


 「すんません。 本日、ここは貸切になっておりましてね」

 扉の前でピカーノが、人なつこく笑った。

 魔導師は言葉を発さなかった。 もともと彼らは、他人と会話するのを忌む習慣がある。

 黙って中へ押し入ろうとする魔導師の肩を、ピカーノの大きな手が摑んだ。

 「どなたに御用かね。

  こっちは一般人なんだから、あんたらの『手のひら語』はわからない。 ちょっとは声を出したらどうだね。 たまには出さないと、出し方を忘れたりするんじゃないのかね」

 魔導師は黙ったまま、ピカーノの顔を見上げた。


 次の瞬間、白木の扉が吹っ飛んだ。

 ピカーノの巨体は扉を突き破り、入口に近いテーブルで一度バウンドしてから、食堂の床に投げ出された。


 入口を粉砕して飛び込んで来た仲間の姿を、中にいた全員が見た。

 しかし、誰一人そのことで騒ぎ出したりしなかった。

 すでにそこは、狂ったような大騒ぎの中心だったからである。


 ヴァリネラの軽快なリズムに、全員が手拍子をして笑い転げていた。

 蹴倒した椅子やテーブルを隅に寄せ、広い空間が出来ている。

 そこで踊り回っているのは、王太子イリスモントと酔いどれロンギース。 体の大きさの極端に違うふたりが、よろけながらステップを踏むのが面白くて、一同が腹を抱えて大騒ぎをしているのだ。

 さっきまで難しい顔をして野次を飛ばしていた盗賊どもも、げらげら笑いながら乾杯を繰り返している。


 一番文句を言いそうなキャドランニは、一番意外な行動を取っていた。

 歌人の演奏に参加していたのだ。

 彼は盛り付け用の大きなフォークとスプーンを両手に持って椅子に陣取り、テーブルと皿を叩きながら足や肘で拍子を取って、実に巧みなパーカッションを展開していた。

 プロ並みとも言えるこの技術に、フライオも目を見張った。


 この予想外のセッションが、一同の遊び心に火を点けた。

 首領に引き続いて、手下どもが次々と立ち上がって踊り始める。

 大声で叫ぶ者。

 皿を叩く者。

 踊り狂って互いに体をぶつけ合う者。

 イリスモントは、踊りながら笑いの発作に苦しんでいた。

 「ああ、この歌人(カナルー)と来たら、どうしてこう何でもかんでもお祭騒ぎにしてしまうのだろうな!」

 「クソ歌人だからさ!

  畜生、心臓が裏返りそうだ!!」

 ロンギースも文句を言うわりに笑いが抑えられず、涙を浮かべて息を弾ませている。



 破砕したドアから入ってきた魔導師は、この乱痴気騒ぎに唖然として、人形のように突っ立っていた。 口を開け放したまま、数瞬。

 ハッと気付いて大声を出した。

 「イリスモント殿下!!

  国王陛下のご命令ですぞ。 お城へお戻りいただこう!!」

 王太子がパートナーの顔を見上げた。

 「首領よ。 “牙”的にはこういう時、なんと返答するのだ?」

 「『おととい来やがれ』だな」

 と、ロンギース。


 「では皆の衆。 『おととい来やがれ!』さん、はい!」

 「おととい来やがれ、くそったれ!!」

 全員が唱和して笑い崩れた。


 魔導師の顔が、怒りで赤く染まった。

 その唇から、低い声で呪文が流れ始めた。

 高くかざした右手の中で、うす青い光が灯っている。

 「はあッ!!」

 掌を振り下ろすと、無数の光が空を切って飛んだ。

 魔法の発動である。


 しかし、悲鳴を上げたのは1名だけだった。

 入口近くでへたりこんでいたピカーノである。

 彼の全身には、細い蛇のようなものが何本も巻きついて、その巨体を拘束していた。 よく見るとそれはただの短い縄であったが、まるで生き物のように動いて、大きな体に絡みつく。


 「おーい、誰か助けてやれ。

  リズムに乗れないとやられるんだ、 みんな気をつけろよ!」

 フライオは楽器を弾く手を休めずに言った。


 魔導師は愕然とした。

 部屋中に放ったはずの魔法が、ほとんど効き目なく通過してしまっている。

 「くそッ、竜の手先め」

 吐き捨てると、両手を合わせて揉みしだいた。

 すると手の中から、大き目の紙ふぶきのような白い物があふれ出し、生き物のように宙を舞い始めた。 やがてそれらは白い鳥の群れになって、壊れた扉から我先に外に飛び出して行った。


 「仲間を呼んでるぞ!!」

 キャドランニが叫んだ。

 「それではそろそろ退却だ。 全員厨房へ退散退散!!」

 イリスモントが指令を出すと、一同が楽しげに従った。

 フライオのヴァリネラがリズムを変えて、歩調に合わせたストロークを刻む。

 「走るな! 走るな! スキップ! スキップ!!」

 「わはははは、こら止せ!」

 「スキップ!スキップ!」

 王太子がよろめくロンギースの手を取って、無理矢理スキップに引きずり込む。


 「遅れると、捕まるぞ。

  ほれ、笑って! リズム、取って!

  続け!続け!!」

 「ほうい! ほうい!」

 ひげの生えた盗賊たちが、子供のように飛び跳ねながら裏口に向かって行く。

 キャドランニはピカーノに肩を貸して、最後尾についた。

 「ほれ、ピカーノ、ちゃんとスキップしろ。

  下手だなお前は! 真面目にやれよ、私までやられるだろう!

  ほい、ラッタ、ラッタ、ラッタ」

 「ぜ、全員変態だな‥‥」

 「同感だ! ラッタ、ラッタ、ラッタ!」



 外に出ても、フライオは演奏をやめなかった。

 馬車の後ろの出っ張りに腰を降ろし、大声で叫んだ。

 「ロン、馬で先頭を走ってくれ!

  リズム、崩すなよ。 馬はダク足!

  歌える者は、歌って行こう。 追っ手が魔法で捜索してるからな!」

 馬をスキップと同じ歩調で走らせ、一行は酔いに任せて歌いながら、暗い夜の道をひた走る。

 ずっと笑い続けて、頬の肉がどうかなりそうである。


 こうして、夜明け近く。

 全員の咽喉が枯れ、腹の筋肉がおかしくなったころ。

 一行はようやく、“牙”の隠れ家である山の中の小屋までたどり着いたのであった。


 到着した途端、ロンギースは大きないびきと共に馬から転げ落ちた。

 あれだけの運動量にも関わらず、彼の体はまだ、あのわずかなアルコールを分解できずにいたのである。

 彼がこの晩、上機嫌でいたのも、フライオに対する憎しみを一時的に棚上げしていたのも、酒の女神の恩恵であった。

 次の朝、すっかり昨晩の記憶を失ったロンギースが、抜き身を引っさげてフライオを追い掛け回したのは言うまでもない。

 前の晩に一緒に飲んだ手下たちがなだめてくれて、歌人は命拾いしたのだった。


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