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千里を歌う者  作者: 友野久遠
王族放浪記
31/96

3、語るならば明日の夢を

 底抜けルーラが寝室に使っている小部屋は、蝋燭が消されて真っ暗だった。

 フライオはノックもせずに扉を開くと、夕食の皿を下げてやりながら、ベッドのほうに声をかけた。

 「ルーラ、行って来るぜ。

  何もしなくていいから、ゆっくり休んでてくれ」

 

 ベッドの中から顔を出したルーラは、闇に慣れた目を凝らして歌人の顔を見やった。

 だるそうに身じろぎする仕草に、これまでの疲れがにじみ出ている。 今朝、張り切って朝食を作ろうとして台所に出て来て、そのまま床に座り込んでしまい、日が暮れる今時分までベッドで過ごしてしまったのだった。


 「手伝えなくてごめんなさい。 支度は出来たの?

  コーンチップは誰が揚げてくれたの?」

 「ピカーノがやったよ。(やっこ)さん、料理が得意なんだってさ」

 「ピカーノって、夕べ来たあのマッチョの人?」

 「そう。 軍隊で料理番だったらしい。

  器用な男で、夕べは針仕事までやってくれた。

  熊がレース編みしてるみたいでものすごく不気味だった」

 フライオの言い草に、ルーラはくすくす笑った。


 ピカーノは昨晩遅く、キャドランニがこのグランピーノ邸に連れて来た男で、もと親衛隊仲間だ。

 フライオも彼のことはしっかりと覚えていた。 以前、魔導師に襲われた時、大槌で馬車の車軸を壊して助けてくれた大男だったのである。

 このピカーノに、ルーラが寝込んだあとの家事を任せ、フライオとイリスモントとキャドランニは今後の方針を話し合い、ロンギースとの会見の準備をしたのだった。


 「フライオ、聞きたいことがあるの」

 部屋を出て行きかけた歌人を、ルーラが呼び止めた。

 (来たな)

 フライオが内心で身構えたのは、てっきりイリスモントとの仲を問い質されるものと思ったからだった。 が、ルーラが口にしたのは、別のもっと深刻なことだった。


 「ホントに魔導師と戦うつもりなの?」

 質問ではなかった。 そんなことはやめて欲しいと暗に言っているのだ。

 フライオは肩をそびやかした。

 「俺たちがやりたいわけじゃねえ。 向こうが攻める気満々なんだ。

  わざわざ王家の竜族狩りを国民に曝露して民衆を煽ったくせに、今度は自分たちが大っぴらに竜の子孫を狩りに回ってやがる。 反抗しろって言ってる様なもんだ」

 

 「そうよ、煽ってるの。 それは向こうに勝算があるからなのよ。

  その挑発に、わざわざ乗っかるつもりなの?」

 「乗らねえと向こうから仕掛けて来るさ。 それから動いたんじゃ、分散したままやられちまう。 剣を取るかどうかは置いとくとしても、早めにまとまっておいたほうがいいのさ」

 「だからって、盗賊なんか信用できる?」

 「エルディガンを考えろよ! 正規軍があのざまだ、他に誰を信用したらいい?

  少なくとも、旗色を金で計算するヤツとわかってるだけ、ロンは先が読みやすい。

  君主が倒れた国内じゃ、“牙”は俺の知る限りで一番しっかりした武装集団なんだ」

 「人買い集団よ?

  あなたやモニーを、外国に売り飛ばしてしまわないって保障はあるの?」

 

 歌人は能天気な笑い声を上げた。

 「ルーラ、あの世とこの世はつながってねえが、この国と外国はつながってんだぜ。

  そうなったらなったで、売られた先で仲間を募って頑張りゃいい。 殺されるよりずっとまともさ!」

 「魔導師は人を殺さないわ! 奪うのよ!」

 ルーラはいきなり大声で叫んだ。

 それからはっと口を押さえ、闇の中で体を震わせた。

 

 「殺すんじゃなくて、取り込むの、人の魂を。

  その人の持つ気力や勢いまで吸い込んで空っぽにしてしまう。

  あたしは見たもの! 心を吸い取られてがらんどうになったここの私兵たちが、その手で何をしたか。

  彼らは旦那様と奥様を、さも守るようなふりをして馬車に乗せて、そのまま川へ‥‥」


 震えながら黙り込んでしまったルーラの肩を、フライオはそっと抱いてやった。

 「可哀想に、怖い目に会っちまったな」 

 ゆっくりと頭を撫で、薄くなった背中と腰のラインを掌でなぞる。 ついでにもっと下の際どい部分にも、ちょっと挨拶をしてやる。

 「早く元気になれよ。 待ってるからな」

 「もう!‥‥ばか」

 ルーラの掌が、パシンと歌人の頭を叩いた。




 「白木扉亭」のドアをゆっくりと開けて、盗賊たちが入って来た。

 ロンギースを先頭に、ション・シアゴを含めた7人ばかりの手下が供をしている。 経理士がひとりで来て、アジトに連れて行かれるものと思っていたフライオは、完全にあてを外された。

 フライオがテーブル席から立ち上がると、向かいの席でピカーノも慌てて尻を浮かせた。 巨体に隠れて、歌人の体はほとんどドア側からは見えなくなってしまう。


 「どけ、チビ」

 近づくなり、ロンギースが言った相手は、なんと巨漢のピカーノだった。 この首領の体躯の見事さは、狭い食堂の中では圧巻であり、比較するとさしものピカーノも小柄に見える。 キモを潰した他の客が、あっという間に出て行ってしまい、店は貸しきり状態になった。

 「聞いたか、フライオ。 チビと言ったぞ、チビだと!!

  生まれて初めて呼ばれたよ。 オヤジやお袋にも聞かせてやりたかったねえ!」

 ピカーノは的外れなことを喜んで、いそいそと席替えをした。


 全員が席に納まったのを見て、まず挨拶をしかけたフライオを、ロンギースが掌で押し留めた。

 「ナアナアはやめようぜ。 乾杯もお断りだ。

  さっさと共和国とやらの話をしろ」

 「気の短い男だな」

 フライオはあきれながら、店の奥へ声をかけた。

 「イーノ! 頼むよ」

 勝手口からの通路を通って、ふたりの人物が現れた。

 ひとり目は平服の、イーノ・キャドランニである。

 「あッ! きさま!」

 小男のション・シアゴが、甲高い声で叫んだ。


 キャドランニの後ろから歩いてきたのは、薄いベールで顔を隠した若い女だった。 ベールと同じ若草色の、上品なドレスを優雅に着こなした女は、ゆっくりとテーブルに歩み寄ってきた。

 

 そして‥‥いきなり転んだ。


 「で、殿下!!」

 キャドランニが大慌てで女を助け起こす。

 「やはりこれは、無用な演出だったのではないか?」

 脱げてしまったベールを床に投げ捨てながら、王太子イリスモントは真顔でぼやいた。 髪を結い、きちんと化粧をした顔は美しい女のもので、それだけに男言葉は異様な印象である。

 「特にこの竹馬のような靴が無意味だ。 馬車からいつもの皮の靴を持って来てくれ」

 ドレスとお揃いのハイヒールをキャドランニに押し付け、裸足で立ち上がったイリスモントを見て、フライオは前途多難の頭痛を感じた。


 「首領ロンギース、お初にお目にかかる。

  私が誰だかわかるかな」

 「さっぱりわからんね!」

 ロンギースは太い咽喉の奥で、猛獣が唸るような笑い声を立てた。

 「1ヶ月も前なら判ったろうがな。

  今じゃ身分もわからんし、その可愛い股ぐらにどっちのお道具をお持ちかさえもわからんのだろ」

 盗賊たちが一斉に下品な笑い声を立てた。

 ところがここで一番大声で笑ったのは、当のイリスモントであった。

 透明で悪びれない高らかな笑い声に、盗賊たちはびっくりして黙り込んだ。


 「なんと愉快な男だろうな!

  “牙”の首領は怖い怖いとみんなが言うので、問答無用で縛られでもするかと思っていたが、楽しい人物で話もわかりそうだ。 安心したぞ」

 屈託なく手を伸ばして握手を求める。

 「よろしく。 私はオギア3世の第1子、イリスモントだ。

  先月、国民にも発表したとおり、男として登録されておったが、実は女だ。 股間の物は残念ながらお見せできないが、まあせめてこの腕くらい鑑賞してくれ」


 そう言うなり彼女は、繊細なレースの付いた袖を、肩の辺りまで捲り上げて見せた。

 息を飲むような白さの、滑らかな肌を持つ二の腕が現れた。 少しばかり筋肉は付いていたが、なるほど男のものとは到底思えなかった。

 

 この型破りな挨拶に、盗賊どもはただポカンとしていたが、さすがに首領ロンギースは一歩も引かず、ぐいと自分の袖をまくった。

 むき出しになったイリスモントの白い腕の横に、首領の毛むくじゃらの太い腕が並ぶ。

 「色っぽい腕だ。 いい女だぜ」

 「ありがとう。 そちらも、男らしい筋肉でグッと来る」

 「はははは」

 首領はイリスモントの肩を抱いて、自分の横に座らせた。


 「おいおいおい‥‥」

 馬車から靴を取って戻ったキャドランニが眉をひそめる。

 制止しようとする服の裾を、フライオが引っ張った。

 「なにやってんだ? イーノ。

  お前さんもさっさと席に座んな」

 「し、しかしあれではまるで安酒場の女給のような扱い‥‥」

 「ああ、うるせえな。 心配いらねえ。

  モニーはちゃんと空気が読めるんだよ。

  見ろ、お前さんが一番浮いてるじゃねえか」

 ひとりだけ席に着かないキャドランニに、全員の視線が集中していたのだった。


 「私の望みは、ささやかなものだ。

  城内に幽閉されている母と妻とに、安住の地を贈ってやりたい。

  そして自分も含めた一握りの愛しい人たちと、一緒に幸せに暮らしたい。

  これは私でなくとも、国民、いや、人間ならば誰もが同じ思いをもっておるものと思うが、盗賊殿に異論はあるか?」

 「俺にはねえな」

 ロンギースが即答した。

 「ワルはワルだが、きちんと食える暮らしをして来たからな。

  だが、仲間のうちじゃ、貧乏で子供を飢え死にさせたり、親の手で奴隷に売られて、そこから這い戻って来たヤツだっているんだ。 たらふく食ってた王族なんかに、みんながみんな同情はしねえ。

  城を奪還するとかなんとか、くだらん夢物語を始めやがるなら、さっさと帰ってもらおうか」

 盗賊どもがてんでにうなずいて、不満げな声を漏らした。


 「食うには困らなかったが、秘密を守るために側近や乳母や知人を殺され遠ざけられ、母親には抱いて貰うことも叶わず、同性と結婚させられ父親を殺された。

  うらやましいなら、いつでも代わって差し上げる!」

 強い口調で、王太子が言い放った。

 冷水を浴びたように全員が飛び上がるほど強い語調だった。


 しかし、すぐに柔らかい表情になって、イリスモントは首領に語りかけた。

 「だが、今ここでしたいのは、お互いの不幸を自慢しあったり慰めあったり、増してやいがみ合うことではない。

  私は未来の話がしたいのだ、ロンギース。

  城など奪還せずともよい。

  ‥‥そなたの共和国を、造りたくはないか?」 

 

 

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