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千里を歌う者  作者: 友野久遠
竜使い誕生
24/96

2、起死回生

 ついに堕ちるところまで堕ちるか、と言う気がした。

 女で失敗して左遷され、更にそこでの任務をしくじって人買いに売られ、敵将の遺族に葬られる。

 フライオが見たら嘆くだろう。


 「ラヤだったらどうするかな。

  こういう時‥‥やはり、歌うかな」

 そういえば子供時代、戦争ごっこで捕虜になると、フライオは大声で自作の歌を歌っていた。

 「()かれ者の歌」という題で、つまりそれが、小さな歌人の処女作と言うわけだった。


 ♪曳かれ者でも 心は覇王

  悪魔に夢を売りはせぬ

  木っ端役人 なにするものぞ

  俺の(かばね)は またがせぬ


  俺の自慢の 大だんびらは

  刃渡り100と 1・4・8

  てめえなんぞは 刀のサビだ

  (つい)の星まで 吹っ飛ばす


 「この『刃渡り』の数字のところに暗号を入れるんだよ。

  そうしたら仲間が集まって、その時間や場所に助けに来るんだ‥‥」

 くすくすと秘密めかして囁いたラヤの声が、今でも耳に残っていた。



 突然、パチパチと拍手をされて、ギリオンは仰天した。

 小屋の入口にひっそりと立っていた女が、笑いながらランプを中に引き込んだ。

 ロンギースの妹が、今度はひとりで戻って来たのだ。

 「武人のクセに、いい声で歌うじゃないか。 ええ?

  歌も面白い。 そっちの才能は家系なのかね?」

 言いながらゆっくり近寄ってくる。


 「なんで戻って来た?」

 「小便がしたいと言ったじゃないか。

  まあ深桶(バントゥク)くらい渡してやってもバチは当たらないかと思ってね」

 「そっちの水筒は?」

 「水だよ。 あたしのおごりだ、ロンには内緒にしとくれよ」

 「ありがたい」

 

 女は水筒の蓋を取り、中の水をギリオンに飲ませてくれた。

 冷たい液体で渇いた咽喉を潤すと、胸の中の悲壮感が少しばかり軽減したような気がした。

 「深桶の方も手伝ってくれるのか?」

 冗談半分に言うと、女はオーウと咽喉の奥で叫んで赤くなった。

 「そっちは勘弁しとくれよ、こう見えても若い娘なんだからさ」

 「ではどうするんだ? このままじゃ魔法でも使わない限り、深桶に排泄はできん。

  せめて片手だけでもほどいてくれ」

 「そりゃダメだ、怒られちまうよ。

  あとで誰か寄越すから、ちょっと我慢してな」

 女は水筒を片付け、訳ありげに笑ってギリオンに顔を寄せた。


 「あんたに相談があって来たんだ、悪い話じゃないよ。

  ちょっと難しいかと思ってたけど、あれだけ歌が歌えるなら、なんとかなるかも知れないね」

 「何の話だ?」

 「あんた、オーチャイスの生まれだろ?

  竜使いなんかいないって、兄貴に言ったそうだけどホントかい?」

 「‥‥本当だ」

 竜の話は、誰にもするつもりのないギリオンだった。


 「その話をね。 『実は竜使いは俺だ』って話に変える気があるんなら、あんたの部下は全員助けてやるよ」

 囚人に向かって、女がにっと笑う。

 「竜使いに‥‥なりすますのか?」

 「まあ早い話、その方が金になるのさ。

  あんたの部下をまとめて売ッ払っちまうよりも、ずーっといい金にね」

 「そいつは信用問題にならないか?」

 「信用とおいでなすったね! そんなものを気にするやつが、野盗から物を買うもんかね!」

 女は手を叩いて面白がった。

 

 竜使いを欲しがる者がいるとしたら、戦に勝ちたい征服者だろう。

 しかし覇王は総じてプライドが高い。

 国家転覆を計るテロリストは予算に困る。

 貴族や王族で、ある程度財力があり、しかも兵力不足か運用に不安がある者。 竜を欲しがるのはそういう者だ。

 

 国家に当てはめると、ガチガチの現実主義であるモンテロスでは、伝説自体が信じられまいし、商人ギルドが全てを決定するオスラッドも戦争の兆しはない。

 ギリオンの故国カラリアでは、無論、竜使いを探しているだろうが、顔を知られているギリオンでは替え玉にならぬから、これも除外。

 そうなると、残るは国内を平定して10年目のセイデロス国王あたりが、依頼の発信者ではないかと思われる。


 「さっさと返事おしよ、考え込むことがあるかね?

  あんたが生き残る道はどうせ他に残ってないんだよ。

  モンテロスで敵の遺族に嬲り殺されるより悪いことがあるってのかい?」

 女は焦れて返事を迫った。

 「違いない」

 ギリオンも認めざるをえなかった。

 「部下達は助けて貰えるんだな?」

 「それは約束するよ。

  ただし、あんたのことがバレずに、人買いが金を払ったらの話だ。

  悪いがみんなして、国境近くまでは連れて行くしかないよ。

  途中でひとりでも逃げ出したら、話はおじゃんだ。

  受け取った金と引き換えに解放してやるよ」

 

 ギリオン・エルヴァはしばらく黙り込んでから、おもむろに首を縦に振った.

 「部下達と話をさせて欲しい。

  出来れば、成りすました歌人のサクラもやってもらおう。

  私の副官を呼んでくれ。 黒髪に黒い目の、ヴィスカンタという男だ。

  それと、ユナイという少年兵がいたはずだが、彼が無事でいるなら話がしたい」

 「あんたの部下は全員生きてるよ。

  あとで連れて来るとして、他に何を準備すればいいかね?」

 「この軍装ではそれらしくない。

  旅の芸人に見える服装をさせてくれ」

 「それはいいけど、楽器は何かできるのかい?」

 「ヴァリネラが少し弾けるが、人前で()れるレベルではないな」


 幼い日に遊びで弾いた程度の技術では、いかにも嘘くさい。

 人間を吟味し慣れた人買いをだますのなら、かえって裏を掻いた方がいいと思われた。


 「楽器は古いヴァリネラを一本用意して、それに赤い弦を張ってくれ」

 ギリオンの提案に、女は目を丸くした。

 「赤い弦なんてどこに売ってるんだい?」

 「普通の弦を、染め粉で色付けしてくれればいい。 血のような赤だぞ。

  それは竜のたてがみだということにして、私でなく買い手に渡すんだ。

  絶対に私に手渡すなと、しつこいくらい念を押せ」

 「なるほどねえ」

 女はしきりに感心し、何度もうなずいて見せた。

 「わかったよ。面白いじゃないか。

  あんたの言うとおり試してみよう」

 快く囚人の要求を呑む女の度量の深さに、ギリオンは感謝した。


 「礼が言いたいんだが、名前を教えてくれないか」

 真顔でそう声をかけると、立ち去りかけた女が振り返り、柄にもなく照れたように笑った。

 「あたしはルシャンダだよ。

  ロンが集めてくる獲物をさばくのがあたしの役目だ。 これでも分業制なのさ」

 「ありがとう、ルシャンダ。 話のわかる責任者がいて助かった」

 女大将はまぶしそうに目を細めて微笑んだ。 決して可憐な顔立ちではなかったが、素朴で愛嬌のある表情になった。

 「ギリオン・エルヴァ、あたしはあんたが気に入ったよ。

  こっちに生まれて来ていれば、いい盗賊にしてやったのにねえ」

 「矛盾した盗賊だな」

 ギリオンは苦笑して、女を見送った。


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