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千里を歌う者  作者: 友野久遠
女難の記
19/96

4、魔導師の反乱

 城門前広場で、いくつもの悲鳴が上がった。

 快晴だった空がにわかに曇り、強風と共に押し寄せた黒雲から、数本の稲妻がほとばしったのだ。

 まぶしい閃光に閉じた目を、人々がこじ開けると、そこに数人の黒マントの老人が立っていた。

 「魔、魔導師だ」

 「城づとめの人間じゃないぞ」

 「どこから飛んで来たんだ‥‥」

 騒ぎ出す民衆の頭上に、更に雷鳴が降り注ぐ。

 稲妻は何度も何度も広場を襲い、雷鳴と共に黒い人影も増えて行った。



 「な、何が始まるんだ?」

 広場の音楽は途絶え、祭りを楽しんでいた人々の誰もが動きを止め、この威圧的な集団の動向を見守った。

 魔導師たちは、城門前広場の出口近くに集まり、最後のひとりを待ってから動き出した。

 彼らはゆっくりと、広場の民衆を振り返った。


 「お集まりの諸君、祭りをお楽しみかね?」

 黒尽くめの先頭にいた大柄な魔導師が、地を震わすような大声で問いかけた。 この男の髪は雪のように白く、フードの裾からこぼれ落ちるほど長かった。

 「わがカラリア王国は、国王陛下のご威光のお陰をもち、かくも平和である。誠に喜ばしいことだ!

  この事実に異論のあるお方はおられるかな?」

 ほっとしたような笑いが、人々の口から漏れた。

 なんだ、祭りのハッパ掛けに現れたのかと、拍手を仕掛ける者もあった。

 

 「だが本当に我々は幸福であるか?」

 魔導師の言葉に、皮肉めいた響きが加わった。

 「娘を失った母親が、今年に入って何人おられるか。

  城門近くで行方をくらました若い娘の噂を聞いたことのない方がおられましょうか?」

 白髪の魔導師が杖を振るうと、人々の前に、白く輝く幻影が現れた。

 愛らしい少女の姿を映し出した、幻だった。

 少女は微笑み、笑い崩れ、恥じらい、生き生きとした姿を民衆に見せて消えた。

 色鮮やかな魔術に目を奪われる人々の前に、少女たちの幻影が次々に映し出された。

 

 不意に悲鳴に近い叫び声が起こった。

 「タミーナ! ああッ、タミー!」

 ひとりの婦人が幻影の少女に駆け寄って、泣き叫び始めたのである。

 「この子は、この子はうちの娘です!

  2年前に姿を消したタミーナです!

  魔導師さま、この子はどうなったのですか? 一体今、どこにいるのでしょうか? 教えてくださいまし!」

 幻影は次から次へと別の少女を映し出し、広場の人々の中から、その少女を知っていると騒ぐ者が大声を上げた。 祭の浮かれた空気はもはや存在しなかった。

 

 「この少女たちの運命が知りたいか」

 白髪の魔導師が問うた。

 どおっと大きなどよめきが人の波を揺るがし、その声に拍手が混じった。



 「国王陛下に申し上げます!

  あっ、お、王太子殿下!

  申し訳ありません、緊急の用件にて失礼致します!」

 近衛の歩兵隊の制服を着た青年が、小間使いの制止をふりほどいて廊下を走ってやってきた。 途中で王太子の顔を見るや、一瞬立ちすくんだが、結局野次馬の肩を掻き分けて、部屋へ入って来る。

 「何事だ、フェドール」

 王太子イリスモントが士官の名を呼んだので、一同ははっとした。

 王太子殿下は近衛の隊員と仲が良く、王宮警備に就いた事のある士官全員のファーストネームをお呼びになる、という近衛隊員たちの自慢話が、ここで実証されたからだ。

 士官フェドールは、王太子の前に駆け寄って報告した。

 「暴動です! 城門前広場で民衆が暴動を起こし城内へ雪崩れ込む勢いです」

 「なんだと」

 執務室と回廊に緊張が走った。


 「広場の祭の観衆が、暴徒と化したということか?」

 「そ、それが殿下、突然現れた魔導師の一団が、民衆の前で何やら演説をやってあおったということなのです。 王家を中傷するアジテーションも行った模様で、暴徒どもは国王陛下にご説明頂きたいと叫びながら、城門に殺到しております」

 「魔導師だと」

 王太子の顔に血の色が昇った。

 「なんのつもりか、ストーツ!」

 目の前の魔導師を怒鳴りつけた。

 「はて、何をお怒りですかな」

 「魔道省はそなたの管轄だ」

 「ですから、もちろん私の命令で皆が動いております。 この先は魔導師だけではなく、国中がそのように変わることでありましょうな。

  殿下もそのようになさいますように、今後は肝にお命じ下さいませよ」

 ストーツ大臣はすまして言い放った。


 「ぶ、無礼者!

  王族に向かってなんという口のききよう‥‥」

 キャドランニが気色ばんで詰め寄った。

 「さて、王族とは今この瞬間、一体誰を指して言う言葉になったのでしょうかな」

 涼しい顔のストーツ魔道省大臣を睨んで、親衛隊の面々がゆっくりと刀に手をかけた。


 その時、ドオッというどよめきが王城を揺さぶった。

 「暴徒が城門を破りました!」

 悲鳴に近い衛兵の声が、回廊に響き渡る。

 「フライオ!」

 王太子の華奢な指が、強い力で歌人の腕をつかんだ。

 「お前に頼みたい。

  ここだ、ここで、竜を呼び寄せて欲しいのだ。

  お前の歌で暴徒を抑え、竜の力で魔導師どもを蹴散らしてくれ。

  さすれば国民は、王家が神と共にあることを、一瞬で納得するだろう!

  報酬は思いのままだ、頼む、歌人よ」

 言葉とは裏腹な怯えと動揺が、握り締めた指先からフライオの腕に伝わって来た。

 (‥‥ここで女を使いやがるか、この人は)

 フライオはついに我慢できなくなった。


 「ふざけるんじゃねえ!」

 歌人の咽喉から出た豊かな声量に、室内の人々が飛び上がった。

 「王子さま、あんたは勘違いしてるぞ。

  魔導師は敵じゃねえ、あんたの国民だろうが?

  竜が発動した時の惨状を知りながらそんなことを言うなら、あんたにゃはなっから国王の資格なんてねえや。

  人を抑えつけて言うことをきかせといて、反抗するやつは皆殺しか。 竜の威光を借りてそうして王座を守ろうってんなら、簒奪者だかなんだか知らねえが、こっちの黒尽くめのオッサンの方がまだましな国王になるんじゃねえかと思うね!」


 「こいつ」

 親衛隊が、一斉に刀を抜いた。

 「殿下に向かってなんという暴言か」

 キャドランニが気色ばむ。

 「悪いかよ。 今日の夕方までは、祭の期間中だから無礼講だろうがよ」

 「このフーテンめが!」

 「よせ」

 王太子が、静かだが凛とした声で制止した。

 「歌人の言うことは正しい。 私が間違っていた。

  王者の牙は、国を害する外敵に向けるためにこそある。

  いかに魔導師が、旧ヤロールの残党に連なるものであったにしても、現在はわが国の一端を担う重鎮であったな。 忘れるところであった。

  私に出来ることは、国民に納得行く説明をして、一日も早く国内の不安を収めることだな。

  ‥‥バルコニーに出る。 誰か準備を!」

 「は、はい!!」

 あちこちから、複数の声が答えた。 室内だけではなく、回廊からも返答があり、衛兵や小間使いが走り出した。

 名指しもされないのに、皆が自分から動いて王太子の服装を整えたり、バルコニーの準備をしたり、安全のための人員配備に奔走したり、それぞれで努力を始めたのだった。

 ストーツ大臣は、当てが外れたようにその場に立ち尽くしていた。


 正装した王太子を見て、小間使いたちがほうっとため息を漏らした。

 「ご立派でいらっしゃいます、殿下」

 フライオもにやりと笑って、王太子の前に進み出た。

 「やっとあんたらしくなって嬉しいね。

  あんた自身を元気付けるための歌なら、100曲でも歌ってやるよ」

 そう言うと、歌人はヴァリネラを抱えてゆっくりと歌い始めた。


  鋼の意志と 肉を持ち

  黄金の誇り 剣にかざす

  我こそは 夜空の大帝

  湧きたる大地の君主なり


 「大帝の歌」である。

 雄大な歌声が人々を圧倒した。

 王太子はゆるりと微笑んでひとつうなずくと、バルコニーに向かって歩き始めた。

 城内の家臣たちは、その姿に敬意をこめて一礼した。


申し訳ありません。金曜日に更新できず、遅くなってしまいました。

恋愛モードを入れようとしているのですが、王宮を出られないのでなかなか思うように入りません。退屈だろうなあ、この展開(泣)

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