表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千里を歌う者  作者: 友野久遠
街道の英雄
13/96

6、深夜の戦闘

 ♪さわると肌が崩れて痛い

  秋桃(ネカ)の実みたいな王子さま

  なににもぶつかることのないよう

  パンでお城を建てさせた♪  


 「ラヤ、その歌はご禁制だろう。

  歌詞を付けたらまずいんじゃないのか‥‥」

 口の中でつぶやきながら、ギリオン・エルヴァは目を開けた。


 彼がいるのは、テントの狭い暗がりの中だった。

 護送部隊を率いての野営の最中であった。

 風が木々を揺する音が聞こえて来る。

 深夜の山の気は静まり返っている。

 

 彼は飛び起きた。

 剣をつかむと、テントの外に走り出す。

 「ヴィスカンタ!」

 小声で副官を呼ぶと、すぐに駆け寄って来た。

 「はっ、ここにおります」

 「静か過ぎる。 鳥も虫もどうした」

 「は? な、鳴いておりますが」

 「半分になった」

 副官にはわからないらしく、黒い瞳で辺りを見回して首をかしげた。


 「歩哨はどうしている」

 「あと半時で交代するところですが、異常の報告はありません」

 「総員を起床させろ! 敵襲に備える!」

 ギリオン・エルヴァは大きめの声で命令した。


 「て、敵でありますか? し、しかし」

 ヴィスカンタは恐る恐る反論しようとしたが、

 「山の気配が違う。 急げ、手遅れになる」

 山育ちの上官に断言されて、青くなって駆け出した。


 「起床! 総員起床! 配備につけ!」

 伝令が飛ぶ。

 テントから慌てた様子の兵士が次々と出て来た。

 それでも臨戦態勢を取っていただけあり、混乱はなかった。

 ほどなく騎馬が揃い、総員が集合した。


 「敵を発見しました!」

 哨戒に出た歩兵が戻って来て、報告する。

 「山のこのすぐ上に、40騎ほどの騎馬がいます。

  服装はまちまちで、山賊の残党と思われます」

 「この上? 遠すぎる。

  もっと近くに何かいるはずだ」

 ギリオン・エルヴァの勘は、更に身近に迫る敵を感知していた。

 

 「い、移動した方がよろしいでしょうか」

 副官の進言にギリオンは首を横に振る。

 「狭い山道で襲われたら対処しかねる。

  護送車を囲んで陣を組め。

  外側に松明を配れ、まだ火は点けるな」

 

 「隊長、月が!」

 一瞬で辺りが暗くなった。

 木々の隙間から見えていた丸い月が、真っ黒い雲に覆われている。

 いや、雲ではない。 動きすぎる。

 そして、この音は。

 ヴァン、と耳を打つ羽鳴りの音。


 ギリオンは、馬の食み布を手に持って、頭上で振り回した。

 布に絡んで来たのは、数十匹の小さな羽虫だった。

 「粉油虫(フルトロム)だ」

 飼料小屋の穀粉や、灯油樽に湧く害虫である。

 人体に害はないが、群れる習性があるので、大量に湧くと厄介だ。

 

 「総員、私が命じるまで絶対に剣を抜くな。

  この虫はサビ止めの剣油にびっしり付いて切れ味を落とす。

  ヴィスカンタ、虫を操る者を探させろ。

  敵は頃合いを計って襲ってくるぞ。

  山肌を利用して、侵入経路を一本化しろ。

  そちら側に松明を立てて点火の用意。 まだ火は点けるなよ。

  その後ろから弓矢を準備させろ。

  それから、装備班8名!

  火の点いてない松明に、油を含ませて振り回せ!」


 矢継ぎ早に発された指令を、兵士は機械的に実行した。

 しかし、大半の者が何をやらされているかわかっていなかった。

 兵士の多くが武人であり、農牧の経験がない。

 牧童上がりのギリオンは、この虫を日常的に駆除していた経験から動いているのだ。

 群れる虫の取り扱いは、一瞬の遅れを許さない。


 「ヒイイイッ」

 松明を振り回す兵士が、恐慌の声を上げた。

 布を巻きつけ、油を含ませた松明の枝に、見る見る大量の虫が貼り付いて、球状に盛り上がったのだ。

 「おおッ、重い!」

 「取り替えてもう一度振れ!」


 「敵ッ! 正面に現れました!」

 外側の兵士が叫んだ。

 「まだ剣は抜くな、弓矢で対応しろ。

  敵も抜かないから心配いらん!」と、ギリオン。

 敵兵が正面の木陰から姿を現した。

 

 松明をひとつだけ点して現れた集団は、赤、黄、黒と色とりどりバラバラのターバンを被っていた。

 それぞれが騎馬だが、中には大鹿に乗っている者もいる。

 先頭の人影は、ロンギースと同じくらいの巨体の持ち主で、血の様な赤のターバンで顔面まで覆っていた。

 その隣の騎馬兵は、細身の若い男だった。

 男の腕の中にもうひとり、か弱げな少女が抱かれていた。

 夜目にも神秘的なくらいに白い肌が、少し不気味に見える少女だ。


 「つがえ! 撃て!」

 ギリオンの合図と共に、弓矢の第一撃が発射された。

 ほぼ同時に敵が放ったのは、数十本の火矢だった。

 「騎馬隊下がれ!」

 寸前でギリオンが叫ばなかったら、馬たちは恐慌を起こしていただろう。

 火矢は上空に群がっていた虫たちに一瞬で火をつけ、火の粉を雨のように降らせた。

 「ターバンで防げ、これしきで火は点かん。

  それより馬を怯えさせるな。

  落ち着かせてから前へ出て来い!

  歩兵隊、すぐに第2矢!」


 歩兵が続けて矢を放つ。

 ギリオンは虫でダンゴ状になった松明に火を点け、敵の先頭に投げ込んだ。

 「ようし、剣を抜け!」と、ギリオン。

 「か、かかれ!」

 敵将らしい巨漢も、慌てたように叫んだ。

 

 歩兵達は司令官に倣って、「虫松明」を敵陣に投げ込んで剣を抜いた。

 敵の騎馬が怯え、突進してくるタイミングが崩れる。

 馬上の山賊は、馬を操るだけで精一杯になっていた。

 エルヴァ軍は、その敵を狙って切りつける。

 思いがけず有利な戦闘になった。

 乱戦状態の中でも、馬上から落とされるのは圧倒的に敵兵が多い。


 「ヴィスカンタ! あの娘を捕えろ」

 「む、娘ですか」

 「あれが虫使いだ。 2騎連れて行け」

 「はい!」

 3騎が隊列を離れ、元からいた草むらに立ったままの少女の騎馬に向かって行った。

 

 その間、ギリオンは敵将の姿を探した。

 巨漢の赤布は、思いがけぬ速さでエルヴァ隊の内部まで突っ込んで来ていた。

 馬の頭に布が一枚かけてある。

 火を見て怯え、暴れるのを防ぐために目隠しをしたまま操っているのである。

 巨漢は馬上で大剣を振るい、右の騎兵を一撃で馬から落とし、返す剣で左の兵を昏倒させた。 力技だが、相当の使い手だ。


 ギリオンは馬を寄せ、巨漢に声をかけた。

 「おい大将、私の相手をしろ。

  うちの部下では物足りぬだろう」

 巨漢は振り向きざま、ニッと笑った。

 「やあ、あんたがギリオン・エルヴァかい?

  噂どおりのいい男じゃないか!」

 

 「女‥‥か!」

 声を聞いて愕然とするギリオンの頭上に、女大将の一撃が落ちて来た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ