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千里を歌う者  作者: 友野久遠
プロローグ
1/96

月に捧ぐ

長い間更新をしていなかったものを再開するにあたって、いくつかの章を入れ替えました。よりわかりやすくするためで、内容としては変わっておりません。

 オンドーラの伝説を知っているだろうか。

 カラリア王国の古い昔話である。

 

 オンドーラは若い娘の姿をした妖魔だ。

 白磁の肌と緑の瞳で、若い男を河へ誘い込む。 そして男の肌に触れるや、その皮を剥ぎ取って肉を食らい生き血をすすり、骨を砕いて川底に敷き詰め、その上で眠るのだと言う。

 だから、河の底が白く見える深い河には決して入らぬよう、カラリアの幼い子供たちは寝物語で繰り返し聞かされるのである。


 幼少時に聞いたこのおとぎ話のおかげで、川風はカラリア育ちの若い男にとって、怪しくかつ少々色っぽいイメージを運んで来るもののようである。

 夕暮れの近づいた太陽に、河の白い水底が柔らかく輝いていた。


 その風が、ひとつの色っぽい出会いを川辺の若者に運んで来た。

 「流れた! 流れた! すまぬ、拾ってくれ、そこの人!」

 歌人フライオは、調律中の愛器から顔を上げ、声の主を探して川面を見やった。


 目の前の川を、美しい桜色の布がぷかぷかと流れて行く。

 その後を追い掛けて必死で泳いでいるのは、金髪の若い女だ。

 「頼む、拾ってくれ! 追い付けそうにないッ!」

 金切り声がかすれて、切羽詰まった様子だ。 それもそのはず、女は一糸もまとってない。

 フライオは荷物を岩場に放り出した。

 駆け下りて、川に踏み込むと意外に深い。

 胸の下まで浸かって水の中を走り、ぎりぎりで布を捕まえた。


 「ああ、有り難い! 礼を言う」

 女が追い付いて来て、布を受け取った。

 フライオは女に手を貸して、岸の岩場に引き上げてやった。

 むき出しになった胸の白さが眩しい。 布と同じ桜色の乳首が丸見えになっている。

 (おいおい、普通は前ぐらい隠すだろ?)

 どういう女なんだ、と気になったが、わざわざ口には出さない。 せっかくの役得なので、目の保養にいそしむことにした。


 「本当に助かった、ありがとう。

  水浴びをしていたら風で飛ばされてしまったのだ。 危うく帰れなくなるところだった」

 女は濡れた金髪をフルフルと犬のように振って、服の水気を絞った。

 その間、体のラインはもろ出しだ。 人目をはばかる風もない。


 (17〜8歳ってとこか。 それほどスレた感じはしないんだが、変な女だな)

 女の顔は、きりっと締まっていて美しい。 ボディラインも小作りだが完璧だ。 言動だけがおかしいのだ。


 「おい待て。 そのまま着るつもりか?」

 びしょ濡れの体にびしょびしょの服を着ようとするので、ついに止めた。

 「火をたいてやるから、乾かしてから着ろよ。 ここら辺は日が落ちると結構冷えるんだ。

  ああ待て、まずこっちへ来い。 あんまり目立つだろ」

 岩場の窪んだ所まで、女を引っ張って行く。


 フライオは、放り出してあった自分の荷物の中から乾いた浴布を取り出して女に渡し、体を拭かせた。

 乾いた体に、マントを一枚かけて座らせてやる。

 それから薪を集めて火を点け、木の枝に吊した服を地面に立てて、火に乾かす。

 女はマントを着て座ったまま、面白そうにそれを見ていた。


 「なんと手際のよいことだ。 お前、何をやっている男だ?」

 感心して尋ねる女の瞳が輝いている。

 「俺はカナルーだよ。 年がら年中旅してるんで、何でもできるようになるのさ」

 「カナルー? 職業歌人か? スゴいな、歌で飯が食えるのか?」

 「ンないいもんじゃねえや。 旅芸人なんて、売色と芸者を足して2で割って、住みかを剥ぎ取ったようなもんだぜ」

 フライオは苦笑した。


 街道からの目隠しにテント用の布を張って、その陰でフライオも、濡れた脚絆と胴巻きを着替えた。 それも一緒に火に乾かす。

 どうやら今日はここで1泊だ。

 明日はカラリアの祭が始まる。 書き入れ時に間に合うように、今夜の内に入国しておきたかったのだが、これからでは無理だろう。


 フライオはまた座り込んで、首の長い弦楽器を膝に乗せた。

 調弦の続きを始めると、女は好奇心いっぱいの顔で寄って来て、話し掛けた。

 「変わった楽器を持ってるな。 キタラにしては腹が小さいが、それは何だ?」

 「こいつはヴァリネラだよ。 北の方の楽器なんだ。

  ‥‥ふうん、お嬢様なんだな、あんたは」

 女はギョッとした顔をした。

 「なんでお嬢様だ!?」

 「キタラなんて、宮殿や高級貴族んとこに出入りするお抱え歌人しか持ち歩かねえからさ。 あんな胴体のでかい楽器は荷袋に入らねえから、流しのカナルーはみんな、ヴァリネラか竪琴を持ち歩くもんなんだよ。

  あんた、相当深窓のご令嬢なんだろ?

  俺みたいな風来坊、間近で見たのは初めてなんじゃねえか?」


 フライオはわざと女に顔を寄せ、にやりと笑って見せた。

 彼の顔は、もともと端正な美貌と言っていいだけのものが備わっている。 しかし表情の作り方がだらしないので、遊び崩れた感じに見えた。


 女はさも嬉しそうに顔をほころばせた。

 ただしこちらは、色っぽい心情とは無縁の表情だ。

 「そうだな、いかにも初めてだ。 これほど日焼けした人間は見たことがないぞ。

  このターバンの巻き方も初めて見る。 6巻きのターバンを、どうすればそんなに長く使えるのだ?」

 「6巻きもしたら、頭が蒸れちまうだろ?

  2巻き半で垂らして首を守るんだよ。 旅行者の常識だ」

 「巻き終わりをどうする?」

 「一つ前のとこに引っ掛けるんだ、っと、こら! そいつは触るんじゃねえ、大事な弦なんだ」


 なんだか子守りでもしてるような状況になって来たので、歌人はうんざりして黙りこんだ。 

 「ヴァリネラの音が聞きたいな。 何か弾いてみてくれないか? ……出来れば1曲歌ってくれ」

 「いいけど金取るぜ」

 歌人は冷たく言って、そろそろ乾いて来た服を火から下ろした。

 「ちょっと音を聴くだけだ、只でいいじゃないか」

 「そういうわけにゃ行かねえさ。 この新しい弦のおかげで文無しになっちまったんでね」

 「だからこそ、ここで1曲やれば、人が集まるかも知れないじゃないか」

 「こんな所で誰が聞きつけるんだよ? 川に住むオンドーラくらいのもんじゃねぇか」


 言いながら、フライオは内心ドキリとした。

  (まさか、この女がオンドーラ当人なんじゃねえだろうな?

  俺をたぶらかしに、川から上がって来やがったとか‥‥)


 「困ったな、今こっちも持ち合わせがないのだ」

 女は本気で考えこんでいる様子だったが、思いついてパチンと手を打った。

 「そうだ確か、体で払います!というのがあったな。

  いい考えだ、なあ歌人。 お前、代金代わりに私を抱かないか?」

 フライオの体がつんのめって、前方へ崩れ落ちた。

 「…あのなぁ」

 全く、どこのご令嬢をどう育てたらこんな風になるのか。


 「何だ? どこか不都合か?」

 女は無邪気に聞いて来る。

 「却下! あんたを抱く気にゃならねえよ」

 「ええ!? どうしてだ? 私は魅力がないか?」

 「いや魅力が無くはないが、もっと別のえらいもんが欠けてんだ」

 「それは何だ?」

 「お前な。 男を誘おうってんなら、もう少しこう‥‥」

 「どう?」

 「そうだな、勿体なさそうにやれよ」

 「出し惜しみするのか?」

 「違う! 恥じらうの! 照れるの! そこが愛らしいの!

 ‥‥ああッ、なんで男の俺がこんな事教えてやらにゃならんのだ!」

 フライオは頭をかきむしった。


「お前、面白いな」

 女はケラケラと笑った。

「名前が知りたいぞ、歌人。 お前のカナルーとしての名は?」

「虹のフライオ。 フライオ・フリオーニだ」

「フライオか……」

 女はにっこり笑って立ち上がった。

 マントの前を押さえたまま、歌人の傍らに座って体を寄せて来る。 確かにさっきよりは色気を感じるが‥‥。


 フライオもにっこり笑って、女の耳元に口を寄せた。

 「あんたは勘違いしてる。 俺はベッドでも金を取るんだ」


 女の目がキッとつり上がって、歌人を睨みつけた。 その顔は、無理してしなを作った時よりも数倍愛らしく思えた。

 彼女は無造作に片方の耳飾りを外し、フライオに放って寄越した。

 「意地の悪い男だな! こういうつもりではなかったが仕方ない。 これで歌もお前も両方買えるであろう!」

 耳飾りを手にとって、歌人は仰天した。 極上の金省石に、見たことのないほど見事な細工切りが凝らしてある。

 さぞかし値の張る代物だろう。

 フライオは悪いことをしたと思い、女の手を取って耳飾りを返そうとした。

 すると何を勘違いしたか、女はパッと顔を赤らめ、

 「ああ、その、出来れば歌の方を先にしてくれ」

 そう言って下を向いた。

 伏せたまつ毛が震えている。 なかなか可愛らしい。

 「……出来るじゃねえか。 最初からそいつで攻めてりゃよかったのにさ!」

 フライオはひょいと女の唇をついばんだ。

 女は固まったまま無反応だ。 予想通りの生娘らしい。

 わざと意地悪く舌を入れて、相手がひるむ一瞬を楽しむ。 これぞ至上の楽しみである。


 さて。

 いい思いをした回数だけ歌を詠むのが、歌人としてのフライオの矜持である。

 彼はおもむろに座り直し、調弦の済んだヴァリネラを取り上げた。

 東の空から登って来た月が、女の髪と同じ色に輝いていた。



 その晩、カラリアの首都カラル・クレイヴァ周辺の住民は、生涯忘れられぬであろう珠玉のアリアを耳にした。

 後に「月に捧ぐ」と題されたその歌は、その後何百年もの間、窓辺で愛を告白する男たちの定番曲として歌い継がれる事となる。


 当世詩人であるエレイン・パッツォは、この夜の歌声をこう評した。

 「その声は、虹のごとく百里の地より眺むる。

  その沸きいずる所を知らず、また行き着くところ限りなし。

  ただ皆、天を仰ぎて聞け。

  ただ、ただ皆、迷い子の虹を見るごとく聴け!」



 歌は傑作だった。

 だが、この女との出会いがフライオの運命を急変させることとなる。

 大部分は、最悪の方向に‥‥。

書いても書いてもまとまらず、じつは10年も付き合っている作品です。

今回編集しなおして再挑戦しているので、ぜひ皆さんの感想アドバイス等ををお願いしたくここに持ち込みました。

どうぞヨロシクお付き合いくださいませ。

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