お菓子作りは誰のため(ジ)
ルナールルートの番外編が続きましたが、やっとジークヴァルトルートに頭が切り替わりました。
前世でヨーロッパに行くと、この教会は完成までに数百年を要して・・・という話をよく聞いたが、それは技術的な問題ではなく資金的な問題によるものだった。教会の建築は主に信者からの寄付金で賄われるものだから、資金不足で建設がストップすることもよくあったらしい。だからこその完成まで何百年だ。逆に言えば、よく途中で諦めずにちゃんと完成させたね、という気分にもなったが。現在進行形で建設中だったスペインの有名教会もあったではないか、私が存命中はまだ建設中だったが、あれは完成したのだろうか、完成予定図の場所には道路やら土産物店やらが並んでいた記憶があるが。
何が言いたいのかというと、都市建設は金さえあればどうにかなるのだ、どんなに美しい建築物であってもすぐに建つ。しかも大陸中の名だたる商会が挙って出資を申し出て、名工と呼ばれる職人が集まって、追い立てられるかのように建設を進めれば、あら不思議、前世で私が訪れたことのある街の中でも最も美しいと感じたチェスキークルムロフもどきを街の中心として、街の郊外にある湖の畔にはハルシュタットもどきが完成だ。神の威光と金の威力は素晴らしい。
完全に私の趣味である。
私の好きなようにしていい、とジークヴァルト様が言ったのだから、これでいいのだ。街の建設をしている間は、職人さん達が食べやすいように屋台食の開発に力を入れたから、これまでほとんど手を付けていなかったB級グルメもかなり発展した。りんご飴やベビーカステラ、クレープは歩きながら食べてこそである。勿論都市建設をお願いしているガテン系の方々のためにガッツリ系の串焼きとか、はし巻きやたこ焼き等のソース系、ハンバーガーやホットドック、ケバブ等も色々開発したしね。
ジークヴァルト様と一緒に建設状況を確認がてら食べ歩きをしようとしたら、エルフ族達にマジ泣きされたので、認識を阻害する魔術具を作った、ジークヴァルト様が。ひっそりと民衆に紛れて街歩きができて楽しい。
「セイラン・リゼル、このベビーカステラというお菓子は美味しいな」
手に持った袋からベビーカステラを摘みながら歩くジークヴァルト様の姿に、ローラント以外のエルフ族の護衛騎士達は皆涙目だ。ローラントは既に達観した顔をしている。ちなみに私の人間族の護衛騎士達は実家から付いてきた者達ばかりなので、何を今更、という感じで特に気にしていない。所詮そんなものだ。ちなみに私が食べているのはチョコレートのかかったトゥルデルニークだ、焼き立てでサクサクして美味しい。
「このトゥルデルニークも美味しいですよ、少し召し上がられますか?」
「ああ、もらおう」
ジークヴァルト様のベビーカステラと交換だ。元々ジークヴァルト様は、しょっちゅう寝食を疎かにして研究に没頭してシェンティスを心配させていたのだから、食べ歩きをするくらい食事を抜くことに比べたら全然マシだと思うのだが。
最近は料理にも手を出し始めたけど。
私は相手が誰であろうと、自分に興味がなければ相手の趣味に合わせるようなことはしない人間なのだが、ジークヴァルト様は私の趣味を自分も一緒にしたいと考えるタイプだったらしい。というか、私に会うまで食事にはまるで興味がなかったから、料理の神ロスメルディアの名を冠する街を治める者としてこれではいけない、と思ってしまったようだ。根が真面目なんだよね。
魔術具で調理器具を色々作ってくれたのは嬉しいのだが、興味を持って手を出し始めたのがお菓子作りだからなあ。いや、甘党のエルフ族のトップのハイエルフらしいといえばらしいが。
しかも最初に作ってみたいと言い出したのが何故かシュークリームだ。
あれはどう考えても初心者向けではない。いくら温度調節のできるオーブンを自分で作成したとはいえ、シュークリームは数あるお菓子の中でも難易度が高いし、失敗も多い。のだが、ジークヴァルト様は王族らしく我儘だった。やると言ったら聞かないのだ。いや、別に周囲に迷惑がかかるようなことではないから、いいといえばいいのだけれども。
おかげで最近の我が家のおやつは失敗作のシュー皮をリメイクしたお菓子ばかりだ。オスカーは、シュー皮を失敗してもこんなに使い道があるんですね・・・と遠い目をしていたが、なあに、タルトタタンだって元々は失敗から生まれたお菓子ではないか。失敗が多いとされるシュー皮のリメイクレシピなどいくらでもある。ちなみに私は前世で失敗したことはなかったが、妹は思いっきり失敗してシュー皮がクッキーのようにカチンコチンになっていたことがある、逆切れされて理不尽な思いをしたのも今となっては良い思い出だ。普段お菓子なんて作らなかった癖に、なんで偶々作ろうと思ったのがシュークリームだったのか、未だに謎だが。砂糖と塩を間違えるという古典的なミスをした友人もいたし、砂糖を入れ忘れて砂糖をかけて食べたという強者もいたし、ケーキを膨らませるためにプロテインを入れたら不味かった、とわけのわからんことを言っていた男友達もいたなあ、普段やらないのに急に思い立ってお菓子を作ろうとする人は皆おかしな失敗をしてのける。
「セイランさん、このシュープディング?てお菓子初めて食べるけど、美味しいねえ!表面はカリカリなのに、中はふわふわ!ベリーのソースも良く合ってるし!」
「最近ジークヴァルト様がシュークリーム作りに嵌ってしまわれて、シュー皮を失敗されることが多いので、それをリメイクしたお菓子ですわ」
ひくり、とエリシエルが頬を引き攣らせる。
「セイランさん、ジークヴァルト様にお菓子作りさせてるの・・・?」
「させているのではなく、ご本人がやりたいと言って自主的になさっているのです。もっと簡単なものを作れば良いと思うのですが、何故か作りたいとおっしゃったのがシュークリームで・・・あれ結構難しいんですよ」
「それで失敗作をセイランさんとオスカーさんでリメイクしてるわけね・・・ジークヴァルト様が作ったお菓子を食べたなんて、他のエルフ族に言ったら殺されそう・・・」
がっくりと項垂れたまま、エリシエルは食べる手を止めない。どうやら味は相当気に入ったらしい。
「リメイクしているのは私とオスカーですので大丈夫ですよ。ラスクも作りましたので、良ければお持ち帰りください」
本当に、シュー皮のアレンジレシピというのは色々存在するのだ。私は失敗経験がないのでうろ覚えだが、キッシュやタルトにもしてみたし。周囲に迷惑さえかけなければ、何か新しいことに興味を持って始めるというのは良いことだと思うよ、うん。妻の私がそれに付き合えばいいだけだ。
「まともに膨らむようになってきたと思わぬか?」
ジークヴァルト様が実に嬉しそうだ。私とオスカーも涙がちょちょぎれそうな気分になる。これでやっとシュー皮アレンジから解放されるだろうか。シュークリームをまともに作れるようになったということは、お菓子作りの技術はかなり上がったと思う。
「そうですわね。これならば中にクリームを入れてシュークリームとして食べられるでしょう。クリームは何になさいますか?シュー皮さえ作れれば、クリームはさほど難しくはないですよ」
ハンドミキサーもあるし、カスタードでもホイップでもチョコレートやチーズクリームでも、そんなに時間もかからないし簡単だ。
「君が以前話していたクロカンブッシュというシュークリームのお菓子には、どのようなクリームを入れるのだ?」
クロカンブッシュ?
なんでまたクロカンブッシュ?
いや、あれも確かにシュークリームだけれども。
「カスタードクリームが主流ですけれど、好みのクリームで良いのですよ。何故クロカンブッシュなのですか?」
「いや、私達は周囲になんの相談もなく2人きりで神殿で結婚してしまったが、本来は結婚式の後盛大に披露宴を催すものだろう?私はとっくに国を捨てているからどうでもいいとして、君は立場的にも本来華やかにお披露目されるはずだっただろうし、家族にも祝福されるはずだっただろうから、今度君の母君と弟が遊びに来るのに合わせて作りたかったのだ、間に合わなければオスカーに頼むつもりだったのだが」
耳を赤くして、ちょっともじもじしているジークヴァルト様はとても可愛い。なんでシュークリーム?と思っていたけれど、私のためだったとは。最初からオスカーに頼めば簡単なのにね。
ジュリアスはげっそりするかもしれないが、お母様は間違いなく大喜びするだろう。
「私のためだったのですね、ありがとう存じます。お母様達がいらっしゃるのは確か五日後の予定でしたわね。十分間に合いますわ」
「そうか」
クロカンブッシュということは、これからさらに飴掛けの練習かあ、と思ったが、ジークヴァルト様がとても嬉しそうだったので、それならいいか、という気分になった。
私も随分と甘くなったよね。