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シュトースツァーン家の妻(ル)

芸術の女神シェンヴィッフィの名を冠する中立の自治都市には、ありとあらゆる種族が集まる。

己の得意とする芸事で身を立てようと希望と野心に燃えて訪れ、見事その芸を花開かせる者もあれば、失意のうちに去る者もいる。

そして禁欲的に己を高めることのみを追求する者がいる一方で、享楽に身を堕とす者も多く、この都市は芸術の都という表の顔の裏に享楽の都という側面もあった。

よほど裕福な家の出でない限り、芸術にはそれを認めてくれる者とパトロンが必要なのである。芸術を極めるには、才能だけでなく、金と運が必要であった。そのため、才能ある者は皆、貴族や裕福な商人の後ろ盾を得ようと必死であり、いつしかそれが別の目的に変わっていく者もまた少なくなかった。


「ほう、ヴァッハフォイアに新王が立ったか。宰相も代替わりしたようだし、これは是非とも挨拶に赴かなくてはな」


シェンヴィッフィに本店を置くパンダロ商会は、高級品や嗜好品を扱う商会である。各国の貴族に太いパイプを持ち、大陸中に顧客を持つ大商会だが、裏ではご禁制の麻薬や稀少な植物や魔獣、そして芸事に長けた美しい高級娼婦を扱っていた。


ヴァッハフォイアは大陸最大の国土面積と最強の軍事力を誇る大国だが、文化・芸術方面では他国の後塵を拝しており、素朴と言えば聞こえは良いが、野蛮で洗練されていない国と認識されている。それは10年に1度戦いで王を決めるという、他国から見れば信じられないような制度にも表れている。


「あの国で注意しなければならないのは、狐獣人族のシュトースツァーン家くらいですからな。そういえば、アルトディシアから王女と公爵令嬢が嫁いだことで、2年ほど前に少し騒ぎになりましたね」


アルトディシアは洗練された文化の人間族の大国だ。そこの王女と公爵令嬢が、何故それまで国交もなかったヴァッハフォイアの宰相家の兄弟に嫁ぐことになったのか、周辺諸国は首を傾げたものだった。しかも、公爵令嬢は6つ名持ちだったというから、その驚きは筆舌に尽くし難かった。


「ふむ、アルトディシアの姫が2人も嫁いでいるとなると、目は非常に肥えているだろうな。中途半端な品は持ち込めないか。だが上手くすれば、これまであの国ではあまり需要のなかった我が商会に大きな顧客がつくかもしれんぞ」


戦いを至上とする獣人族達に、パンダロ商会が扱う洗練された芸術品や装飾品はあまり必要とされなかったが、実質国の最高権力者である宰相家に芸術を解する高貴な出自の夫人が2人もいるとなれば話は別だ。

そしてどの種族であろうとも、芸事に長けた美しい女が嫌いな男はいない。

新王も新宰相もまだ若い。美しい娼婦にも需要はあるだろう。戦うことしか考えていない単純な男など、シェンヴィッフィで手練手管を磨いた高級娼婦の手にかかれば赤子の手を捻るようなものだ。上手くすれば一気にヴァッハフォイアの利権に食い込めるかもしれない。


パンダロ商会現会頭カルロ・パンダロはにんまりとほくそ笑んだ。




「おいルナール、公式行事はもう大体終わったんだろう?いつまでこんなゾロっとした恰好してないとならないんだ?俺はもう疲れた、狩りに行きたい」


新王即位に伴う儀式や周辺諸国からの祝辞、それに伴う連日の宴席で新王ウルファンは精魂尽き果てていた。脳筋に儀礼や社交は荷が重いのだ。


「公式の訪問客はあらかた捌けましたがね、これからやってくるのは公式ではない客ですよ。具体的には、各国の商会やら娼館の経営者やらです」


「・・・商会はまだわかるが、なんで娼館?」


きょとんとする狼獣人をシュトースツァーン家の3兄弟は憐れむような眼で見る。ちなみに末弟はまだ冒険者稼業を満喫中である。


「新王が立った、若い男だ、しかもまだ独身で悋気の強い嫁もいない。挨拶がてら美しい娼婦にでも接待させるか。もしお気に入りにでもなればしめたもの、戦うことしか能のない男なんて百戦錬磨の高級娼婦の手練手管にかかればちょろいものだろう、良い金蔓、あわよくば重要な情報も聞き出せるかもしれない、というわけです」


「・・・嫌な話だな」


娼館に行っても癒されないのか、何しに行くんだ、それ。とウルファンは銀色の耳と尻尾をへにょりと垂れた。


「わかった上で行く分には良いんですよ。高級娼婦なら客層も良いですから、上手くすれば逆に色々な情報を仕入れることもできますしね。芸事に長けている者も多いですから、純粋に音楽や舞を楽しむという意味でも楽しめます。閨の技術的にも楽しめるでしょうし」


「・・・やることやるだけじゃないのか?」


「やることやるだけの娼婦は、病気の心配がありますからね、できれば高級なところに行っていただきたいところです」


にこやかに釘を刺してくる宰相にウルファンはげんなりした。


「でも今回は商会関係はかなり少ないと思いますよ。この2年で周辺諸国から新規の商会がかなり入っていますし、そのほとんどを義姉上と私の妻が掌握していますからね」


「あの2人がこの国に来てくれて本当に助かりました。獣人族はどうしても感情がわかりやすくて、外交は不得手ですからね。私も冒険者時代に優秀な他種族の嫁を見つけてくれば良かったかな」


「お前らでも苦手なのか・・・?」


ウルファンからすると何を考えているのかさっぱりわからない宰相兄弟だが、それでも人間族の嫁2人には外交面ではまるで敵わないと思っているらしい。


「一応教育は受けてきていますが、妻と一緒にフォイスティカイトに外交に行った際には、全てを任せられる安心感にもう惚れ惚れしましたよ。まるで感情がわかりませんでしたからね。人間族の外交や商談に長けた者は、まるで感情を動かさずににこやかに会話を進めていくので、どうしても匂いで察知しようとする獣人族には難しいんですよね」


「あの2人はそれぞれアルトディシアとフォイスティカイトの王妃になる予定だった女性ですからね。海千山千の相手との社交や政治の根回しはお手のものなんですよ」


なんでこの兄弟は冒険者しながらそんな相手と知り合って、しかも嫁にできたんだ、とウルファンは首を傾げる。そもそも、人間族の王侯貴族のお姫様となんて、知り合ったところで何を話したらいいのかもさっぱりわからない。


「まあ、そういうわけで、娼館に行くのも接待されるのも構いませんが、骨抜きにされないようにしてくださいね。政治的に重要な情報は何も知らないでしょうけど、おかしな言質を取られないように。この国の王に政治の実権はないとはいえ、一応王という肩書は重要ですから。あ、魅了と幻覚と毒に対応した魔術具はお持ちですか?できれば耐性ではなく無効にできるのが望ましいので、なければお貸ししますよ。どこで何を一服盛られるかもわかりませんから、絶対に外さないようにしてくださいね。一応この国で最強なんですから、操られて暴れられたりしたら抑えるのに苦労しますので」


おざなりだ。

仮にも王なのに、一応とか言われた、それも2回も。

だがウルファンに限らず、この国の王になるような男は皆、自分が戦うことしか能のない脳筋だということをちゃんと自覚しているので、強いだけでは国を運営することはできないということを理解すると、シュトースツァーン家の者達の言葉を神妙に聞くようになる。


「わかった、魔術具は貸してくれ、耐性を上げるものしか持っていない。だがその言い様だと、お前らも結構娼館に通ってるのか?」


「独身の冒険者時代にはそれなりには。その地その地で馴染みの娼婦を作っておけば、それなりに情報も得られますしね。ただ結婚してからは妻一筋というのが我が家の家訓ですので、今は妻だけです」


にこやかに答える宰相に、弟2人が白い目を向ける。


「兄上はそれなりどころか、かなり遊んでたでしょう。兄上の馴染みの娼婦に各地で結構会いましたよ」


「昔の女とか現れて義姉上に愛想を尽かされないようにしてくださいよ、女性はどこで感情的になるかわかりませんからね」


ウルファンは弟2人に白い目を向けられている宰相の、女神と見紛うばかりの絶世の美貌の嫁を思い出す。

あんな女が嫁として傍にいたら絶対に落ち着かない。あれは観賞用だ、嫁にするならもっと平凡で空気みたいな女の方がいい。


「あいつと結婚する前の女性関係をとやかく言われてもどうしようもない。そもそも夫の過去の女性関係を気にするような女じゃないしな」


「それはまあ、ステファーニアも第2夫人でも第3夫人でも愛妾が何人いても構わない、と最初に言ってましたがね。アルトディシアの王族教育は寛大だなあ」


宰相兄弟の会話にウルファンはため息を吐いた。

顔も頭も良くて、強くて金も権力もあって、美人で頭が良くて寛大な嫁がいるなんて、こいつら物凄く嫌な兄弟だ。




「ほう、以前来た時にはこの国の料理は食えたものでないと思っていたが、ずいぶんと洗練されたものだ」


「アルトディシア、フォイスティカイト、ヴィンターヴェルトの名だたる商会が進出していますね。その他のいくつかの小国の商会も。これは出遅れましたな。聞くところによると、アルトディシアから宰相家に嫁いできた姫達が次々と外交や商談を纏めている様子。その他にも少数種族の伝統技術の保護など、精力的に活動しているようです」


「一体どのような手段を使って政治や外交に長けた大国の姫を2人も娶ることができたのか、ご教授願いたいくらいだな。なにやら2人共恋愛結婚だという噂は聞いたが、大国の王侯貴族がそんな簡単に感情で動くものか」


他国では一商会が王に面会するなど、よほどとんでもないものを献上するか、長年御用達でない限りは無理だが、このヴァッハフォイアに限っては緩い。

カルロは連れてきた娼婦たちを見遣る。

わかりやすく歌姫や舞姫と呼ばれる女達を選んだ。詩や盤上遊戯、絵画等に長けた者もいたが、この国ではわかりやすい方が好まれるだろう、という判断だ。楽師という体ならば、宰相家の夫人たち同席の元で歌舞を披露することも可能だろう。


「バイラ、今夜の客はこの国の王と宰相家の兄弟だ。お前の舞でしっかり魅了してやれ」


黒髪に暗い黄色の目をした、細くしなやかな肢体を持つ豹獣人の舞姫に声をかける。性格には少しばかり難があるが、その舞の才は天賦のもので、見る者全てを魅了してきた舞姫だ。


「わかりましたわ。素敵な殿方かしら?」


紅い唇をぺろりと舐める様に、滴るような色気がある。

他の歌や楽器を持つ女達も皆それぞれ趣は違うが、男なら震い付きたくなるような美女ばかりだ。

さて、新王と宰相家兄弟のお気に召す女がいるといいのだが、とカルロは独りごちた。




「パンダロ商会とは、また大物が来ましたね」


「あそこはこの国には興味ないかと思ってたんだが、どういった風の吹き回しかな」


「この国も最近文化方面で発展してきていますからね、アルトディシアの姫が2人もいるとなると美術品や宝飾品も売れると踏んだのではありませんか?」


「あの2人が望むなら、美術品でも宝飾品でもいくらでも好きなだけ買ってくれて構わないんだが、あそこはそれだけじゃないからなあ」


「お前ら兄弟だけでわかり合ってないで、俺にも説明しろよ!」


面会依頼のあった商会の名を見て、顔を見合わせて何やら話し始めた宰相兄弟にウルファンは憤る。


「失礼。ウルファン様は冒険者時代シェンヴィッフィに行かれたことは?」


「ないな。俺は芸術に興味なんてないし、あの街の依頼は特殊なもんが多いだろ?絵や彫刻のモチーフになるような植物とか魔獣とか。なんかインスピレーション?とかを得るための冒険譚とか。そんな面倒な依頼受けるより、とにかく強い魔獣と戦いたかったからな」


「実に賢明な判断です。ウルファン様のような方はあの街に行くと、下手すると全財産巻き上げられかねませんからね」


「あ?どういう意味だよ」


馬鹿にされたのかと目を細めるウルファンに、宰相兄弟は笑って首を振る。


「あそこは表向きは芸術の都ですが、裏では身を持ち崩す者も少なくないのですよ。芸事を極めようとする者には様々な刺激が必要なようですね。高級娼婦も皆一流の芸術家ですから、娼館で何もせずに歌を一曲聴いただけで大銀貨1枚とか普通に取られますよ」


「はあ?!歌一曲聴いて大銀貨1枚?!なんだよ、そのぼったくりは!」


「お気に入りの歌姫や舞姫が舞台に立つ日には、それを楽しみに行くという客も多いんですよ。だからあの街の娼館は舞台を観るために女性客も入れます」


「だからって、歌一曲に大銀貨1枚も出すか?!」


「私の妻がもし舞台に立って歌なり、楽器なり、舞なり披露するとなれば、それ以上の金額を喜んで出すという者が腐るほどいると思いますが」


出すだろうな。

うん、1曲につき小金貨でも喜んで出すわ。

ウルファンはあっさりと納得した。


「パンダロ商会は、あの街を本拠地とする主に贅沢品、嗜好品を扱う大商会なんですよ。娼館も経営していて、芸事に長けた高級娼婦を多数置いています。そこまではいいんですが、裏では禁制の麻薬やら稀少植物やら魔獣やらも扱っていましてね、表の商売だけなら構わないんですが、裏の方もやられると、この国は騙されやすい者が多いので少しばかり困るんですよ。必要悪と割り切るには、この国は単純な者が多すぎるのでね」


「・・・なるほど」


その騙されやすい奴に自分も入ってるんだろうな、とウルファンは理解した。




運が向いてきた。

バイラはくるりくるりと舞いながらほくそ笑んだ。

普段なら共演することなど滅多にない楽師の女達や、歌姫と呼ばれる女の素晴らしい歌声に乗って舞う今日の自分は、いつもより一層美しく輝いているだろう。


精悍だが騙しやすそうな狼獣人の王。

美しい狐獣人の宰相兄弟。

そして何より、黒髪の狐獣人の宰相は昔の客ではないか。

1度でも自分と寝たことのある男が、自分を忘れるなどあり得ない、とバイラは自分に絶対の自信を持っていた。

舞いながら、バイラは昔の男にしなやかに手を差し伸べ、流し目をくれる。この目に堕ちなかった男などいない、と信じて。




「兄上、あの舞姫、なんだかずっと兄上に色目使ってきてないか?」


「うーん、あそこまで毒々しく色気のある女は久しぶりに見た気分だな」


「義姉上とはまさに正反対のタイプだな。でも兄上が遊んできた女は大体あんな感じだろ」


「一晩遊ぶだけならああいう切り捨てても心の痛まないのが1番だろ。素人や変に情の深い女は遊びには向かん」


「ルナール、お前、何気に結構酷い男だな?!」


小声で話す宰相の過去の女遍歴に、ウルファンは堪らず苦言を呈する。


「なんです、ウルファン様、私は妻には誠実ですよ。本気で愛しているのは過去にも現在にも、そしてこの先も妻唯一人ですからね」


「あんな女を妻にしておきながら、他に女囲ってたりしたら、それは神への冒涜だ!」


「神への冒涜かどうかはともかく、非の打ちどころのない最高の女を妻にできたので、私は他の女には一切興味がありません。ウルファン様はあの舞姫や楽師たちの中に好みの者はいませんか?いれば一晩相手をしてくれるでしょうよ、そのために連れてきたんでしょうし。閨の技術は相当なものだと思いますよ」


ウルファンはがっくりと項垂れた。

冒険者時代ならば、あれほどの舞、あれほどの歌と音楽、あれほどの色気と美貌、それこそ無一文になるまで毎晩通いつめたくなるような美女揃いだが、先に宰相兄弟から裏事情を聞いているし、何より舞も歌も楽も美貌もそれ以上のものを見てしまった、聴いてしまった、他ならぬ宰相の妻で。ただし、宰相の妻は色気はほとんどなかったが。だが、夫の腕の中で幸せそうに微笑む彼女は、色気などなくてもこの微笑みを自分だけに向けられるのなら、と思わせられるだけの破壊力だった。


「お前達の話を聞いた後だとその気になれん・・・」


「あの類の女性はどれも綺麗な毒花みたいなものですから、御する自信がないのなら手を出さないのが賢明です。愛人としてこの国に居座られたりしても厄介ですし。美術品や宝飾品もかなり持ち込んできているようですから、それはうちの邸の女性陣に披露してもらうことにしますよ」




「やはり王はともかく、宰相一族は一筋縄ではいかんか・・・」


並の男なら一目で骨抜きにされるような舞と音楽を披露したはずだが、素晴らしい舞と音楽だった、というお褒めの言葉は頂いたが、先に釘を刺されていたのか王から女達に声がかかることはなかったし、宰相兄弟も靡く様子はなかった。


「ねえカルロ様、私あの宰相様を知ってるわ」


毒々しい笑みで寄ってきたバイラをカルロは一瞥する。


「お前があの宰相に色目を使っていたのには気付いたが、なんだ?昔の客か?この国では宰相家だろうと皆、腕に覚えのある者は若いうちは冒険者になるというからな」


あの宰相を堕として愛人に納まることができれば言うことなしだが、あれは難しいだろうなとカルロは思う。あれは色事を楽しむことは知っているが、決してそれに溺れることはない冷徹な男だ。酒や女、賭博や麻薬で身を持ち崩した者を数えきれないほど見てきたからこそわかる、あれは堕落させることのできない厄介な男だ。


「ええ、シェンヴィッフィで冒険者をしていたことがあるわ。まさかヴァッハフォイアの宰相様だったなんて知らなかったけど。何度も可愛がってもらったわ」


「そうか。だがあの宰相はもう結婚しているからな。この国の宰相家の男は、結婚したら妻以外の女には目もくれないことで有名だ」


「あん、別に奥様から略奪しようなんて考えてもいないわ、馴染みの客になってくれればそれで十分よ」


大国の宰相夫人なんて、責任のある地位はまっぴらだとバイラは思う。

自分は金と権力のあるいい男の愛人になって、甘い汁を吸いたいのだ。

美しさと舞の腕以外のものを求められるなんてまっぴらだ。


「まあ難しいと思うがな、相手を怒らせない程度でならやってみるといい。3日後に宰相家の夫人たちに商品を持って行くが、気に入った品があれば上限はないと既に言われているからな、相当な上客なことは確かだ。その際にせっかくだから音楽と舞も披露するようにとのことだから頼むぞ、アルトディシアの王族が2人もいるから、美術品や宝飾品だけでなく舞や楽に関しても相当目が肥えているはずだからな」


「あら、アルトディシアの王族?」


「宰相夫人は王女殿下を母に持つ公爵家の出身で、宰相の弟の一人に王女殿下が嫁いでいる。2人共それぞれの夫に溺愛されているようだからな、無礼な真似はしないように」


バイラは少し面白くない気分になる。

政治や外交といった高い教養を求められる正妻の地位に興味はないが、政略結婚で冷めた妻から男の心を奪い取って、甘やかされて好きなように贅沢をするのが楽しいのに、大国の王族として生まれ、何不自由なく贅沢に暮らしていながら、男からも愛されているなんて恵まれすぎではないか。


お高くとまっているであろう大国の王族出身の女が、目の前で夫の心が他の女に移るのを見たらどんな反応をするだろう、とバイラは赤い唇の端を上げた。




「あら、パンダロ商会、ですか?」


「あらまあ、この国でその名を聞くことになるとは」


美術品や宝飾品を持って商会が来るので、好きな品を好きなだけ購入するように、と本邸での夕食の席で妻たちに告げたルナールとロテールは、明らかにパンダロ商会の裏の顔も知っている様子の妻たちの様子に目尻を下げる。

一言えば十理解してくれるって素晴らしい、普段脳筋の相手ばかりしていると心が洗われるようだ。


「有名な商会なのですか?」


「これまであまりこの国には縁のなかった商会だな。まあ、扱っている美術品や宝飾品は一流品ばかりのはずだから、お前も好きなものを買うといい」


苦笑する父と、パンダロ商会の名を知らぬ様子の母に、兄弟は笑う。ずっとこの国から出たことのない母が知らないのも無理はない。だがそこから察することができるのも、この家の夫人に求められる資質だ。


「あら、何か裏のある商会なのですね?まあ、贅沢品や嗜好品は動く金額も大きいですし、購入層も各国の高位の者が多いでしょうしね、裏でまた別のものも扱っているのですね?」


ほほほ、と軽やかに笑う母に兄弟は頷く。


「そういうことです。表の商品はいくら持ち込んでくれても構わないんですが、裏の品はちょっとね。ウルファン様にも釘を刺しておきましたから、連れてきた高級娼婦たちに誑かされることもないでしょう。ディゲル様なら結構上手に遊べたと思うんですが、ウルファン様はなんというか純朴なので、最初から手を出さないように勧めておきました」


「せっかくですから、リーレンとレナートの嫁候補の娘達も何人か同席させましょうか。この国ではこれまで見たことのない美しく珍しい品々を前に、どのような反応をするのか見ておきましょう」


一流の美術品や宝飾品には力がある。それを手に入れるために身を持ち崩す者も一定数存在する。贅沢をするのは構わない、この家にはそれだけの資産はある、だがそれを楽しみに留めておけるかどうかもまた資質の問題。

母親の嫁定めに、その辺に関しては既に非の打ちどころのない大国の王族出身の嫁がいるルナールとロテールは苦笑し、未だ独身の次男のリーレンはげんなりして、この場にいない末弟のレナートを羨ましく思った。




「パンダロ商会というと、確か有名な歌姫や舞姫を抱えた高級娼館をシェンヴィッフィで経営しているところですよね?あとはご禁制の品の流通と」


「まあ、そうだ。娼館はどうでもいいんだが、おかしな薬でも蔓延させられると困るからな。必要悪と割り切るには、この国では影響が強すぎる」


後先考えずに手を出して身を持ち崩す馬鹿が続出しそうだ、という夫の心の声がしっかり聞こえたセイランは、さもありなんと頷く。


「娼館では舞や音楽を客に披露するための舞台があって、その舞台を観るためなら女性も行くことができると聞きました。機会があれば1度観てみたいと思っていたのですけれど」


パリのムーランルージュとかリドみたいな感じかな、とセイランは考えている。あれは結構楽しいエンターテイメントだ。


「いくら舞台を観るだけとはいえ、お前みたいな身分の女がわざわざ行ってみたいなんて珍しいなあ。仮にも娼館だぞ?お前の実家ならわざわざそんないかがわしい場所に行かなくても、有名な舞姫や歌姫を呼び寄せて邸で披露させることも可能だっただろう?美術品や宝飾品と一緒に何人かの女も連れて来ていたから、この邸でも楽や舞を披露してくれるそうだ」


実際金さえ積めばいくらでも可能だ。芸術家のパトロンとして有名な貴族などは、邸に客を集めて披露させることもある。


「それは楽しみですね。ルナールはシェンヴィッフィの娼館に行ったことがあるのですか?」


「うん?まあ、一応、シェンヴィッフィには1年くらいいたことがあるからな」


いくら夫の過去の女性関係を気にするような女ではないとわかってはいても、妻の前では些か言い難い話題である。ルナールは少し言い淀む。


「・・・ああ、そうか、やっと思い出した」


「なんです?」


「いや、パンダロ商会が連れてきた舞姫が、舞いながら随分と俺に色目を使ってくると思っていたんだが、会ったことがある。すっかり忘れてたぜ」


思い出してすっきり、といった様子の夫にセイランは首を傾げる。


「お知り合いだったのですか?」


「いや、ただの客と娼婦の関係」


これは私はどういった反応をするべきなのだろうか、とセイランは悩んだ。

ルナールも理解している通り、セイランは夫の過去の女性関係になどまるで興味がない女だ。別に現在進行形で愛人の一人や二人いたとしても、こっそり囲っているというのならともかく、きちんと申告さえしてくれていれば許容できる。


「・・・それは私は、過去の女性に色目を使われてよりを戻すおつもりですか?!と詰め寄ればいいのでしょうか?それとも、私というものがありながら他の女性に迫られて鼻の下を伸ばして!と憤るところでしょうか?いっそ泣きながら実家に帰らせていただきます!とでも言って荷物をまとめるべきでしょうか?この辺が一般的な女性の反応ではないかと思うのですが、どれをお望みですか?」


「いやいやいや、ただの昔の娼婦と客で、金以外になんの繋がりもない相手だから!しかもお前と結婚どころか、出会うよりも前の話だから!ていうかお前、自分ではそういう感情ないくせに、理解だけはしてるのな。一般的でないお前の考えとしてはどうなんだ?」


笑いながら抱き寄せてくる夫の胸に頭を預け、セイランは考える。


「そうですねえ、仮にも一生私だけだと言って結婚したからには、過去の女性関係は綺麗に清算しておくべきですよ、としか言いようがありませんね」


「関係の清算もなにも、客と娼婦だったんだから、金を払ったらそれでお終いだろ?俺が惚れた女は後にも先にもお前だけだ」


「殿方はそうやって割り切っていても、女性はそうではない方も多いですよ。昔は一冒険者で歯牙にもかけなかった相手が、実は大国の宰相だったとなると惜しくなったのではありませんか?権力も財力もある殿方に愛人として囲われれば、一生贅沢できるでしょうし。それに、そのう、私には色気というものが皆無ですから、どうしても娼婦という生業の方には敵わない部分もありますし・・・」


色気はともかく、結婚してから結構可愛い面を見せるようになってきたよなあ、とルナールは舌舐めずりしながら、最愛の妻を組み敷く。


「お前にこの上色気なんて加わったら、本気で国を傾けてでも奪い取ろうとする男が出て来そうだからやめてくれ。俺はお前の顔だって目の覚めるような不細工でない限り、もっと平凡で良かったんだからな」


ルナール・シュトースツァーン、彼は周辺諸国から究極の面食いだの、アルトディシアから6つ名の公爵令嬢を強引に攫ってきただの、あらぬ風評被害を受けているが、実は本人は顔の美醜には一切頓着しない男だった。




「あら、ウルファン様も美術品や宝飾品に興味がおありですか?」


「いや、おかしな偽物を掴まされないように、しっかり本物を見ておけ、とルナールに言われた。俺は別に美術品になんか興味はないから、買うこともないと思うんだが」


セイランとステファーニアは顔を見合わせて笑う。

本人に興味がなくても、将来的に妻になる女性に興味があれば必然的に買わされるのが夫の宿命である。しかも現王で高位の冒険者だから金はある。


「美しい美術品や宝飾品を見るのはとても楽しいですよ。宝飾品は実際に身に付けるとなると、付けて行く場や衣裳との兼ね合いもありますから難しいですけどね」


「お前は自分の好きなように効果を付けたいからと言って、加工されていない魔石を自分で装飾品にまで加工してるじゃないか。宝飾品がいらないなら、美術品でも買ったらどうだ?」


「気に入るものがありましたら。私達の離宮に飾る絵でもあれば良いですね」


にこにこと微笑む宰相の妻を眺めながら、この女の方がよっぽど美術品みたいだよな、とウルファンは思った。




広間に展示された数々の絵画や彫刻、美しい染めや刺繍の施された布に数々の宝飾品や細工物に女性は皆うっとりと見入った。先代当主夫人に見定められていると気付いている娘が何人いるのかはわからないが、狐獣人族の若い娘も何人も集まっている。

そして美しい衣裳に身を包んだ様々な種族の美しい女性が、妙なる美声と楽の音を披露している。

セイランは明るい色彩が美しいまだ無名の画家の絵を2枚と、瀟洒な食器のセットを選び、美しい刺繍の布を何枚か手に取った。


「奥様、この食器は言わずと知れた名工の作ですが、画家はまだ無名の売り出し中のものですが、よろしいでしょうか?」


「構いませんわ。この明るい色彩が気に入りました。美術品というのは、作者が誰であろうと自分が気に入るかどうかですもの」


作者ではなく、あくまで自分が気に入るかどうかだというセイランに、やはり大国の姫は若手の芸術家を支援するということをわかっている、ものではなく名前で買おうとする成金や新興貴族とは違う、とカルロは才能はあるがまだパトロンのついていない若い芸術家の作品をいくつか持ってきて良かった、と自画自賛した。パンダロ商会は本来若手の芸術家を支援する商会でもあるのだ。


それにしても、とカルロはセイランの顔を盗み見る。


噂には聞いていたが、これほどの圧倒的な絶世の美貌の持ち主とは。

カルロは職業柄、ありとあらゆる美術工芸品、そして数多の美女を見てきたので相当目が肥えている自信があるが、それでもこの至高の芸術品のような絶世の美女には一瞬言葉を失った。


こんな女を手に入れたら、安心して眠れる夜はこないのではないかと思う。

誰かに奪われないか、他の男に目を移さないか、片時も離れず傍に置いて見張っておかなくては安心できないだろう。そして歳月と共にこの絶世の美貌に衰えが見え始めたら、身も世もなく嘆くに違いない。いっそ最も美しい時にこの手で殺してしまおう、そうすればこの女は永遠に自分だけのものだ、等とトチ狂ったことを考える輩も存在するのではないか。

シェンヴィッフィの画家や彫刻家は挙ってこの姿を写し取ろうとするだろう。

夫である宰相は噂に違わずこの世にも美しい妻を溺愛しているようで、先に選んだ絵と食器だけでなく、妻が手に取った布も次々と購入している。


「奥様は宝飾品にはあまり興味はございませんか?」


「見る分には好きなのですけれど、豪奢なものはそれだけ重いでしょう?身に付けるのは公式の場だけで十分ですわ」


どれほど豪奢な装飾品を身に付けたところで、その輝きすら引き立て役にしてしまえるだろうに、本人は明らかに上質なことはわかるがシンプルな飾りしか付けていない。それすらもその清麗さを引き立てているのだから、まさに存在そのものが美術品のようなものだ。

カルロはそっと感嘆の吐息を漏らす。


「眺めるだけでもこれはどうだ?お前は青系統が似合うからな、気が向いたら公式の場でも付けるといい」


そう言って宰相が選んだのは、揃いの青い宝石と白金で作られた豪奢なイヤリングとネックレスで、正に今回持ち込んだ品の中でも1番の傑作だった。だが、この女性が身に付けるというのなら、これ以上に映える存在もあるまい。つまらない相手に買われて見せびらかされるよりも、相応しい相手の身を飾ってこそ、装飾品も本望だろう。

何より、パンダロ商会と製作者の名も高まるというものだ。


「そうですか?貴方がそう言うのでしたら、それも頂きましょうか」


値段も確認せずに次々と購入を決める宰相夫妻は、これが成金や新興貴族だったならいくらでも手数料を上乗せできるカモだっただろうが、2人共明らかな目利きで、何よりもこの女性が選んだというだけで、この先大陸中で付加価値が付くだろう。間違いなくこの女性は、将来的に大陸一の美女として名を馳せるだろうとカルロは確信した。

あちらで夫と共に装飾品を選んでいる金髪の美女は、この国のこれまでの外交下手を一人で解消してしまったと言われているアルトディシアの王女殿下だろう、この2人の夫人が選んだ品は当初予定していた値よりも下げて提供することをカルロは内心で計算する。後々への投資だ。代々パンダロ商会がのし上がってきたのは、買い手の目利きが巧みなことが大きい。

表の商売は堅実に。美しいものは適正価格でそれに相応しい相手の手に。それがパンダロ商会のモットーである。それ故に裏の商売も必要悪として目溢しされてきた部分もあるのだ。


「奥様はセディールの名手とお聞きしておりますが、楽譜はいかがでしょう?先ほどから奏でている曲には、最近シェンヴィッフィで作曲されたばかりの新曲もいくつかございます」


「そうですね、2番目の曲と5番目の曲、あと今演奏している曲も良いですね」


少し哀愁の漂うような緩やかな曲が好み、とカルロは内心の顧客名簿に書き付ける。

様々な品を吟味しながら、しっかり曲も聴いていたようだ。王妃になっていてもおかしくない高い教養を持つ絶世の美貌の6つ名の姫、よくもまあ、それまで国交もなかった遠国に嫁に出したものだ。王族の姫が2人嫁いだことで、遠方ではあるがアルトディシアとヴァッハフォイアの間には国交が開かれたが。おかげでこの2国の間にある国々は、それまでの外交や政略を転換する必要に駆られているらしい。


「そろそろ舞も始まります。よろしければご観覧ください」


バイラが登場し、舞が始まった。本当に、舞の才能だけは天才なのだ、あの女は。

だが何故こんな曲を選んだ?!愛する男の心変わりを嘆き、自分のところに戻ってきて欲しい、と嘆く女の歌ではないか!確かに、バイラの最も得意とする激しく切ない咽び泣くような慟哭の舞ではあるが、真っ直ぐに宰相だけを見つめて舞うのは流石にまずい。愛人を狙いたいなら、怒りを買わない程度にしろと言っておいたのに、何故それを理解できないのだ、あの女は!

見る分には非常に見ごたえのある、難易度の高い激しい舞なのだが、それは不特定多数を観客とした場合だ。これで夫人の怒りに触れたりしたら、宰相にこの場で切り捨てられかねないぞ?!一介の踊り子と大国の後ろ盾を持つ美しい正妻、どちらが大切かなど誰にでもわかるだろうに。

恐る恐る宰相夫妻の様子を窺う。


「ねえルナール、もしかして私は彼女に喧嘩を売られているのでしょうか?」


「身の程知らずだが、どうやらそのようだな。ちょっと前まで存在すら覚えていなかったんだが。で?なんでお前はそんなに楽しそうなんだ?」


「あら、私の人生において、こんな刺激的なことが起こるなんて想像したこともありませんでしたもの。夫の愛人に喧嘩を売られるなんて、まるで市井の娯楽小説のようではありませんか」


おお、ドロドロの昼ドラ展開だ、恋愛音痴の私にこんなイベントが起こるなんてすごい!とセイランは内心で笑い転げていた。

まるでフラメンコのように激しく情熱的な踊りで、昔の男に私を見ろ!とばかりに迫っているのだ、これに感動せずにいられようか。

ルナールという男にとって、1番大切なのはシュトースツァーン家の男であるという矜持だとセイランは理解している。その家訓において、結婚したら妻一筋と決まっているのだ、他の女など目に入れるはずもない。

しかも相手は、昔の恋人とでもいうのならともかく、風俗で客として相手をしただけの女だ、お話にもならない。

だがまあ、ルナールはハイスペックなイケメンで俗にいうスパダリである。独身時代にはかなり遊んでいたことも知っているので、今後もこういった女が出てくる可能性は無きにしも非ず。

ここはきっちりと正妻として迎え撃って、完膚なきまでに叩き潰して引導を渡してやらなければならないだろう。それがシュトースツァーン家の妻に求められている役割というものだ。


にこりと微笑んだセイランに、カルロはぞわりと総毛立った。

身分と財力のある男は第2夫人、第3夫人、愛妾も何人か抱えることもあるアルトディシア出身の姫だけあって、特に気分を害している様子はなさそうだと安堵したのだが、そうではなかったのだろうか。


「素晴らしい舞でしたわ。激しい想いが胸に迫ってくるようでした。私も1曲歌いたくなりましたの。シェンヴィッフィで研鑽を積んだ皆様の前では児戯のようなものですけれど、聴いていただけますか?」


優雅に微笑んで歌い始めた曲は、この大陸で少しでも流行った曲ならば全て知っているはずのカルロも聴いたことのないものだった。

胸が痛くなるほどに優しく切ない曲調に乗せて、何を捨ててもただ愛する人のそばにおいてほしいと願う歌に、知らず涙が零れた。

周囲を窺うと、自分だけではなくシュトースツァーン家の者達も、シェンヴィッフィから連れてきた者達も皆涙ぐんでいる。なんという聴くもの全ての感情を揺さぶる美しい曲、そして素晴らしい歌声だろうか。


「奥様、不肖このカルロ・パンダロ、不見識にてその曲を初めて聴かせていただきました。このヴァッハフォイアで最近流行している曲なのでしょうか?」


「あら、いいえ?たった今私が作った曲ですわ」


たった今作曲しただと?!曲も?!歌も?!


「素人の拙いものでお恥ずかしい限りですわ」


「お前、そんな歌を歌うなら先に言ってくれ、心の準備が・・・」


常に飄々とした印象だった宰相が顔を赤らめている。愛する女に目の前であんな歌を歌われて、それも恐らく自分に向けて歌われて、何も感じない男などいないだろう。

ふと連れてきた女達を見遣ると、青い顔をして震えているバイラだけでなく、歌姫としての名声を欲しいままにしてきたカーラも、他の楽師たちも蒼褪めて立ち竦んでいる。

無理もない、芸事は嗜みのひとつでしかないはずの高位貴族の姫に、ただそれだけを磨いてきた自分たちが劣るなど、決して認めたくはないだろうからな。


「奥様、今の曲を売り出す許可を頂きたく存じます。代金は本日お買い上げいただいた全ての商品の代金で如何でしょうか?」


「あら、素人が即興で作曲した歌にそれほどの価値をつけてくださるの?」


「勿論でございます。大陸中で歌われる名曲となりましょう、この場にいた者しか聴く機会がないというのは大きな損失でございます」


「構いません。好きになさい」


「ありがたき幸せ」


大陸中に売れるだろう、平民も貴族も関係なく歌い継がれる名曲となる、間違いない。

バイラの無礼もこれで相殺だ。

やれやれ、この女達はこれだけ自信喪失してしまうと当分使い物にならんな、シェンヴィッフィに着く頃には復活しているといいんだが。

この国に支店を出すのはやめておいた方が良さそうだ、この宰相夫人の怒りを買いたくはない。年に1度くらい表の商品を持ってご機嫌伺いに来る程度なら歓迎してくれるだろう。




パンダロ商会がにこやかに挨拶して踊り子さん達を連れて帰って行った。大金貨3枚分くらいは買い物したと思うのだが、1曲歌っただけで全部無料にしてくれた、踊り子さんの無礼に対するお詫びも兼ねているだろうけど、実に太っ腹な商会である。

そしてこれは私は本妻と愛人の戦いに勝利したと考えても良いのだろうか。私の感覚では些か寒い歌詞だが、前世の名曲をリメイクなしで歌ってみただけなのだが。歌詞は寒いが曲は間違いなく美しいテ〇サ〇ンの名曲である。


「セイラン、今すぐ離宮に帰って・・・」


そしてルナールがなんだかそわそわしている。

何か発情するようなことがあっただろうか。


「セイラン、貴女はルナールに甘すぎますよ。男は甘やかしてはいけません!」


お義母様が笑顔で私からルナールをべりっと剥がした。


「甘いでしょうか?特に何もしておりませんが」


どちらかというといつも私がルナールに甘やかされていると思うのだが。


「いくら過去に関係を持っただけの娼婦とはいえ、あのように躾けのなっていない女に目の前で宣戦布告されるなんて!ルナール!遊ぶのならもっとマシな女を選びなさい!」


「いや、だから母上、あれはセイランに会うよりずっと前の一晩だけの相手で・・・」


「お黙りなさい、顔だけでなく、適当に見目の良い女を食い散らかすところまでレーヴェ様に似て!」


あ、お義父様が笑顔で一歩引いた、どうやらお義父様も結婚前は相当遊んでいたらしい。

お義母様、迫力美人だもんね、怖いよね。


「セイラン、貴女はしばらく本邸で過ごしなさい、ルナールはその間独寝です!」


「あ、はい」


「母上?!セイラン?!」


ルナールの耳と尻尾がわかりやすくへにょっと垂れて可愛い。

獣人族ってわかりやすくていいよねえ。


お義母様の指示で大急ぎで私が使う本邸の部屋を整えに行く側仕え達を見ながら、シュトースツァーン家の妻はこうでないとならないのね、と私は実感した。

お義母様、カッコイイわあ。


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― 新着の感想 ―
母は強し!! ルナールさん可哀想ですね、せっかく愛しのセイランさんの真心こもった歌で気分上げあげだったのに^_^ この2人やご家族のやり取りが面白くって大好きです
[良い点] 番外編、まだ読んでいる途中ですがとても面白いです、公開ありがとうございます。 所々笑いが。 [気になる点] 義母さん、カコイイ! 今夜は本宅で女子会とかなるのかな?義妹も楽しそうだと本宅に…
[良い点] 獣人国後日談がめっちゃ面白い! [気になる点] テレサ・テンのどの歌か超気になります。別れの予感か夜のフェリーボートかな?
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