シェンティスの独り言(共)
本日アーススタコミックよりコミカライズ2巻発売です。よろしくお願いします。
セイランがジークヴァルトの研究室に入る前のシェンティス視点です。
アナスタシア様の筆頭侍女の座を辞し、リシェルラルドからセレスティスへ居を移し20年ほどの時が過ぎましたが、暇です。退屈です。何もすることがありません。
そもそも私がアナスタシア様の筆頭侍女の座を辞することにしたのは、些か年の離れた夫を亡くし、夫の第一夫人の息子が家を継いだために王都の本邸には居づらくなったため、娘の嫁ぎ先の領地にでも小さな家を買って、時々孫の相手をしながら余生を送ろうかと考えていたからです。幸い夫の遺産だけでなく、私個人の資産もそれなりにありましたし、長年王姉殿下の筆頭侍女を務めた肩書は孫やその他の貴族令嬢の家庭教師としても役立つでしょうし。
ですがアナスタシア様に辞去の申し出をすると、王都を離れるのならセレスティスにて研究者をしておられるジークヴァルト様にお仕えしてくれないかと懇願されてしまったのです。
アナスタシア様が常にジークヴァルト様のことを気にかけておられたのはもちろん存じ上げておりますし、リシェルラルドでジークヴァルト様を知らぬエルフなどおりません。
「アナスタシア様、ジークヴァルト様にお仕えするのは私に限らず、全てのエルフ族にとっての誉でしょう。しかしながら、私は騎士でも文官でもなく侍女でございます。殿方の身の回りのお世話には些か不向きかと存じます」
幼子ならばともかく、成人後の、しかも私より遥かに年長のハイエルフの殿方の身の周りのお世話をするには、同性の侍従が必要でしょう。ジークヴァルト様はあまり他者を寄せ付けない御方と聞き及んでおりますので、今現在傍近くにお仕えしている侍従はフォルクハルト陛下の先代筆頭侍従のはずです。そろそろ年齢的にお傍を辞することにしたのかもしれませんが、ならばなおのこと侍女よりも侍従でしょう。
「ジークヴァルトは自身の身の回りのことは全て自分で熟しているはずですから、着替えや入浴の世話をする必要はありませんから、侍女でも侍従でも問題ありませんよ」
「全て自分で、でございますか?!」
ハイエルフの王族が身の回りのことを全て自分で熟すなどありえません。いくら王族の地位を捨てたとて、神々から6つ名を授けられた高貴な御身ですのに。
「ジークヴァルトは常に神気を纏っていますから、誰もその身に触れることができないのですよ」
アナスタシア様が悲しそうに微笑まれます。
「ですから、身の回りのものの手配や、あまりないでしょうけれど来客のもてなしなど、侍女や侍従として主の世話をするというよりも側仕えとしての仕事になります。ジークヴァルトに仕える者には、ジークヴァルトが作製した魔術具を身に付けてもらいます。身に付けていなければ、余程胆力のある者でない限り長時間神気に晒されることに耐えられないのですよ」
長年お仕えしたアナスタシア様の懇願を無下にすることもできず、私は隠居生活を保留として、セレスティスへ移動しました。伝説のジークヴァルト様に少しも興味がなかったかと言えば嘘になりますけれど。
ジークヴァルト様に初めてお会いした時、私は全身を悪寒に襲われました。神気の感じ方というのは個人差があるそうですが、大半は跪き平伏したくなるらしいのですが、私は熱が上がる時のような身体の芯から震えがくるような感覚でした。
これが神気というものか、と悪寒に震えながらフォルクハルト陛下とよく似たジークヴァルト様のお顔を眺めながら、魔術具の調整をしていただきました。神気の感じ方には個人差があるから、とジークヴァルト様が私の腕に取り付た魔術具を手ずから調整してくださるのですが、これは確かに、御身に触れての身の回りのお世話はできそうにないと痛感いたしました。ほんの少し触れられただけで、チリチリと肌が粟立つのです。代々の護衛騎士や側仕えの任期が20年前後と短いのも納得です。本国で王族に仕えた者が交代でお仕えしてきていますが、皆200歳を超えた老練な者が赴任してきていますが、いくら神気を阻害する魔術具を身に付けていても常に神威に晒され続けるというのは精神的に持たないのでしょう。年若い者ならば耐えられないでしょう。
私の覚悟とは裏腹に、ジークヴァルト様は特に私に何かを命じるでもなく、私の仕事は日々の生活の手配と、学院やギルドからジークヴァルト様へ作製依頼のあった魔術具や薬品を納めに行くことくらいでした。本来ならばそれに対応した者が来るのが筋でしょうが、ジークヴァルト様が他者にお会いになることは滅多にありません。よほど面倒な仕様の魔術具の作製を依頼された時くらいは直接内容を確認するために面会の場を設けることもありますが、ジークヴァルト様の前に出た者は皆神気に気圧されてしまいますので、私が調整していただいている魔術具より些か効力の落ちる魔術具を身に付けた依頼者が、跪いて冷汗を流しながらジークヴァルト様からの質問に答えるのみというのが実態です。
私にとっては、神気に晒されていることよりも、特にすることがないという暇を持て余した状況にうんざりとしてまいりました。私は元々アナスタシア様の筆頭侍女、主であるアナスタシア様をその場に相応しく美しく整え、社交の場を采配し、という仕事を100年以上楽しくしてきたのです。ジークヴァルト様は、魔術具や薬を作製するのに邪魔にならないようにと飾り気のない衣装ばかりですし、美しい白銀の髪は背の中ほどで無造作に束ねられているのみ。社交どころか来客も滅多にありません。
私の存在意義が・・・
「ジークヴァルト様に弟子入り希望の人間族の学生がいるのだが、その者がジークヴァルト様の元に通うようになればシェンティスも仕事ができるようになるのではないか?」
「弟子入り希望?ジークヴァルト様に?人間族がですか?」
学院で教師をしているエアハルトが、思い出したようにとんでもないことを言い出します。学生といえど定期的に来客があるとなれば確かに私の仕事は増えますが、ジークヴァルト様に弟子入りするなど正気の沙汰でしょうか?
「過去に何人かは受け入れられたはずだぞ?実際、己の関心のあることにしか一切の興味を示さない者というのは種族を問わず時折存在するだろう?そういう者にとっては、神気もさほど気にならないものらしいし。なんというかかなり変わった人間族だから、ジークヴァルト様ともそれなりに淡々とした関係を築けるような気がするのだが」
ジークヴァルト様に弟子入りを希望しているという人間族の学生のために神気阻害の魔術具の準備をします。この魔術具はいくつか種類と予備があって、私のようにジークヴァルト様にお仕えする者は個人用に調整していただきますが、来客はジークヴァルト様と対峙した時の反応を見て使用する魔術具を選びます。つまり、ジークヴァルト様との初対面では誰もが必ずあの神気を浴びるのです。
ジークヴァルト様の神気に負けずに弟子入りして、定期的に通ってくださる胆力のある学生だと嬉しいのですが、と私はまだ見ぬセイラン・リゼルという人間族の学生に淡い期待を馳せました。
割とワーカホリックの気のあるシェンティス、セイランが来るまでやることなさすぎてアイデンティティが揺らいでました(苦笑)
ちなみにシェンティスとエアハルトは従姉弟同士です。
「異世界アイテム取り扱い考察店」という新シリーズを今年に入ってから不定期更新しておりますので、良ければそちらもよろしくお願いします。




