最強の称号(ル)
俺の名はディゲル。
数日前、ヴァッハフォイアの王位決定戦で挑んできた狼獣人に敗れ、王位から退くことが決定した虎獣人だ。
今この国では、新王が立ったことで、神殿での王位継承の儀式の準備やら、その後の式典の準備やら、周辺国からの客の受け入れ準備やらでごった返している。そうだよなあ、20年前、俺が王になった時もこんなんだったよなあ、と思いながら、俺は今新王である狼獣人のウルファンに色々と引継ぎをしている。
引継ぎなんてしたところで、自分で納得しないことには頭から抜けてくんだから、とっととルナールに殴られた方が手っ取り早いと思うんだが、引継ぎをするのも先代王としての役目らしいから仕方がない。
シュトースツァーン家の当主は、次期当主に最初の子が生まれたら代替わりするしきたりらしく、王位決定戦のちょっと前にレーヴェからルナールに代替わりした。引退した先代当主が、次期当主候補の孫の教育をするらしい。シュトースツァーン家は色々と独特だからな。
若くて血の気の多い新王を躾けるのは大変だから、実に良い時期に引退できた、とレーヴェは喜んでたが、ルナールは渋い顔をしていた。そりゃそうだよな、溺愛してる嫁が息子を生んで、しかもその息子は自分にそっくりなんだから、馬鹿の相手なんかするより毎日とっとと家に帰って嫁と子供の顔を見たいよな。
ルナールにそっくりってことは、レーヴェにもそっくりなわけで、しかも子供は銀髪だったから、あれは将来的にレーヴェみたいな外見の狐獣人になるってわけだ。まあ、あの嫁に似た娘なんて生まれたら大変だろうから、とりあえずルナール似の息子で良かったと思う。
「なんで王が狐獣人族の言うなりにならないとならないんだ?!この国で1番強い奴が王になる。1番強い奴に従うのが当然だろう?!」
そうなんだよな、最初はこんなんなんだよな、俺も20年前はこんなんでレーヴェにさんざん殴られたし、本気で殺されそうになったことも1度や2度じゃなかったよなあ、と遠い目をしてしまう。殴られてるうちが花だ、剣を抜いたら本気で殺しにかかってくる。
「お前に国の運営なんてできんだろうが。これまで強くなることしか考えてこなかったんだろう?他国の使者の前で恥をかきたくなかったら、悪いことは言わんから、大人しく式典でのあいさつの文章でも暗記してろ、シュトースツァーン家の連中が文章考えてくれただろう?」
「あんな長ったらしい文章憶えられるか!」
「憶えるのも王の仕事なんだよ!他国の奴らに、腕っぷしが強いだけで頭の悪い、礼儀もなってない馬鹿な王が誕生したと思われるだろうが!強い奴が偉いのはヴァッハフォイアだけで、他国は違うんだよ!冒険者として大陸中を廻ったなら、それくらいわかってるだろうが!」
・・・悪い、レーヴェ、ルナール、こんなんばっかり王になって本当に迷惑かける。
「文句を言うような奴は黙らせればいい。王を馬鹿にするようなら、死をもって償わせれば・・・」
「お前それさあ、シュトースツァーン家の連中の前で言ってみろ?あんまり馬鹿だと挿げ替えられるぞ?」
実際過去には、あまりにも馬鹿すぎてシュトースツァーン家に抹消された王もいるらしいからなあ、あいつらえげつない手段も遠慮なく使うし。それでも第一に考えてるのが国のことだから、反論のしようがないんだよな。
「神殿での宣誓の言葉や、奉納舞も覚えないとならないだろ?王なんてそんないいもんじゃねえんだよ」
神殿でヴァッハフォイアに宣誓して剣舞の奉納をしないとならんからな、実際過去にはこれをおざなりにして神の炎に焼かれて灰も残さずに燃え尽きた奴もいたらしいし。あんまり馬鹿で礼儀のなってない奴は、神も王として認めてくれないってことなんだよ。ただでさえ王は季節ごとに神殿で奉納とかしなきゃならんのに。
「・・・主神ヴァッハフォイアに従うのは当然だから、それは覚える。だが、王位決定戦にも出場していない狐獣人族に、代々の王が従っているのは納得がいかない!」
あいつらが王位決定戦に出ないのは、この国を裏で回す奴がいなくなると困るからなんだが。やっぱり何度かルナールに殴られないと理解できないよなあ。
「ウルファン様、渡した挨拶の文章は全て憶えられましたか?他にも憶えていただくことは山ほどあるのですが」
顔は笑顔だが、明らかに不機嫌なルナールがやってきた。
あーあ、俺は知らん、殺される前には止めてやる。
「あんな長い挨拶はいらん。それを馬鹿にするような奴は殺して・・・ぐふっ?!」
見事に腹にルナールの拳が入った。
シュトースツァーン家の連中は皆見た目がいいから、王位決定戦にも出ないし、弱くはないのはわかっていてもどうしても油断しちまうんだよなあ。武器を出してくるまでは殺気もないし。新王なんてこんなもんだと諦めてるんだろうな。
「他国の使者を殺して、そして宣戦布告されるのか?式典でいきなり使者を殺すような王が立ったと、周辺諸国が結託して襲ってくるぞ。内心で何を考えていようと、表面は笑顔で取り繕うのが外交なんだよ。そのためには最低限の礼儀作法や挨拶くらい身に付けてもらわないと、ヴァッハフォイアという国が恥をかくんだよ。わかってるのか、戦うことしか頭にないこの脳筋があ!」
「ごふっ!」
「ルナール、なんだ?ノウキンて」
「妻が言ってたんですよ、この国には脳に筋肉が詰まっているような戦闘馬鹿が多すぎる、略して脳筋と。言いえて妙だ、とうちの連中が挙って感心しまして」
「なるほどなあ、確かにその通りだわ、さすがは姫さん」
王なんてそのノウキンの代表だしな。超頭脳派の姫さんからしたら、呆れることが山ほどあるんだろうな。
「お、まえ、なんで王位決定戦にも出場しない男が、こんな・・・」
式典が近いことを考慮して顔は殴られてないんだが、そんなことを考慮されてるとも気付いてないんだろうなあ、こいつ。知ったら憤死ものだろうが。
「新王が立つ度にうちの当主は同じことを言われてきたらしいんだが、表に出て王になんてなってる暇はないんだよ、この国を回す奴がいなくなるだろうが!」
「ぐっ・・・?!」
ごすっと今度はルナールの膝蹴りが入る。全く殺気を出さず流れ作業のようにそれをやられるから、攻撃されるのが読みにくいんだよな、殺気がある方が応戦しやすい。シュトースツァーン家の連中にとっては馬鹿な新王を躾けてるだけだからなあ。
「あー、俺も20年前にレーヴェにおんなじこと言われて鼻で笑われたわ。悪いなルナール、代々こんな連中ばっかりで」
「新王を躾けるのは大変だと、父上から言われてはいましたけどね。とりあえずは、他国の使者の前で恥をかかないように挨拶と礼儀作法と奉納舞の練習だ。文句があるなら、国を回せるだけの頭と配下を揃えてから言え!その頭かち割って、戦うことしか刻まれてない脳に直接刻み込んでやろうか?!」
殴りかかろうとしたウルファンの拳を軽く躱して、逆に捻り上げて引き摺っていこうとするのを、流石に哀れになって俺が引き受けることにする。
「だからシュトースツァーン家の当主は怒らせるな、とさんざん言っただろうが。見た目に騙されて油断してるから、あっさりやられるんだ。本家の連中は全員俺達と戦闘力変わらんぞ?」
油断してなかったら、流石にこんなにあっさりやられることもないんだろうけどな、しかもこれまで着慣れてない動きにくい正装を着させられてるし。逆にシュトースツァーン家の連中はいつも正装して仕事してるから、普通に動けるからなあ。袖やら裾やら邪魔なのに。
「お、れは、王になって、この国最強と認められるために、これまで生きてきたのに、なんであんな狐獣人に・・・」
「俺らみたいなノウキンばっかり王になるから、それに言うことを聞かせるために、シュトースツァーン家の男は強くならざるを得なかったんだよ、てルナールの親父が昔言ってたぞ?あいつら大変なんだぞ、王を殴り倒せるだけの戦闘力を身に付けながら、政治やら経済やら外交やら礼儀作法やら語学やらの教育もガキの頃から仕込まれて。俺が言うのもなんだけど、あんまり苦労かけるなよ?あいつら私利私欲でなく、国のことを第一に考えて動いてるんだからな」
がっくりと項垂れたので、引き摺っていた手を放してやることにする。新王が旧王に首根っこ掴まれて引き摺られてるのはあんまり見栄えがよくないからな、宰相に引き摺られてるよりはましだろうと思ったんだが。
「ルナール、今日はこれから何をするんだ?」
「奉納舞ですよ。奉納舞は剣舞で良い分まだ覚えやすいでしょうから、先に仕上げておこうと思いまして。セイランが伴奏をすることになったので、先に面識がないと本番で呆けられても困りますし」
「・・・姫さんが伴奏?それ大丈夫か?呆けて倒れる奴が続出するんじゃないか?」
姫さんが楽器を弾くのは何度か聴かせてもらったことがあるが、音楽のことなんてまるでわからん俺が聴いても物凄く上手いんだよなあ、特にセディールの音色は甘くて切なくて聞き惚れる。音が甘いとか切ないなんて、姫さんの演奏を聴くまでは全く理解できなかったんだが。しかもあの女神と見紛う外見だから、神殿で演奏なんかした日にゃあ、女神が降臨したと言われてもおかしくないぞ。
「10年に1度の新王即位の神事ですからね。神殿から是非にと頼まれると無下にもできないんですよ。トチ狂った馬鹿が現れないように、神殿騎士が総出で護衛するからと泣きつかれまして」
ルナールが深々とため息を吐く。
そうだよなあ、6つ名だもんなあ、神殿としては神事に参加してほしいよな。
「なんだ?いくらなんでも剣舞は覚えたぞ?主神ヴァッハフォイアに奉納する舞だし、長ったらしい挨拶に比べればすぐに覚えられるし」
奉納舞はな。
剣やら槍やら杖やら持って舞うのは、ちょっとやれば覚えられるんだ、身体を動かすことだし。
問題は伴奏を姫さんがすることになったってことで・・・だからルナールは不機嫌なのか。
「挨拶も長くはないんですがね。あれでも最低限必要な内容だけでかなり短くしているんですよ。歴代の王は皆様頭を使うことを得意とされていませんので。ただ丸暗記するだけなのですが」
ルナールはじろりと俺達に憐憫の視線を向ける。
逆に俺はシュトースツァーン家の連中の頭がどうなってるのか知りたい。頭が良くても腕っぷしは弱いというのならわかる。逆もしかりだ。だがこいつらはなあ。
「う・・・」
ウルファンが口籠る。弱い奴に従うのは嫌だが、相手が自分を殴り倒せるくらい強いなら話は別だからな。やっぱりシュトースツァーン家の当主は王を殴れないとダメだよな。
「いいですか、ウルファン様。今からうちの邸に行って私の妻に引き合わせます。即位の儀の当日に神殿で奉納舞の伴奏をしますので。覚えたはずの宣誓や奉納舞が本番で吹っ飛ばないよう、先にしっかりと見慣れておいてください」
ルナールが笑顔で凄んでいる。相手が誰であろうと男になんて会わせたくないよなあ、ほけっと見惚れるだけならともかく、馬鹿な男は奪い取って自分のもんにしたくなるからな。狼獣人は一途なのが多いはずだから、こいつが既に心に決めた女でもいれば別なんだが。
正装で馬に乗るのに慣れているルナールはひらりと馬に乗って先導するが、こんな長い袖や裾の服で馬に乗ったら鞍や鐙に引っかけちまいそうな俺達は馬車に乗せられる。なんかの式典とか近付く度に正装させられてきたが、よくシュトースツァーン家の連中は毎日こんな動きにくい恰好してられるよな。
「おいウルファン、お前、嫁はいるか?もしくは結婚の約束をしてる一族の女とか」
「あんたを倒して王になることだけ考えて大陸中を廻って腕を磨いてきたんだ、王になることが決まった途端に一族の女どもが挙って色目を使ってくるが、今のところそんな相手はいない」
少しくらい遊んでおけよ。こういう生真面目な奴が性悪な娼婦に嵌って貢いだりするんだよな。
「ルナールの嫁はとんでもない絶世の美女だ。ルナールは溺愛してるし、彼女自身ルナール以外の男になんざ目もくれない。間違っても惚れるなよ?見惚れるのは仕方ない、あれに見惚れないようなのは美的感覚が狂ってるからな。ルナールの言うように本番で色々吹っ飛ばないように、せいぜい見慣れておけ」
「これだけコケにされて、性悪な狐獣人族の女になんか惚れるか!」
「いや、ルナールの嫁は人間族だから。ルナールが惚れこんで口説き落として、アルトディシアから嫁いできた大貴族のお姫様だ。頼むから、姫さんの前で馬鹿を晒すなよ?俺も20年前はこんなに馬鹿でレーヴェにさんざん迷惑かけてたのか、て目で見られるのは辛い」
あ、想像しただけで凹みそうだ、マジで辛いわ。
「なんで人間族の女が、ヴァッハフォイアの新王即位の神事に出張ってくるんだよ」
「そりゃあ姫さんが6つ名だからだ。神殿が頼み込んできた、てルナールが言ってただろうが。姫さんに何かしたら、シュトースツァーン家だけでなく神殿も敵に回すぞ?」
このヴァッハフォイアで王位決定戦には出てこないが、決勝戦に進めるだけの力のある奴らがシュトースツァーン家の連中と神殿騎士の連中だ。6つ名持ちはどこの国の神殿でも大切にされるからな。
「・・・6つ名持ちなんて本当にいるのか?」
そうだよなあ、国を動かす立場でないと会うことないもんなあ、普通は。ヴァッハフォイアとヴィンターヴェルトは普段生きてくうえで名前の数はさほど重要視していないしな。でも6つ名だけは本当に特別だ。俺も姫さんに会うまで何が特別なのかわからんかったけど。すげえよ、6つ名て。どこの国でも欲しがるに決まってるわ。
「いる。俺も会ったのは姫さんが初めてだけどな。本当に特別なんだよ、6つ名てのは。会えばわかる、嫌でもわかる。もしお前が姫さんに何かしようとしたら、俺も敵に回ると思っておけ」
「何もしねえよ!あのいけ好かない宰相の女房になんて興味もない!」
いいのかね、そんなこと言って。姫さんとは仲良くなればなるだけ恩恵があるのに。
伝説の類の魔獣と戦えたり、大神の魔法陣刻んだ魔術具作ってくれたり、美味い飯食わせてくれたり。
シュトースツァーン家の邸に着くと、神殿騎士がわさわさいた。
「おいルナール、なんでこんなに神殿騎士が集まってるんだ?」
「セイランはその気になれば一人でヴァッハフォイアの息吹を出現させることも可能なんですよ。姿もですが、楽も聞き慣れておかないと肝心の当日に神殿騎士が使い物にならなくなっては困るので、毎日とっかえひっかえやってきてるんです」
自分は新王の教育で忙しいのに、神殿騎士が毎日邸に出入りして嫁を鑑賞してセディールを聴いてるとなっちゃあ、ルナールの機嫌も悪くなるよな。
案内された広間では、姫さんが薄化粧して最高位の巫女の恰好して座って待っていた。普段はあんまり着飾る女じゃないからな、見慣れるために当日と同じ衣裳を着てくれたんだろう。神殿騎士達が恍惚とした顔でそれを取り囲んでいて、俺は呆けないように腹に力を入れる。
「ルナール、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま。すまないな、そんな恰好までさせて。だがお前は巫女の衣裳を着ると途端に神々しくなるから、先に見せておかないとならなくてな。アルジェントは?」
「お昼寝中ですよ。お義父様とお義母様がみてくださっていますわ」
ルナールが他にはまず見せない優しい顔をして、いつも通りにこりと微笑んだ姫さんを抱きしめる。まったく、甘ったるい声出しやがって。さっきまでドスの効いた声でウルファンをどやしつけてたくせによ。後で初孫を前にしてやに下がってるレーヴェの顔も見て行くか。
て、ウルファンだよ、大丈夫かよ、新王は。
・・・あかん。
完全に魂が抜けたような顔してやがる。
俺が初めて姫さんに会った時は、化粧もしてなかったし服も飾り気のない普段着だったからな。いきなり神々しい儀式用の巫女服に化粧までした姫さんを見たら、正気でいられる奴の方が少ないんじゃないか?見慣れるためにこの邸に通ってる神殿騎士達賢いわ。
とりあえず、ウルファンの後頭部を軽く叩く。
「・・・はっ?俺は一体・・・今女神が目の前に・・・」
「女神じゃないから。生身の人間族だから。とんでもない絶世の美女だと最初に教えといただろう?」
ルナールの腕の中でにこりと微笑む姫さんを見て、ウルファンがまた固まる。
大丈夫かよ、これ。
「とりあえず、奉納舞用の曲弾いてやってくれ。いきなり舞うのは無理そうだしな」
ルナールがため息を吐き、姫さんが楽器を構えて弾き始める。
ヴァッハフォイアは勇壮な火の神だから、奉納舞用の曲も勇ましい感じの曲だ。いつも姫さんが好んで弾いてるような曲とは違うんだが、流石は姫さん、どんな曲でも難なく弾きこなすな、て、あれ?
・・・陽炎が見える。
馬の嘶きや、土ぼこり、剣戟の音が聞こえる。
いくつもの強大な魔獣、それに挑む戦士達、血と高揚。
ちょっと待て!俺は一体何を見ている?!
幻覚を払うように頭を振ると、ちょうど姫さんがセディールを弾き終えたところだった。
「お前が本気で楽の奉納をするのはまずいんじゃないか?」
ルナールが難しい顔をしている。
「そうですか?でも私が神殿で弾いて魔力を奉納すればこのようになると思いますので、できるだけ本番に近いように弾いたのですが」
姫さんはいつも通りだが、これが6つ名の執り行う神事というわけか。舞う側が下手だと目も当てられないんじゃないか?いや、誰もが姫さんに注目して舞なんて見ないか?
「・・・頑張れよ、ウルファン。とりあえず姫さんに気を取られないように、精神統一して舞え。それしか言えん」
姫さんの姿だけでなく、あんな音に合わせて舞えってどんな試練だよ。いや、逆に音に合わせて身体が動くかもな。
「・・・目隠しする布をくれ」
とりあえずは姫さんの姿を見ないようにするわけか。それなら音楽だけだしな。目隠ししたくらいで動けなくなるような男は王じゃないし。
目隠しした状態で舞い始めたウルファンは、鬼気迫る様子で、正に火の神ヴァッハフォイアに捧げるに相応しい勇壮な剣舞だった。神殿騎士達から感嘆の声が上がる。
姫さんの音だけ聴いてりゃ、まるで戦場や強大な魔獣の前に立ってるような気分になるからな。
即位の儀の前日まで毎日練習に通わせてもらうことにして、俺とウルファンは王府に帰ることにした。
「なんだ、あの女は。あんな女がいるなんて、あんな・・・」
「だから言っただろうが。姫さんはルナール以外の男には一切興味ないから、横恋慕しても無駄だぞ?」
「そんなんじゃない!あれは生身の男のものになっていいような女じゃない!」
あー、こいつはこのタイプか。
時々いるんだよなあ、姫さんを神聖視して崇め奉るようなのが。初対面があれだったから無理もないんだが。
姫さんは見た目こそアレだが、話せば結構気さくで面白いし、6つ名にしては珍しいらしいが、割と俗っぽいんだけどな。
「そんなこと言ってもな、姫さんはとっくにルナールのもんで、ルナールの子も産んでるぞ?」
絶望したような顔をされてもな・・・
俺はぽりぽりと頭を掻く。
「まあ、あれだ。一族の女共から色目使われてるんだろ?適当に相手するか、娼館にでも行って発散してこい」
「・・・あの女以外は全部同じ顔に見えそうだ」
「お前、面食いだったのか?姫さんと張るような絶世の美女なんて、ハイエルフの王族くらいしかいないぞ?」
がっくりと項垂れるウルファンを眺めながら、この国の王は、最強の称号を手に入れたと思ったすぐ後に、シュトースツァーン家の当主に心を根元からへし折られる運命にあるんだよなあ、とちょっと情けなくなった。
レーヴェは俺より10歳くらい年上だが、こいつはルナールと年も変わらんしな。
「王としてこの国をしっかり守れ?それが10年という期限付きとはいえ、王になった男の役割だ。ほとんどのことはシュトースツァーン家の連中がやってくれるだろうけどな、何かあった時に先頭に立つのは王だ。先頭に立って戦って、誰よりも多くの敵を倒して最後まで立っていろ。シュトースツァーン家の連中がいれば金の心配も補給の心配もしなくていい。この国の獣人達の頂点に立った者として、それがお前の仕事だ」
姫さんがこの国にいる限り、スタンピードは起こらないだろうけどな。それでも周辺国との小競り合いとかはあるからな。
自分が強くなることだけでなく、国や民のことを考えられるようになったら、ルナールに殴られることもなくなるだろうよ。
それに何より、姫さんは馬鹿な男が嫌いなんだよ。
最初は新王ウルファン視点で考えていたのですが、あまりにも可哀想な感じになったので、ディゲル視点にしました。