常備菜を作ろう(共)
本日コミックアーススターでコミカライズ更新です。
セレスティスに行ってまだ1年以内の頃の話です。題名の通り、ただ常備菜を作って食べるだけです。
醤油という調味料は前世で最も好きな調味料だった。
前世ではその国によって独特の匂いというものがあり、空港に降り立った瞬間からその匂いを感じたものだ。ドイツでは消毒薬とクリスマスマーケットの匂いがしたし、インドではカレーの匂い、東南アジアでは各種香辛料の匂いといったものだ。日本人の私にはわからなかったが、日本の空港に降り立ったら醤油の匂いがすると他国の人は言っていた。
何が言いたいのかというと、ただ単に醤油がみつかってハレルヤ!というだけである。ヴィンターヴェルトのドワーフ族の皆さん、ドヴェルグ商会ありがとう。フリージアと仲良くなったおかげで、普段店頭には出していない、その品の存在を知っているドワーフ族しか買えない醤油も売ってもらえるようになったし。
そうして何種類かの醤油の味を確認したことで、私は日々の食卓を更に豊かにするべくオスカーに宣言した。
「常備菜を作りましょう」
「はい、お嬢様。何を作るんですか?」
何の迷いもなく私の言葉に粛々と従うオスカーは、私が何を言っても何の疑問も持たずに従うに違いない。ずっと私の専属料理人の扱いだったため、すっかり諦念が身についているようだ。少しばかり申し訳ない気分になる。
「お嬢様、ジョウビサイ、とは何ですか?」
護衛騎士のカイルが困惑したように訊いてくる。
エリドは昔から私と一緒に厨房に行っていたから、私が色々と指示して料理やお菓子を作らせるのに慣れているが、カイルはセレスティスに来てからなのでまだ少しばかりぎこちない。
「お客様に出すような特別な料理ではないけれど、普段から作り置きして常備してある料理ですよ。ある程度日持ちがすることも大事ですね。カイルとエリドの家でもありませんでしたか?ザワークラウトとかピクルスとか」
カイルがポン!と手を合わせる。
「ああ!冬によく出てくるあれですか!冬は野菜が少ないのでよく食べさせられましたが、実はあまり得意じゃないんですよね、そもそも野菜もあまり好きじゃないし」
カイルが苦笑いするが、確かに女性より男性の方が酢の物は苦手な傾向があるよね。野菜嫌いも男性の方が多い気がする。
「食事の際には野菜を一緒に食べた方が身体に良いですよ。私がこれから作る酢漬けは酸味がそれほど強くありませんから食べやすいと思います」
前世の同僚に面白いのがいたなあ。うちの子供たちが野菜嫌いで困ってるんです、と言うから、何の野菜が嫌いなの?と訊くと、キャベツを千切りにしてドレッシングを数種類準備して、好きなように味変して食べなさいと言っているのに全く食べないんです、と言うから、それは野菜嫌いでなくてキャベツに飽きたんや!とつっこんでしまったわ。自他ともに認める料理下手だというその同僚に、簡単だから作ってみなさいと教えたレシピだ。子供が食べなくても大人が食べればいいだけの話だしね。
「オスカー、ニンジンとキュウリとセロリの酢漬けを作ります。ニンジンの皮を剥いてください。後はどれも輪切りにするだけです。ニンジンは薄めに、キュウリとセロリは少し厚めにお願いします」
オスカーが野菜の準備をしてくれている間に、私は漬け汁の準備だ。準備といってもただ量るだけだが。
「オスカー憶えておいてくださいね、醤油と米酢と砂糖を同量です。漬け込む野菜の量によるだけですから簡単ですよ」
「お嬢様の料理でそんなに簡単なものは珍しいですね」
「常備菜ですもの、作るのも簡単でないとね」
手間暇かけて美味しいものを作るのも良いが、手軽に作り置きできるというのも大事だ。前世では一人暮らしが長かったから、休日にはよく色々作り置きしていたし。
大きな瓶に500mlくらいずつ量った醤油と米酢と砂糖を入れて混ぜる。前世ではカップ1ずつで作っていたが、今回は作る量もそれなりに多いしね。
「お嬢様、野菜切れましたよ、その瓶に漬け込むんですか?」
「そうです。後は冷蔵箱に半日も入れておけば完成です。ザワークラウトやピクルスほど日持ちはしません。3日間くらいでしょうかね?」
ワサワサと余ったセロリの葉っぱを足元にやってきたポポちゃんにあげると喜んで食べている。イチゴのヘタとかも喜んで食べてくれるし、ウサギとはエコな生き物である。
「食べるときにごま油と白ごまを少しかけます。お酒にも合いますし、冷蔵箱でよく冷えていますから夏場は特に美味しいですよ」
半日後、瓶から出したいくつかの野菜にゴマ油と白ごまを振りかける。ポリポリとセロリを食べると、うん、感無量。
前世で何十年も作っていた常備菜の味だ、懐かしすぎる。個人的に、セロリはこの食べ方が1番好きだったんだよね。
「お嬢様!私は生まれて初めてセロリが美味しいと思いました!」
カイルが真剣な顔でセロリをボリボリ食べている。厨房で味見に差し出した皿をやや引き攣った顔で受け取ったんだけどね。
前世の同僚も言っていたなあ。うちの子セロリなんて食べないと思います、と言っていたのに、ボリボリと貪るように食べていてビックリしましたって。それ以来常備菜にしたと言っていたが、この酢漬けはキャベツに飽きたお子様だけでなく、男も子供も大概美味しいと言って食べる自慢の一品だった。
「お嬢様、この酢漬け本当に美味いですね、常備菜ということなら常に冷蔵箱に作り置きしておけばいいですか?」
カイルと同じようにキュウリやセロリをボリボリ食べているオスカーに確認される。
「そうですね、これからいくつか常備菜を作りますけど、そのうちのひとつということで野菜がある時は作っておいてください」
前世のように1年中なんでも手に入るというわけではないから、漬ける野菜が旬の時期だけになるね。そして私の料理レシピは醤油を使うものが圧倒的に多いから、これからはアルトディシアの実家にいた時なんて比べ物にならないような数の料理を作ることになるから、オスカーには特別手当も考えておこう。
この酢漬けは本当に簡単で美味しいですので、是非作ってみてください。ちなみに作中の同僚の話は実話です(笑)これまで作中に登場させてきた料理やお菓子は全て私の手元にある料理本、お菓子本に載っているものですので、作ろうと思えば全て作れるのですが、結構手間暇がかかるものが多かったので、たまには実際に誰でも簡単に作れる常備菜の話にしてみました。好評なら2とかも書くかもしれません。




