異世界転生のお約束(ル)
世界の理で登場した猫獣人転生者ミリア視点です。
ううー、カレーが食べたい。
前世のカレールーは偉大だった、私みたいに独り暮らししてから料理始めたような料理初心者でも、市販のルーさえあれば美味しいカレーがすぐ作れたんだもん。今日の食堂のお昼ご飯がハヤシライスだったから悪いのよ。宰相府の食堂のお昼ご飯は、メインの他に麺かご飯かパンの3種類から選べる。サラダと小さなデザートとお茶も付いて、代金はお給料から天引きだ。どれももう本当に美味しくて、最初は感動しまくったけど、最近の私はちょっと不満があるの。
だって、異世界転生して料理革命するとしたらカレーがお約束じゃないの?!
前世かなりの食通だったらしいシレンディア様監修の宰相府の食堂なんだから、そのうち出てくるだろうと思って楽しみに楽しみに楽しみに待ってたのに、いくら待っても食堂のメニューにカレーが出てこないんだもん!
香辛料が高いからかな・・・
うん、あり得る。
砂糖も香辛料も高いもんね、宰相府の食堂はどのメニューも一律小銀貨3枚だから、外の食事処とかと比べるとかなりお高いんだけど、それでも前世のファミレスくらいの味が確約されていると思えばお安いものだ。それに国中から難関試験を合格して宰相府に就職した私達はかなりの高給取りだから、よっぽど料理の味には拘らないという人以外は大概宰相府の食堂で食べている。小銀貨3枚で食べれるのは宰相府に勤めている職員だけで、外から冒険者とかが食べに来ようと思ったら小銀貨5枚になるらしい。まあ、宰相府の中に入るのは普通の冒険者には難しいんだけど。
そういうわけで、私は宰相執務室に直談判しに行くことにした。
前世のもので何か思い出して作りたいものがあったらいらっしゃい、と言ってもらってたんだもんね。自分では思い浮かばないものも出てくるだろうし、て。
「知ってたけど、お前、本当に天才・・・!」
宰相執務室に行くと、ルナール様が片手で顔を覆って天を仰いでいて、シレンディア様が何やら板のような魔術具を操作していた。
「あらミリアさん、いらっしゃいませ。何かございましたか?」
相変わらずCGみたいに綺麗なシレンディア様が、にこりと笑って顔を上げてくれる。
「あ、お忙しいならいいんです、出直しますので」
「大丈夫ですよ、色々調整していた魔術具が完成したところですから」
「何を作られていたんですか?あ、私が訊いても良いものでしょうか?」
なんか国家機密に関わるようなものなら知りたくない、私はただの新人官吏なんだから!
「表計算ができる魔術具です」
・・・さらっと言ったけど、それってもしかして、エ〇セル作っちゃった、てこと?!
「エク〇ルほど複雑なことはできませんけど、ミリアさんが以前表計算ソフトが欲しいと嘆いておられたでしょう?これで財務部の仕事も捗ると思いますよ」
ルナール様じゃないけど、この人本当に天才・・・前にお願いして電卓もどきの魔術具をあっさり作ってくれて、それまで算盤みたいな計算機を皆で高速で弾いてたから、ものすごく楽になったと財務部一同泣いて感動してたのに。√計算とかはできないけど、て申し訳なさそうに言われたけど、四則演算だけで十分です!て感じだったわ。ちなみに本人は四則演算くらいなら何桁でも暗算でできるので、これまで必要を感じていなかったらしい。この人本当にチート。フリーズドライを化学でなく魔術で造り上げちゃう人だもんね。
「あ、ありがとうございます!財務部一同喜びます!」
本当に、これでどれだけ決算期の残業が減るか!ちょっと前までエルヴィエールていう犯罪都市絡みでかなり収支計算が激しいことになってたのよね、あの時のことを聞いた時には、聞かなきゃよかった!と心底後悔したわ、「バブルの全盛期から崩壊期を徹底的に再現して差し上げましたのよ、ほほほほほほ」と高笑いしてて、無茶苦茶怖かった。私はバブル崩壊て知識でしか知らないけど、それを異世界で再現なんて可能なんだ・・・とびっくりしたわ。ルナール様はそれをうっとりした顔で見てたし。
「ひと段落いたしましたので、何かあれば作れますよ?そのためにいらしたのでしょう?」
そりゃあ、私みたいな新米官吏が宰相執務室に押し掛ける理由なんて、それしかないしね。
「はい!シレンディア様、カレー食べたいです!」
「あー・・・カレーですか」
あれ?なんか苦笑されちゃった、やっぱり香辛料がお高いから宰相府の食堂ではコストオーバーになっちゃうのかな、それならご自宅用のカレー粉をちょっとだけ売ってもらったりできないかな。
「カレーというのは料理か?お前がそんな反応をするということは、あまり好きな料理ではないんじゃないか?」
なんかルナール様に笑われたけど、前世でカレーを嫌いな人て見たことないんだけどな。
「そうですねえ、前世で100人に訊いて99人は好きだと答える料理でしょうね」
「つまりお前は残りの1人ということだろう?」
シレンディア様が苦笑して頷く。
「香辛料を大量に使った料理ですよ。私は香辛料の強い料理や辛いものはあまり好みませんので」
あちゃー、辛いものダメな人かー、カレーは甘口しか食べれない、て人ならそれなりにいたね、そういえば。あ、もしかして、だから食堂で出てくる麻婆はあんまり辛くないのか、納得。
「ならエスニック全般苦手、てことですか?」
勿体ない、美味しいのに。でも確かに好き嫌いの分かれる分野ではあったね。
「そうですね、残念ながら。前世で東南アジアを旅行した際には、ほとんどホテルで食事を取りました。旅行に行くと軽食等を買うにも日系の百貨店は最高だと実感しておりましたね」
「その料理は美味いのか?」
「美味しいという方の方が圧倒的に多いですよ。味付けも具材も色々ありますし。まあいいでしょう。ミリアさん、次の闇の日にうちにいらっしゃいませんか?カレー粉の調合だけならすぐできると思いますし、私の好みになりますので甘口になりますが、それで良ければ昼食に招待いたしますよ」
「嬉しいですけど、嫌いなものを作っていただくのは・・・」
好きならともかく嫌いならねえ。それにしても嫌いなもののレシピまでちゃんと再現できる自信あるんだ、すごいね。
「ルナールが食べてみたそうですし、カレーは大概の子供も好きでしたでしょう?息子のために作っても良いかと思いまして」
美人で料理上手な奥さんやお母さんていいよね、この人の場合人形や彫刻みたいだから子供がいるのもなんか不思議な感じだけど、見かけによらず夫と子供の胃袋がっちり掴んでるわけだもんね。前世の友達が言ってたもんなあ、最終的に胃袋掴んだ女の勝ちなのよ!て。美人だけど料理が壊滅的にできない母親がバツ3だとかですごく実感籠ってたわ。私は獣人族としてはかなり料理上手な方なんだけどな、基準がこの人になっちゃってるシュトースツァーン家の兄弟はもう攻略不可能だろうと諦めがついちゃった。どうやら私の知ってるゲームとは似て非なる世界らしいし、まだ17歳なんだから仕事に恋におしゃれにグルメと満喫してもいいわよね。
初めてのシュトースツァーン家にお呼ばれだけど、明らかに超セレブな上司どころか国の頂点のお宅に何を手土産に持参したら良いのかわからなくて、結局地元の猫獣人の里から届いたばかりのラマンパていうラ・フランスみたいな果物を持って行くことにした、王都ではあんまり売ってるの見たことないし。食べ時が一瞬だから難しいのよね。
「ありがとう存じます。ラ・フランスのような果物なら、食べ時も同じですか?そのまま食べる分を残してコンポートにいたします。白ワインと赤ワインと2種類で作りましょうか。出来上がったらタルトやゼリーにしても美味しいでしょうね」
こんな手土産で大丈夫だろうかとおずおずと籠を渡すと、シレンディア様はにこにこと受け取ってくれた。それにしても聞いてるだけで美味しそう、私はシュトースツァーン家4兄弟の誰かの嫁になりたかったけど、今はこの人を嫁に欲しい。ルナール様が羨ましい。
「とりあえず基本のカレー粉を一瓶差し上げますので、味はご自分で調整してくださいませ。クミンシード4ターメリック1カイエンペッパー4コリアンダー8クミンパウダー4ガラムマサラ2です。カレーの黄色はターメリックですが粉っぽさを感じやすいので少量のみです。カイエンペッパーは赤唐辛子のことです。これで辛さの調整です。他にはシナモン、カルダモン、クローブなどをお好みで入れると良いですよ」
「ありがとうございます!寮で自分で作ってみます!あ、やっぱり宰相府の食堂で出すのはコストオーバーですか?」
大きめのジャムの瓶くらいのカレー粉を一瓶もらって私のテンションは爆上がりした。実家から届いた果物が高級カレー粉に化けた!蓋を開けてみるとカレーの匂いがする!やった!
「そうですねえ、カレーはアレンジも色々できるでしょうから、出そうと思えば出せるでしょうけど、その日のみ小銀貨5枚くらいまで上げないと難しいかもしれませんね。ルナールが気に入れば導入するのではありませんか?」
「とりあえず今日食べてみて美味かったら考える。今の1食小銀貨3枚も街の食事処で食べることを考えるとかなり高いからな。まあ、今のところ小銀貨3枚に文句が出たことはないはずだが」
ルナール様が苦笑するけど、前世で考えたら社員食堂の日替わりランチが3000円てことだもんね、もともとあったメニューは大銅貨5枚くらいでつまり500円くらいで1食食べれたらしいけど、最初のうちはそのメニューも残してたらしいんだけど、一季節も経たずに誰も注文しなくなったと聞いたわ。宰相府の官吏になった時点で高給取りだもんね。元々節約しているような人は食堂でなくお弁当持参らしいし。
「今日は私が食べられるカレーにしましたので、ミリアさんが食べたいカレーとは違うかもしれませんがご賞味くださいませ」
「わあああ、申し訳ありません!苦手なものをリクエストしてしまって!」
そんなやり取りをしていると、カレーの匂いがしてきた!あ、もうこれだけで涙出そう!
「あ!ナンなんですね!ご飯じゃなくて!」
おお、カレーライスじゃないよ、本格的なナンが出てきた!全然オッケーだけど!
「チーズナンですよ。私はカレーは苦手なんですが、ナンは好きでたまに作っていた記憶がありましたので、今回久しぶりに作ってみました。あとはカレーパンも好きなんですよ」
「カレーパン!美味しいですよねえ!また違った味わいですもんね!」
前世のことを普通に話せるのも嬉しいんだよね、ルナール様も知ってるから問題ないし。
「今日のカレーはバターチキンカレーです。私の好みですのでかなり甘口だと思います」
わぁお!本格派!
私がカレーといって想像してたのよりかなり黄色いスープにゴロゴロと鶏肉が入っているのが見える。くー!カレーの匂いってワクっと来るよね!いっただっきまーす!
まずはまだ温かいナンをちぎるとトローンとチーズが伸びて、ぱふっと食べると生地がほわっと甘くてしょっぱいチーズとの相性も最高・・・!
そして待ちに待ったカレー!
ちょっと甘めで、でも一口目からガツンとくる美味しさ!
鳥肉柔らかいし、乳製品たくさん入ってるであろうコクとあと何かの酸味、トマトかな?が足されてて、もうもう、パーフェクト!
このチーズナンにこってりバターチキンカレーつけて食べると、本当にもう禁断の美味しさ・・・!
あーもう、生きてて良かった・・・!!!
「こんなに美味いものをお前苦手なのか?」
「私好みにかなりマイルドに仕上げているんですよ。前世ではもっと辛いものが多かったはずです。このバターチキンカレーは前日から鳥肉をヨーグルト類でマリネして、煮込む際にバターや生クリームも多量に入れていますからね。ナンも結構手間暇かかっています。もっと手間やコストを落として作ることもできますが、やはりベースとなる香辛料が高いですからね、宰相府の食堂のメニューに加えたいですか?カツカレー、カレーうどん、カレーピラフ、ドライカレー、カレードリア、カレーコロッケ、カレーパンくらいですかね」
た、食べたい!どれもこれもものすごく美味しそう!
「1食小銀貨5枚でも食べたいか?2年目官吏」
ルナール様がにやりと笑って、お給料おそらく宰相府で新人に次いで安い私に聞いてくれる。安いといっても、基本給月に大銀貨8枚はもらってるのよ、そこに残業代とかもちゃんと出るし、宰相府はホワイトなの。少なくとも銀カードの冒険者くらいの稼ぎはちゃんとある。
「食べたいです!中銀貨1枚でも出します!カレーうどん食べたい、ドライカレー物凄く食べたい・・・!」
「だそうだ。どうにかしてやってくれ。勿論、俺も食べたいが俺は家でも食べられるからな」
ルナール様がそう言ってくれたおかげで、宰相府の食堂では月1でカレーの日ができることに決まった、やっほい!
そしてシュトースツァーン家、おトイレがウォシュレットだった!
やっぱり私は欲しいもの何でも作ってくれるシレンディア様を嫁に欲しい・・・!
異世界転生でカレー作るのは王道かと思うのですが、ジークヴァルトルートではまず作らないんですよね、そもそもセイランがカレーを始めとした香辛料を多用するエスニック料理を好まないので。ジークヴァルトルートの話て本当に思い浮かばない・・・なんせ2人とも欲がないし動かないから。そういう設定なので仕方ないんだけれども。