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第97話「喜ぶがよいぞ人間」

 ――聖女と魔王軍との戦いの開幕より少し前、ウ=イザーク城下町にて闇夜を駆ける影があった。


(聖女の情報を引き出す役目は連中に任せるとして、俺は今のうちに仕掛けを用意しておかねばな)


 影の名はウル・オーマ。闇こそが住処と言わんばかりに活発に動き、防衛レベルが著しく低下した街を我が物顔で走り回っているのだ。


『――周囲に危険性なし。特に怪しいものはありません』

「だろうな。勇者は泥酔、聖女は不在。強者と噂の海の騎士団(オーシャンナイツ)とやらは夜会の警備にほとんど持って行かれ、公爵とやらの城の警備は手薄になっているようだ」


 ウルが侵入したのは、公爵城であった。

 現在警備の兵の大半は貴族や富豪達が集まるパーティ会場に集まっており、居住区である城の警備は通常時に比べればかなり手薄になっている。

 もちろん、それでも大貴族の城である以上それなり以上の警備兵は置かれているが……隠密行動に優れる暗鬼グリンを影に忍ばせた魔王ウルからすれば、その程度ならばないも同然であった。


 何せ、魔道による諜報とは言え、既に一度機密資料を盗み出すところまでは成功させた実績まであるのだから。


「さて……目的はわかっているな?」

『ハッ! 公爵家が隠している書類の再調査と、公爵の子供という人間の男二人を確保すること、それと例の部屋を破ることです』

「そのとおりだ。前に入ったときは聖女と勇者の感知網を警戒せねばならなかったから完全にはいかなかったからな。この作戦を理想の形で終わらせるためには、どうしてもお偉い公爵様とやらの名前が必要なのでね……」


 ウルはそう言うと、もっとも警戒厳重であるはずの公爵の執務室へと忍び込んだ。侵入方法はシンプルに窓から入っただけであるが、5階に位置する部屋に窓から入れる者は早々いないだろう。

 しかも、公爵の執務室は魔道的なトラップと物理的なトラップを完備した要塞だ。本来ならば無人であっても警戒厳重であるはずの部屋なのだが……魔王ウルからすれば何の問題もない。魔力を使わないトラップは無の道を使えば部屋の外から全て無力化可能であり、魔道相手ならばそれこそ専門分野。無力化など朝飯前だ。


「では、予定どおりお前は公爵の息子を攫ってこい」

『畏まりました』


 そう言って、グリンはウルの影から飛び出すと同時に音も立てずに部屋から出て行った。

 公爵の息子二人――戦車遊びと呼ばれる殺人ゲームを楽しむのが趣味のろくでなし二人は、聖女にその存在を知られると拙いと判断した公爵の命令で自室にて謹慎させられている。

 平民相手ならばどこまでも強気に出られる息子達であるが、全ての権力の頂点である父親の命令にだけは逆らえない。渋々パーティにも参加せず、病気療養ということにして部屋に籠もっている状態であった。

 つまり、攫うには絶好の機会。ターゲットの居場所がはっきりわかっているならば、ミッションの難易度は低い方だろう。


(攫うだけならグリンだけで問題はあるまい。さて……面白いものがあれば良いのだがな)


 公爵の執務室に残ったウルは、あちこちに仕掛けがある部屋をさっと見渡してから魔道を発動させた。


「[命の道/三の段/使い魔創造・飛行目玉]加えて[命の道/二の段/視覚共有]」


 発動したのは、目玉に翼が生えたような異形を作り出す魔道と、その目玉使い魔と視覚を共有する魔道。

 この二つを組み合わせることで、自由に動かせる第三の目を作り出したのだ。


「重ねて同じ物を……まぁ20でいいか」


 同時に、同じ魔道を一気に発動させる。

 魔道の同時発動という高等技術を、しかも低位段とはいえ魔道の複合応用技術を加える技量は、見るものが見れば腰を抜かす神業だ。

 しかしそれをなす魔王からすればできて当然の手品でしかなく、この場にそれを正しく評価できる者もいない。

 淡々と、一気に増えた目をあちこちに飛ばして部屋を隅から隅まで調べるのであった。


(……隠し扉……いや隠し金庫か。前に見つけたもの以外にも幾つかあるな。用心深いことだ)


 同時に20もの視界を操り把握するなど、普通の人間には不可能。魔物であっても同じことができるのは生まれ持って似たような能力を持つ特殊な種族くらいのものだろう。

 しかし、使い魔との感覚共有という手段で自身以外の感覚器を得ることも多い魔道士の場合、訓練を積むことで可能としていることも多い。

 それでも20というのは脳の限界を超えてしまうはずであるが……そこは本来の種族が悪魔という特殊性の恩恵である。


「用心深いことは良いことだが、肝心の鍵はお粗末なものだな」


 複数の目を駆使して発見した隠し金庫を無の道によって全て解錠する。傍目には正規の手段で開かれたとしか思えないくらい綺麗なものだ。

 魔道が存在する世界において、どれだけ頑丈な金庫であっても普通の鍵では心許ない。火で炙られようが鉄の塊をぶつけられようがびくともしない頑強さを誇っているとしても、金庫である以上開ける仕掛けがあり、それを解除するのは念力の魔道が使えれば簡単な話だ。

 そのため、公爵家のように財力と敵を持つ家系は魔道対策も施した金庫を使うのが当然なのだが……魔力量ならばともかく、古代と共通する魔道技術で魔王ウルに勝るものなどまずあり得ない以上、千年の時の間に開発された魔王が知らない技術でも使わない限りは彼に開けない扉はない。


「人身売買、横領は基本として……違法娼館の運営、斡旋に密輸に麻薬と、持ちうる手札をフルに使っているな……中々感心なことだ」


 あっさりと口を開いた難攻不落な金庫の中から出てきたのは、公爵家の不正……というよりも犯罪の証拠の山であった。

 並みの悪党ではここまでしないと良識ある人間ならば絶句するほどに幅広く悪事を働いており、特に港を持つ強みを活かした密輸事業がメインのようだ。

 表向きに運ぶことは絶対にできないご禁制の品を始め、盗品から奴隷商売まで他国を巻き込んで巨額の利益を上げている。

 残念ながらそれを見ているのは良識からほど遠い魔王ウルであるため、特に義憤の類いを抱くことはない。ただただ、手に入れた資料をどう利用すべきかと冷徹に考えるだけだ。


(これだけあれば、当初の計画の遂行は可能か。旗印は用意してあるし、後は簡単な扇動で事は起こせるな。勇者とやらには舞台に上がってもらう方が都合が良いが、聖女の方は舞台裏で消えてもらうべきか――ん?)


 脳内でウ=イザーク攻略のプランを立てていると、遠方より彼と魔道的な繋がりを持つ使い魔から異常を知らせる信号が届いた。

 場所は、聖女と配下をぶつけた戦場だ。


(始まったか……)


 魔王ウルは、予め指定した戦場の地中に使い魔として使役している不死者(アンデッド)の軍勢を待機させている。

 さほど個としての力は強くないものの、監視や単純労働に使うにはこれ以上ない駒である。何せ疲労することもなければ暑い寒いと文句を言うこともなく、与えた魔力が尽きるまで命令に従い続ける理想の奴隷なのだから。


(森の支配の過程で作った内の三分の一ほど回したが、いざという時は盾代わりくらいにはなるだろう)


 不死者(アンデッド)の作成は魔力だけで創造系召喚術を使う手段もあるが、実物の死体をベースに作る方が効率的で低コストだ。

 特に、契約の功罪(メリト)によって魂を捕食した抜け殻を使う場合、ウルはほとんど魔力を消費することなく不死者(アンデッド)化させることが可能で、何かと重宝するものだ。

 今手元にあるのはシルツ森林を支配する過程で逆らった魔物の内、見せしめ代わりに殺した者を素材としたものがほとんどだ。

 加えて人間の街であるア=レジルを侵略した際に出た人間の死体を素材にしたものもいくらか混じっており、数だけならば魔王軍の部隊の中でもトップクラスと言える。

 本来魔王直属の兵として活用すべき強者に各々の配下を与えて部隊として運用する組織の構造上、いつ動かしても問題ない直属兵力として不死者(アンデッド)部隊は存在しているのである。


(最初の緊急連絡は魔力爆弾を受けたことでか。地面が抉られていくらかの不死者(アンデッド)も欠損……まだ動くものもいることはいるが、維持する意味はないな)


 聖女の最初の攻撃で戦闘力を損なった不死者(アンデッド)との繋がりを即座に解除し、消滅させる。こうすれば地の底に不死者(アンデッド)が埋まっていることなど聖女には想像することもできなくなるだろう。


(……チッ。精鋭だけで揃えたはずが、それでも魔力爆弾だけで半壊か。想定の範囲から外には出ないが、痛い出費だな)


 それなりに時間をかけて鍛えた配下の死亡は痛い。替えが利かないわけではないので致命的ではないが、面白い話ではない。


(現状、戦場に出ている中で本当に替えが利かないのはケンキ、カーム、アラフくらいか。あの三体に危険が迫ったら不死者(アンデッド)で逃走を補助するとするか)


 第一手で既に敗北が確定しているような状況であるが、ここで引かせても殺され損だ。最低限聖女の力の一端くらいは引き出してもらわねばならないのだが……と思いつつも、ウルは自らにも反省点があったなと不死者(アンデッド)の視界で戦場を観察しながら思った。


(……対空攻撃の心得が不足していたか。考えてみれば、今まであいつら空を取られる心配をする必要のない森の中の戦いしかほとんど経験がないんだよな……)


 頭の上を樹木が覆い隠す森の戦闘において、頭上を取られるとは木の上に登られるということであり空を飛ばれるということではない。

 もちろん森にも空を飛ぶ種がいないわけではないが、樹木の天井という制限がある以上手が届かないということはなかった。

 その制限が存在しない戦場の経験は精々ア=レジル攻略戦くらいのものだが、人間達に飛行手段を持つ者がいなかったのでそういう意味での経験にはなっていない。

 つまり……聖女が天馬を使い空に陣取るように、剣が届かない位置にいられると最高戦力であるケンキがほとんど機能しなくなる弱点があったということだ。

 アラフならば糸、カームならば風弾と遠距離攻撃の手段はあり、そもそも全員魔道の心得があるのだからいざとなれば空に向かって何かしら攻撃することは可能だが……メインウェポンが封じられることに変わりはなく、格上相手にはとても通用しないだろう。


 はっきり言って、聖女はこのまま魔力爆弾を落とし続けることが最適解である。魔王軍側に対空戦闘の手段がほとんどない以上、それだけでほぼ確実に勝利を手にできるのだから。

 しかし、実際に聖女が取った手段は天使の召喚。魔王軍が聖女の手の内を暴こうとしているのと同様、聖女もまたあえて相手の得意距離に使い捨ての駒を送ることで魔王軍の底を測ろうというのだろう。


(今のは……間違いない。一度見たときもほぼ確信であったが、二度目となればもはや疑う余地なしだな)


 最初に天馬の召喚を見たときから抱いた疑念が、天使の召喚によって確信に変わった。

 通常、召喚能力を持つ功罪(メリト)で呼び出せる種類は一つと相場が決まっている。カームが保有する魔狼の軍勢(アーミーズ)も、呼べるのは大小はあれど風のオオカミのみだ。

 それをより広範囲に……『聖なるものを呼び出す』という漠然とした条件で許される功罪(メリト)となるとかなり希少(レア)だと言っていい。

 そんな力を持つから神器と呼ばれ、人類が神から授かった切り札と呼ばれているわけだが……その能力の根幹を、魔王ウルは完全に見切ったのであった。


(天使共の実力は大したものではないが、元々魔力生命体の上に創造された召喚モンスター、しかも翼による飛行能力持ちとなるとケンキでは相性が悪いか。カームも功罪(メリト)で対抗しているとは言え、流石に召喚術としてのレベルが違う。俺の想像どおりなら召喚上限もこんなものではないだろうし……そろそろ助けに入るか)


 ウルの予測どおり、数を一気に増やした天使軍団に後がなくなった配下を不死者(アンデッド)の操作で救出した後、戦場からの情報が途絶える。完全に不死者(アンデッド)達は殲滅されたようだ。

 しかしアラフからの通信で安全圏まで退避完了と連絡を受けたので、ウルはさほど心配することなく聖女との最初の対決は終結したと判断する。


「聖女……聖人に、神器ねぇ。神共も、随分と舐めてくれるものだ……」


 他に誰もいない公爵の執務室で、一人表情を変えるウル・オーマ。

 その形容しがたい形相を誰かが見る前に――すっと、常に浮かべている余裕を持った表情へと変貌する。


「……グリンか。首尾は?」

「はっ! このとおりでございます」


 魔王が感じたのは、命令を下した配下の帰還。

 自分の内側は誰にも見せないと、ウルは余裕の表情でグリンの労をねぎらった後、抱えられて連れられてきた意識を失った二人の人間の男を冷たく見下ろした。


「よくやった。もう一方の作業にかかれ」

「承知しました」

「あっちは生死は問わん。……が、可能なら生かして連れ出せ。無理なら殺していい」

「はっ!」


 更なる命令を受け、グリンは闇に溶けた。

 一人残ったウルは、グリンが連れてきた男達の頭を掴み、意識を失った頭を持ち上げて無理矢理自分と目線を合わせる。


「さて……自らの支配下にある人間を殺すのが趣味らしいな。喜ぶがよいぞ人間。貴様ら風情では一生お目にかかれない、もっと刺激的な劇に出演させてやろう……」


 クククッと、魔王は邪悪に嗤う。

 意識を失った人間の魂へ毒を盛るように、冷たく笑うのであった……。

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