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第94話「これも試練です」

「……準備は万全だ。お前は?」

「当然、問題などあるはずも」


 人の領域と未開の地の中間。人里や街道からは外れているが魔物の領域というわけでもない、シルツ森林から少し離れ中途半端に人の手が入った開けた場所で、巨大な覇気を放つ二体の怪物が戦意を滾らせていた。


「王の作戦によれば、ここに敵の人間がやってくるということだったが……」

「何か、敵を誘導する策があるとのことでしたね」

「強敵らしいな。無駄な犠牲を出さないように、力の弱い配下は極力使わず精鋭中心で対応せよ、とは」


 怪物の名は、ケンキとカーム。ウル魔王軍の幹部の中でも、戦闘力で言えばトップ2に数えられる大魔である。

 彼らは『魔王』ウルの命令により、この人も魔物も立ち入らないようなへんぴな場所に陣取っていた。

 土地の支配者として、一応領域支配者(ルーラー)である魔物はいたのだが、所詮は人に荒らされ放置された土地に居座っていた小物。満足に異界の形成もできていなかった『偶々この辺で一番強かった魔物』は、哀れにも突然現れた大鬼と嵐風狼(シウルフ)に睨み付けられ一秒で降伏し、今ではウル軍の領域となっている。


「事前に準備を整えて対処、というのは得意分野なんだけど、今回はちょっとヤバい相手なのかもね。あのボスがそこまで警戒するんだから」


 ケンキ達が話していたら、更に一体、大きな気配を持つ魔物が近づいてきた。

 アラクネのアラフ。普段はウル軍の本拠地であるシルツ森林の防衛を任されている防衛の長であり、本来ならば陣地から出てこない存在である。

 警備の観点からすると動かしたくない存在であるが、今回の敵は出し惜しみするのは危険だと判断したウルの命令により、決戦予定地に巣を作って待ち構えることとなった。

 その間の拠点の守りは先日支配下に入ったエルフ達と、そのご神体である樹木の大精霊(マザードリアード)が担っている。森の中での防衛戦ということならば、短期間なら彼らも十分な働きをするだろうという判断だ。


「……強敵ですか。以前の戦いでは、力を示すに値する強敵はいなかったですね。今度こそ、私の力を王に示すとしましょう」

「精神性だけならば見所のある者はいたが、実力となると……な」


 ア=レジル攻略戦での消化不良を解消すべく、気炎を上げるカーム。

 大魔基準では不合格だが、気合いだけならば一流の冒険者チームと刃を交えたケンキはそこまで思ってはいないが、やはり消化不良には変わらない。

 以前圧勝だったのだから、今回も同じ結果に終わる。むしろ、少々強い方が王へのアピールになると、そんな楽観的な空気すら漂っていた。


 ――それは、野生に生きる魔物にとって本来あり得ない『油断』という緩みだ。

 長年強者として君臨し、そんな自分達を更に超える絶対強者の庇護下へと入り、その上で圧倒的勝利を経験してしまったが故の不協和音。

 勝つか負けるかではなく、食うか食われるかの生存競争を行っていたときは無かったはずの匂いを感じることができないまま、彼らは魔王ウルの指示に従い行動を起こした。


「さて――この場所で魔力を解放すればいいんだったな?」

「ええ。そうすれば、敵は勝手にやってくると」

「よくわからないけど、味方と引き離して単独行動させる仕掛けを打ったそうよ」

「ならば、やるとするか。……お前達も準備はいいな?」

『ハッ!』


 ケンキの声に反応したのは、この場にいてもよいと判断されるだけの力を持った精鋭――ケンキ、カーム直属戦闘班の上位陣と、アラフ率いる大蜘蛛進化種、そしてシルツ森林内で元々力を有していた元領域支配者(ルーラー)たちである。

 蜘蛛の女王として領域を支配したアラフや、かつてウルに攻め滅ぼされた湖の領域支配者(ルーラー)と同格の魔物達であり、ケンキとカームを軍門に加えた後に侵攻されて魔王軍傘下に加わった者達だ。

 どれも、並みの人間ならチームを組んでようやく討伐可能な危険度二桁後半クラスの強者。そんな者達を加えて、総勢40体ほど集められているのだ。


 内訳は――

 ケンキ率いる鬼族進化種10体。

 カーム率いる風狼精鋭10体。

 アラフ率いる大蜘蛛進化種10体。

 元領域支配者(ルーラー)5体と、それぞれの副官5体。

 となっている。


 彼ら元領域支配者(ルーラー)もア=レジル攻略の際には雑兵を束ねる小隊長として参加していたが、はっきり言って何か仕事をする前に戦いは終わってしまった。消化不良感で言えば、それなりに大手柄を上げたケンキ、カームよりも高いだろう。


「では――始めるとしよう」


 その合図と共に、魔物達は一斉に魔力を……邪気を高めていく。

 力を肌で感じ取れるだけの経験の持ち主ならば、誰もが震えと共にその力を感知すること間違いなしの行いだ。

 しかし、彼らの獲物である聖女がいるのはこの場所から馬で一日以上かかるくらいには離れているウ=イザーク城下町だ。とても感知できないだろうし、仮に何かを感じ取ったとしてもすぐさま移動することなど不可能な距離と言える。

 それでも、魔王はやれと言った。それだけで、彼のターゲットである聖女はここに来るだろうと。


 だから、彼らは疑うこと無く実行する。その成否は、すぐにでも現れることになる――



 ――そのころ、イザーク公爵家主催の夜会が開かれていた。


「ハハハッ! そうかい?」

「ええ。勇者様のお話、とても楽しいですわ」


 事前に交わした約束どおり、エリスト公爵は勇者カインと聖女アリアスを自らが主催するパーティーへ招待した。

 勇者、聖女の滞在連絡を受けてから突貫で企画した夜会であったが、招待した客人の九割以上が参加する運びとなっている。これは勇者、聖人のダブルビッグネームとお近づきになりたいという下心と、格上の公爵家からの招待状を拒否することなどできない階級社会の暗黙の了解によるものである。

 それこそ、王家に次ぐ巨大な利権と権力を握るイザーク家の誘いとあれば、親の葬式よりも優先するのがこの国の貴族の当たり前であった。参加しなかった残り一割弱も、それぞれの事情で遠出しており物理的に参加できないなどどうにもならない理由ありきのものであり、ちゃんと代理を送り込んできている。


「やれやれ。別に武勇伝を語りたいわけじゃないんだがな。いや、俺クラスになると極当たり前にやっていることも凡人には偉業に見えてしまうのだから仕方が無いか」


 さて、そんな夜会であるが、この場の主役は主催者のエリスト公爵ではなく、ゲストとして参加している勇者カインと聖女アリアスである。

 公爵の当初の予定どおり、カインは貴族令嬢に囲まれて鼻の下も上も全力で伸ばしていた。自慢話が止まらないのは自己アピールに全力を出すのが当たり前の社交界では珍しくはないが、ここまで自分に酔える男というのも珍しいというくらいに。

 もっとも、ここまで伸びきった鼻は流石にレアとしても、ル=コア貴族子息の言動も大体は『僕って凄いでしょ?』の一言で纏まることを延々と続けるだけなので、扱いには慣れた令嬢達であった。


「……ま」

「いいこと、ですね」


 勇者の仲間であるミミ、リエネスの二人も公爵家からの貸衣装で着飾って夜会に参加している。

 二人はあくまでも仕事なので羽目を外すこと無く、遠すぎず近すぎずの距離で勇者を見張って――もとい、見守っていた。その内嫉妬する素振りでも見せに行かないと後でまた機嫌が悪くなるが、しかし行動が早すぎるとそれはそれで不機嫌になるので、その辺の見極めはプロの技である。


 そして、もう一人の主役聖女アリアスは――


「えっと……その、わざわざ庭に演説の舞台を? ここまでしていただかなくとも……」

「いえいえ。聖女様から、しかも最高位である七聖人のお一人である聖女アリアス様の説法が聞けるというのですから、こちらとしてもできることはいたしませんと」


 公爵家の城自慢の中庭で困惑していた。

 今日の夜会は中庭に直結する大広間を利用しており、参加者の気分次第でいつでも夜風に当たりにいくことも星を眺めに行くこともご自由に、という趣向になっている。

 そんな中、庭師達の日々の苦心が見て取れる庭に、ド派手な装飾が施された演説台が用意されていたのだ。

 一部例外はあるが、基本的に清貧を好む聖職者としての趣味には合わないギランギランの飾り付け。今夜一晩のためだけに用意されたとはとても思えない、イミテーションでは絶対にないと確信できる巨大な宝石があちこちに散りばめられた装飾は、もはや悪趣味を通り越してこれはこれで何かしらの芸術なのかもしれないと錯覚してしまうほど。

 大道芸人でも呼んでショーをやるならいいかもしれないが、しかし聖職者の説法を行う場所としては不適切極まりないとしか言えない舞台であった。


(流石にここで神の教えを説くというのは……これじゃ、いくら私でも説得力というものが……)


 狂信者と恐れられる聖女であるが、流石にこれは困った。

 公爵の気遣いは、アリアスからすれば『使った金の量がそのまま評価に直結する』とでも記した経典がある異教の狂信者なのではないかと思いたくなるものなのだが、本人の顔を見てもニコニコと心からの善意ですと書いてあるようにしか見えない。

 感情を隠すのは貴族にとって基礎的な技術であり、公爵ともなれば欲深い人間と渡り合ってきた聖女アリアスの眼力を以ってしても簡単には見破れない。

 だが、ここまで金のかかった嫌がらせをする理由は流石にないだろうと、アリアスはこれを価値観の違う善意なのだろうと好意的に受け止めることにしたのであった。


「あの、イザーク公爵――」

「ささ、どうぞこちらの席に。あ、ここぞというときはこちらのボタンを押してください。花火が上がる仕掛けがあるほか、照明の魔道具を使って一層派手に演出できますから」


 やんわりと断ろうとしたアリアスであったが、エリスト公爵の勢いは止まらなかった。

 金は正義、派手なら派手な方がいい。そう言わんばかりの提案に、流石の聖女も二の句が継げなくなっていたのだ。

 僅かでも悪意があれば、神の威光を穢そうとするのならば、それを制裁することに戸惑いなどない。だが、神の教えを肯定しようと善意でやられるととても困る性格なのだった。


(これは悪意を以ってのことではない。彼は知らないだけなのです、神々の在り方を)


 エルメスの神々は慈悲深く、より多くの人間を救うことを是とする存在である。

 神は過剰に着飾ることよりも、一つのパンを分け与えることを望まれる。

 人々がすべき恩返しとは感謝であり祈りである。無駄な贅沢は慎むべきだ。


 教義にはっきりとそう書いてあるのだから、まずは公爵に説教をすればいい。こんなことをするくらいなら、その金で貧しい民に恵みを与えよと。


「……イザーク公爵」

「なんでしょう?」

「神は堕落を良しとしません。清貧を尊び、欲に囚われない清き祈りこそを求められるのです」

「はあ?」

「お心遣いには感謝いたしますが、必要以上に金銭をかけるのは聖職者として――」

「なるほど、仰りたいことは理解しました。しかし……ここに集まったのは皆、俗世では上流階級と呼ばれる位にある者達です。いかな崇高な教えでも、貧しい姿では彼らの心には響かないでしょう。……なによりも、偉大なる神々の教えをご教授頂く後、我らが信仰を形に変えるために使うのは……そういうものですよ?」

「それは……」


 たたみかけるエリスト公爵の弁術に、聖女アリアスは言葉に詰まった。


(教皇聖下は仰られました。人は黄金では救われない。しかし人を救うためには黄金が必要なのだと)


 エルメス教最高位、七聖人である彼女より明確に上と定義されるエルメス教の頂点曰く『人は過剰な富を得ても幸福にはなれないが、教会が富を得ればその力で多くの人を救うことができる』とのことだ。

 部外者が聞けば適当なこと言っても結局金が欲しいだけかと唾を吐きたくなる言葉であるが、それを聞く信徒も言った教皇も本気でそれを信じ疑っていないのだから宗教とは恐ろしいものである。

 ともあれ、結局のところ人の世界で生きるためには金が必要である……というのは間違いの無い真理だ。各地に存在するエルメス教会も寄付金は受け取っていることもあり『信仰のために使われる金』を否定することは聖女だからこそできないのだった。

 たとえ、個人的にはどれほど無駄遣いに思えても。


「……困りましたね」


 唯我独尊に自分のことしか考えていない勇者カインと意見が合わないことからもわかるとおり、神の教えが関わらない限り聖女アリアスは調和と規律を重視する人間である。

 詰まるところ、人の善意と論理に弱い。神を冒涜する堕落を見せれば問答無用で即粛清ができても、あくまでも神を信仰しているというスタンスでの善行に逆らう術がないのであった。


 そのまま、しばらく悩んだ末――


「……わかりました。これも試練です」


 清貧を豪華絢爛な舞台の上で説く。道化師のやることだが、そのくらい覆せないようでは修行が足りないのである。

 自分をそう納得させ、やってやると気合いを入れてキラキラ舞台へと聖女は上がっていったのであった。


「……フン。ま、わしに損はないか」


 聖女がいなくなった途端、ニコニコとした笑みを消した公爵の漏らした言葉には気がつかずに……。

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