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第91話「願いを否定するわけにはいきません」

「ハハハハハ。勇者様と聖女様をお迎えできるとは、光栄の限りですよ」


 イザーク公爵家当主、エリスト・イザークは貼り付けた笑みで自らの城を訪ねてきた若者二人を出迎えた。

 エリストは国内有数の大貴族の正当後継者として生を受け、そのままルートを外れること無くその権力を手にした男。弛んだ腹とやや白髪が目立つようになってきた四十男であるが、そのプライドは不必要なほどに高い。

 そんな男も、目の前にいるのが勇者と聖女ともなれば不本意な笑みを貼り付け、好意的な演技をしなければならない。


 町民から教育の名目で人質を取り、武力と権力にものを言わせて非道の限りを尽くす狂人であるが、だからこそ自身以上の権威、暴力には敏感に反応する。

 そうでなければ、大貴族の地位は守れないのだ。


「――と、まあそんなことがありましたねぇ」

「それは、素晴らしいことですわ」


 遠慮も無く自分の要求を突きつけてきた勇者と、公爵たるエリストに興味が無いと顔に書いてあった聖女。

 そんな二人にエリストは辛抱強く笑顔で接し、世間話を通して関係性を深めていったのだ。


「聖女様にそう言っていただけで何よりです。私も貴族として、そして一人の人間として、エルメスの神々への感謝と尊敬を欠かしたことはありませんので」

「とてもよい心がけです。エルメスの神々もお喜びのことでしょう」

「そしてもちろん、神々の代行者として力なき民を守ってくださる勇者様の偉業を聞く度に年甲斐も無く興奮してしまうものですよ。是非勇者カイン様の武勇伝をお聞かせ頂きたいですなぁ」

「そう? いや、あまり目立ちたいわけじゃないんだけどなぁ」


 大貴族として身につけてきた教養――観察眼と話術を存分に発揮すれば、力に酔う若造と信仰に狂う小娘如きどうにでも丸め込める。

 彼にはその自信があり、ほぼ事実だ。挨拶――というより勇者に相応しい宿と軍資金を要求しに来たカイン・ファストと、最低限の礼儀を果たしに来ただけのアリアス・『シル』・ハルミトンは一緒に訪ねてきたのに意思疎通が全くできていない困った客人であったが、彼と話す内にすっかりそのペースに飲まれていた。

 僅かな世間話の間に心の隙――信仰を肯定すればそれだけで何も否定できなくなる聖女の異様な思考の優先順位と、過剰なまでに膨れ上がった勇者の自己承認欲求を見抜いた彼は、口八丁で彼らに親しい友人のような感情を芽生えさせてみせたのであった。


(……勇者の方はともかく、聖女の方は過激なまでの正義タイプか。ちとこの街のことを知られると面倒なことになる。となれば、事前に隔離するのが上策か)


 会話の中で、二人の人柄、好み、価値観を分析するエリスト。

 彼の分析結果は、勇者と聖女はそれぞれベクトルの違う狂人であるというのが結論であった。


(勇者はとにかく承認欲求が強く、同時に自らを認めようとしない存在に剣を向けることに躊躇は無い。そして、聖女もまた、一度神の敵と判断したのならば親兄弟友人恩人一切例外なく聖罰を与えることに躊躇いはないタイプ。恩を売ることに意味はないが、しかし敵対するのはもっと損害が大きい……全く、関わるだけ損する連中だわい)


 世間話の中で、楽しくて仕方が無いよう様子で自慢話――それも、勇者の力で敵を滅ぼしてきた武勇伝ばかりを語るカイン・ファスト。

 そして、それに呼応するように神の教えに従わない異教徒がどのような末路を迎えたのかを、自分達教団の手で罰を与えておきながらそれが自然の摂理だと説くアリアス・『シル』・ハルミトン。


 自らもまた、人の命を奪うことになんの躊躇も覚えない狂人であるからわかる。エリストは、狂った脳みそで自らを客観的に理解している。

 悪いことを悪いことであると理解できないまま悪逆に手を染めているのではく、善と悪の一般的な定義を理解した上で悪を選ぶのがエリストという男なのだ。

 その異常で正常な頭脳が、この二人への対処法を結論づけた。

 過剰に恩を売っても『自分達に協力するのは当たり前のこと』としか思わない超越者たち相手では損をするだけであるが、しかし当たり前のことをしなければ罰と称して略奪を行いかねない狂人には、表面的なお付き合いだけ済ませるべきだと。


「ところで……お二人とも、今日の宿は決まっていないとのことでしたが……こちらで最高級の宿をご用意いたしましょうか? それとも我が城に宿泊なさいますか?」


 勇者が気分良く続けていた自慢話に一区切りついたタイミングで、エリストは話を切り出した。

 エリストからすれば、どちらでも構わない問いだ。最高級とはいえ民間の宿の一泊や二泊程度の料金、彼からすれば端金であるし、公爵家の城の客間を望むなら監視が楽になる。その程度の違いである。


「あー……そうだな」


 一方、勇者カインからすると迷う問いであった。

 公爵家の城となれば最上級のおもてなしを受けられるだろうが、やはり他人の家では寛げない。同じ客でも金を払ったお客様と公爵の好意で泊めてもらうお客様では立場が違うだろう。どちらにせよ自分の金を出す気はないが。


 そうやって悩んでいる内に、聖女アリアスが先に答えてしまうのだった。


「いえ、そうのんびりしている暇もありません。神の敵には刹那の安息も許してはならないのです」


 アリアスは何事も即断即決がモットーの狂信者。こんな、近いというだけで無関係の街に滞在する理由などないのだ。

 世間話の中で『最近この街から見てア=レジル城塞都市に何かあるか?』という話は十分に聞けたので、彼女からすればもうこの街に用事はないのである。


「いやいやアリアスちゃん。休憩は大事だって何度も言ったでしょ。そんな強行軍じゃ足を掬われるよ?」


 そんな提案、カインからすれば下の下である。

 いくら勇者でもなんの大義名分もなく国の金で豪遊することはできないので、今のように国からの依頼を受けているタイミングは人の金で遊ぶチャンスなのだ。

 それを短時間で終わらせるなど愚の骨頂。使える経費は限界まで使うのが賢い生き方であるというのが彼の主張である。


 そんな衝突二人をここまで諫めてきた国のエージェント二人は、大貴族の前に上がるには身分が不足しているということでここにはいない。誰も止めなければ、最悪を想定する必要がある不毛な言い争いに発展しかねないだろう。

 カインは自尊心、アリアスは信仰心という自らの主張を絶対に曲げない理由がある以上、自分から妥協という選択肢が無いのだ。


「……でしたら、休憩ついでに聖女様にお願いしたいことがあるのですが」

「おや、なんでしょう?」


 そこで助け船を出したのは、この城の主エリスト。

 流石に自宅で勇者VS聖女などという怪物決戦をやられては困るので、調停役として妥協点を提示することにしたのだ。


「私どももエルメスの神々への感謝と信仰を日々重ねておりますが、やはり聖女様ほどその教えに理解があるとは言えません」

「それはそうでしょうね」


 聖女は一切謙遜すること無く断言した。神のお心に最も近いのは自分である……その自負のあまり、聖職者同士で軽く殺し合いになることも珍しくはない話題なので仕方が無い。

 あまりにも強い肯定に一瞬面食らうエリストだが、問題は無いと話を続けた。


「そこで、私どもに聖女様自ら説教をお願いできませんか? 実は、近々ささやかながらパーティを予定しておりまして……そこで特別ゲストとして勇者様と聖女様にご出席を願えればと。勇者様も、英気を養うにはうってつけかと」

「へぇ。いいじゃないか」


 大貴族のパーティとなれば、口ではささやかと言いつつも贅の限りを尽くしたものになるだろう。

 当然綺麗どころも多いことだろうし、最高のメシと酒と女にタダでありつけるとなればカインに不満は無かった。


「そうですね……あまり長く待つわけにはいきませんが、神のお心を知りたいと願う信徒の願いを否定するわけにはいきません。私でよければ喜んで」


 そして、元々エルメス教の布教を目的としてル=コア王国へやってきたアリアスに、この申し出を断ることはできない。

 神の教えを広めるとなれば、魔物退治なんかよりも遙かに優先度の高い重要な役目なのだから。


「ありがとうございます。では、日程を調整し、具体的な予定が決まり次第お知らせいたします。それまでは……」


 ちらりと勇者へ視線を向ける。どこに滞在したいのか、先ほどの問いに答えろという意味だ。


「……よし、それなら公爵に厄介になろう。でも、これだけの城なら、使っていない屋敷の一つくらいはあるんだろ?」

「はい。今は客人用に使っている屋敷が幾つか」

「ならそこを頼む。生活スペースは別にした方がお互い気を使わなくていいだろ?」


 公爵家の城ともなれば、敷地の中に更に屋敷が幾つかあるほど広大だ。

 その内の幾つかを開放するくらいならば、公爵からしても問題は無い。勇者からすれば公爵家のおもてなしを宿と変わらない環境でやれという我が儘な要求であったが、その程度のことならば労力的に問題は無い。


「わかりました。すぐにでも使えますので、案内させましょう……おい」


 エリストは部屋の隅で待機していた使用人を呼び、勇者と聖女を案内させる。

 当然、もてなしは最上級のものを用意するようにと厳命した上で。


 そのまま二人は使用人の案内で応接室を出て行き、残されるのは城の主であるエリストのみ。

 諜報対策に防音機能にも優れた応接室の扉は、一度閉まれば中で爆弾でも使わない限り音が外に漏れることは無い。

 だから、もう何を言っても外に聞こえることは無い。


「……ふざけおって、若造共が……!」


 一人になったエリストの顔に浮かんだのは、屈辱と怒り。

 自分の半分も生きていない小童相手に下手に出なければならない……偶々神に選ばれたというだけの愚物と、自身の意思を放棄しただけの狂信者風情にこのような対応をしたことに対する、怒りであった。


「だが、やはり直接敵意を見せるのは不味い……精々、利用するだけ利用させてもらうとしよう」


 勇者のためにパーティを開く……という素振りを見せたが、実のところは勇者、聖女という人類の切り札と懇意にあるとアピールするための政治的な駆け引きが真の目的だ。

 勇者だけならば、聖女だけならば偶にある話であるが、その両者が同時に出席するパーティの主催者ともなれば、イザーク公爵の名が持つ力は更に高まることになる。

 名声が新たな力となる法則を持つ世界において、その利益は計り知れないものとなることだろう。


「となると、しばらくは馬鹿息子共に自制させる必要があるか……勇者の方はともかく、聖女の方は戦車遊びを認めんだろう」


 とにかく自分が気持ちよければそれでいい勇者は気にしないだろうが、人類の素晴らしさを説くエルメス教の狂信者は不必要な人殺しを認めない恐れがある。異教徒相手ならば何億人殺しても罪の意識の欠片も抱かないだろうが、神のシモベを殺すとなれば烈火の如く怒り出すだろうから。

 となれば、庶民を何人殺せるかを競う遊びの存在は知られない方がいい。そう結論したエリストは息子二人を呼び出し、厳重注意を行うことにしたのであった。


(……あれらは、自分の行いが外からどう見えているのかを想像する能力に欠けておる。わしからよくよく言って聞かさねば言うことは聞かんだろうからな)


 彼の息子二人は、権力に溺れ自らの行いが外からどういう風に見られているのか理解していない傾向がある。

 長であるエリストは自分がどのように思われており、どこからどのくらい恨まれているのかを把握した上で次の一手を考える能力があるが、彼の息子にはそれがない。産まれたときから権力に溺れ育った公爵家の未来を担う若者は、そもそも自分達の行いが悪に分類されるということもよくわかってはいないのだろうというのが父親の評価なのだ。エリスト公爵(自分)のように、全て承知した上で、それでも自らの欲望を優先しているというわけではないのだと。


 エリスト・イザークは、その行いがどれほど罪深く人々を苦しめ恨みを買うということを理解した上で止まらない。

 何故ならば、最優先するのは常に自分だから。百万人が犠牲になる代わりに自分の朝食に好物が一つ増えると言われれば、躊躇なく百万を犠牲にしてしまえる狂人なのだ。


 エリストが天寿を迎えた後、息子二人のどちらが領地を継いでも恐らくはエリストと同じことはできないだろう。それを理解しつつもこれと言って手を打たないのも、同じ理由。

 息子がどれだけ自分の首を絞めるようなことをやらかしても彼は止めない。もし息子達の行いが限界を超えたのならば、領主として泣く泣く息子を処断した悲劇の父親……そんな仮面を作る材料に使えるかもしれないから。

 きちんと教育する手間や更生させる手間をかけるくらいなら、もっと楽に自分の利益に繋げたいからだ。


「ああ……そういえば、アレにも言っておかなければな。万が一にもあれがあの若造共と接触するようなことがあれば面倒だ」


 息子達への思索を止めたエリストは、ふと思い出したように、この屋敷のもう一人の住民を思い出した。

 どこかでまた若い男を侍らせているのだろう形だけの妻はどうせ屋敷にも城にもいないのでどうでもいいが、そういえばもう一人いたなと。


 その様子を、部屋の天井に張り付いた一匹の虫が見ていることなど、気がつくことも無く。

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