第88話「搦め手で攻めるだけのことだ」
「カーイン! 話は終わったの?」
「あぁ、ミミか」
謁見の間から退出した後、勇者と聖女はお互いに遠征の準備をするため一度分かれた。
そして、勇者は王都の拠点としている宿に戻り、部屋に入ると同時に飛び込んできた少女を受け止めたのだった。
「陛下はなんと?」
「魔物退治のご依頼さ。ま、いつものことだ」
「そっかー……。ねえねえ? 今度はどこにいくの?」
「あー……詳しいことはこれに書いているらしいから、読んでおいてくれる? リエネス」
「また話半分で……仕方が無い奴だ」
勇者カインの仲間は二人。ミミと呼ばれた小柄な少女と、リエネスと呼ばれた凜とした女性である。
男一人に女二人のチーム。はっきり言って邪な心があるとしか思えない編成だが、実際彼女達は勇者カインの個人的な好みでチームに選ばれた者達である。
元々、勇者の力についていける人間などいないのだから、戦力という意味ではそもそもチームなど必要はない。
勇者の仲間に求められるのは、戦力でも補佐でもない。もっと別の役割を求められる特殊工作員なのである。
大前提として、勇者のチームメンバーの席とは、多くの人間の憧れの的だ。
勇者が一人いればどんな怪物が現れても問題なく勝利できる勝ち馬であり、そのチームメンバーとなればまず食いっぱぐれることは無い。安全に確実に、一方的に勝利できることが初めから確定しているとなれば人気があるのは当然のことで、彼女達以外にも勇者カインのサポートになりたいと立候補するものは大勢いた。
そんな多くの立候補者の中から誰を選ぶかは勇者の一存であるが……国からすれば戦略兵器である勇者の側仕えを、制御のできない一般人に任せるわけにはいかない。
勇者を少しでも制御すべく、勇者の仲間候補として用意されるのは全て国の教育を受けた工作員。それが彼女達の正体であり、もっと大勢いた工作員がそれぞれ自然な形で勇者と縁を結べるようなトラブルを演出し、その中からカインが自分の側に置いてもいいと選んだのがこの二人というわけであった。
選考基準は勇者の一存としか言いようがないが、一言で言えば見た目であろう。
勇者は仲間の能力を重視しなくてもいいのか?
という疑問は当然のものだが、事務的な問題は国から専門の文官が派遣され、特別な技能が必要と判断される任務ならばやはりその都度専門家が派遣される。勇者の仕事はほぼ全て国からの特別依頼なので、必要な人材その他は全て国側が負担するのである。
詰まるところ、そもそも固有のチームメンバーなど必要ないのである。
ならば勇者の仲間の必要性はと言えば……勇者本人には言えないが、その仕事はご機嫌取りということになる。
能力や才能ではなく相性と見た目、そして勇者個人の好みが最優先され、勇者に気分良く仕事をさせるのが彼女達の役割……ということなのだ。
あくまでも勇者のサポーターは勇者個人の意思でその席を用意されているため、勇者の気分次第でいつ追い出されてもおかしくない。だからこそ、彼女達は自らの使命を果たすべく、夜の世界顔負けの接待術の持ち主として訓練を受けている。
ミミもリエネスも、それぞれ勇者カインの好みを熟知したベテランであり、勇者がやる気を無くして仕事を放棄することの無いよう『仕事をする達成感を与えるプロ』というのが真実の姿なのであった。
「……要約すると、帝国との国境があるシルツ森林……という魔物の領域から魔物が溢れ、近隣のア=レジルという街が落ちた恐れがある。実態の調査と、魔物がいればそれの討伐を依頼する……ということだな」
「あー、そんな話だったな、そういえば」
国王直々に説明されたはずなのだが、録に聞いていなかったと言わんばかりにカインはリエネスの言葉に頷いた。
いつものことなので今更苦言を呈することは無いが、勇者に悟られないようポーカーフェイスで呆れる女性陣であった。
「で……これを引き受けたのだな?」
「まーな。王様直々のお願いじゃぁ仕方が無い。適当に魔物退治して、後は観光としゃれ込もうじゃないか」
「ミミ、その街で珍しいお菓子が食べたいなぁ」
「ハハハッ! そんなもんでよければいくらでも買ってやるよ!」
「わーい!」
ミミは一応、今年16歳になる、この国では成人と扱われる年齢である。
だが、小柄で童顔な彼女は実年齢よりも三、四は低く見え、本人もそれを熟知している。幼子のような仕草とおねだりで、カインの承認欲求を満たす達人なのだ。
軽装の盗賊風衣装を纏い、やや不必要に露出が多い衣装も、勇者カインの性癖のリサーチ結果である。
「まったく……あまり甘やかすんじゃないぞ」
「相変わらずお堅いねぇ。もっと気楽にやろうぜ?」
「……今回だけだからな」
そして、凜とした堅物というイメージを作っているリエネスは、その反対にカインを甘やかす役だ。
堅物で正しい人間、というイメージでキャラを作り、正しい人間から最終的には肯定される自分は正しい人間なのだ……という理屈で勇者を接待する役割である。
女騎士スタイルであるが、やはり鎧というにはやや面積が足りていない……それでいて堅物イメージは壊さない程度のほどよい露出は、王国職人の紳士的渾身の作品である。
「では、すぐに出発するのか? それなら宿を引き払うが」
「そうだねぇ……っと、その前に、今回はお客さんがいるんだった」
「客?」
「ああ。エルメスの聖女様が同行するんだとさ」
「聖女って……アリアス・『シル』・ハルミトン様……か?」
「ああ。そのアリアスちゃん。俺と一緒に魔物退治に行きたいんだってさ」
勇者の『モテる男は辛いよ』的なリアクションには曖昧に微笑みながら、ミミとリエネスはアイコンタクトを行った後、小さく指の動きで会話を始める。
勇者の仲間として務める同僚である彼女達は、勇者に知られないように情報交換を行う術を幾つか持っているのだ。
『聖女、同行、危険』
『聖女、勇者、配慮する?』
『しない、可能性、高い』
ハンドサインでは意思の疎通に限界はあるが、それでもお互いの認識の一致を確認した二人。
神に選ばれた勇者に逆らえる人間などほとんどいない中、数少ない例外がエルメスの聖人だ。
常に肯定され、よいしょされることで制御されている勇者に、彼女達の苦労など知ったことかと勇者と同じ目線で会話をする聖女がどんな不和をまき散らすことになるか……想像するだけで胃が痛くなる女性陣であった。
「ま、俺についてきたいってんなら断る理由もないし、仲良くしてやってくれ」
「うん! わかったよ!」
「了解したよ」
天真爛漫な少女の仮面を完璧に被るミミと、動揺など微塵も表に出さないリエネスは、プロの仕事をきっちりと熟す。
内心で、今後の人間関係の調整は自分達が何とかしなければとため息を吐きたくなっていたが、勇者の仲間としての責務だと彼女達は今後の計画を立てていく。
「ところで、具体的にはどうやって動くつもりなんだ? 聖女様と真っ直ぐア=レジルに向かうのか?」
「あー……いやいや、それよりも、まずは情報収集が肝心だろ? 近くに結構な大都市があるらしいし、まずはそこで拠点を構えることにしよう」
「冷静な判断、流石だね! カイン!」
とりあえず褒めておく。これが勇者の仲間の基本だ。
実際には面倒くさがって問題を先送りにしたいだけであることは読み取れても、そんなことは一切表情に出さずに褒めていくのが彼女達の仕事なのだから。
……そもそも、街一つ落としてしまう魔物の危険があるア=レジルの偵察ならばともかく、近隣の大都市で得られる情報などとっくに国の諜報機関が調べ終わっているだろうとという言葉が喉元まで上がってきた彼女達だが、そんな文句も全て飲み込んで勇者を褒め祟るのであった。
「地図によると……イザーク公爵領の城下町でいいのかな?」
「ああ、頼むぜ」
偉そうに方針を決めるところまでが勇者の仕事。実際の面倒な手続きやルートの確認、旅装の支度などは勇者の仲間……から指示を受ける国のサポート部隊が務めることになる。
強大な力に一番迷惑するのは、いつだって近しい存在なのだ……。
◆
一方、勇者達が動き出していた頃、その攻撃目標であるア=レジルでも動きがあった。
魔王軍によって侵略されたア=レジルの都市長の館に、魔王の命令により軍の主要構成員が集められていたのだ。
「次の攻撃目標を決定した」
魔王ウルを筆頭として、集められたのは魔王軍幹部達だ。
『薬学研究班長』コボルトのコルト。
『直接戦闘班長』大鬼のケンキ。
『高速遊撃班長』嵐風狼のカーム。
『特殊工作班長』暗鬼のグリン。
『拠点防衛班長』アラクネのアラフ。
そして特別枠として、『人間代表』元ギルドマスター・クロウ・レガッタ・イシルク。
その他に彼らの配下が数名壁際に控えていた。
なお、シルツ森林の守りを手薄にすることはできないので、守りの要であるアラフは通信魔道による遠隔参加であり、この場にはいない。
大型の魔物でも入れるように壁をぶち抜き無理矢理広さを確保した会議室に集められた彼らは、皆無言で魔王の言葉を聞いていた。
「この街にあった資料と、人間達からの聞き取り調査の結果、攻撃目標として『ウ=イザーク公爵領』に決めた」
ウルはア=レジルで使われていた地図を指さして宣言した。
「公爵領? 公爵って言うと……」
「このル=コア王国での爵位は頂点を王族として、その次は大雑把に言えば上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵の順となります。辺境伯などこれに当ては嵌まらないものもありますが、王族に次ぐ地位と思えば間違いはありませんな」
爵位の類いと縁が無い魔物達のため、一応貴族出身であるクロウが簡潔に説明した。
「要するにナンバー2ということで?」
「……まぁ、そんなもんだ。なんでもこの国で領地を持つ貴族としては、かなりの力があるらしい。王家直轄地を除けば最大規模とのことだ」
「あそこは歴史ある名門で、先祖伝来の力が強いのです。このア=レジル……そしてその先のシルツ森林も公爵領の一部ですし、交易の要である港を有していることもありその力は王家にも引けを取らないと言われています。何かあれば公国として独立することも十分可能なほどで、ル=コア貴族最大勢力と言っても過言ではないでしょう」
ウルの説明に、補足を入れるクロウ。その辺の事情にこの場で一番詳しいのは彼である。
「そんなところにいきなり喧嘩売るの?」
「ちまちま細かいところから叩くって手もあるが、それで敵勢力が元気な内に総攻撃を仕掛けられると最悪だからな。まだこちらの存在が完全には露見していないうちに、簡単には落ちない城が欲しいんだよ」
ア=レジル侵略戦争では圧勝した魔王軍であるが、それがそのまま人間の実力ということはない。
常人ならば問題なく勝利できることは証明して見せた魔王軍だが、より大規模な軍勢が相手になれば話は変るだろうし、何よりも人類の真の切り札である神の力を持つ者達は未知数。
だが、魔王ウルとして神の力は熟知しており、推測することはできる。ウルの想像する力の持ち主が集団になって襲ってくれば一溜まりも無いことはよくわかっているからこその電撃作戦というわけだ。
「それに、ここを狙う理由は他にもある」
「というと?」
「統治のしやすさだ。ア=レジルは契約で縛り上げて強制的に従わせることはできたが、流石に今の俺では国一つ分の国民全員の契約支配を行うことは難しい。まぁ無理な分は殺してしまえばいいという話でもあるが、できれば利用したいしな」
「話はわかりましたが、何故統治がしやすいので?」
「なに、難しい話ではない。公爵領を治める領主……イザーク公爵は評判最悪らしくてな。その子供達も父と似たような性根で、とにかく領民から憎まれているそうだ」
「……強い力を持つ反動と言いますが、悪い評判なら集めなくても耳に入ってくるのです。国法により領民達は領主の許可無く他領に移住することもできず、圧政に苦しんでいると」
「そんな奴なら頭がすげ替えられても喜ぶ者はいても悲しむ者はほとんどいないだろう。まぁア=レジルと違って俺自らが顔を晒して統治……というのは時期尚早だが、そこは適任者を適当に据えればいい」
「……つまり、慕っているボスを殺した相手は憎いけど、嫌いなボスを殺した相手は歓迎するってことね?」
「そういうことだ」
通信越しに一言で纏めたアラフの言葉に頷いたウルは、公爵領攻撃を決めた理由を説明し終えた。
そこまで聞いた後、コルトがすっと手を挙げた。
「どうした?」
「いや、そもそもの話なんだけど……攻撃して勝てるの? この街とは規模が違うみたいだけど」
「もっともな疑問だな。何せ、相手はこの街と同規模の街を幾つも抱えている広大な領地の持ち主だ。まともに正面から一つ一つ総力戦などとなれば、確実にこっちが先に潰れる」
「じゃあ、どうするつもり?」
「数で圧倒的に劣って正面突破が困難であるならば、搦め手で攻めるだけのことだ。いくら財力や権力、それに比例して軍事力が強いと言っても……数が増えれば増えるほど、不和も広がるというものだからな。支配する王の度量を超えた力など、脆いものなのだよ」
クククと邪悪に笑うウルを見て、これは何か良からぬ事を考えているなと全員が察した。
ともあれ、王に勝算があるというのならばついていくのが臣下の務め。それ以上は誰も何も言わないのであった。
「それで……具体的な作戦は?」
「慌てるな。まずは敵情視察だ。俺自ら一つ乗り込んでみるとしよう……公爵領の中心地、ウ=イザーク城下町にな」




