表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/216

第84話「閑話・通貨の概念を学べ」

お久しぶりです。

半年以上ぶりになりますが、本日より連載を再開いたします。

 ア=レジル防衛都市がウル魔王軍に落とされ、その支配下に置かれてからおよそ一週間。

 野暮用と言って姿を現さない魔王に、人々は不安を帯びつつも徐々に日常を取り戻していた。


「ふぅ……」

「どうした魚屋の? 景気の悪いため息ついて」

「金物屋か……。言わなくったってわかってんだろ? 客なんざ一人も来ねぇ。そして商売道具は皆腐っちまう……これでどうやって希望の未来をイメージしろってんだよ」


 しかし、やはり敗戦の影響は町の一般市民にの生活に大きな影響を与えているようだ。

 ここはア=レジル居住区近くにある商店街。前線基地の役割を持ち他の町に比べて兵士やハンターの数が多いと言っても、やはり人間が暮らす以上はこうした商店というものは必要不可欠である。

 しかし、かつては毎日のように人で溢れていた商店街も、今は閑古鳥が鳴きまくっている。我が物顔で武装した魔物が町を徘徊し、睨み付けてくるような状況で外に出たがる人間がいるはずもないのだ。

 しかし、商人達は――特に生物を扱う魚屋や肉屋はおいそれと休むわけにもいかない。魔王の制定したルールにより街から外に出ることを禁じられている以上仕入れすら行えず、それなりの資金を費やして揃えた商品がダメになるのをただ眺めているしかない状況であった。


「腐るって言っても……もう全部燻製にしちまったんだろ?」

「まぁな。少しでも日持ちするようにってできる限りのことはしたけど、客がいねぇんじゃな」

「つっても、そろそろ一般家庭の備蓄食料もなくなることだし……そろそろ嫌でも出てこないといけなくなるだろ? 何だかんだ言って、例のルール違反をしない限りは今のところ殺されるってことはねぇしよ」

「そもそも、こんな状況で商売なんてして、いったいどうするんだって気もするけどな……」


 魔物達の支配が始まって、約一週間。

 その間、魔物達は特に何かしろとかするなとか、そういった要求をすることなく、大人しく生活していろ……というだけであった。

 人々を圧倒的な実力によって恐怖で縛った魔王はあれ以来姿を見せず、街を制圧した二体の大魔は沈黙を守り続ける。

 下っ端魔物兵も特に命令は受けていないらしく、何となく街を巡回するだけなのであった。


 そんな状況で、商売する意味があるのか。

 いくら金を稼いでも魔物相手に意味があるとは思えず、いっそ大量の燻製は自分の食料として保管しておくべきなのではないか?

 そんな風に魚屋のオヤジが思ってしまっても仕方が無いだろう。


 そんなとき、数体の人影が姿を見せるのであった。


「ここが人間の店か……」

「見事なまでに活気がないな。俺のせいだが」


 ――現れたのは、小柄なコボルトと大柄なワーウルフ。そして、その護衛と思われる立派な武装をした魔物兵が10体ほどであった。

 コボルトの方はともかく、ワーウルフの正体を知らない人間は、今のア=レジルにはいない。

 摂理をねじ曲げ常識を粉砕し、自分の姿を自由自在に変えることを可能にする異色の怪物――魔王ウル・オーマその人だ。


「さて、小僧。今日お前を連れてきたのは商売というものを教えるためだ」

「うーん……この一週間で概要はざっと聞いたけど、よくわからないんだよね……貨幣って。キミはどう?」

「コルトさんにわからないものがあっしにわかるわけねぇです」


 魚屋達の動揺を尻目に、我関せずと自分達の会話を優先する魔物の一団。少し前ならば、絶対にあり得ない光景であると言えるだろう。

 この光景こそが、今のア=レジルの支配者が誰なのかをはっきりと示しているようであった。


「貨幣とは、国が発行している証明書のようなものだ。この紙切れや金属の塊にはこれくらいの価値があるんだぞ、と国が保証することで価値を持たせているわけだな」


 魔王ウルと、その側近であるコボルトの天才児コルト。そして、周りを囲んでいるのは近衛兵とコルト直下の薬学班のコボルト達である。

 今日、彼らは勉強のために街にやって来ていた。今まで魔物文化には存在しなかった、金銭という概念を取り込むため、それらを熟知しているウルが教師となり、頭脳という面では最も優れるコルトにまず教えを授けようというわけである。


「うーん……でもさ、こんなちっぽけな金属の塊にいくら価値があるって言われても、はいそうですかとはならなくない? これと物を交換できるってのは理解したけど、相手が嫌だって言ったら何の役にも立たないよね?」


 そう言ってコルトが懐から取り出したのは、ル=コア王国の通貨――銀貨や銅貨である。

 制圧した都市長の館などに保管されていたものは、当然全て魔王ウルの所有物として押収されているのだ。


「まあ、単純に原材料の価値だけで言えば大したことは無いな」

「だよね。こんなのと交換じゃ魚一匹たりとも渡していいとは思わないよ」


 コルトの金に関しての正直な感想を、怯えながらも目立たないように聞いている人間達。

 運悪く、自分の店の前で魔王とその配下に立ち止まって話をされている魚屋のオヤジなど、生きた心地がしないことだろう。


「そうだな……そこの人間」

「は、へ? お……あっし、ですかい?」

「そうだ。見たところ……乾物屋か?」

「いえ、一応魚屋なんですが……」


 鮮魚など一匹も並べていない品揃えを見られた魚屋は、若干の怒りを抱えて返答をする。

 本来ならば、ここには魚屋歴40年のプライドにかけて味を保証する生きのいい魚が並ぶはずなのだ。突然魔王に占領され、あらゆる流通が断たれるなんて事にさえならなければ。


「ふむ……やはり流通は必要か。まあ、当面は俺の領域から流すしかないだろうが。その内ここでも何かしら取れるようになるだろうしな」

「あの……」

「あぁ、済まんな忘れていて。それで……魚屋よ。この干物一つを買うとなれば、いくらになる?」

「え……それは、その……」

「遠慮はいらん。適正価格を述べよ」


 魔王が『購入する』などという常識的な行動をするとは思えない魚屋は、何と答えるべきなのか迷った。

 果たして『魔王様がお望みならタダでいくらでも』とへりくだるのが正解なのか、それとも毅然と立ち向かうのが正解なのかと。

 そんな迷いを見透かしたのか、何か答える前に魔王から指示が出てしまったが。


「その……一尾コア銅貨で30枚、大銅貨で3枚ほどになります」

「なるほど。では、これで足りるか?」

「は、コア銀貨ですね。それなら……小銀貨1枚と大銅貨2枚になります」

「うむ」


 何とも奇妙な光景であった。

 ワーウルフが金を出し、それを人間の商人が受け取って釣り銭を渡すというのは。


「と、これで取引契約が成立し、この干物は俺の物になったわけだな」

「ってことだよね……でも、なんでこんなちっぽけな金属の塊で食料を渡すんだろ……?」


 実際に取引するところを見せても、コルトの疑念は晴れないようだ。

 そこで、ウルは続けて魚屋のオヤジに声をかけた。


「魚屋」

「な、なんでしょう」

「お前は今、銀貨一枚で干物と釣り銭を渡したわけだが……何故だ?」

「何故って……そりゃ、金払ってくれるなら商品渡すのがあっしの仕事ですから」

「そうだな。だが……何故金を払えば商品を渡す? その銀貨でいったい何ができるのだ?」

「何って……そりゃあ、その、家賃払ったりとか酒飲んだりとか……?」


 街中が開店休業状態の今、実際にそんなことに使うかはわからないがと心の中だけで魚屋のオヤジは付け加える。


「つまり、金銭は土地にも酒にも……そしてそれ以外にも化けるということだが、それは何故か説明できるか?」

「説明って……金を払えば大概のものが手に入るのは、当たり前でしょう?」


 魚屋のオヤジは、魔王ウルの問いかけに首を傾げる。

 彼にとってはそれが当たり前のことなのだから、そうとしか言えないのだ。


「……ま、実際それが理由なのだがな」

「理由?」

「どういうこと?」

「要するに、大勢が『貨幣には価値がある』と思っているから価値が生まれるということだな。あらゆる物の価値に共通のルールを作るためのツール……というとわかるか?」

「うーん……まあ、便利ってのはわかるよ。要するに、魚と肉を交換するってなったときに、一回この金ってやつを経由すれば一発で出来るってことだよね? もし肉の持ち主が魚はいらないけど果物なら欲しいって言い出した場合、一度別のところで魚と果物を交換してからもう一回訪ねなきゃならないし」

「そういうことだな。そこで金という代用品を持っていれば、金と肉を交換し、果物が欲しいという奴は改めてその金で果物を買いに行けばいいわけだ」


 金の利便性は素早く理解したコルト。確かに、物々交換をするよりも話が早いということは理解したようである。

 だが、肝心の疑問は解決していない。


「……で、なんで人間はこの金属の塊にそんな価値を感じてるの? 実は貴重で凄い使い道のある金属だとか?」

「いや、ある程度の希少性もあるし、割と利便性も高いものではあるが、そういう意味で金に価値を見いだしている者は少ないだろうな」


 金属自体の価値という意味である程度の保証を行っている面もあるが、金を欲しがる大半の庶民は銅や銀自体が欲しくて堪らないというわけではないだろう。


「じゃあ、なんで?」

「さっきから言っている通り、究極的には大勢が金の価値を認めているからだ。つまり、まず金が物に変わるということを証明すればいいわけだな」

「……そのお金を作っている人が『自分に金を渡せば物をあげる』と約束する……とか?」


 ウルの言葉をかみ砕き、自分なりの解釈で纏めるコルト。

 その回答に頷き、ウルは言葉を続ける。


「まぁ、そういうことだ。とにかく大勢が『貨幣には価値がある』と信じさえすれば、後は庶民が勝手にものに価値をつけて金銭を使った取引が行われるようになる」

「ふーん……」

「わかりやすいところだと、税金……今までの俺たちで言う食料の献上は、今後貨幣でのみ受け付ける……とか言っておけば、国民は皆貨幣を必要とすることになる。つまり需要が生まれるということになるわけだ」

「そして、この金属の塊を欲しいと思う人がいれば、取引が生まれるってことか……」


 もし魔王ウルが指定するだけの貢ぎ物を用意できなければ、どうなるかは余り考えたくはない。

 魔物の群れにおいて、ボスから『役に立たない』と評価されること以上に恐ろしいことはないのだ。

 その価値観からすれば、その例えはよく理解できると頷くコルトであった。


「実際にはもっといろいろ面倒な問題も付属するのだが、そういうことだ。とにかく、貨幣の発行元……大体が国だが、まぁとにかく国が価値を保証することで金は金として価値が生まれるわけだ。突き詰めれば金に金属を使う必要もない。なんなら、紙切れでもいいしな」

「へー……なるほどねー」

「と、いうわけで、通貨を学ぼうの時間は終了だ。いずれは俺の名において新たな通貨の発行もする予定だが、外貨も国を作る上では重要だからな。仕組みをきっちりと他の連中にも理解させとけ」

「わかったよ」


 買い取った干物をそのままかみ砕きながら、ウル達は去っていった。


 残された魚屋のオヤジを含めた商店街の一般庶民達は、その背中を唖然として見送るばかりである。


「……今の話、わかったか?」

「わかるわけねぇだろ」


 学などない、ただ計算ができるという程度の一般庶民に今の話は難しすぎたらしく、彼らからするとウルとコルトの会話は『よくわからん難しい話』以上の理解はできなかったようである。

 野蛮で暴力的な魔物の話が、難しくて理解できなかったのだ。


「……もしかして、俺らって……魔物よりバカなのか?」

「そりゃ、知らなかったな……」


 人間とは知恵ある生き物。その頭脳こそが最大の武器であり、神に愛された証である。

 同じ言語を操る能力を持つ亜人などと比べても、文明レベルの差は歴然。圧倒的な差がある……というのは、人間達の自慢であった。

 しかし、それは極一部の上澄みに限った話だ。普段から使っている物の仕組みを問われても大半の人間は答えられず、ただ与えられた物を言われたとおりに使っているだけの現状において……自らの知恵を疑わねばならない人間とは、決して少なくないのだと思い知らされた一幕であった……。


 ――また、


「ところでさ」

「なんだ?」

「通貨に価値を持たせるって話はわかったけど、なんでそこまでして通貨を使いたいの? 便利だから?」

「まぁ、便利だからだな。普段使いするためにも、支配という意味でも」

「支配?」

「……個人によって、価値観は様々だからな。仕事をさせるにはそれなりの報酬を与えねばならないわけだが、駒の一つ一つが何を求めているかなんて一々把握していられん。そこで通貨という共通の価値を持つ概念があると、全員に金を払えばよしという効率化が行えるわけだ」

「ふーん……本当にそれだけ?」

「……中々鋭くなってきたな。ま、金の概念さえ浸透させておけば、いざとなったときに物を金で巻き上げることが可能なんだよ。実際に金の価値を決めてるの、国だからな」

「ああ……合法的な強奪もできるようになるのね」


 なんて会話も、その後で行われていたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こっちは過去作になります
よろしければこちらもどうぞ。
他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。 [一言] >「ああ……合法的な強奪もできるようになるのね」 コルトはウルの弟みたいなもんだけど 血筋だけじゃなく、中身も思考が近くなってきたな 純真な少年が魔王に染まってき…
[一言] お待ち申し上げてござそうろう!ヽ(゜∀゜)ノ
[良い点] 物々交換であったり、欲しい物は力で奪い取る、をしていた魔物達に通貨の概念を一から教えるとなると難しいですよね。 我々、現代人でも何でお金はお金として通用するのか、と聞かれてきちんと答えられ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ