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第83話「より大きな悪に」

「ガハッ……!」


 英雄のオーラVS魔王の掌打。

 輝く白銀の闘気と禍々しい邪悪な魔力の激突は――


「マスター!!」


 ――魔王に、軍配が上がった。

 魔王ウルの掌打に抵抗すべく放たれた白銀のオーラも、所詮は付け焼き刃。

 せめてあと一日でも練習する時間があれば違ったかもしれないが、手探りでは魔王の一撃を完全に止めることなど不可能であった。


 オーラの壁を突き破ったその威力に、クロウの身体は肺の酸素を全て吐き出さされる。更に鎖を付けたまま、踏ん張ることも許されずに吹き飛ばされていった。

 途中にあったオブジェを砕き、地面に叩きつけられた後も勢いよく転がり、そして――


「ああ!」

「マスター!」


 ――契約によって定められた、戦闘区域から出てしまったところで止まるのであった。


「これにて詰みだ。土壇場での覚醒、実に見応えがあったが……数多の英雄勇者を屠ってこその魔王なのでな」


 遅咲きの英雄、クロウ。

 人類史を見渡しても1000年ぶりに誕生した英雄は、三段進化体の姿を露わにした魔王に敗北したのであった……。


「――ここに契約は成立した。人間共よ、今より貴様らの主はこの俺だ」


 一対一の決闘。当初の想定を遙かに超える力を示したギルドマスター・クロウに対し、それでも圧倒する力を示した魔王ウルが勝者となった。

 それにより、契約は完成する。期限無しの、服従を強いる契約が。


「く……くそ……もうお終いだ……」

「何でだよ! くそ! テメェらのせいだぞハンター!」


 敗北を知った人間達は、まずその怒りの矛先をハンター達に向ける。

 先ほどまでマスター・クロウに勝利の祈りを捧げていたというのに、何とも現金なものだ。信じた自分ではなく、信じた相手に怒りを向けるのが人間の在り方なので、これは予想できた光景であるが。


「テメェら……!」

「ただ震えていただけの奴らが吠えるんじゃねぇよ!」


 命をかけて戦った者としては、当然その言い分には怒りを覚えるものだ。

 このまま放っておけば、人間達は醜く内輪もめを始めることだろう。普段であればそれをただニヤニヤと眺めるところであるが、久しぶりにいい物を見たと上機嫌の魔王は、今はそんな気分ではないと、静かだが周囲を一瞬で飲み込む圧力を持った声で彼らに語りかけた。


「喧しい。静まれ」

『ッ!』


 短いその言葉だけで、下手をすれば殺し合いにも発展しそうになっていた人間達の動きがピタリと止まった。

 逆らうことを許さない魔王のオーラ。王者の言葉には、得体の知れない強制力が宿るものなのだ。


「今より、契約に従い貴様らに絶対服従のルールを制定する。死にたくないのならば、死んでも守ることだ」

「ルール……?」

「ルールは既に記してある……貴様らに渡した契約書を見てみるといい」


 魔王の言葉に、人間達はおどおどとした様子で、目立たないように最小限の動きで契約書を取り出した。


 そこには――


『敗者である人間は、魔王の許可無く以下の行動を禁じる。

・ア=レジル城塞都市から外に出る

・自害

・魔王の配下(契約対象となった人間含む)の命を奪う

・あらゆる手段を用い、魔王軍に関する情報を魔王軍に属さない者に伝える

・魔王の問いに対する虚言

・現在ア=レジル内で適用されている法を破る


 もし破った場合は……』


 という、新たな文字が追加されていた。


「なんだ、これ……?」

「要するに、ここで起きたことを外に知らせたり逃げたりするのを禁止しているってことだよな……?」

「ついでに、自殺したり暴れたりってのも禁止ってなってるな」

「質問に嘘を吐くなってのもあるな」

「現在適用されている法ってのは……今までと同じってことか……?」

「それよりよ、破ったらどうなるんだよこれ……?」


 決闘に敗れたことで契約は成立し、以後魔王ウルはこの街の人間達に対してどんなルールでも強制できる権限を得たことになる。

 今記載されているルールはこれだけだが、今後も魔王の気分次第で増えていくことだろう。余りにも不利な契約に、人間達の間に不安の声が広まっていった。


「……クククッ! まぁ、無視したい奴はすればいい。その後どうなるのかはやった後のお楽しみだ」

「うぅ……」


 昨日まで見下し、奴隷としか思っていなかった魔物という種族の王――魔王。

 その魔王の楽しげな声を聞くだけで、反抗の意思を削り取られていく。少なくとも、非戦闘員の一般人にこの魔王の言葉に逆らうことは不可能だろう。


 ――そして、抵抗できる気力の持ち主達は、また別のことを考えていた。


「ちょっと……いいか? 魔王さんよ」

「なんだ?」


 一歩前に出たのは、包帯に包まれた屈強な男――コーデ・エゴル。

 全身包帯まみれが痛々しいが、大きく殻を破ったマスター・クロウを除けば、恐らくはこの街では一二を争う実力者である。


「この契約書を見る限り、アンタの配下の命を取ることは禁じられているが……アンタ自身を狙うことを禁じていないのは、何故だ?」


 コーデが気になったのは、その一点。

 本来ならば真っ先に禁じるべきであろう『魔王への攻撃』が、この契約書では全く触れられていないのだ。

 言うまでもない――という話だとしても、契約という形を取る功罪(メリト)ならば、明記されないことは全て許可されていると考えるのが普通。とても納得できることではない。

 と言っても、記されていないこと自体は人間達にとって悪いことではない。いつか反乱を起こし、今日の負けを勝利に塗り替えるチャンスが残っているとも言えるのだから。

 もし、ついうっかりの類いで漏れているだけならば、ここでわざわざ教えるのは悪手だろう。だがコーデはとても目の前の魔王を名乗る怪物がそんな間抜けには見えず、どうしても知りたくなったのだ。

 ここでその意図を知らなければ、いつか致命的な間違いを犯しそうな予感がして。


「その答えは簡単だ」

「ほう……?」

「俺は俺の配下全員に言っているが、俺の命を狙うことを罪とは定めていない。この首が欲しいのならば、この俺の支配に逆らいたいのならば、いつでも来るがいい。俺に逆らう資格(つよさ)があるというのならば、いつでも挑戦を受けよう」

「おいおい……自分を殺せる奴なんていないって自信か?」

「そのとおり。小細工を弄して背中から刺そうというのならば容赦はしないが、正面からの挑戦者は拒まん。その他、戦闘能力という点以外でも意見を述べることは誰であっても認めているが故、自らの価値を示したければ遠慮はするな」


 ――価値のない者には、興味が無いのでな。


「……ッ!」


 自分が負けるはずが無い。自分こそが頂点だ。

 その傲慢としか思えない宣言は、しかし敗者であり弱者である人間達の心に深い楔を打ち込むのであった。


「ああ、それと最後に一つ」


 魔王は穏やかな笑みを見せると共に、遠巻きに見ていた民衆……敗北したクロウを罵った罪のない一般市民という奴へ向けて右手を伸ばした。


「価値のない者がどうなるのか、見せてやろう」


 その一言と共に、魔王の右腕から魔力弾が放たれた。地の道に属する、爆裂球である。

 突然の凶行に、反応できる人間は誰一人としておらず――


「ギャアアアァァッ!?」


 着弾と同時に発生した爆裂によって、数十名の死傷者が出たのだった。


「な……何を!」


 先ほどまで理性的な会話をしていたのに、何故突然こんな真似をするのかと、コーデは叫んだ。

 元々、武力で攻め込んできた魔物だ。その魔物が一般人に手を上げることは別に不思議なことではないのだが、それでも何なのだと叫ぶのは仕方が無いことだろう。


「安心せよ……別に皆殺しにするというわけではない。今のはただの仕置きだ」

「し、仕置き……?」

「覚えておくがよい。この世で二番目に重い罪は、俺の機嫌を損ねることだ。今宵の祝賀会の食材になりたくないのならば、精々口には気をつけるのだな」


 その言葉を最後に残し、魔王は背を向けて立ち去っていった。鼻を刺激する、肉が焼ける匂いをその場に残して。


「弱者は弱者らしく、隅で大人しく震えていればよい。戦わない者に戦う者を否定する権利など無い……それを知ることだな」


……………………………………

………………………………

…………………………


 この日をもって、ア=レジル城塞都市はル=コア王国の領土から魔王の領土に書き換えられることになった。

 その情報は、しばしの時を置けば誰が喋らずとも自然と広まっていくだろう。

 ア=レジルへ行商に赴く商人達。遠くの街から荷物を運ぶ配達人達。そして、ア=レジルより税金を取っている王国。

 街の住民の口を塞いだだけでは、情報を止めることなど不可能なのだ。


 それは魔王ウルも、そして街の住民達も理解していること。

 中には率先して契約を無視して情報を流そうとする者もいたが、人の命を何とも思っていないと証明した態度と、裏切りの瞬間に魂を奪われ骸の奴隷と化すという事実を知った町民達の反抗はすぐに下火となっていく。

 人間達は王国が助けに来てくれることを祈り、魔王軍は人間達が本格的な戦力を集めるまでに次の手を打つ作戦を練ることになる。


 こうして、ル=コア王国の辺境、シルツ森林から出た戦火は徐々にその規模を広めていくことになるのであった……。



「アーシー! しっかりしろ!」

「あ……みん、な……?」


 一方、街の制圧を完了させた魔王軍は――その傘下にいるエルフ達は、制圧と同時に未だ救出していなかった同胞の探索に赴いた。

 魔王軍の魔物達もそれに協力し、あらゆる場所を徹底的に探索。優れた嗅覚を持つコボルト達の助けもあり、見事隠し部屋の中に監禁されている被害者達も含めて全員の救出に成功していた。


 ……もっとも、本当に助け出したと言っていいのかはわからない、悲惨な姿になっている者も少なからず存在していたが。


「……肉体の傷は、概ね問題ないでしょう。時間はかかりますが、完治します」

「……感謝します、リーリ殿」


 七色の小鬼長(セブンスゴブリン)が一角、治癒術士のリーリを長とする医療班が総動員して、身体に深刻な傷を負っていたエルフ達に治療は施された。

 しかし、男女問わず行われた、言葉に表せない非道な行いによって付けられた心の傷までは専門外である。

 そのことを言外に伝えるリーリであったが、ミーファーを筆頭とするエルフ達はただ感謝の言葉を述べ、同胞をこんな目に遭わせた人間達に怒りの炎を燃やすのであった。


「……このようなことをした人間は、誰でした?」

「都市長という街の責任者を筆頭に、様々な権力者と呼ばれる人間達が娯楽としていたようですね」

「……娯楽……」

「人間からすれば、我らの尊厳を踏みにじるのは、ただの遊び……ということでしょう……!」


 怒りのあまり、自らの身体を傷つけかねないほと歯を食いしばるミーファー達。

 以前、魔王が敵兵の捕虜を相手に行った尋問、拷問に嫌悪感を抱いた彼らであったが、今ならば何とも思わないだろう。

 もはや正義など、倫理観などどうでもいい。同胞の仇を討ち、その罪を償わせるためならば、どこまでも堕ちていけるという強すぎる覚悟を皆が抱いているのであった。


「では、お前達の要望に早速お応えするとしようか」

「……! ウル、殿」

「人間の制圧は完了した。後の処理はケンキとカームに任せておいて、労働のご褒美タイムといこうではないか」


 そんな彼らの前に現れたのは、人間との決闘を終わらせ、その支配を完了させてきたウル・オーマであった。

 臣下に下った者としての礼を取るが、そんなものには興味が無いとウルは話を続ける。


「お前達の同胞を(なぶ)ったという、人間共の権力者……何とも丁度いい設備があったので、まとめてそこに放り込んである。見に来るかね?」

「……ええ。お供させていただきたい。ミーファー様はここに残されて――」

「いえ、私もいきます。ホルボットエルフの代表として、避けてはいけないことだと思いますから」

「……わかりました」


 恐らく、これまでで最も凄惨なものを見ることになるだろう。

 その確信を持って、シークーはミーファーには見せない方がいいという考えを持っていた。いくら怒りと憎しみに心を支配されていても、それでも忘れないものがある。

 しかし、当のミーファーからそう言われてしまっては仕方が無いと、二人揃って――そして他のエルフ達も引き連れ、魔王の後ろについていくのであった。


 向かう先は――ア=レジルの都市長が使っている館だ。


「ここは、皆が捕まっていた……」

「表にはとても出せない、非合法な遊びを楽しむための場所らしい。ククク……実に人間らしい」


 都市長の館には、設計図にも載っていない地下室が存在する。

 防音完備で、各種設備も充実。

 使うといい気持ちになれる薬品はもちろん、鞭や手枷くらいは標準装備。中には明らかな拷問器具の類いまで揃えられている、人の道から外れた者達の楽園だ。


「辺境だからこそ派手に遊んでも足がつきにくいということのようだが、いやいや全く……人間という奴は、何千年経っても性根は変わらないのだなぁ?」

「ク……き、貴様! 僕を誰だと思っている! 僕は王都――」

「人間の世界でしか通用しない大層な肩書きを持っている、小便垂れだろう?」


 地下室入ると同時に吠えたのは、シルツ森林攻略の指揮官であり責任者であったゲッド・アラムズ・ラシル。

 エリートと呼ばれるだけの技術と、高位の貴族としての権限までも持っているはずの男は、今両手両足を手錠で封じられ、更に壁から伸びている鎖で拘束されていた。

 彼だけではない。この部屋の主である都市長を初めとして、商業組合長、建設組合長、他にも町の重役と呼ばれていた者達が、皆同じように鎖で繋がれていた。


 ここに集められているのは、皆同じ穴の狢だ。権力に溺れ、自らの欲望に負け、人の道を踏み外した権力者達(クズ)

 権力を得て腐ったのか。それとも腐っているから権力を得たのか。それはわからないが、堅物で不正を許さないハンターズギルド長のクロウと、守備兵の長ダモンを除いた町の顔役が勢揃いしていると思っていい。

 快楽に屈した罪人達は、ア=レジル陥落と共に魔王の手に囚われたのだった。


「こんな玩具一つ作れる程度で、全く偉そうな」

「お、玩具だと……?」

「服従の術……命の道だな。脳を操る面白みのない仕組みだ」


 ゲッドが誇りとしている服従の首輪を取り出したウルは、鼻で笑って投げ捨てた。

 怒りのあまり真っ赤になるゲッドだが……そんな程度の怒り、エルフ達のそれに比べれば無いも同然だ。


「さて……後ろにいるエルフを見ればわかると思うが、お前達を許したくないという配下がいてな?」


 ゴミを見る目――というもののお手本を見せているミーファーとシークー。そしてその背後に控えるエルフ達。

 もしこの場にウルがいなければ、彼らはすぐにでも鎖で繋がれている人間達に飛びかかり、その息の根を止めていることだろう。

 それに気がついた権力者達は、許可も無く好き勝手に口を開いた。


「ま、待て! 私は悪くない! 元々は都市長が……!」

「な、何を!?」

「エルフを捕まえたのはこの人だ! 俺は何もしてないぞ!」

「嘘吐いてんじゃねぇ! テメェ、この前エルフの女に――」


 人の醜さを凝縮したような光景に、エルフ達の怒りはますます高まっていく。

 そんな彼らを抑え、魔王ウルは一歩前に出た。


「フフフ……命乞いは結構なことだが、無駄だ。俺は一度捕えた獲物を逃がすような間抜けではない」

「グ……!」

「わ、我々にどうしろというのだ!」

「だいたい! なんで魔物がエルフ共に味方するのだ!?」

「薄汚いエルフめ……魔物と手を組むなど恥ずかしくはないのか!!」


 地面に転がされたまま、せめてもの抵抗と叫ぶ罪人達。

 その態度に更にエルフ達の怒りは強まり――魔王の笑みが深くなる。


「どうしろ、ねぇ……クククッ! まずは、勘違いをするなと言っておこう」

「勘違い……?」

「俺はお前らに謝罪しろなどとは言わない。エルフ達がどうなろうが、俺の臣下ではない魔物がどうなろうが、それは本来俺の知ったことではないしな。我が臣下となったエルフ共に危害をという話ならば無関係とはいかんが、少なくともお前達が今までやってきたことは俺にとってはどうでもいいことだ」

「そんな……ウル殿!?」


 エルフ達の怒りを自分に向けるような発言に、驚くミーファー達。

 対して、魔物の大将が何を考えているのかはわからないが、それでも僅かに希望を見いだした罪人達は安堵の表情を浮かべた。

 もしかしたら、交渉次第でエルフと立場を逆転できるかもしれないと。


 その希望を、ウルは一本の針で断ち切る。


「あ――」

「爪の間に針。ま、基本だな」

「グ――ギャアアァッァァァッ!?」


 突然の激痛に、ゲッドが悲鳴を上げる。

 その悲鳴は全て壁に吸収され、外には漏れない。魔王の咆吼すら防いだこの部屋の防音性能は確かなものだ。


「心地よい音色だ……さて、何を望むか……と聞いたな?」

「あ、あぁ……」


 突然の暴虐に、震える権力者達。

 悲鳴に魂が歓喜の声を上げている魔王は、そんな彼らに一言告げるのだった。


「知っていることを全て話してもらおう。権力者なんだろう? お前らの王を初めとした、ル=コア王国の全てを喋ってもらう」

「そ、そんなこと……」

「全て喋り終えたと判断すれば、死を許してやろう」

「なっ――!」

「死、だと……?」

「意味がわからないか? 安心しろ、すぐに意味がわかるようになる」


 邪気が漏れ出し、その顔が獣のそれから悪魔のものに変わる。

 すぐにでも、エルフ達の怒りは収まることだろう。これより、悪魔の調理が始まるのだから。


「あぁ……そうそう」

「っ!? ぶぼっ!?」

「ごれ、わ……?」


 ウルは思い出したかのように小さな球を取りだし、地面に転がっている人間達の中心に投げつけた。

 そこから赤い煙が立ち上り、人間達は苦しみの声を上げる。


「そう心配するな。ただ俺の領域で取れた香辛料を粉末状にしただけのものだよ」

「ごほっ! がほっ!」

「ぐるじい……」


 詰まるところ、ただの唐辛子である。しかし異界資源である唐辛子が並みのそれであるはずがなく……。


「ま、食用ではなく攻撃用に調合しているから、まともに吸い込むと喉から何から激しく炎症を起こし、三日ほどまともに喋れなくなるのだが」


 楽しそうにそれを告げる魔王だが、人間達にそんなことを聞いている余裕はない。

 地面を転げ回って苦痛を表現し、爪の間に針が刺さったままのゲッドに至っては既に白目を剥いて失神していた。


「全て喋ったら死を許してやる……と言ったが、とりあえず早く喋れるようになるといいなぁ……?」


 道具ならばたっぷりあると、この部屋に初めからあった数々の道具を撫でるウル。

 そんな今の主への恐れに怒りが半分持って行かれているエルフ達であったが……同時に、転げ回る人間を見て、魔王の配下に相応しい暗い愉悦を覚えていた。


「あ、あぐま……!」

「クククッ! ようやくわかったか? もしお前らが正義の味方に倒されていたのならば、きっとこんなことにはならなかったのだろうが……より大きな悪に飲まれてしまった以上は、諦めよ」


 魔王ウルは、悪に属する存在だ。

 それを決して忘れてはならない。人々の苦痛に笑い、悲鳴に喜びを感じ、恨みの念を力に変える悪魔。

 悪にとってもっとも恐れるべき者は正義ではない。自分以上の悪であると、この小悪党達に教えてやらねばならない。


「ああ、そうそう……お前らは、人間至上主義者の種族差別主義者らしいな?」

「がほ!?」

「俺は別に、誰かを見下すことが悪いことだとは言わないぞ? 俺自身、平等主義なんぞ掲げる気は全くないのでな? しかし……そんなお前らに相応しい調理法として、こいつらにはじっくりと協力してもらうつもりなので、悪しからず」


 ウルがそう言って目線を向けるのは、背後で複雑な感情を露わにしているエルフ達。

 人間達が見下し、利用し、下等生物だとなぶり者にしたエルフ達。そんなエルフ達にこの上ない苦痛と屈辱を受けることこそが、彼らに最も効果的だろうとウルが用意した舞台ということである。




 ……その後、この人間達が死を許されることは……ない。魔王のエネルギー源として、魔王が作る地獄に永劫囚われ続けることになるのだから。

 全てを話したらこの世から解放すると言ったのは嘘ではないが、全てを話したと判断するのは魔王その人。つまりはそういうことだ。


 その最初の一歩に参加したエルフ達は、後に語る。三日間不眠での拷問の後に喉が回復していて、さあ喋るとそれぞれが騒ぎ出すと同時に唐辛子玉をもう一発投げ込んだときの表情が、忘れられないと。


 かつて神に従ったエルフ達の精神を自分好みに染め上げた魔王は、愉快そうに笑ったという……。




 そうして、魔王軍はル=コア王国の情報を初めとする様々な貴重な情報を得ることに成功する。

 となれば、次の目的も決まるというものだ。


「次の目標は……魔王国の復活と言ったところか……」




 人間達の悲鳴をBGMに、魔王は小さく呟くのであった……。

エルフが(精神的にも)仲間になりましたとさ。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
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