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第80話「全力を尽くすことを」

「……皆、聞いての通りだ」


 魔王軍襲撃より約三時間――完膚なきまでに敗北した人間達は、魔王軍の手によって、大型の倉庫に集められていた。

 ここにいるのは、運良く殺されることの無かった傷のない非戦闘員――街の住民達である。重傷を負った兵士やハンター達は、また別の場所で手当を受けることを許されている。

 そして、戦士と看護員以外のほとんどの住民が入れるほどの巨大倉庫は、街の住民が消費するための食糧倉庫であった場所だ。本来あるべき中身は魔王軍によって根こそぎ奪われ、その代わりに捕虜となった住民達が詰め込まれている状態であった。


 そんな事実に、不安以外の感情を失ったかのように彼らは震える。その状況のまま、街を代表してハンターズギルドのマスター・クロウが状況を説明していた。

 自分達が敗北したこと。生殺与奪権を握られていること。そして、魔王との交渉の結果についての全てを包み隠すことなく伝えたのだ。


「お……俺たちに、魔物の奴隷になれってのか……?」

「冗談じゃないぞ! なんで俺たちがそんな目にあわなきゃいけないんだ!」


 予想どおりというべきか、住民達は魔王とマスター・クロウとの間に交わされた契約に猛反発した。

 彼らは人間――神の寵愛を受けし、生態系の頂点だ。その自負と誇りを持ち、奪う側として今まで暮らしてきた人間達にそんな現実を受け入れろという方が無茶だろう。

 しかし、だからといって現実から目を背けていても仕方が無い。


「敵はあまりにも強大だった……それだけのことだ」

「ふざけるな!」

「責任者を出せ! 都市長は? 軍のお偉いさんはどうしたんだよ!」


 マスター・クロウはハンター達の長として大きな影響力を持ってはいるが、都市の運営に関わりは薄い。この街の住民達はそれをよく知っているため、マスター・クロウではない誰かに代われと叫ぶ。

 勝ち目のない賭けに乗れという男ではなく、皆が納得できるような凄い考えの持ち主を出せと。いつも威張っている、こういうときに仕事をすべき者を出せと。王都からやってきたというエリートを出せと。

 しかし、そんな要求に、マスター・クロウは静かに首を横に振った。


「都市長ならびに、王都より派遣されてきた技術者兼指揮官のゲッド・アラムズ・ラシルは、敵の手に囚われている。現在生存しているかも、わからん」

「そんな……」

「だ、だったらそうだ! 守備兵共の大将はどうした! 防衛の責任者はあいつだろ!」

「……守備兵長のダモン殿ならば、最前線で最後まで戦い抜き、意識不明の重体だ。別の場所で救命処置を受けている」


 町民の怒りを受け止めるべき責任者は消息不明。敗北の責任を追うべき人間は不在。

 結果、残されるのは本来部外者であるはずの、民間組織の長一人。

 だから――人間達は、その怒りを理不尽にもぶつけるほか無かった。


「お、お前の……せいだ!」

「そうだ! アンタのせいだ!」

「アンタがこんな約束を持ち出したせいでこんなことになってんだろ!」

「そうだ! 責任を取れ!」


 そう言って町民達が取り出したのは、黒い契約書。魔王の功罪(メリト)によって街中の人間に余すことなく天より降ってきた、(たが)うことを許されない絶対の契約を交わす媒体である。


 そこには、こう書かれている。


『契約者

 ・魔王 ウル・オーマ(以下魔王)

 ・魔王配下の魔物軍全員(以下魔王軍)

 ・ハンターズギルドマスター クロウ・レガッタ・イシルク(以下マスター・クロウ)

 ・ア=レジル在住の人間生存者全員(以下人間)


 契約条件

 前提、魔王とマスター・クロウは一対一の決闘を行う。

 ・決闘のルールは一対一の武力による戦闘

 ・武器道具、その他明記されている条件を除くあらゆる手法の使用を許可

 ・場所はア=レジル中央広場全域。柵の囲いの範囲

 ・制限時間なし。以下の勝利条件をどちらかが満たすまで続ける

 ・勝利条件は以下のいずれかを満たすこととする

  1. 相手に降参を宣言させる

  2. 指定の場所から相手を外に出す

  3. 相手を気絶させる

  4. 相手を死亡させる

  5. 相手が第三者の力を借りる

 ・両者死亡などお互いが勝利条件を満たした場合、マスター・クロウの勝利と見なす


 以上の条件の下、契約者は以下の条件を満たすことを誓う

 ・魔王と魔王軍は魔王が決闘に勝利すること

 ・人間とマスター・クロウはマスター・クロウが決闘に勝利すること


 契約不履行の代償

 上記の契約を満たせなかった場合、以下の対価を支払うこと

 魔王および魔王軍が条件を満たせなかった場合、その場で一切の攻撃を中止し、軍勢の全てを撤退させること。また、契約成立後30日の期間、ア=レジルに対する武力攻撃を禁じる。


 マスター・クロウおよび人間が条件を満たせなかった場合、それ以降魔王の制定したルールを破ることを禁じる。ルールは魔王が任意のタイミングで制定、廃止、改定を行うことができる。


 契約期間

 決闘は8時間後までに開始されること。それまでに契約者全員の同意が得られない場合、この契約を無効にする。

 契約条件達成後の契約期間は、但し書きがない場合無期限。


 以上のことを理解し、同意することを誓う』


 と記されており、最後に署名欄が加わっている。

 制限時間を示す決闘までの時間が誰もさわっていないのに変化していることから、この黒い紙に何らかの超常的な力が働いていることは誰にでもわかることであり、だからこそ恐怖に駆られてしまうのだ。

 魔王の命令(ルール)に従う。長々と書いているにもかかわらず、最も恐ろしい部分がただそれだけしか書かれていないこの契約書を。


「――ああ。そのとおりだ。全ては私の浅はかな考えが原因だ」


 この契約書の作成には、マスター・クロウ自身の策略が大きく関わっている。それを認め、深く頭を下げた。

 武力での勝利が不可能と判断した後、自身の敗北の対価という形で街の住民を差し出すことでその命を保障させる……そして、そうやって時間を稼いでいる間に魔王を倒せる勇者の派遣に期待する。それがマスター・クロウの最後の策だったのだ。

 それなのに、まさかこんな契約の功罪(メリト)などというレアな能力を持ち出されるなど、夢にも思ってはいなかった。とにかくその場で殺されては何もできないと、口約束など後でどうにでもなるという卑しい考えがなかったかと言えば、それは嘘になることだろう。


「だが……責任を取ることは、私には不可能だ。街の人間全員の未来に対する責任の取り方など、私にはわからない」

「わからないって……」

「んな、無責任な……」


 聴衆の怒りは収まらないが、本当にどうしようもなかった。

 彼らが望むもの――人間の勝利を、彼には渡せないのだから。


 しかし――


「……へっ! 簡単なことじゃねーの?」


 倉庫に入ってきた人影が、そんな空気を吹き飛ばす。


「負けたら魔王の手下。勝てばとりあえずの時間は稼げる……なら、責任の取り方なんて一つでしょ? マスター」

「ああ。勝てばいい。全てに共通する真理だ」

「アナタがするべきなのは、こんなところで不満のはけ口になることじゃない。少しでも決戦に向けてコンディションを整える……違いますか?」


 入ってきたのは、全身包帯まみれで杖までついている、専属ハンターコーデチームのメンバーであった。

 大鬼ケンキとの戦いを辛うじて生存で終わらせるという奇跡を成し遂げた彼らは、僅かな時間で意識を取り戻していた。つい先ほどまで生命の危機だったはずなのに、異常な回復力だと治療に当たった医師が現実を疑うほどである。


「……勝つ、か」

「確かにアナタは現役を引退して長いですが……それでも、腕は鈍っていないでしょう?」

「未だに体力全快状態でやると勝ちなしだぜ俺。そのマスターにそんな顔をされるのは何かムカつくんですけど」


 もうボロボロで、戦うことなどできるはずもない部下の声援。

 ――そう。マスター・クロウは強いのだ。結局のところ、ハンターとは暴力の世界に生きることを決めた荒くれ達の集まり。そこで長を名乗るのならば、まず圧倒的な強さが必要不可欠。

 ある意味、魔物達の文化に最も近い人間の集まりとも言える場所――それがハンターズギルド。加齢による体力の低下により現役こそ退いたが、短期決戦に限れば現役の上位者にも決して劣らない実力を、この男は持っている。


「確かに……そのとおりだ。戦う前から負けを認めている男に勝利などあるはずもない」

「いや……でも、本当に勝てるのか?」

「無理に決まって――」

「少なくとも、戦わなきゃ勝率は間違いなくゼロなんだ。今俺ら一人一人に問われてんのは、勝てるわけ無いんだから諦めてこの場で死ぬか、どんだけ確率低くても勝利の可能性に賭けるか。その二択だぜ?」

「死ねばそこで終わり……俺たちはそう思っている。だから、敗北してどんな未来が待っていたとしても、それでも俺たちは生きることを諦めない」


 コーデチームは、四人全員が黒い契約書を掲げた。

 そこに、自分の名前が記されている契約書を。


「俺たちはマスターに残りの人生全部賭けますよ」

「責任の取り方ってんなら、勝つ気で全力を尽くしてくれればそれでいい」

「まあ、魔物の奴隷になるような未来なんて受け入れがたいという気持ちもわかりますがね。だから、そういう人は今のうちに言ってください……こんな身体でも、苦しまないように逝かせるくらいはできますんで」


 四人のハンターが己の意思と決意を示したことで、場の空気が変わる。

 綺麗なまま死ぬか、どんなことになっても足掻くか。そのどちらかを選ぶしかないのだと。


「うう……」


 その空気に、気まずそうに周囲を見渡す男がいた。先ほどからマスター・クロウの責任を追及していた男達だ。

 よくよく見てみれば、何人かは知った顔。このア=レジルの顔役達であり、かつてシルツ森林を封鎖することに同意していた面々であった。

 どうやら、自分達への責任追及を避けるべく、代わりにマスター・クロウをやり玉に挙げて逃げようとしていたようだ。そんなことをしている場合ではないのに、権力を持った人間とはそこまで愚かになってしまうのかと小さく笑う。

 何よりも、そんなことに頭が回らなかった自分自身を。


(……知り合いの顔すら咄嗟に見分けられなかったとは、どれだけ余裕がなかったのだ私は。これでは何をやっても上手くいくはずがあるまい)


 配下に背中を押され、覚悟を決めたマスター・クロウは静かな、しかしよく通る声で聴衆に語りかける。


「そうだな。私の取るべき責任は、勝利を手にする他ない。たとえ勝ち目がどれだけ低かろうが、世の中ゼロということはない。私は誓う。死の瞬間まで、全力を尽くすことを」


 強者の覚悟が、その他大勢を飲み込む。

 弱い者は盲目的に強者の後を追いたがる。先ほどまでの迷いを見せていた姿とは違い、人を導くカリスマとも言うべき強さを纏ったマスター・クロウの言葉に、もはやヤジを飛ばせる者はいなかった。


「……生を諦めない。その決意をした者は、この契約書に同意してほしい。今より、五時間の猶予を取ろうと思う。自刃するのも自由だ。……そして、諦めない者の足を引っ張る者がいるならば、その対処もその時に行う。よく考えてほしい」


 魔王の望みは、人間の混乱と自滅。ショーでも見物するように、醜く内輪で揉め合って殺し合うのを期待しているのだろうとマスター・クロウは読んでいる。

 もしかしたら、それは避けられないかもしれない。決断することができないまま、誰かに殺されるまで立ち尽くす者もいるかもしれない。

 しかし……それでも、誇りだけは捨てないとマスター・クロウは真っ直ぐ前を向くのであった。








 ……そして、6時間後に契約は成立し、魔王との一騎打ちは実現した。

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