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第8話「これが魔王の進む道だ」

 世界には、様々な環境が存在する。その中には、常識を無視したあり得ない特性を持った土地もまた存在する。

 魔物達が生み出す、異界と呼ばれる領域だ。


 長い年月をかけて人間達によって住処を追われ、狭い地域に押し込められた魔物達には、共通してある特殊な力を持っている。


 土地、環境との同調能力だ。


 魔物の魔力は環境に大きく影響を与え、また魔物も環境に大きな影響を受ける。

 魔物が住まう土地は、その地に住まう魔物に適した環境へと変化させられ、本来ならばあり得ない不自然な自然が生み出されることになるのだ。

 そして、その中には非常に有用な資源を生み出す環境も存在する。


 傷に当てるだけで魔法のように治癒してしまう薬草が群生する草原。

 魔力を流すことで炎や雷と言った自然現象を発生させる鉱物が採掘できる山。

 信じられないほどの甘味を蓄えた果実が実る森。

 どんな枯れた土地でも一掬い撒けば豊作を約束するほどに栄養豊富な水が流れる川。

 これはほんの一例だ。


 人間達が何故魔物を襲い、しかし滅ぼさないのか……それは、そうした魔物が住まうことで発生する異界資源を作り奪うため……というのも、大きいのである。


 とはいえ、もちろん魔物が作る異界が人間にとって都合のいいものばかりであるはずがない。

 まともな生物では生存すら不可能な過酷な環境も中にはあるが、その中では比較的常識的な環境を持つ、大きな湖がある。極端に底が深い、まるで人為的に掘られたかのように深い湖が……。



「……ここか?」

「う、うん。ここの湖には近づいちゃいけないってのはこの辺の常識だよ」

「ヒキズリコム」

「キケン」


 ウル達は、シルツ森林の一角を占拠する巨大な湖の前まで来ていた。

 この湖には近づいてはならない。それは知性に乏しいシルツ森林の魔物であっても共通して持っている認識だ。

 その理由は、危険な魔物が生息しているため。この湖を縄張りとし、自らに適合した環境に変わるまで支配し続けた魚の亜人であるピラーナである。


 安定した水を求めてその危険地帯に足を踏み入れたのは、数匹の弱小モンスターの群れ。

 手に紐状の何かを持った自称魔王のウル・オーマと、庇護対象の少年コボルト、コルト。そして支配下に入ったゴブリン七匹である。


「ピラーナ……怪魚人とも呼ばれる種族で、その名の通り魚ベースの亜人系モンスターだ。亜人というだけあり姿は二足歩行型だが、その活動領域は魚らしく水中にある」

「うん。だから湖に近寄りさえしなければ大丈夫だって聞いてるよ」

「チカヅク、オチル」

「そうだな。陸での活動も可能ではあるが、水中に比べるとその能力は大きく下がる。そうなれば並以下となる種族的な限界をカバーするために、獲物とするのは水を求めて住処に寄ってきた相手のみ。……というのが俺の認識だが、何か間違っているか?」


 ウルは湖まで移動する間に情報の共有を行っていた。自分は博識であると自負しているウルだが、長年の封印の間に変化したことの大きさはいい加減受け入れていた。

 だが、今回に限っては何も問題は無いと、コルトはウルの説明に首を縦に振るのだった。


「元々ピラーナ共は水辺の危険生物だったが……今に至っても何も変わってはいないということか」


 ウルは自分の常識が通用したことに喜びを示すことはなく、むしろ少し気落ちする。

 自分が封印されていた時間は、少なく見積もっても千年は固いとウルは思っている。それだけの年月があっても進歩しないというのは、かつて魔の者を支配した王としては歓迎できることではないのだ。自分さえ敗北しなければ、よりよい未来もあっただろうと考えてしまうために。

 もっとも、停滞どころか遙か後方に退化している種族しか見てこなかった現状を考えれば、ピラーナはまだましなのかもしれないが。


「さて、今回の目的は大きく二つ。一つはピラーナ共の支配領域を奪い拠点を得ること。これには水の確保も含まれる。もう一つは制圧の際に魔道の実演を貴様らに見せることだ」


 ウル達がピラーナの湖までやって来た目的は、湖を手に入れるためだ。周囲の魔物がピラーナを恐れて近づかないこの水場を入手するのが最大の目的であり、そのついでに配下への教育も行うつもりなのである。

 そのために、ウルはここに来るまでに力を蓄えてきた。具体的には、目についた動くものを手当たり次第捕食してきたのである。


「……それにしても、どうしてあんなに簡単に捕獲できるの?」

「その辺の蛇とか捕まえただけだろうが。そんなに驚くべきことか?」

「見つけた相手を全部食い殺すのはどう考えても驚くよ」


 ウルは手に持った紐状のもの――頭からかみ砕かれ息絶えた蛇を見せつけて笑う。

 コルトの言葉通り、ウルは目についた全てを食い殺して進んだ。行進ルートに生き残りは一匹も存在しない、ちょっとした災害のような無差別殺戮が繰り広げられたのだ。ゴブリン達が集団で何とか捕らえてきた野ウサギ一匹に固執しなかった理由は、その程度の獲物などいくらでも獲れるからなのだと証明するように。

 通常のコボルトでは捕らえることができずに逃げられる――それどころか返り討ちにも合いかねない獣を次々と捕らえ食らったウルへ、コルトは心底不思議そうな顔を向ける。

 どうして、同じコボルトなのにここまで強さに違いがあるのかと。


「フン」


 ウルはそんな疑問を持つこと自体が不敬であると鼻で笑い、残った蛇を丸呑みにする。どうやら毒蛇らしいが、この程度の毒はちょっとした味付け程度のものだ。

 まだまだ満腹にはほど遠い――そんな顔をしながら、眼前に広がる湖へと目をやるのだった。


「中々よいな。水に魔力が溶け込んだ、よい魔素水だ」


 湖を観察した結果、ウルは気に入ったと軽く頷く。

 湖の支配を自分の中で確定させたウルは、行動を起こす前に後ろのシモベ達に声をかけるのだった。


「さて……まずは魔道の基礎知識について教える。一度で覚えろ……といっても不可能であろうが、極力努力せよ」

「う、うん」

「まず、魔道は四つの系統に分類される。地の道、無の道、命の道、そして天の道だ」

「チ?」

「ム?」

「メイ?」

「テン?」

「そうだ。これから見せるのは地の道。これはわかりやすく言えば、自然現象を操る術だな」


 そういって、ウルは湖に向けて右腕を突き出した。

 そのままウルは自らの体内の魔力に命じ、その性質を変化させる。求めるのは――電撃だ。


「[地の道/一の段/子人の雷槌]」


 ウルの右腕から小規模ながら電気がバチバチと放たれ、小ぶりなハンマーのような形状を取る。電気のハンマーはそのまま湖に向かって真っ直ぐ飛んでいき、電撃が湖の中を走る。瞬間、その雷光で湖を光らせるのだった。


「――す、すごい……雷を、作り出した……」


 コルトは素直に驚嘆を露わにする。決して手の届かない天空の力を支配するその光景に。

 この現象を見るのは二度目だ。つい先日自分たちの群れを壊滅させた人間の女が使っていた術を、ウルもまた当然のように使いこなしたのである。


「い、今のでピラーナが全滅したとか?」


 敵に回れば恐ろしい力であるとわかっているからこそ、味方になったときに頼もしい。

 コルトは興奮気味でウルに勝ったのかと問いかけるが、しかしウルは小さく首を横に振って否定した。


「無理だな。今のでは威力が低すぎて殺すどころか気絶させるのも難しい。はっきり言って、ちょっと痺れて苛ついたという程度だろう」

「え?」


 コルトの興奮は瞬く間に鎮静していく。何せ、今の凄い術を使った張本人が「相手を怒らせただけ」などと言ったのだから。


「じゃ、じゃあ何でそんなことしたの……?」

「なに、流石にこの湖全体を殺しきるほどの出力はまだ無いのでな。最初に軽く挑発して集まってもらいたかっただけだよ」


 ウルの目的は、攻撃範囲が少しでも狭くなるように敵をおびき出すこと。

 威力がいくら低くとも、水の中に電気を流せば水中の敵は気がつくだろう。外敵がすぐ近くにいるのだと。


「ピラーナの性質が俺の知るとおりならば、外敵が現れたときの行動パターンはとにかく水中に引きずり込むことだ。つまりは陸に上がって何とか水へ落とそうとしてくる」

「え……」

「シャババッ!?」

「あ」


 コルトがウルの言葉に文句を言う前に、驚いた様子の叫び声と共に水中から何かが飛び出してきた。

 全体のシルエットで言えば、それは大きな魚だ。全身を濃い青色の鱗で覆っている巨大魚だ。ただし、それが魔物であることを示すように、通常の魚ではあり得ないパーツを有していた。

 無理矢理繋げるために少々歪んだ胴体から、当たり前のように手と足が生えているのだ。しかも、両手両足共に鋭く危険な爪が生えそろっている。

 人の特性を無理矢理魚に付加したかのようなこの生物こそが――怪魚人、ピラーナである。


「出たな」

「ひぃ!」


 明確な外敵の出現により、コルトは瞬間的に腰が引ける。産まれてからずっと弱者として生きてきた悲しい習性だ。

 一方でゴブリン達はと言えば、殺気を出しつつもやはり腰が引けている。支配される側としてボスが逃げろと言わない限りは戦わねばならないのだが、それでもやはり弱者は弱者であるという中途半端な体勢と言えるだろう。


「シャバッ!」

「……シャルブ」


 ピラーナは興奮した様子で叫ぶが、当然のその言葉の意味などわからない。

 しかし、何故かウルはピラーナに合わせたように少し高音で意味不明な怪音を発するのだった。


「シャルシュババ!!」

「シャバル、シュルシャババ」

「シャブシュシュシュッ!」

「……えっと、何やってるの?」

「ん? さっきの痺れはお前らのせいかと問われたので『イエス』、何が目的だと問われたので『今日からこの湖は俺のものだ』と答えただけだ。……と言っても、連中にはそこまで複雑な会話を熟せる知性など無い故、実際にはもっと単純なやりとりだが」


 驚くべき事に、同じ魔物である事であっても理解不能なピラーナの言語をウルは習得しているようだ。まあ、所詮は魚であり、言語と言うほど語彙があるわけではないのだが。

 ゴブリンの鳴き声はわからなかったのに……とコルトが思ったところで、そんなことよりも大切なことがあることに漸く気がつく。


「って、ちょっと待って! それ思いっきり喧嘩売ってない!?」

「それはそうだろう。こっちは喧嘩どころか侵略に来ているのだ」


 ウルは何を今更言っていると言いたげな様子でコルトを見る。

 そこでコルトは初めて理解する。今自分たちがやろうとしているのは、いつもやられていたこと――強者が自分たちの住処を襲いに来ていることなのだと。


「そ、それってよくないんじゃない……?」

「何がだ?」

「いやだって、侵略なんて……」


 罪もない――かはわからないが、コルトはピラーナを攻撃して住処を奪うという行為に今更ながら嫌悪感を覚える。

 コルトの価値観はコボルト社会で培われたものだ。コボルトは弱者であり、他者から攻められることはあっても自らが攻めに回ることはほとんどない。

 自然と、コボルトの社会では他者への攻撃を禁忌とする風潮が芽生える。通常ならば虐げられるものはより下の存在を攻撃することで自分の立場を確立させようとするものだが、自分より下が同族くらいしかいない上に、一族全員が一致団結して初めてまともに生きることができるコボルトではそうもならないのだ。

 弱さから産まれた平和主義者……それがコボルトの基本生態なのである。


 しかし、ウルはそんな純真な少年の言葉を鼻で笑うのだった。


「小僧、その目でしかと見るが良い……蹂躙と征服こそが魔王の進む道だ」


 ウルは魔王であり、その生き方は弱者を蹂躙する覇道である。

 物語で言えば悪役そのものの信念を堂々と掲げ、ウルはその手に魔力を集める。


「講義の続きだ。魔道には四つの系統があると言ったが、もう一つ重要な要素がある」

「シャババッ!」


 ピラーナ達はウルの言葉を遮るように攻撃を開始する。

 ピラーナの武器は、その鋭い爪と牙だ。本来ならば魚の魔物らしく水中での戦闘を得意とするのだが、手足を持つことで陸上での活動も一応可能としている。

 決して速いとは言えない突撃を集団で繰り出すピラーナ達に対し、ウルは戦いを――攻撃を楽しむ悪意を宿した眼を向けるのだった。


「魔道を構成するのは系統(タイプ)を示す『道』と、階級(ランク)を示す『段』だ。高位段の魔道ほど当然消耗も大きいが――」


 『威力が違うぞ』と、ウルは笑いながら手に集めたマナを解放する。

 同時に、そのコボルトと同じ犬のような口から魔道を構成する言霊が紡がれる。

 コルトの耳にははっきりと聞こえてきた。[地の道/二の段/炎弾掃射]と。


「シャバッ!?」

「炎の塊による多段攻撃だ。俺の記憶から変化していないのならば、貴様らは確か熱に弱かったな?」


 ピラーナの身体を包む鱗は衝撃に対して強いが、反面熱に弱い。

 ウルの知識ではそうなっていたのだが、どうやらその認識に間違いは無かったらしい。ウルの背後から突然出現した多数の炎に包まれたピラーナ達は、苦しみのあまり錯乱したかのように転げ回り、その戦闘力を一瞬にして失うのだった。


「ほ、炎が……」

「タクサン」

「コワイ」

「何を驚いているか。お前達にも最低限このくらいはやってもらうからな?」


 ウルが見せた魔道――それも二の段、つまり先ほど見せた魔道よりも一つ高いランクの術に驚くコルトとゴブリン達だが、ウルはこれを再現させる気満々であった。

 とてもできるとは思えないと彼らは顔を見合わせるが、しかしそんなことをしている余裕など無い。集団のリーダーであるウルが余裕綽々の素振りであるからこそこんな暢気な態度でいられるが、彼らは今まさに敵地にいるのだから。


「……さて、ここからが本番だ」

「え?」

「仮にも一つの領域を支配する種族の魔物……当然、この縄張りを支配するピラーナの(かしら)は、この湖というフィールドの領域支配者(ルーラー)であるはずだ。手下が役に立たないことは見せてやった以上、後は主が出てきて外敵を討ち滅ぼさねばならないのが道理だろう?」


 コルトでは絶対に勝てない強敵であるピラーナ。その集団を容易く葬ったウルの口から出てきた状況分析は、絶望だった。

 一カ所に縄張りを構えることができる群れであれば、その力を周囲に示し認められるほどの長がいるのが常識だ。そして、縄張りを持つ魔物の群れの長階級となれば、それは通常種よりも明らかに強い場合が大半である。

 無論、コルトの所属していた群れのように弱者しかいないというケースもあるが、全ての生物にとって欠かせない水という宝を独占するピラーナに象徴となる(ぬし)がいないはずがない。

 そのことに漸く思い至ったコルトは引きつった笑みを浮かべるが、その内心を言葉にする余裕など無かった。


 防衛に出た戦力をあっさりと狩ってしまったウルを、自分たちにとっての敵であると認識したピラーナ達は、最強戦力である自らの主へ既に呼びかけてしまっているのだから。


「――貴様ら、我が眷属を殺すとは良い度胸だな!」

「ほう、口が利けるか。その巨体、そして他の雑魚共とは比べものにならない魔力の圧力……間違いなく領域支配者(ルーラー)。少しはまともに戦えそうだな」


 自分の配下を殺された怒りのままに飛び出してきたのは、先ほどとは桁が違う巨体と威圧感を持つ存在だった。

 魚に無理矢理手足を付けたようなピラーナの身体とは大きく変わり、より化け物に近づいたフォルム。魚を無理矢理人型にするのではなく、より胴体が伸びて蛇のような構造となりその途中から手足が生えていた。

 それでいてコルトなど一呑みにしてしまえるような巨体に膨れ上がったピラーナの王、巨大な蛇の怪物と称するべき進化種にして、異界を形成する核たる存在――領域支配者(ルーラー)が、殺意と共にその姿を現したのだった。

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