第76話「どこに忘れてきた」
「防御部隊!」
『[無の道/一の段/浮遊盾]!!』
ケンキの号令に合わせて、配下達が走りながら一斉に魔道を発動させた。
魔力を練り上げたのは、全身鎧と盾を身につけた重歩兵団。一斉に魔道を発動し、全ての矢を弾き落とす盾を展開してしまう。
所詮は雑兵なので、まだまだ魔道士としてのレベルは低い。低いが、数を集めればそれなりに頑丈なものを拵えることができ、人間達が放ってきた矢の雨の大半を弾き落とすくらいのことは可能にする。
「馬鹿な――!」
目を見開く人間達。
あり得ない、考えすぎだ、小説の読み過ぎだ。そんな言葉で誰にも信じられることなく捨てられていった『魔物が魔道の習得法を見いだしている』という、一年前の報告。
それが証明され、しかも実際にこれだけの数の魔物が実用レベルで身につけている。
つまり、目の前にいるのは強靱な肉体を持ち頑強な武装をした魔道士の軍勢ということだ。
その脅威は、もはや大国が誇る精鋭部隊を敵に回すに等しい。
何せ、現在ア=レジルで警備に参加している極少数の精鋭――圧倒的に数で負けている魔道士達のレベルは、力を絞り出して二の段が限界という程度なのだから。
しかしこの程度で驚いていてはならない。魔道を修めた魔物の軍勢のその脅威は、まだまだこれからである。
「反撃せよ! 射撃部隊!」
『[無の道/一の段/魔弾]!』
またしても、街に向かって全力で走りながら魔王軍は集団で魔道を形成する。
魔力そのものを力とする無の道の中でも基礎中の基礎、固めて飛ばすだけの基本的な術だ。
これが二の段三の段と階級を上げていくと、より破壊力を高めた魔弾を同時に何発も放てるようになるのだが、一の段の初歩では精々が石をぶつけられた程度の威力の弾丸を一発放つくらいのことしかできない。
しかし――その程度の攻撃でも、集団で放てばかなりの脅威になるのだ。
「ぐっ! クソっ!」
「もっと弾幕を張れ! 魔道を使わせるな!」
「あの数の魔道士軍団にかよチクショー!」
高さの利を持っている街の防壁の上に陣取っている弓兵たちも、怒濤の魔道攻撃が相手ではタジタジであった。
そもそも重力の影響を受けない魔弾なので下から上に撃つことの不利はほとんどなく、当たっても死にはしないが痛い上に当たり所によっては体勢を崩される。
そんな状況では、満足のできる一斉射撃などできるはずもない。
「狼狽えるな! バリスタと大砲の準備急げ!」
現場指揮官ダモンが声を張り上げる。
先ほどの魔王の咆吼により、射手が軒並み倒れてしまい無用の長物と化しているア=レジル防衛における切り札とも言える大型兵器達。
素人が手を出すと大惨事になるため、今大急ぎで他に使える者を編成し直しているところなのだ。
しかし、手間がかかってもやる価値はある。いくら魔道の盾で身を守りながら進んできているとは言っても、流石に破壊力の桁が違う大型兵器を受ければひとたまりもないはずだ。
「A砲台、準備完了!」
「B砲台、同じく完了」
「D砲台完了!」
「よし! 発射準備ができたところからとにかく撃ち込め! 狙いは最前列の大鬼だ!」
本音を言えば、火力を一点集中させ、一気呵成に打ち倒してしまいたかった。
しかし、もはやそんな理想を追い求めている場合ではない。とにかく敵の思うようにやられてしまっている戦場の流れを断ち切るべく、とにかく撃ち込めと指令を出すのであった。
「ム? ……流石にアレは楽にはいきそうにないな」
速度を緩めることなく一人突出している大鬼ケンキは、人間の砦からその威容をアピールしてくる大型の射撃兵器を見て、僅かに危機感を抱いた。
野生の勘とでもいうべきものが、教えてくるのだ。アレは、手下の魔道だけでは防げないと。
「食らいやがれ!」
散発的に発射される、巨大な鉄の矢に丸形の砲弾。そのサイズと威力があれば、流石のケンキの鋼鉄の肉体でも貫くことも可能かもしれない。
故に、ケンキにそれを受けてやるという選択はない。
「舐めるな!」
背中に背負った剣に手をかけ、その剛力を以って抜き放つ。
真っ直ぐ自分に向かって真正面から飛んでくる矢弾など、弾き落とせて当然。腕力だけではなく、反射神経に動体視力といった能力も、ケンキは常人の比ではないのだ。
「ぐおっ!?」
「ク――!」
「ム? 済まんな」
ケンキが大剣ではあり得ない高速の剣閃で弾き飛ばした流れ弾が、後方の魔王軍に当たってしまうケースもある。だが、ケンキは謝るだけでそれ以上のことはしない。その程度は自力で何とかしろという無言の命令だ。
それは背後のゴブリン達も理解している。威力をほとんど殺された鉄矢だの砲弾の爆発だの、その程度の物が飛んでくる程度のことで悲鳴を上げていては、魔王の配下などやってられない。
こんな戦場の脅威など、シルツ森林の日常生活に比べればずっと安全といっても過言ではないのだ。
「う、嘘だろ……!」
「こっちは大砲にバリスタなんだけど……」
人間達は、ケンキの常識をことごとく無視する神業を見て戦慄しているようだ。
それはまあ、大砲で狙っているのに剣一本で全て弾き飛ばしてしまうような怪物を前にすれば、射手の戦意は一気に削がれるだろう。
「怯むな! 私の合図と共に一斉に砲撃を開始する! 第二射準備急げ!」
そんな砲撃手達に、次は全ての矢弾を一点集中させる狙いだと指示を出す叫びがケンキの耳に入ってきた。
ケンキの力を見くびり、せっかくの初撃を失敗したということだろう。順調に距離も詰められており、そろそろ門に到達するというもの大きいはずだ。
ケンキはその焦りを敏感に感じ取り、ここが勝負所だと全身の魔力を更に一段階強めた。
「――地天の型」
魔王流、地の型は歩法を表し、天の型は身体能力を活かす力の技を指す。
その複合技。すなわち、歩から始まり力をぶつける体当たり技を放つべく、ケンキは自らの身体を小さく丸めるように屈み、首を竦めて右肩の筋肉を膨張させる。
「――側突撃!」
肩で体当たりする、地天の型・側突撃。その突撃技を以って、ケンキは一気に人間の街までの距離を縮める――
「噴ッ!」
半身の構えから繰り出される、本物の大砲すら霞む破壊力の塊が、超高速で鉄壁の門に迫る。
突然の急加速に射手達が反応できていない中、ついにケンキの巨体が門と正面から衝突したのであった。
「う、おぉぉぉ……!?」
グオォォォンという扉の悲鳴を響かせ、強烈な負荷をかけられた門は大きく歪む。局所的な地震でも起こったのかと、揺らぐ足場に人間達の動揺の声が零れ出す。
――しかし、その程度のことで崩れてしまうほど易くもないようだ。多少歪みはしたが、ア=レジル防衛都市が誇る鉄壁の門は、ケンキの突進に耐えて見せたのであった。
「無駄だ! この門は力では絶対に破れない!」
どうやら、この門のすぐ内側に複数の人間がいるらしい。
門をこじ開けられた時に応戦する戦士だとケンキは当たりをつける。強がりかハッタリか、この門は崩れないと内側で吠えているようだ。
(なるほど。確かに、壊せないのならば引くべきだな)
今や、ケンキは門に直接接触している。つまり人間の陣の真下にいるということであり、人間達にとっては最後の砦だからこそ、この位置こそが最も狙いやすいようになっているのだろう。
そんな場所に、突破もできないのに一人孤立したまま居座るのはただの自殺行為。とっとと尻尾を巻いて逃げるのが得策だ――と、人間達は言いたいわけだ。
「――発ッ!」
ケンキは、驚くべきことに一度引くという動作もなしに第二撃を放った。
寸勁と呼ばれる、体重移動により接触状態から威力を相手に送り込む技だ。これも重心の操作を内包する地の型の応用であり、性質上重い方が強い。
本来の打撃に必要となる助走距離がない分、小さな力を自らの中で増幅させることが神髄となるこの技だが、ケンキには相性がよくウルから教えを受けた技の中でも特に磨いてきたものである。
その破壊力に、門はバキバキと断末魔の叫びをあげ始める。
踏み込みによって大地に罅が入るほどの純粋な力によって、耐えきれないダメージを与えられた門は――悲鳴のような轟音を鳴らしながら、あっさりと砕け散ってしまうのであった。
「なっ――!」
「嘘だろ!?」
時間にして、体当たりから五秒もかからずに破壊。攻城兵器を持ち出されても計算上数十分は持つはずだった門のあまりにもあっけない敗北に、門の内側で待機していた戦士達は動揺を隠せない様子であった。
そんな隙を、ケンキが見逃すはずもない。
「殲滅せよ!」
自らが空けた穴から、さあ入ってこいとやや遅れている配下に激励を飛ばした後、ケンキは迷うことなく幾人もの剣を構える人間へと大股で距離を詰めた。
流石と言うべきか、手が触れるほどまで三大魔と恐れられるケンキに接近されても、人間の戦士は勇敢にも武器を振るう。
心が乱れていようとも、身体が勝手に反応する。そのくらいの訓練は積んできているようだ。
「街に入れるな!」
「ここで仕留めろ!」
射撃戦で圧倒するという当初の目論見が崩壊した今、人間達の作戦は第二段階――白兵戦に移り変わろうとしている。
もちろん、これ以上敵に入られることを避けるため、弓兵達は変わらず迫ってくる魔王軍への射撃を続けてはいるが。
「温い!」
経験を感じさせる切り替えの速さ、決して折れないと叫ぶような人間達の『心』の力を、ケンキは一蹴する。
彼が行ったことは至極単純。手にした大剣を、横薙ぎに振るっただけだ。
ただそれだけで、門の裏に詰めていた人間達――ア=レジルの守備兵は、防具もろとも引き裂かれ、最期の悲鳴すら上げることを許されないままその命の火をかき消される。
「グ――」
一斉に斬りかかった面子は、一撃で皆殺しにされた。
それを見た生き残り――後方で第二陣として待機していた戦士達の目に、流石に動揺が、怯えが宿った。
その感情は、絶対強者として長年弱者を殺していたケンキからすれば、殺してくださいと嘆願されたようなものである。
「どうした人間共! 我らの森に攻めてきたときの気概をどこに忘れてきた!」
ケンキは吠え、踏み込みと共に剣を振るう。
ただ生きていただけの魔物を殺す側の時は威勢がいいのに、殺される側になれば震えることしかできないのかと吠える。
その一歩で、その叫びで、更に数人の命が失われる。絶対なる強者による蹂躙。長い年月の間に人間が忘れてしまった、本当の『魔物』がそこにいるのであった。
「――まるで、魔物の領域の中に飛び込んだような風景だな」
「ウン? 何者だ……?」
路傍の石でも蹴るように人間を消し飛ばしていたケンキの前に、四人の男達が姿を見せた。
ケンキはその四人を見て、今まで斬り飛ばしてきた有象無象とは少々匂いが違うようだと意識を切り替える。
「どーするよリーダー。俺が突っ込む、んで勝つ。それでいい?」
「いいわけないだろう……俺と二人で連携して攻める。シエン、サッチは後方から援護を頼む」
「了解……ったく、本当に領域内の領域支配者でも相手にしているとしか思えない圧力ですね。この距離でもヒリヒリと強さを感じちまう……!」
前衛に剣士と、格闘家。後衛にサポート役と思われる軽装の男が二人。
加減なしの自分の威圧を受けても飄々と受け流しているところから、かなりの実力者だとケンキは認めた。
「いい目だ……期待させてもらおう」
今までのように雑な攻撃に出ることなく、ケンキは王者のように受けの構えを取る。
自ら攻め込むのではなく、挑んできた相手を返り討ちにする守りの型。かかってこいと言わんばかりの、上段の構えを見せたのだ。
「――ッ! 上等……!」
「遠距離から崩すのは困難だと証明されている。……グッチ。ここからは、一秒気を抜けば死ぬぞ」
「まだ死ぬ気はねぇんで、心配ご無用!」
「他の者は雑魚を止めろ! この大鬼は、我々が引き受けた!」
ウル軍戦闘班の班長にして、単独戦闘の実質的ナンバー2、ケンキ。
ハンターズギルド最高戦力、専属ハンターの中でも特にその実力を信用されているコーデチーム。
この正面門の戦いにおける、勝敗を左右するであろう戦いが始まった。




