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第75話「ア=レジルの本気を見せられそうだ!」

「……カージャー、リーシー、ターロー……」

「攫われた者の内、どの程度揃っている?」


 真正面からの軍勢による威嚇と、背後への奇襲。この二つにより囚われたエルフの戦士の多くをかなり荒っぽい方法で保護したウル率いる魔王軍は、その確認を傘下に加えたエルフ達にやらせていた。


「……まだ、全員ではありませんが、全体の八割というところです」


 一人一人安否を確認していたエルフ代表のミーファーは、無事に戻ってきた同胞への慈愛と、まだ帰らない同胞への不安を内包した表情でウルへの報告を行った。


「ふむ……想像以上に思惑どおりに進んでいるが、完全ではないか。まぁ、後は直接踏み込んで下手人を締め上げる他ないな」


 捕虜にした新人軍人から、あらゆる手段を駆使して聞き出した情報を基に立てた救出計画。

 これ以上囚われたエルフ達の居場所に関する情報はないので、後は人間達の街を落としてから聞き出すほかない。

 戦闘奴隷として使われようとしていた分と、まだ立場が確定していなかった分は取り戻したのだ。

 まだ姿を見せないエルフは、恐らくエルフ達が想像したくない結末が待っているとウルは予想しているが、それを口に出すことに意味はない。

 平時であれば嬉々としてその意味の無いことをやるのが悪魔であるが、幸いにも今魔王の意識は目の前の戦闘に向いているのだ。


「全員を救助できていない以上、街攻めにエルフは参加させられん。ここでお留守番だ」

「……致し方ありませんな」


 救助したエルフ達を匿っているのは、聖なる森から半日ほど歩く必要があるシルツ森林、日々発展を続ける魔物の里だ。

 元捕虜のエルフ達の精神衛生を考えれば、聖なる森の故郷まで送るべきだろう。だが、残念ながらその余裕はない。せっかくここまで隠し通してきたというのに、エルフ達が助け出されたということを人間達に知られては全てが水の泡なのだ。


 だから、今か今かと闘志を燃やしていたシークーも、不満げながら同胞の守りにつくことを承諾した。

 人間達への恨みを晴らすことを、極悪非道を背中で語る魔王に託すことにしたのである。


「さて――ケンキ」

「ここに」


 全ての準備は終わったと、ウルは戦闘部隊の隊長であるケンキへ命令を下す。


「お前自身の参戦も許可する。存分に殺してこい」

「御意」

「それと、カーム」

「はい」


 ケンキに続いて、遊撃部隊を任せている嵐風狼(シウルフ)のカームにも指令を出す。


「領域の守りはアラフに任せ、お前も参戦せよ。ケンキは正面攻撃の指揮、カームは側面から攻めろ」

「側面……壁を越える、ということですか?」

「お前達の足と風を操る力があれば問題なかろう?」

「それはもちろんです。しかし……確か、都市結界とやらがあるのでは?」


 防壁が守らない空をカバーする、都市結界。その情報によれば、側面より壁越えを行うことはできなかったはずだとカームは確認する。

 もちろん、結界を力で破れという話ならば、自信を持って可能と答えるつもりだが。


「心配は無用だ。破壊する……というのも一興だが、策は既にある。時が来れば奴らの頼みの結界は跡形もなく消え去るだろう」

「畏まりました……必ずや、ご期待に添う結果をご覧に入れます」


 自信満々に何かを企むウルを前に、ならば言うことはないとカームは頷くのであった。


「期待させてもらおう……遠慮は一切不要! 皆殺しでも問題は無い。欲を言えば技術者や集団のまとめ役は生かして捕えると後々役立つが、加減を考えて手を緩める必要はない」

「終わった後に、運良く生きていればよし……ということで?」

「その程度の認識でよい。そうだな……一応、戦闘能力が無いと判断した者は可能な範囲で生け捕り、としようか」


 勝利を最優先とし、人命の価値を限りなく落とす。

 それが魔王軍を率いる者としての、当然の思考だ。


「配置についたら連絡を入れろ。俺から開戦の合図を出す。……さぁ、楽しもうではないか!」

『応ッ!』


 魔王の号令と共に、魔の軍勢が動き出す。

 今人間達の前に姿を晒している囮ではない、本物の強者達が、動き出すのだ――。



「さて、王の期待に応えねばなるまい」


 ノシノシと、世界に己の存在をアピールするかのような重低音の足音を鳴らしながら、赤の巨人と恐れられる元三大魔、ケンキは森から姿を現した。

 ケンキの役割は戦闘班の隊長。すなわち、最前線の更に一番前で力を振るい、敵を殲滅する者である。

 側近として完全武装を施した進化種の魔物を引き連れ、ケンキは威風堂々と歩を進める。


「な、なんだ、あの化け物は……!」


 隠す気もない覇気を纏う鬼の登場は、当然全力で警戒態勢に当たっていた人間軍にもすぐさま伝わった。

 遠目にもわかる、暴力の具現。人の恐れの感情がそのまま具現化したかのような大鬼の存在は、見張りの兵全ての目を引きつけて放さない。


「赤の巨人……!」

「三大魔だ。三大魔が出たぞぉぉぉ!」


 まだまだ距離があるケンキの耳にも入るほどに、炎の明かりが揺らぐ人間達の陣に悲鳴のような叫びが上がっていた。


 シルツ森林の三大魔。推定危険度三桁に達するとされる、英雄が倒すべき怪物。その存在はシルツ森林を睨み付ける守備兵達の間にも知れ渡っており、かの存在の侵攻はいつか来るかも知れない日として恐れられていた。

 無論、仮に三大魔が攻めてきても、ア=レジルの防衛設備ならば撃退できる。そう思っているから彼ら人間はこの地に砦を構え、街にまで発展させた。

 今から始まるのは、その予測が更なる人の繁栄を証明する自信だったのか、あるいはただの慢心なのかを決める試験というところだろうか。


「この侵攻は、奴の仕業か……!」

「三大魔が軍を率いてくるとは、いつか起こりうることとは思っていましたが……」


 ケンキが姿を見せたことで、人間達は総大将をケンキであると判断したらしい。

 遙か離れた場所で、ただ隣の者と会話をする程度の声でも、三段階の進化を果たした怪物であるケンキの聴力ならば問題なく拾うことができる。

 その、不敬な会話をも。


「愚かで騒がしいことだ。我が王への侮辱か?」

「黙らせましょう」

「そうだな。いったい誰に殺されるのか……そのくらいは冥土の土産にしても罰は当たるまい」


 敗れ、忠誠を誓った身として、自らを王と誤認されるのは魔王ウル・オーマへの不敬に他ならない。

 王への不敬は力で正すがケンキの流儀。それを果たすべく、ケンキは歩みを少しだけ早める。


「ッ!? 速い――」

「あの巨体であの速度……! 接近されれば苦戦は必至でしょう……!」


 ケンキからすれば少し早歩きになった程度のことだが、人間からすれば驚く程の速度をたたき出していた。

 そもそも、2メートルもあれば大型に分類される人間と、優に3メートルはあるケンキでは歩幅が違い、筋肉の質も圧倒的に異なる。

 種としての身体能力に圧倒的な隔たりがある上に、魔王ウル・オーマの指導の下、武術というその身体能力を効率よく使う術を叩き込まれた今のケンキは、歩くだけでただならぬ威圧を与える鬼人なのだ。


「さて……この辺りか」


 人間ならば徒歩で30分はかかる道のりも、ケンキは早歩きで5分もかけずに武装ゴブリン部隊の展開ポイントまで辿り着いてしまった。

 ゴブリン達は一糸乱れぬ動きで陣形を変え、ケンキの通り道を作り出す。その光景にタイトルをつけるのならば、鬼王の道、とでも呼ぼうか。


 ここからア=レジルまでは、後半分。ここから先は人間達の攻撃範囲に入り、矢弾を掻い潜って進まねばならない危険地帯となる。


「親玉が出てきたとなると、凄まじい威圧感だ……」

「まだかなり距離があるのに、ビリビリと感じますよ」


 最前列までケンキが出てきたことで、ア=レジルの指揮を執る守備隊長も息を呑んだ。

 武装しているとはいえ、ただのゴブリンしかいなかった状態とは比べものにならないほど、軍勢から感じる威圧感は凄まじい。

 武装ゴブリン軍団だけでも魔物の常識を覆すというのに、魔物という言葉から想定される力を個として上回る怪物まで姿を見せてしまったのだから、その感想も仕方が無いというところだ。


「さて……後は王の合図を待て」


 ケンキもまた、最前列まで到着したところで足を止めた。

 個人的には早く侮蔑の言葉を吐いた人間の罪を自らの剣で雪いでやりたいところなのだが、開戦の合図は魔王が出すと言った以上、それを待つのが魔王配下として当然の心構えだ。


 それに、その合図はさほど時間はかからない。

 既に到着の合図は魔道具を使って出しているので、他の面子――カーム率いる魔獣部隊が配置につけばすぐにでも許可が出ることだろう。

 ケンキとしては不服ながら、カーム達の速さだけは認めている。単純な直線での速度を競い合えば、流石のケンキでも勝ち目はない。

 距離的にはカームの方が配置には遠いが、戦う前から力を見切られる事の無いよう歩いていかねばならないケンキと違い、疾走して向かっている彼女らは既に到着していてもおかしくはない。


 そんなケンキの予想は、森の中から放たれた特大の咆吼を以って、正しかったことが証明される。


 ――魔王の咆吼(ウルズロアー)


 かつてケンキと名乗る前の狂ったオーガにトドメを刺した、魔王の雄叫びだ。


『グゥルアァァァァァッ!!』


 明確な言語ではない、文字通り力の限り叫んでいるだけの咆吼。

 しかし、ケンキ達魔王軍にはその意図がはっきりと聞こえてくる。


 ――敵を殺せ、力を示せ、大地に血を飲ませよ、魔王の恐怖を轟かせ。


「出撃ダァァァァッ!!」


 圧倒的な力の塊が背後にいる。絶対的な王が我らの主である。

 魔王の咆吼は、魔王軍の精神を高揚させ、士気を最大まで一気に高める。

 その勢いそのままに、ケンキは自らを先頭にして背中の大剣を引き抜き、矢弾の射程範囲へと迷うことなく全軍を進撃させるのだった。



 ――一方、待ち望んでいた攻撃チャンスを得た人間達はというと、それどころではなかった。


「が……は……」

「か、身体が……」

「しっかりせよ! 気を保て!」


 味方に勇気を与え、敵に恐怖を与えるのが【咆吼】の効果。

 恐ろしい化け物の雄叫びが聞こえたというだけで身体は恐怖に震えるというのに、そこに大量の魔力まで乗せられているのだから並みの人間では対抗できない。

 今の開戦の合図だけで、既に非戦闘員である街の住民達は大半が気を失っている。一部の根性のある一般人は何とか意識を保っているが、それでも足がガクガクと震えてまともに立つこともできない有様だ。


 そして、そのダメージは兵士達にまで及んでいる。

 ベテラン、一流と呼ばれるハンターや守備兵は流石の貫禄というべきか、やや心拍数が上がった程度で済んでいるが、そこまで強くもなければ経験を積んでいるわけでもない一般兵は酷ければ気絶。意識は繋ぎ止めていても、武器をまともに持つこともできないほど震えが止まらなくなってしまっているものも目立っていた。


「ク――これでは一斉射撃どころでは……!」


 気力で魔王の咆吼の影響をほどんど無力化した守備兵長ダモンだったが、手足となるべき兵士がこの有様では作戦も指揮もあったものではない。

 防壁まで辿り着かれるまでの、街の住民の命に直結する距離が一秒ごとにすり減っていく。

 先ほどの速度ですら遊びであったと宣言する勢いで、最前列の大鬼がア=レジルに迫っているのだ。


「クソ……一年前は、ここまでではなかっただろうが!」


 一年前に響き渡り、恐怖をもたらした咆吼は今もダモンの記憶に鮮明に残っている。

 しかし、これほどではなかった。咆吼だけで意識を奪い、戦う力を奪い取る。そこまで異常な破壊力は無かったはずなのだ。


 しかしそれも当然だろう。

 一年という時間をかけ、領域の絶対支配者として腹を満たし、領域を広げる。それだけで、魔物としても領域支配者(ルーラー)としても格を大きく上げられるのだから。


「気をしっかりと持て! 敵は目の前だ!」


 ダモンは、腹に力を入れて味方を鼓舞する。

 勇気を奮い立たせるかけ声というのは指揮官としては当然の技術であるが、残念ながら先天的に経絡が活性化している選ばれた側の人間ではないダモンに【咆吼】は使えない。

 別に魔物専用技というわけではないので、ある程度自分の魔力を操れる者ならば魔力を腹に集中させて叫べば【咆吼】になるのだが、非魔道士であるダモンでは通常の会話よりは多めの魔力を飛ばすことしかできず、とても魔王の咆吼を打ち消すことなどできはしない。


「やむを得ん――動ける者だけでも撃て!」


 ダモンは動けなくなった兵士達を見限り、今動かせる戦力だけで何とか防衛戦を行おうと動き出した。

 自らもまた支給されている銃器、マナバーストを手に取り、迫る大鬼に向けて引き金を引く。

 それ以外にも、本来の想定からするとかなり小規模ながら、チラホラと射撃が行われ始めたのだ。


 しかし――


「鬱陶しいわ!」


 赤の巨人は、人を楽に殺す兵器の直撃を受けてもびくともしなかった。

 頑強な鎧で弾かれる弾はもちろん、その強靱すぎる肌に全ての弾丸は歯が立っていないのだ。


「化け物が……!」


 その結果を見て、ダモンは初めて『危険度三桁』の意味を理解する。

 英雄が倒すべき怪物。常人では決して勝てない厄災。勇者を頼るべき触れてはならない存在。

 何故常人の努力が否定されねばならないのか、何故人類の叡智で立ち向かってはいけないのかと今まで内心不満に思ってきたダモンだったが、目の前にこれ以上ない結果を見せられては認めるしかない。


 人類の力では、手も足も出ない。それが三桁の怪物なのだと。


「クソ――」

「どうした兵長さま! ビビってんなら俺らが手柄全部持ってっちまうぞ!」

「っ!? ハンターか!」


 どれだけ思いを込めても威力が変化しない手元の銃器では、あの怪物を止めることはできない。

 それを理解し絶望しかけたところに、弓矢を手にした大勢のハンターが防壁まで上がってきた。


 彼らは「ハンターはのけ者にして国軍だけで何とかしろ」という、現在軍の指揮官であるゲッドの逆恨みによる無駄極まる命令によって防壁の警備網から外れていた。

 後方で待機していたはずであったが、あの咆吼を受けて駆けつけてきたのだ。

 銃弾と違い、弓矢ならば射手の力を矢に乗せることで常識を無視する威力を発揮する事も可能。ここに駆けつけてきたのはあの咆吼に耐えきった一流どころばかりなのだから、これほど頼もしい援軍もないだろう。


「助かる!」

「いいってことよ! おたくらの親分、さっきので小便垂らしてひっくり返ったみたいだからな!」

「……そうか。それならば、ここからはこのア=レジルの本気を見せられそうだ!」


 ゲッドは、どうやら咆吼で気を失ったらしい。まあ、本来安全地帯で道具を弄るか人に指図するかという立場の人間に、兵士ですら耐えられない恐怖に耐えろという方が無茶なのだろう。

 咆吼に耐えられるかどうかは戦闘力と精神力の問題なので、人の上に立つには精神的に脆いという証でもあるが。


 ともあれ、その報告を聞いてやや問題発言と共に気合いを入れ直したダモンは、ハンターに倣って銃を捨てて弓矢を手にする。

 銃が効かないのならば、己の膂力を込められる弓を手にした方がいいという判断だ。


 が、そんな指揮系統の変化が起きたとしても、それで怪物を止められるとは限らないのだが。


 何故ならば、今行われているのは大鬼対人間軍ではなく――魔王軍対人間軍なのだから。

一番屈辱的な負け方は、その他大勢扱いされていつの間にか倒されていることである。

ゲッドに章のラスボスを務める器はないので、しばらく退場。人間側のデバフ外れました。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
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