第71話「お前達の強さを示してみろ」
「まずは捕虜の救出。同時に人間共の街に一撃、というところだな」
聖なる森を手中に収めたウル・オーマは、もろもろの雑事を片付けた後、エルフのホルボット集落に主要メンバーを集めていた。
「捕虜の救出はありがたいですが、攻撃も同時……ですか?」
真っ先に声を上げたのは、現エルフの長であるミーファー。彼女と護衛のシークーだけがこの軍議に参加しているエルフ族だ。
「捕虜の救出だけに集中するのもいいが、それをやるとこちらの狙いがバレる。最悪捕えられたエルフを人質にされるだろうな」
「それで二正面作戦を行うと?」
「そうだ。まず、エルフ達は姿を見せずに我ら魔物軍だけで街……ア=レジル城塞都市とやらを強襲。魔物だけで攻め込めば、まずエルフ救出が目的とは思わんだろう」
「ですが、それですとこちらの襲撃への兵として洗脳エルフが使われるのでは?」
「その可能性はある……が、それならまず間違いなく最前線で使い捨ての駒としてだろう。人質にされるよりも捕獲は格段に楽だな」
「なるほど……」
拷問によって得た人間達の情報を軸に、作戦を練っていくウル達。
基本的にはウルの考えに周囲が質問し、それに回答していくという形で作戦は決まっていった。
「我らエルフ兵はどのように動けば?」
「人質の救出がなされるまでは待機だ。今グリンが敵陣の偵察に向かっているが、捕虜となっているエルフ達の監禁場所が判明すれば時間差でそこも攻めることになる」
「エルフの救出が目的であることは悟られてはならない、ということで?」
「そのとおりだ。あぁ、だから街攻めの部隊ももしエルフ兵と戦うことになったら、殺さない以上の加減はするな。人間からは偶然死んでいないと思わせるのがベストだな」
「それは……その、もう少し加減していただけませんか?」
救出という割にはきつい言葉に、思わずミーファーが口を出した。
しかし、ここはウルも譲る気はない。
「エルフにだけ特別加減して無傷で取り押さえるなど、敵にこちらの事情を教えるようなものだ。……とはいえ、これは契約だからな。可能な限り生かして助けるのはこちらの義務……そこで、小僧」
「なに?」
ミーファーの仲間を想っての言葉を一刀両断にした後、ウルはコルトへと視線を向けた。
「開戦までにしびれ薬を多めに作っておけ。薬で行動不能にした相手は後回しにするという体で動けば違和感も抑えられるだろう」
「しびれ薬……」
「後遺症もない程度に抑えれば文句はあるまい? まあ、その代わりしびれ薬に巻き込まれた人間も一先ず見逃すことになるが……そこは後のお楽しみと思って一先ず我慢だな」
強烈な効果を発揮するコルトの薬に不安の色を覗かせるミーファー達であったが、コルトは了解したと頷いた。
これでも、コルトはこの一年の間、薬に関して相当な知識を魔王ウルに叩き込まれている。教師の嗜好の関係で危険な薬に知識の偏りが見られるものの、しびれ薬のような日常の狩りにも使うようなものならば間違えることは無い。
「薬の使い方は? 剣にでも塗るの?」
「いや……今回のは少数での殴り合いではなく、集団での戦だ。範囲を重視し、広範囲に広がる煙玉のような物が欲しい」
「わかった。準備しておく」
「うむ。次に、首尾良くエルフ共の救出に成功した後の話をする」
今回の作戦の目的は二つ。一つは人間達に攫われたエルフの救助。そして、もう一つがシルツ森林に――ウルの領域に攻め込もうとしている人間達の討伐だ。
「捕虜にした人間共によれば、現在敵陣の最高戦力は国軍の派遣兵とやら。次いでハンターを名乗る民間武装組織……一年前に森に攻めてきた人間の同類らしい」
「ハンター……我々の暮らす森にも度々侵入してくる人間ですね。森の恵みを無断で略奪していく狼藉者です」
「僕の同胞を皆殺しにした連中だね……!」
ハンターの名を出すと同時に、この場にいる者からそれぞれ黒いものがにじみ出てくる。特に、自らが大きな被害を受けた経験があるコルトの怒りが強い。
「怒りはまだ秘めておけ。それと、言うまでも無いが軍人にも警戒は必要だろう」
「軍人って、つまりどんな奴なの?」
「ア=レジル城塞都市はル=コア王国とやらの領土。当然そこには民間人ではない軍人……戦闘の専門家もいるようだ。前回の戦いで小僧とシークーが仕留めた男がその隊長格だったらしいが、それ以外は雑魚だったらしい。雑魚本人の証言だが」
「つまりハンターと軍人が敵の戦力、と。……もっと具体的な情報は?」
「敵の標準装備……軍人のものだけならば判明している。ハンターの方は民間というだけあって多種多様のようだな。あぁ、ついでに街の警備兵というのもいるらしいが……他の二つに比べれば劣るらしいな」
ウルは聞き出した情報を全員に共有する。破壊力、射程、数……それらの情報を、余すことなく配下に理解させていった。
「理解したな? あぁ、それともう一つ。どうやら、生意気にも奴らの街は結界で守られているらしい」
「結界?」
「都市結界とかいうらしい。詳しいことは今は知る必要が無いが、街の防壁を上から越えようとすると弾き飛ばすらしいな。どうやらこの時代の人間共からすれば街にあって当然の仕組みのようだ」
「ふーん……無の道の壁みたいなものかな?」
「原理はそれだろう。どうも領域支配者のまがい物を造り、土地の魔力を使って結界を維持しているようだ」
「となると、壁を乗り越えて攻めるような真似はできないと?」
「結界をぶち抜くなり何なり、方法がないわけではないがな。まぁ、そのような情報の中で――」
そこでウルは一度言葉を切り、ニヤリと不遜な笑みを浮かべるのだった。
「――次の攻撃は、威力偵察の意味も強い。現戦力で今の時代の人間共がどれだけできるのか……それを探る。人間共が勇者、聖人と呼んでいる人類の切り札とやらはいないようだから、敵はいわば標準的な能力であると考えるべきだ。ここで手間取っているようでは、今後の戦は話にならないだろう。お前達の強さを示してみろ」
試すような魔王の視線に、この場に集められた者――とりわけ、戦力を売りにしている者達から立ち上る覇気が強まる。
自らの強さを誇る。それは人も魔も関係ない、戦士の本能なのだ。
「期待している。……それと、エルフ族には救出したエルフの保護を担当してもらう。事情を知らない捕虜共に反抗されるのは無駄の極みだ」
「それは……そうですね」
「もしこの最初の攻撃であっさり占領できるようなら、途中から参加してもらうことになるだろう。しかし基本的には仲間の保護だけ考えておけ」
「わかりました。仲間の保護は私達にとって最も重要なこと……全力を尽くしましょう」
ミーファー達の合意も得られたところで、その後は戦力の配置についてしばらく議論がなされた。
現在動かせる戦力、自陣に残してきた戦力を前戦に出すか否か。そういった話し合いの末、ウル軍の軍備は着々と進んでいったのだった……。
◆
「……ゲッド殿。言いたいことはそれだけですか?」
「黙れ高々辺境のロートル風情が。僕はゲッド・アラムズ・ラシル。栄誉ある異界学が権威、ガオス師の弟子であり上級研究員。そして今はシルツ森林攻略の責任者……お前の上司だぞ?」
ア=レジル防衛都市における、武力の柱の一つ、ハンターズギルド。
その最上階に存在する一室――ギルドマスターの執務室で、二人の男がにらみ合っていた。
一人はこの部屋の主、マスター・クロウ。そして、もう一人は王都から派遣されてきた貴族出身の技術者にして指揮官、ゲッド・アラムズ・ラシルである。
「確かに、私の応援要請に応えた結果ではありますが……私はこのギルドの長。アナタの指揮下に入った覚えはありませんね」
「何を抜かすか! ア=レジルの全戦力はこの僕の指揮下に入ること! それが王命なのだぞ!」
「が、私はこのギルドの責任者として、この街を守る義務があります。無謀な作戦には反対するのが職務ですな」
「無謀、だと……?」
ゲッドは、マスター・クロウにハンターの動員を求めていた。
現在進行中の作戦の要であった精霊が、原因不明でコントロール下から外れた非常事態。その解明のため、ゲッドは予備戦力として考えていたハンターを聖なる森に突撃させろと命令したのだ。
しかし、マスター・クロウからすればそれは論外だ。ここ数日、シルツ森林から漏れ出てくる邪気の質が変化していることを肌で感じており、その警戒だけでも戦力は少しでも欲しいところ。それなのに、明確な敵地の調査のためだけに手勢を捨てろなどと言われても、頷くことなどできるはずもない。
「ご自分の作戦が失敗したからと言って、その尻拭いに無条件で手を貸せるわけではないのですよ。こちらにも仕事がありますから」
「な!? き、貴様……!」
ぷるぷると怒りに震えるゲッドと、ご機嫌取りというものができないマスター・クロウ。貴族出身とは言ってもバリバリのたたき上げハンターである彼にとって、おべっかは最も足りていない能力なのである。
ゲッドはそんなマスター・クロウの言葉に理性を半ば失い、国法によって罪人以外には使用を禁じられている洗脳の魔具を使ってやろうかと本気で考慮し始める。
しかし、手駒となる戦力がいるならばともかく、一対一ではどの道技術者であるゲッドと全盛期を過ぎて引退しているとはいえ戦士であるマスター・クロウでは勝負にならないのだが、そこは頭から抜け落ちているようだ。
一触即発の危うい空気が流れ始めたとき――マスタールームに、飛び込むように伝令が入ってきた。
「緊急事態! 報告です!」
「何事だ!」
自分の話を遮られたことに苛立ちを見せるゲッドと、伝令の様子からただ事ではないと即座に意識を切り替えるマスター・クロウ。
その辺りに彼らの指揮官としての格の差が表れているが、そんなことよりもとにかく報告を聞くべきである。
「シルツ森林より無数の魔物の影を確認! 真っ直ぐア=レジル防衛都市に進軍しています!」
「何だと!?」
「ついに来たか……!」
常に攻撃する側であり反撃されることなど考えたこともないというゲッドと、最前線を任される者として常に最悪を想定しているマスター・クロウ。
こういった非常時では、どちらが素早い判断を下せるかなど、比べるまでもないだろう。
「敵の数は? 推定で構わん」
「はっ! 最低でも、目視できるだけで500! 森の中に更に潜んでいる可能性は高いです!」
「種類は? その他、報告すべきと判断される内容はあるか?」
「敵軍構成は大多数がゴブリンであると思われます!」
伝令の言葉を聞いて、ゲッドの顔からあからさまに緊張感がなくなった。
確かに500匹もの魔物が突然現れたというのは驚きだが、ゴブリン程度ならばなんとでもなるだろうと。
だが――
「特記事項! 敵軍に金属製の武装を確認!」
「武装? ……ゴブリンがか?」
「最前衛のゴブリンは全身鎧と大盾を装備した重歩兵! その背後に槍を持った者が並んでいます!」
「……盾となる兵で壁を作り、背後から槍で突く布陣だな。どうやら、魔物退治ではなく戦争のつもりで行かねばならんようだ」
流石にそれは予想していなかったと、マスター・クロウは頭を振った。
しかし現実は現実として受け止め、今やるべき最善手を頭の中で構築する。実戦の場では想定外の事態など日常のことであり、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた彼にとってはいつものことである。
だが、本来安全な場所で頭を使うだけが仕事であるゲッドにその柔軟性を求めるのは酷というものだ。
「ふざけるな! どこの世界にそんな文明を持った下等生物がいるか! 帝国か? 帝国が魔物を従え武装させているのか?」
ゲッドは魔物自身がそのような技術を身につけたという仮定を一瞬で捨て、どこか敵対する人間勢力の陰謀であると考えた。
その発想自体は肯定も否定もできない可能性の一つではあるのだが、今考えるべきはそんなことではない。
「ゲッド殿。その武器の出所は確かに気になるところですが、今は目前に迫った敵への対処こそが最優先。少なくとも、我々が知っているゴブリン通常種と敵が同列であると見下す考えは捨てることを勧めます」
「クッ――!」
自分に意見するマスター・クロウに憎しみさえ込めた目を向けるゲッドであるが、当人は全く気にせずに手早く準備を整えて部屋から出ようとしていた。
「待て! どこに行く!」
「一先ず、待機中のハンター達に集合をかけます。その後は土木作業に従事している者も呼び寄せ、こちらも軍としての体裁を整えるべきでしょう。時間との勝負ですが……ゲッド殿も、引き連れてきた兵士に指令を出した方がいいのでは?」
ここで叫んでいる時間はないと、マスター・クロウは振り向きもせずに部屋から出て行った。
その後ろに伝令も付き従い、一人残されるゲッド。エリートであり、貴族。更には国からも認められる優秀な技術者としての名声を持つ自分への余りにも尊敬が足りない態度に憤怒を露わにするゲッドであるが、言葉自体は正論である。
主のいなくなった部屋のテーブルを思いっきり蹴り飛ばした後、足が痛いと悪態をつきながらもゲッドもまた自分が行くべき場所へと向かうのであった……。