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第70話「有効活用しろ」

「馬鹿な!」


 およそ半日ほど、ひたすら食い入るように謎のメッセージである国紋を睨み付けていた人間軍指揮官のゲッドは、突如弾かれたように立ち上がった。

 僅かでも集中を乱されれば解除されてしまう、非常に弱い意識の操作が込められた紋章はこれで効果を失う。そんなことよりも大事が起きたためだ。


「おい! ツカイスの奴に連絡を取れ!」

「はい……?」


 彫像のように自分の世界に籠もっていた上司が突然叫んだことに、控えの部下は困惑していた。

 だが、考える前に行動しろ、考えるのは上の仕事だがモットーの下っ端としては、困惑しながらも指示に従うくらいは当然のように行える。彼らの頭は帽子を被るためにあるのだ。


「……ダメです! 返信がありません!」

「クソッ! まさか、本当に……?」


 ツカイスにつけている連絡員に信号を送っても、返信は無い。連絡があれば必ず応答を、仮に即座に応答できないような状況であっても何かは反応するのがルールだ。

 それすらできないということは、既に絶命、あるいはそれに近しい行動不能状態になっているということになる。ゲッドの指示に従わない生意気な軍人風情とは言っても、個人戦闘力ならば勇者という例外中の例外を除けば王国全体でも上位に位置するツカイス隊長が近くにいるにもかかわらずだ。


「……僕の作品に不具合? そんなこと絶対にない!」


 ドンッ! と、ゲッドはテーブルに勢いよく拳を叩きつけた。

 そう――ゲッドが感知したのは、自身の作品である服従の首輪が機能を停止したことだ。

 服従の首輪には、支配者と支配下に置いている対象の間に魔力的な繋がりを作る機能がある。対象の詳しい状態は専用のモニターがなければ確認できないが、術が正常に作動しているか否かくらいは伝わるものだ。

 その感覚が、今のゲッドにとっては最重要の支配対象――森の領域支配者(ルーラー)である精霊の支配が解除されたことを知らせていた。

 しかし、それはゲッドにとって決して有り得てはならないことだ。


「僕の作品は完璧だ! 師を除いて、僕の許しなしに解除できるはずがない!」


 ゲッドは敵対勢力に首輪の解呪をされることまでも考えて、無数の防御システムを搭載している。

 力尽くで破壊しようとすれば爆発する機能はもちろん、自力での解呪はまず不可能、外部から外そうとしても術式を解体することは絶対に無理だと断言できる仕上がりになっていると自負している。

 例外があるとすれば、唯一自分よりも優れた技術者であると認めている彼の師匠くらいのものであるが、聖なる森にいるはずが無い以上は除外される。


「……そうか。破壊か。精霊クラスの耐久力なら、緊急爆破くらいなら耐えられる……無粋にも何者かが外部から破壊した? しかしあそこにはツカイスに守らせている上に、無数の植物モンスターの防壁もある。何よりも破壊するとなるとまずあの精霊を倒さなければならないはずなのに、それを成し遂げる勢力……?」


 ブツブツと、現状に納得ができる仮説を立てようとするゲッド。

 自分の作品が動作不良を起こした、術を破られた――などという発想はない。自分は完璧で完全であるという前提の元、人間達の指揮官は結論を出したのであった。


「――ツカイスの裏切りか?」


 植物モンスターの壁と、国軍の中でも上位に位置する一つの部隊の隊長という実力者の守りを突破できる戦力などまずいない。

 エルメスの聖人や勇者クラスならば可能だろうが、こんなところまで来てわざわざ精霊を解放することなど考えにくい。

 シルツ森林を挟んだ隣国、辛うじて宣戦布告はなされていない仮想敵国でもある帝国の妨害工作という可能性が無いわけではないが、そんなピンポイントにゲッドの作戦を知り妨害したというのは現実的ではない。

 となれば、残る可能性は精霊の監視と防衛を任せていたツカイスが何らかの理由で裏切ったことのみ。自らの指示に従わなかった事に対する苛立ちも交えて、ゲッドは現状をそのように仮定するのであった。


「クソッ! 軍部め! 僕の邪魔をするつもりであんな欠陥品を送りつけてきたのか? それとも帝国の間者だったっていう話か!」


 責任の全てを『今回の作戦に使う戦力を要求した相手』に頭の中で押しつけたゲッドは、即座に指示を出すべく動き出す。

 しかし、今後の作戦の要とも言える場所を失った以上、今後の予定も大きく変更せざるを得ないだろう。もう一度精霊を洗脳するという手もあるが、いくら人間の奴隷種族と見下す相手とはいえ、二度も同じ手が通用すると考えるほどゲッドも楽観主義ではない。

 故に、その方針は不本意なものにならざるを得ないのであった……。


「森の支配権を失った! また、現在あの森にはこっちが想定していない何らかの妨害勢力が存在すると思われる! 一時部隊は森より撤退し、ア=レジルに帰還!」

「は、はいっ!」

「捕虜共は街の外の小屋に繋いでおけ!」


 ゲッドの判断は、一時撤退。敵の戦力が見えない以上、無理に戦力を展開し続ければ無視できない被害が出る恐れがある。

 そうでなくても、信用していなかったといっても実力者であるツカイスが裏切っている可能性が高いのだ。下手をすれば、勝利以外考える必要の無かった下等生物の狩りで自らの命を危機に晒す恐れがある。

 そんなことを、ゲッドは全く覚悟していないのだ。


「ええい――忌々しい!」


 余裕をかなぐり捨て、八つ当たりに座っていた椅子を蹴り飛ばしたゲッドは移動を開始する。

 求められているのは完璧な結果……リスクを冒す必要などないのだと叫びながら。



 ――一方、聖なる森の奥で、数名の人間のうめき声が聞こえていた。


「も、もうやべてくれ……」

「許して……」

「全部、話した、から……」


 神聖な空気を漂わせる聖なる森の奥地に、似つかわしくない光景が広がっていた。

 もしここに無垢な子どもがいれば、迷うこと無く悲鳴を上げて逃げ出すだろう。何故ならば、鍛えられた肉体を持つ男達が全裸で縛り上げられ、足の指からは激しい出血が見られるのだから。


「この森の支配のために、精霊様を洗脳して操り、我らエルフをも手駒にしようなどと……なんと卑劣な!」


 全裸の男達の告白を聞いて、声を荒らげているのはエルフの戦士シークーである。

 この男達は、隊長ツカイスの下で精霊の警備を行っていた、人間の兵士たちである。

 彼らの隊長、ツカイスが討たれ、精霊も自我を取り戻したことで植物モンスターたちまで敵に回ってしまった彼らの状況は、まさに四面楚歌。抵抗の余地も無い完全なる包囲の下、あっさりと捕縛され、身ぐるみを剥がされて拷問を受けていたのだった。


「……何とも情けない。貴様ら、軍人なのだろう? 高々指を二、三本潰した程度で機密を吐くなどたるんでいるな」


 その辺に落ちていた石を使い、楽しそうに彼らの指を潰して激痛を与え、情報という情報を全て吐き出させた張本人――ウル・オーマは、呆れ顔で兵士達を見下ろしていた。

 軍人たる者、自分の命よりも任務を優先すべし。敵に捕らわれても決してお国の不利益になるようなことを行ってはならない。少なくとも、ル=コア王国ではそう教えられている。

 もちろん、状況次第で生き残ることを優先すべきという場面もあるのだが、初めは何も話さないという態度を取っておきながら痛みを与えただけで簡単に口を開くというのは、あまり褒められたものではない。


「ところで、何で指からなの?」


 人間への拷問を見ていたコボルトのコルトは、ウルに好奇心のままに質問した。

 コルトとて魔物。生きるか死ぬかの野性の世界に生きてきただけのことはあり、今更人間の血などで動揺するほど柔な心は持っていない。


「指先は神経が集まっている場所でな。些細な刺激でもかなりの激痛が走る……まぁ、拷問術の基本だ」

「ふぅん……それでこんなに苦しそうなんだ」

「とはいえ、簡単に吐きすぎだがな」


 ウルはそれだけ言うと、人間達の血がこびりついた石を再び振りかぶった。

 その顔には使命感や義務感、あるいは罪悪感などは全く見られず、ただただ喜悦の感情のみが感じられる。一言でいえば、ヤバい人の眼をしていた。


「ヒィッ!」

「ま、待って! 許し――ガッッ!!」

「ギャアアッ!!」


 魔王ウルは割と多趣味であるが、一番の趣味は拷問である。

 本来の性質が悪魔である彼にとって、苦しみや恐怖の感情はこの上ないご馳走であり、人を苦しめることこそが生きる本質と言っても過言ではない。


「……もう十分なのでは? 既に聞いたことには答えたわけですし」


 執拗な、不必要とも思える行為に、先ほどまで怒りに燃えていた男……シークーが苦言を呈した。間違いなく、この場で一番人間的な道徳に近いものを持っているのは彼だろう。

 彼は狩人であり、武人。抵抗できない相手を痛めつけるような真似は矜持に反するのだ。


「十分かどうかは俺が決める。……そして、この場合十分であると言える確証は無い」

「確証、ですか?」

「あぁ。拷問を受ける場合の対策というものの一つに、比較的重要ではない情報を漏らして追及を逃れる、というものがある」

「情報を漏らすので?」

「そのとおりだ。何も知らないと意地を張っても攻撃は死ぬまで止まらん。だから、情報をある程度漏らして拷問は成功したと認識させるのだよ。その後解放されるのか殺されるのかはその時次第だが、苦痛の余り決して出してはいけない情報を出してしまうリスクを避けるため、早期に拷問を終わらせるよう動くわけだな。場合によってはそこで漏らす情報は事前に決めておいた偽情報……なんてこともある」

「なるほど……では、この人間達も何か隠していると?」

「かもしれない。故に、手を止める理由は無い」


 解説しながら、ウルは更に人間を痛めつける。

 ウルの言葉に嘘は無いのだが、趣味の成分がかなり高いのは間違いない喜悦に歪んだ形相であった。


 また、説明はしないが、個人的に重要な合理的な理由もある。

 ウルが持つ功罪(メリト)の一つ【悪魔の馳走(デビルズマリス)】は、人間から受ける敵意や憎悪、恐怖に絶望を自らの力に変換するというもの。その性質上、どうせ人間と敵対するのならば少しでも多く、そして強い感情を向けてもらった方が良い。拷問や嫌がらせは、ウルにとっては食材の調理のようなものなのである。

 もちろん情報を得ることも忘れてはいけないが、人の嫌がることを積極的にやりましょうの精神を人道に反する方向で極めているこの悪魔は、理由をつけて千年ぶりの拷問を楽しむ気満々であった。


「ああ、そうだ。本格的に楽しむ前に指示を出しておこう。シークーよ」

「……何でしょう?」


 そう喋っている間にも手を止めないウルに、一応の納得を見せたシークーは、素直に現在の主人となる魔王の言葉を待った。


「お前は一度集落に戻り、ケンキと合流して守りを固めておけ。恐らく襲撃は無いと思うが、一応な」

「了解しましたが……なぜ襲撃は無いと?」

「ここで精霊を解放したからな。それは隠していない以上、敵にも伝わっているはずだ。となれば、既に人間にとってこの森は危険地帯。まず間違いなく一時撤退を選ぶだろう……こいつらが語った指揮官の人物像が正しければだがな」


 そう言いながら、ウルはまた一本指を潰した。

 同時に凄まじい悲鳴が上がるが、それはそのままウル・オーマの力になるばかりである。


「次に、樹木の大精霊(マザードリアード)よ」

「……は、はい」

「貴様にも森の防衛を命じる。今度は人間如きに不意を突かれるようなことがないよう、森全体に警戒網を張り巡らせておけ」

「わかりました……」


 領域の支配権を完全にウルに譲渡した樹木の大精霊(マザードリアード)は、抵抗の意思を一切見せること無く魔王の言葉に頷いた。

 自分でも、人間にいいようにやられたという自覚はあるのだろう。反論の余地は無いようだ。


「そして小僧は、生き残った人間共の護送を手配しろ。適当にここにいる兵を何体か使えば良い」

「護送?」

「あぁ。この三人は俺が遊ぶが、他にも生き残っているのはいるだろう?」


 ウルが率いた軍勢との戦いで死亡した人間も多数いるが、生き残った者も少なくない。

 その中から、偶々ウルの近くにいたという理由で選ばれた被害者が現在苦痛に悲鳴を上げている哀れな三人なのだが、もちろん他の生き残りに容赦する理由など無いだろう。


「そいつらには現代の人間社会について聞きたいことも多い。五体満足でなければ効率が落ちる分野の話もあるだろうから、半分は縛るだけで俺たちの領域の方に運べ」

「半分? 残りは?」

「実験台と練習台として有効活用しろ。薬の実験には、やはり死んでも問題の無い実験台が必要だろう?」

「え゛? ……まあ、そうかもしれないけど……」

「それに、お前には治癒術も教えているからな。エルフの負傷者相手に実践したようだが、あの手の術はやはり実際に怪我人を用意するのが一番手っ取り早く上達する。壊しては治す……という練習台だ。医療班にも連絡を入れ、しっかり練習するようにと伝えろ」

「人間相手の治療の練習か……うん、ま、いっか。了解」

「使い終われば食肉に回してよし……あぁ、もちろん毒づけにしたようなのは除けよ?」


 人間基準では非道すぎる発言をするウル・オーマ。しかし、この場にその言葉に文句を言うのは、激痛の余り話を聞く余裕などない拷問被害者三人と、口まで縛られて何一つ言葉を発することができない哀れな実験台となる兵士達だけだ。

 魔物もエルフも、もはや人間相手に一切の同情など見せることは無い。人間達は、人間以外の全ての種族からそれだけの憎しみを受けてしまっているのである。


 この結末は、これから多くの人間達が辿るだろう可能性の一つでしかない。

 これもまた、因果応報。人間達は、人間以外の種族に対して余りにも敬意を失いすぎた。だから、魔王の邪悪な思想が蘇ったこの瞬間に、守ってくれる相手も救ってくれる相手もいないのだ。


「それらが済んだら、今度はこっちの攻撃だ。背を見せた相手は、後ろから刺さねば無礼というものだからなぁ……!」


 慣れた手つきで苦しみを与えながら、魔王の脳内では攻撃の手が練られていく。

 魔王ウル・オーマの本質は狩る者。復活してから今まで、守りを強いられる戦いが多かったが……攻撃こそが、彼の本領なのである……。

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