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第68話「私必要なかったのでは?」

「……精霊様を辱める人間を殺す、か。いい仕事を回してくれたものだ」


 ホルボットエルフ族の戦闘隊長、シークーは闘気を漲らせて目の前の人間を睨み付ける。

 敵は、森の守護者である精霊を捕え、思うがままに操ろうなどと考える鬼畜にも劣る外道。殺意が漲る理由があっても慈悲をかける理由など何一つないと、シークーは腰の剣に手をかけた。


「ちょっと待ってくれる?」


 だが、そこでコルトが待ったをかけた。


「なんでしょう?」

「剣……で戦うの?」

「……確かに、剣は主力ではない。だが、我ら二人、タッグを組んでの戦闘訓練など一度もしたことがない。となれば即席の陣形としては私が前衛コルト殿が後衛になるでしょう?」


 シークーはエルフ族の戦士。剣の扱いでも部族一を誇る腕前はある。

 しかし、エルフ族の主力武器は弓――遠距離武器だ。剣はあくまでも接近されたときに仕方が無く使うものであり、本来ならば弓矢を手に取りたいところであった。

 だが、技術力や魔道の腕前は目を見張るものがあるが、肉体的には貧弱なコボルトであるコルトと共闘となれば自分が前に出るしかない。それがシークーの考えである。


「いやまあ僕的にもそうしてくれると危なくないし有り難いんだけど……多分ダメ」

「ダメ?」

「うん。僕の中の危機察知センサーがその作戦じゃダメだって言ってる」

「……どういうことでしょう?」


 シークーは首を傾げるが、コルトは遠い目をして笑うだけであった。

 この一年、毎日毎日魔王ウルの手により死にそうな目に遭わされまくっていたコルトの中に芽生えた第六感とでもいうべき、高性能の『あ、何かヤバい』と警告を発するセンサーのことなど、論理的に説明は不可能である。

 あえて言えば野生の勘だとしか言いようが無いそれを説明するのを諦めて、コルトは小さく息を吐いて自ら前に出るのだった。


「僕が前衛をやる。シークーさんは後衛で、合図と同時に必殺の一撃をお願い」


 コルトは小さな身体を精一杯大きく見せるような無手の構えを取り、警戒して観察に入っている人間軍の隊長を見据えた。

 白兵戦の構えを見せているコルトの背中は小さく、頼りない。とても安心して任せられるものではなかったが――


「……承知した」


 最初の一撃を防がれたことで慎重になっている人間の戦士も、そろそろ攻撃してくる頃合いだろう。

 これ以上問答している場合ではないと、シークーは後方に距離を取る。背後にはまだまだ植物モンスター達が蔓延っているが、その相手はウル軍の戦士達が引き受けている。

 ならば、自分の仕事は森の怒りを乗せた一矢を正確に放つこと。被り物の毛皮の上から鋭く標的を見据えるシークーは、コルトを信じて剣を納め弓矢を手に取るのだった。


「……コボルト……だよな?」

「うん。名前はコルト。短い間だけど、よろしく。そっちは?」

「魔物風情に名乗る名など無い……」

「あっそ。なら、鬼畜って呼んでいい?」

「……カイと呼べ」


 一方、人間の戦士――自称・カイことツカイスは、軽口を叩きながらも油断なく功罪(メリト)武器・炎馬をコルトに突きつけている。

 だが、自分から攻めに出る素振りは見せない。

 当然だろう。功罪(メリト)を発動した一撃を、魔道で防いでみせた技量。それだけでも尋常な使い手ではないと断言できる腕前であり、一人の戦士としての冷静な判断が次の一手を迷わせているのだ。


 その迷いを、コルトは見逃さない。


「来ないなら、こっちから」


 コルトは勢いよく走る――ふりをして、実際には移動せずに魔道を組み上げる。

 魔王流地の型・(うつろ)。動くと見せかけて動かないフェイント技を織り交ぜ、先制攻撃を魔道によって行う。


「[無の道/三の段/螺旋魔弾]!」

「ッ! 払え炎馬!」


 突き出した右手から、回転する弾丸を放つ魔道を真正面から放ったコルト。

 当然、その魔力は目には見えないものの、訓練された戦士ならば大気を切り裂く音で位置を特定し、迎撃する事も可能。どうやらツカイスもその領域に立っているらしく、コルトの弾丸を炎でなぎ払うのだった。


(流石……このまま距離取ってやれるかな?)


 コルトは人間を見下すようなことはしない。今でも一年前の怒りは消えていないし、憎しみも腹の奥底で煮えたぎっている。

 だが、それでも人間の強さだけは見くびるようなことをしない。完全に勝利すべく、想定できる最悪の全てを念頭に置いて戦術を組み立てる。


「距離を置いては不利――ならば!」

「っと、やっぱりそう来る?」


 今の魔道一つで、遠距離戦ではコルトに分があるとツカイスは悟ったようだ。

 その判断の速さは訓練の密度を感じさせるものであり、コルトとしては厄介なものである。


「オオオォォォォッ!」

「長物対策その1――」


 雄叫びを上げながらコルトに向かって突進するツカイス。同時に斧槍を振りかぶっている。

 その対処法は――


「[無の道/二の段/空結結界]!」

「ヌッ!? 炎馬を……!」


 振りかぶり、最後方で止まった瞬間を狙ってコルトは空間を固定する小さな結界を発動する。

 停止した一瞬を狙って斧槍を巻き込む形で結界を張ることで、武器を無力化したのだ。


「――嘶け【炎馬・爆轟】!」


 対してカイは、結界を吹き飛ばすため炎を圧縮し、爆発させる。

 元々、魔道よりも功罪(メリト)の方が格上。正面からそんな威力を受ければ、魔道の結界など当然のように消え去るのが道理だ。

 しかし、それをするということは、本来コルトに対して向けるべきだった魔力を無駄撃ちした……ということでもある。


「後何発撃てるのかな?」

「クッ――」


 功罪(メリト)武器は強力だが、魔力の消耗も激しい。

 過去の戦いから、そしてウルからの教授からそれを知っているコルトは、功罪(メリト)武器の消耗を狙っているようなことを口にした。

 ツカイスも、それは自覚しているのか顔を歪めた。どうやら、燃費のことは本人も気にしているようだ。


(これで力業連発ってわけにはいかないでしょ)


 一度刷り込んでしまえば、ついつい魔力をケチるようになるだろう。

 前衛を引き受けた以上、コルトに下がるという選択肢は無い。本来ならばこの隙に距離を取りたいところでも、自分を無視してシークーの方に行かれては任務失敗だ。

 ならばと言葉の誘導で相手の心理的な手札を制限した後は、物理的に止めようとコルトは再び魔力を解放する。


「対策その2[無の道/三の段/結界柱・複合型]」


 コルトが続けて発動させたのは、細い柱状の結界を形成する魔道。 

 ただし、柱から柱が垂直に生え、またその柱からも柱が出てくるという複雑な構築を行う魔道だ。

 コルトはこれを自分とツカイスの隙間を通すように発動させ、見えない障害物を配置したのである。


「なんだ? 何かに、つっかえて……?」


 斧槍を再び振るおうとしても、何かに引っかかって動かせないことに苛立ちを露わにするツカイス。

 長物を相手にするのに一番手っ取り早いのは、その長さを封じられるような狭い場所に誘い込むこと。

 本来は森の中もその条件を十分に満たすのだが、生活空間であるらしいこの場所は開かれているため、自在に長物を振り回すことが可能となっていた。

 その代わりに、コルトは自分の魔道で入り組んだ地形を即席で作り出したのである。


「……チッ!」


 再び爆熱で結界を破ろうという素振りを見せたツカイスであったが、思いとどまって中断した。

 魔力の消耗を嫌ったというのもあるが、この位置で使うと下手すれば自爆になってしまうということもあるだろう。

 今度の結界は武器だけではなく、ツカイス自身の身体まで止めるように形成されている。これを全て吹き飛ばすとなれば、ツカイス自身の身体まで焼いてしまうことになるのだから。


(……ふぅ。ってところで、僕もそろそろきつくなっていたね。後はお任せかな)


 コルトもここまで、三の段という人間社会ではかなり高位に位置する魔道を連発してきた。

 ただのコボルトとしては信じがたい魔力量であり、この一年での成長が見られる。しかし、ここはウルの領域では一応ないのだから、そろそろ無茶が利かなくなるころだ。


(シークーさん。三秒後)


 作戦開始前に決めておいたハンドサインを使い、今か今かと出番を待っているシークーに合図を送る。

 動きを止め、この状態からどうすればいいかとツカイスが迷いを見せた隙を狙って結界を解除する。

 結界を張ったままでは矢まで弾いてしまうためだが、ただ解除しただけではすぐさま矢に反応することだろう。

 コルトはそこまで予測した上で――やや申し訳なさそうな顔をして結界を解除するのだった。


「ッ!? 狙撃か!」


 ツカイスもまた、結界の解除と同時に自分の脳天目掛けて飛んでくる矢を素早く察知した。

 大気を切り裂いて飛ぶ矢に瞬時に反応するなど常人には不可能だが、五大国が一つ、ル=コア王国にて一つの部隊の隊長を任されているというその事実は、決して伊達ではない。

 その勇名に相応しい反応速度で斧槍を使い、矢を迎撃しようとするその流れるような動きは――手から命にも等しい斧槍・炎馬がすっぽ抜けるという形で終わりを告げたのだった。


「は?」


 何が起きたのかわからない。戦場で決して晒してはならない致命的な隙を晒すほどに唖然となったその顔に、獣の皮を被ったエルフの戦士、シークーの一矢は脳天を抉るべく正確に命中したのであった。


「あひゅ」


 どんな強者でも、額を矢で貫かれては絶命以外の結果などありはしない。

 こうして、本来ならば強者に囲まれる猛将として恐れられねばならなかった男は、誰にも知られないほどに地味な戦場に倒れたのだった。


「ナイス、狙撃です」


 敵の絶命を確認した後、コルトは喜ぶべきなのか悩んでいるような、何とも複雑な表情をしながら駆け寄ってきたシークーに声をかけた。


「コルト殿……」

「なんです?」

「その、最後のは何だったので?」


 シークーがしっくり来ていない理由。それは言うまでもなく、何故最後の最後で武器がすっぽ抜けるなどという間抜けなミスが起こったのか……ということであった。

 その問いに、コルトはやや視線を逸らしながらも、一つの小瓶を取り出すことで答えたのだった。


「これは……もしや……?」

「うん。しびれ薬」

「以前受け取った物と同じ物で?」

「操られた味方の足止め用ってことで薄めたのに、大分余ったじゃない? だから勿体ないと思って……」

「ここで使ったと? いつの間に?」

「結界で動きを止めたときに、腕にこっそりと。本当なら全身を止めるはずなんだけど、薄めたから一時的にマヒさせるくらいしかできなかったんだよね」


 一見、長方形の結界の集まりにしか見えないコルトの結界魔道。しかし、実は表面に極小さな針が付いており、魔道発動に巻き込む形で薬を混ぜれば即席の注射針の完成という仕組みである。

 適性が最も高い無の道を駆使して敵を翻弄しながら、薬物で無力化する。それがコルトという一匹のコボルトが辿り着いた独自の戦闘スタイルであり……勝てばそれでいいと言わんばかりの手段を前に、怖い物知らずの魔物達ですら恐れ(おのの)く薬学研究班の長である……。


「……もしや、即効性の猛毒を使えば私必要なかったのでは?」

「いや、そんなことは……薬だって無限にあるわけじゃないし」


 強力な薬は取っておきたい。そんな、勿体ない精神でトドメの一撃を譲られたことを悟ったエルフ最強の戦士シークーは、精霊様を穢した不届き者を成敗したという事実と、自分の中の戦士のプライドが改めてぶつかり合い眉間の皺が更に深くなるのであった……。



 一方、操られた精霊を止めるべく単身突撃した魔王ウルは――


「……どうした? 精霊? 操られているにしても、もう少し役に立つところを見せられんのならばこのまま殺すぞ?」


 虚ろな目で機械的に攻撃を続ける森の支配者の樹木(からだ)に、無数の刃を突き立てていたのであった――。

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他力本願英雄
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