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第64話「幼子の工作か?」

「……………………」

「……ダメだ」


 両腕を後ろ手に縛られ、下半身もガチガチに縛り上げられているエルフの男を前に、絶望したような小さな呟きが漏れ出した。


「何を言っても、何の返事も無い」

「それどころか、隙あらばこちらの命を狙ってくる……どうすることもできない」


 嘆いているのは、ホルボット集落のエルフ達。

 縛られているのは先の戦いで捕虜になったエルフ兵。今となってはエルフ達の捕虜なのか人間軍の捕虜なのかわからない立ち位置にいる戦士達だが、虚ろな目で束縛から抜け出そうと暴れる同胞を前に、エルフ達は途方に暮れていたのだった。


「……ミーファー様。どうでしょう?」

「首輪……これが原因であることは、わかりました。ですが、私の力では……」


 取り戻した仲間の様子がおかしいと、エルフ族は何とか彼らを正気に戻そうと努力していた。

 自由にしていると命を狙ってくるため、指一本動かせないように縛り上げた上で声をかけたり身内に会わせたり友情を叫んだりといった精神論から、現族長ミーファーを筆頭とする魔道士達によりかけられた術の解除を試みたりと。

 しかし、どれも効果は無い。どれだけ思い出話をしてみてもピクリとも反応せず、魔道士達も呪術の源が首輪であるところまでは突き止めた――といってもそれは最初からウル軍の方で特定されていたが――ところまで。肝心の解除方法はさっぱりという有様である。


 仲間は何としても自分達の手で助けたい。そう言ってウル軍の手は借りずに自分達で何とかしようとしてみたが、完全に手詰まりなのだった。


「こうなったら、やはり彼らの手を借りるしかなさそうですね……」


 自分達でできることは全てやった。それでもダメならば、後はウル軍に期待するほか無い。

 最終的に従属を決めたとはいえ、元々は対等な関係の同盟を望んだ立場としては一方的に借りばかり作るのはあまり格好のつくものでは無いが、この際仕方が無いだろう。


 結局、エルフ達の結論はそのように纏まり、首輪の解呪をウル軍の術者に――つまりコルトに託すことになったのだが、そこで困ったのはコルトなのであった。


「うーん……」

「ど、どうでしょう?」

「できんのか?」


 いざ任されたコルトだったが、首輪を前に首を傾げるしかなかった。


「やはり不可能……でしょうか?」

「いや、その……仕組みは大体わかったよ?」

「本当ですか! 私ではさっぱりだったのですが……」

「まあこういうのはウルからよく見せられたから。……ただ、解呪となるとね?」


 精神支配を含む呪いの類いは、悪辣なる魔王ウル・オーマの得意分野である。

 必然的にその恐ろしさを嫌でも理解することになったコルトは、そのカウンターもまたしっかりと教え込まれているのだ。


「まず、最初に考えるのはこの首輪を外すことだと思うけど……なんでやらなかったの?」

「我々も初めはそう考えたのですが、忌まわしい呪術を仕掛けられた首輪となると……無理に外してもいいものか判断がつかなかったのです」

「あ、それで正解です。これ、無理矢理外すと爆発するトラップ仕掛けてあるみたいだから」


 コルトは何でも無いようにそう言ったが、エルフ達の顔からは血の気が引いていた。

 先ほどの対策会議のときも、強硬派はいたのだ。とにかく首輪をぶっ壊してしまおうと主張する一派が。


「では、俺が無理矢理……というわけにもいかんか」

「助けたいならダメだね。んで、じゃあどうするかってことなんだけど……これもまたトラップだらけで」

「トラップ?」

「解除に失敗すると、力ずくで外したときと同じように首輪に仕込まれた地の道で爆破。爆破の規模はまあ、装着者の首を吹っ飛ばすくらいかな?」

「なるほど。解放されるくらいなら殺すということか」

「うん。更に、首輪から常時魔力信号が出てるね。見えない紐が伸びているイメージ。それが装着者の状態を逐一術者の下に送っているんだと思う」

「ということは……」

「首輪の解除に成功した瞬間に術者に感づかれて、爆破されるかも」


 コルトはため息を吐いて説明を終えた。

 コルトの説明が正しければ、つまり複雑なトラップが張り巡らされた爆弾解体を行えということだ。

 しかも、爆弾を仕掛けた相手がその気になればいつでも起爆させられるという枷がある以上、保護したエルフ兵全員の首輪を同時に外さなければならない……ということになる。


「一発で成功させないと犠牲者が一人……じゃ、すまないかもしれないね。だからといってグズグズしてると手遅れになるかも」

「ど、どうしてですか?」

「いやまあ、今回の戦いで捕えた首輪付きエルフ兵は全部で8人だけど、その一人一人の状態は術者がリアルタイムで監視可能なシステムになってるってことだよ? 戦闘の情報が漏れることは事前に防いだから向こうは『未だ音信不通。状況不明』って状態でしょ? あのペンを使った情報通信は僕が結界で防いでたから、本当に『何が起きているのかわからない』ってのが人間勢力の現状だ」


 コルトはブツブツと呟きながら、現状を整理していく。

 作戦を立てるときは、何よりも敵の思考を予測すること。ウルの教えである。


「ペン……?」

「あ、そっちが首輪相手にしてた間に、人間の兵士の持ち物を調べて見つけた奴。簡単に言うと遠く離れた相手に自分の意思を伝える道具だね」

「そんな便利なものが……」

「いや、通信だけならもっと良い物作れるのにむしろなんでこんな不便な物をって言いたいんだけど……まあそれはいいや。とにかく、人間達は作戦実行から成功したのか失敗したのか全く不明ってこと。そんな状況で、エルフ達に仕掛けた首輪に何らかの干渉がされてみなよ。どう思う?」

「敗北した。操った捕虜のエルフ共は奪還された。と思うであろうな」

「そうなったら一斉起爆は間違いない。だから迂闊に手を出せない……かといって、このまま時間を置くと……」

「予定時間を大幅にオーバーしても連絡も何もないとなれば、敗北したと考えるほか無い。となれば魔道具の情報漏洩を避けるためにも……ついでに嫌がらせ込みで爆破するな。心を折る脅しにもなる。中々よい読みだな」


 カチャカチャという音をバックミュージックに、コルトは懸念事項を語っていった。

 ……と、そこで全員の顔に『ん?』という疑念の色が浮かぶ。いったい、コルトは誰と話しているのか、と。


「え」

「フン、効果の性質自体は褒めるところもあるが、肝心の技術的には色々雑だな。感知トラップも工夫という物が無い。幼子の工作か?」

「ウ……ウル!?」


 当たり前のような顔をして縛られたエルフにつけられた首輪を弄っていたのは、一体のワーウルフ。

 その名を魔王ウル・オーマ。ウル軍の総大将であった。


「い、いつから……いえ、まさか王自ら来られるとは……」


 姿勢を正したのは、大鬼のケンキ。

 本来ならば王自らの出陣となれば、現場の責任者として一番に出迎えねばならないところを、いつの間にか総大将がここまで来ていたというのだから彼が慌てるのも仕方が無い。

 もっとも、ウル本人は全く気にしていない様子であったが。


「なに、少々面倒なことになっているようだったからな。俺自ら来た方が話が早そうだと判断しただけだ」

「にしても、いつこっちに到着したのさ?」

「ついさっきだ。何やらやっていたので、手下は外に待機させて一人でこっそりとな」

「いや、ちょっと待ってください……この里には案内なしではたどり着けない結界が……」

「お前らは既に俺の支配下に入っている。その手の制約による結界は俺に対しては無いも同然なのだよ」


 ウルは()()()()()首輪を弄びながら、事も無げに説明した。

 こんな化け物が集落に自由に出入りできるというのは覚悟していたことではあるが、それでももう少し心の準備をする時間が欲しかったというのがエルフ達の本音であろう。

 と、そこで皆がウルの手元に気がついた。極自然に解除されてしまっている、首輪の存在に。


「あのー……ウル? その首輪……」

「この程度のものが解除できんとは、まだまだ修行が足りんな」

「って、もう解除してしまったんですか!?」


 突然現れて、この場の誰もが手を出せなかった呪具をあっさりと解除してしまったウル・オーマ。

 その手腕に驚けば良いのか呆れれば良いのかわからなくなっているギャラリー達であったが、とりあえず懸念事項の確認が最優先であると、まずコルトが動いた。


「外しちゃったら他の首輪が爆破されるかもしれないんだけど?」

「その程度のことは誰でもわかるだろうが。この首輪の方を騙して今も『異常なし』の信号を出させている」

「そんなことが……」

「可能だぞ。というか、この手の呪具へのカウンターとして、ダミー情報を作る技術は基本だ」


 いきなり現れて傍若無人な態度を取りながらも、繊細に問題を解決していったウルに、エルフの一同は困惑混じりではあるが感謝と尊敬……のような表情を見せた。

 何と表現して良いのかはわからないが、とにかく同胞を助けてくれた恩人であり、また卓越した技術の持ち主であることを認めたというところだろう。


「ッ!? これは失礼しました。私は前族長のウィームーと……」

「ああ。挨拶は後回しだ。とりあえず保護しているエルフ共を全員連れてこい。それと、解呪したとはいえかなり弱っているようだ。早く休める場所に移動させてやることだな」


 突然現れたので遅れてしまったが、本来誰よりも礼を尽くさねばならないのはエルフ族の方だ。何せ、エルフ族は目の前の魔王に従属しているのだから。

 突然の事態でそこまで頭が回っていないミーファーに代わり、頭を深く下げたのはミーファーの祖父であり前族長であるウィームーであった。

 しかしウルはその手の礼儀作法にほとんど興味が無い。侮り舐めていると判断すれば容赦なくその考えを修正するが、従属の意思があるのなら面倒くさい無駄は省きたがるタイプである。

 そのため、長くなりそうな挨拶を強引に中断させ、被害者を気遣うような言葉で煙に巻く。もちろん、仲間意識が強いエルフ族相手にエルフを気遣うような言葉を使うことで好意的な感情を持たせる意味もあるが。


「まぁ、今回は俺が解呪してやろう。コルト、お前は俺の隣でお勉強だ」

「わかったよ……」

「他にも見学希望者がいれば特に制限はしない。まぁ、魔道の心得が無い者が見ても仕方が無いとは思うがな」


 それだけ言うと、ウルはコルトを連れて他の首輪の解除作業に入った。

 残り七個の首輪を全て外すのに、五分とかからなかったという……。



「……まだ?」

「はっ! その、未だ連絡は無いようです!」


 ――一方、こちらはエルフ捕縛作戦の本部。指揮を執るゲッドは不機嫌を全く隠そうとはしていなかった。


(クソ……植物モンスターと洗脳エルフ共が勝ったにせよ負けたにせよ、なんで情報が入ってこないんだよ……!)


 ゲッドは親指の爪を噛み、イライラとした気持ちを露わにしていた。

 今回の第二襲撃で、ゲッドの理想は洗脳エルフ兵に心折られたエルフ達が投降してくること。しかしこれは流石に都合の良い話であるとは理解しているので、本命は別にある。

 本命は、どのような方法でエルフ共が植物モンスターを迎撃したのか探ること。作戦の目的がエルフを兵力として利用することである以上、ここでエルフ相手に消耗しては本末転倒。そう考え、必要最小限のコストで結果を出すため情報を重視した行動なのだ。

 そのために、直接戦闘に出るわけではない諜報のプロを国から派遣してもらったのだ。彼らは皆正真正銘のプロ。ゲッドは自分と自分の師以外の能力は信用していないが、それでも決して無能ではないはずの男達である。


 それなのに、ここまで音沙汰無し。戦場がどのような結果になろうとも定時連絡はするように言っておいたはずなのに、それもなし。こうなると、ゲッドも予測できない何かが起きていると考えるほか無かった。


(でも僕様の作品が狂うことはあり得ないし……信号に問題は無いんだよなぁ……)


 ゲッドは自身の作品である服従の首輪のデータにリンクしているモニターを穴が空くほど見つめ、何か問題が起きていないかチェックする。

 しかし、結果は何も問題は無し。首輪からの情報で、装着対象が死亡ないし致命的なダメージを受けているか、首輪に対して魔道的なアプローチがなされているか、首輪が無理矢理外されているということがないか……という項目別に状態がわかるようになっている。その全てが問題なしなのだ。


「……考えられるのは、何らかの手段で偵察部隊まで含めて全滅。洗脳エルフ共は捕縛された……ってところかなぁ?」


 結局、ゲッドはその結論に至るしか無かった。

 それを認めるのは、この第二戦でも完全なる敗北を喫したということ。どう考えても気分の良くなることではないが、それでも認めざるを得ない状況だ。

 かくなる上は、捕縛された洗脳兵士の首輪を起爆させ、恐怖と絶望を与えてやるかとも考える。

 しかし、どうせ殺すならばもっと良いタイミングがある。


「……次だ。次の戦いで勝負を決めるよぉ」

「次、ですか」

「そぉ。今度は本腰を入れて、最大戦力を集めよう。一気にエルフ共の村を焼き払って全員に首輪をつけてやるんだ。その直前に、捕虜にしたエルフ共の首を吹っ飛ばしてやれば戦意なんて消し飛ぶだろうしねぇ」


 ゲッドは、プライドにかけて完全なる勝利を求めることにした。

 時間を置けば捕虜エルフにかけた術が……洗脳の首輪が敵の手元にあるのはあまり面白い状況ではない。解析され、破られる恐れも出てくるからだ。しかし、ゲッドは一切そんな心配はしない。

 何故ならば――


「僕様の作品を破るなんて、低俗な亜人風情にできるわけがないからねぇ」


 ゲッドは自分の技術に絶対の自信を持っている。ゲッドの首輪を解呪することが可能なのは、ゲッド本人を除けば自らの師くらいであると。

 その自信が、この場で起爆してやるという選択を選ばせない。もっと、タイミングを見極めるべきだと結論するのだった。


 そのとき――


「ッ! 来ました! 諜報部隊からメッセージ!」


 叫んだのは、遠隔ペンがセットされている紙をチェックする連絡員である。

 彼は何かしらの情報が送られてきた場合はすぐさまそれを連絡し、情報を読み上げるのが仕事である。


「んんぅ? 内容は?」

「読み上げ……いや、その……」

「あ? どしたの?」


 だが、何故か彼は口ごもった。すぐにでも書き出された情報を読み上げるべきなのに、なんと言えばいいのか迷っているのだ。


「……その、文章ではありません」

「は?」

「図形を印しています。動きがあるのは一枚だけで、他は動かず」

「図形……?」


 原則として、諜報部隊は遠隔ペンで情報を送る場合、暗号文字を利用することになっている。

 これはペンが奪われた場合の偽情報を識別するための処置であり、敵に魔道の感知をなされた場合の対策だ。

 それが無視されて図形を示す……となれば、明らかに異常事態であると言えた。


「どんな図形?」

「その……慌てて描いたようで少々歪んでいますが、我が国の紋章、かと……」


 自国、ル=コア王国の紋章。

 賢者の象徴である書物の表紙に勇士の象徴である獅子が描かれた紋章が、一枚の紙に描かれていたのであった……。

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