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第63話「一瞬の抵抗も許されん」

「まず、第一に我らとエルフ軍が共闘関係にあることを悟られるのは避けるべきででしょう」


 植物モンスターと虚ろなエルフ兵の混合軍を前に、暗鬼・グリンが最初に口にした言葉がそれであった。


「……確かに、そうでしょうな」


 その言葉にすぐさま肯定を返したのは、ホルボットエルフ軍の隊長、シークー。若きエルフの戦士は、グリンと同じことを考えていたようだ。


「ふむ、何故だ?」

「我々の作戦には捕虜の救出が含まれています。そして、その場合において最も警戒しなければならないのが『捕虜を人質にされること』でしょう。我らウル軍とエルフ軍が味方であると知られれば、エルフ兵はもちろん我ら魔物兵を前にしても人質に使われることになるでしょう」

「だが、既に前回の戦で我らは最前線に立っている。今更ではないのか?」

「いえ、前回の時も戦場を一通り確認しましたが、特に見張りなどは発見できませんでした。無論、この暗鬼の目を掻い潜るような何かがあったという可能性は否定できませんが、前回の戦いの情報は漏れていないかと」

「そっちの心配も多分無いよ。一応、前の時も治療しながらジャミングはしてたし」

「……なるほど。では、今回の場合は見張りがいると?」

「確認できただけでも、敵軍後方に人間が何人か潜んでいました」

「魔道の目も飛んでるね」


 実はエルフの斥候とは別に周辺の警戒を行っていたグリンと、ウル直伝の魔道技術によって探知を行っていたコルト。

 二人によれば、今回の戦いは監視付きであるという。つまり敵の狙いはこの場での勝利というよりは、威力偵察にあると思って良いだろうとケンキは結論した。


「この場を凌ぐだけならばケンキ殿達の力を借りた方がもちろんいいのですが、後の捕虜救出作戦のことを考えると、ウル軍の方々の存在は隠した方がよいでしょう」

「シークーがそう言うのなら、私はそれを支持します。この場でのエルフ軍の指揮はシークーに託すつもりです」

「賢明だ。さて、となると、我らは直接戦わぬ方がいいということになるが……それで勝てるか?」

「以前よりは防衛設備が整っていますが、勝てるとは正直言えません。植物モンスターだけでも厄介なところに、操られた同胞がいるのでは……」

「敵はこちらの兵を躊躇無く射ることができるのに、こちらは抵抗できない。なるほど厄介だ。この作戦を立てた者は中々に性格が悪いな」

「ウルほどじゃないだろうけどね。それで……どうする?」

「まず、最優先で狩るべきは敵軍後方の監視兵でしょう。それと、魔道潰しはコルト殿に任せても?」

「うん。感知できる範囲には、どうにもできないような高位段の魔道はない……かな」


 即興だが、作戦を決めていく。

 敵の監視の目がある限り、ウル軍は堂々と動けない。ならばまずはその目を潰すという作戦に決まったのだ。


「よし、前戦は指揮官をシークー殿とし、エルフ兵に任せる。敵を倒すのではなく、壁を盾にしての時間稼ぎを優先してくれ」

「引き受けましょう。同胞を射貫くことはできませぬが、足止めならば策はあります」

「グリンは手勢を率いて後方の監視兵を潰し、完了したら合図を送れ」

「承知。任務完了後にコルト殿の開発した紫煙玉を使う」

「うむ。魔道の対策には何か必要か?」

「こっちの身内には魔道が得意なのはいないし、エルフの魔道士の皆さんに協力してほしいかな」

「わかりました。私の名でコルトさんに従うよう指示を出します」

「残る魔物兵は俺の指揮下に入れる。後方で身を隠し、準備が整い次第戦線に加わる。異論は?」


 ケンキが集まったメンバーの顔を一通り見渡すが、特に異論はでなかった。

 ならばと、ケンキの号令の下、各自が行動を始めるのであった。



「……ふう」


 魔物兵が去り、従来のエルフ兵だけが残った前戦で、シークーは小さく息を吐いた。

 これから始まるのは勝利する戦いではなく、時間を稼ぐ戦い。元々戦の専門家というわけでもないシークーにとって、味方であるはずの同胞が敵軍にいるなどという状況ははっきり言って荷が重い。

 だが、弱音は吐けない。何故ならば、ここにいるのはエルフの青年シークーではなく、ホルボットの若き族長ミーファーに指揮権を一任された隊長シークーなのだから。


「――各自、これより戦闘に入る! 直接剣を使っての戦いではなく、壁を利用し地の利を活かせ!」

『おう!』


 シークーの檄に、エルフ兵達は各々の武器――弓を空に向かって突き上げる。

 今回の戦闘では、白兵戦では無く射撃戦をメインにする予定だ。建造した壁を盾にして、上から矢を降らせる。

 植物モンスター相手では弓矢の効果は薄く、虚ろな目をした同胞を殺すこともできないという厳しい状況ではあるが、それでも足止めくらいならばできるという目論見だ。


(……コルト殿の毒薬が、どこまで有効なのかが鍵だな)


 鼓舞が終わったシークーは、兵には配っていない二種類の小瓶にチラリと目をやった。

 これは作戦開始前にコルトから渡されたもので、それぞれしびれ薬と除草剤だ。

 日々危険な目に遭い続けているコルトが少しでも生存確率を上げるべく個人的に常備している薬であり、さほど量はない。兵士全員に配るのは現実的ではないため、最も優れた腕を持つシークーが切り札として持つことになったのだ。


(しびれ薬は数滴身体に入るだけで二、三時間は指一本動かせなくなる。除草剤は半分魔物化しているような異界資源相手でも効果がある……らしいが、実際にどの程度効果があるかは使ってみなければわからない、か)


 二つの薬を渡されたときに受けた説明は、正直に言ってあまり頼りになるものではなかった。

 それは仕方が無い。コルトはシルツ森林を出たことなど今まで無く、エルフや聖なる森の植物で実験などしたことは無いのだ。

 一応、シルツ森林の魔物や植物には効果があった……というのが精一杯なのである。


「狙いは植物の化け物共だ! 放て!」


 徐々に防壁に迫ってきた植物モンスターに向けて、エルフの戦士達が一斉に矢を放った。

 流石に狙いは正確であり、一矢たりとも外れること無く植物モンスターに命中する。しかし、本来ならば肉を抉り骨を砕く一矢も、植物相手ではさほどダメージにはならない。

 だが、これでいい。今大切なのは敵の足止め。そして――


(ウル軍の暗殺部隊が作戦を遂行しやすくなるよう、少しでも注意を引きつけること――)


 シークーは己の役割を果たすべく、自らも背負った矢筒から三本の矢を取り出した。

 その鏃に除草剤を仕込み、同時に番える。


「――三連蛇撃ち」


 シークーの放った矢は、曲線を描いて三本同時に飛んでいった。

 一度に複数の矢を放ち、その軌道すらも操る。この天才的な技量こそがシークーがエルフの戦士長になった所以である。


「……!」


 予測不可能な軌道で放たれた矢に、植物モンスターは無言の悲鳴を上げた。

 しかし、単純な矢の威力だけならばさほど効果は無いだろう。一応植物モンスターが移動に使う足のように進化した根を狙ってはいるが、どれほど効果的かは不明だ。

 と、射貫いた本人も思っていたとき――


「え゛……?」


 思わず言葉にならない声を上げた。

 射貫かれた植物モンスターが、急速に枯れ始めたのだ。先ほどまで青々としていたのに、矢の刺さった場所から黄色く変色している。

 あまりにも強烈な毒。掠ったら死ぬ――と断言しても良い、対植物用の猛毒であると誰もが確信できる結果であった。


「こ、コルト殿……どこが『使ってみないとわからない』なのです……?」


 想像より遙かに強力な毒物は、更に伝染する。地面を伝わって毒性が広がり、直接攻撃していない植物モンスターまで蝕み始めたのだ。

 流石にそれだけで死ぬということはないが、動きを大幅に押さえ込んでいる。ついでに、周りの害の無い植物にも確実に悪影響が出ている。

 その光景をみたシークーの、そしてエルフの戦士達の心は一つになったという。


『魔物の毒、ヤバすぎる』


 と……。


 なお、除草剤と名付けられた猛毒の恐ろしさに、しびれ薬を同胞に使うのはあまりにも危険と判断したシークーは、指定された分量よりも遙かに少ない量で済ませたのであった……。



「おいおい……何だよあの城壁は?」

「木製の壁って言っても、立派なもんだな。報告にあったか?」


 戦場より少し離れた後方。

 そこで、戦場の様子を双眼鏡越しに監視している二人組の人間がいた。


「長耳共の切り札を見てこいって話だったけど、あれがそうなのか?」

「あー……どっちにしても、こっちにはない情報だ。報告する必要はあるだろうな」


 彼らは正式に国に所属している軍人……偵察部隊だ。

 偵察部隊は作戦時、二人一組で行動する。決して目標から視線を切らない監視兵と、自身も監視しつつ得た情報を上官に伝える連絡兵のペアで。


「情報伝達、エルフ族の集落にはぐるりと囲う形で木造の壁が造られている。魔道による強化の痕跡あり。問題は?」

「ない。それで送ってくれ」


 連絡兵は、口頭確認の後、手元の紙に文字を書き始めた。

 連絡兵が持っているペンは無の道に属する魔道が仕込まれた魔具であり、起動させると別の場所にある対となるペンが同じ動きをする仕組みになっている。

 これを利用し、事前に紙をセットさえしておけば離れた位置から情報を飛ばすことができる……という絡繰りだ。


「今のところ、散発的に壁の上から矢を降らせているだけか」

「効果が無いとは言わないけど、足止め以上の意味はないよな」


 見ただけでわかる程度の情報を送った後、改めて戦場を観察する。

 この通信ペンによる情報は他にも複数いるチーム単位で同時に行っており、仮に外敵にペンを奪われ偽情報を流されたとしてもわかるようになっている。他の監視チームとあまりにも違う情報ならば信用ならない……ということだ。

 今回は、一応知的生物と呼べるエルフ相手であるということもあり、その辺の対策まで万全なのだった。ちなみに、二人一組なのも情報を送るために目を離した隙に――ということがないようにという備えだ。

 だが――


「お、おい! なんだあれ!」

「ん?」


 興奮した様子で、監視兵が器用にも小声で叫んだ。

 連絡兵も双眼鏡を戦場に向けると、そこで見られたのは……


「エルフの矢が命中と同時に、植物の化け物が悶え苦しんで死んだぞ……」

「……森に生きる民、か。対植物用の猛毒くらい、持っていても不思議じゃなかったってことか」


 あまりにも想定外であった強力な薬物の使用。それを前に、二人の監視兵は一瞬本来偵察が常に行わねばならない背後への警戒を緩めた。

 その背後を、森に潜む暗殺者が狙っていたというのに。


「かひゅ」


 奇妙な言葉にもならない音を最後に、二人の男は崩れ落ちた。死亡したのだ。

 死因は、首筋に刺さった小さな針。その先端に塗られていた毒物だ。


「……ウル様が直々に生成した、暗殺用の致死毒だ。一瞬の抵抗も許されん」


 ヌルリと闇の中から姿を現した暗鬼・グリンはその言葉だけを残し、また闇に消えていった。

 その直後、鬼軍団の雑兵にしか見えないノーマルゴブリン達が現れ、遺体から所有物まで全て持ってその場から消えていった。

 彼らもまた、戦闘員の鬼軍団に紛れて連れてこられたグリンの配下。工作部隊としての訓練を受けた、ゴブリンアサシン軍団である。

 本命がぶつかり合わない前哨戦では、まず情報が最優先。何か一つでも得られるものがあれば儲けものであるというウルの教えに従い、人間軍の偵察部隊の全てが回収されることになるのだ。

 そのまま、グリン特殊工作班は次々と森に潜む人間を暗殺していった。確かに彼らは訓練を積んだ兵士であったが、森で育ち森を想定した訓練を受けた怪物には及ばなかったのである。


 その後、監視の目を全て潰した後、戦場にケンキ率いる鬼軍団が襲撃。瞬く間に敵軍を蹴散らし、痺れ薬でフラフラしている操られたエルフ兵を捕縛することに成功するのだった……。

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他力本願英雄
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[一言] ウルの毒って感染するらしいし川にでも巻いてくれば人間絶滅しないまでも黒死病クラスで間引けそう
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