表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/216

第61話「不足していたな」

「さて……まずはエルフ達を助けるとしよう。我らが参戦する以上、一人たりともこれ以上は死なせてはならん!」

『おう!』


 鬼の将、ケンキは主より授かった大剣を掲げ、配下の鬼達に号令を出した。

 何故こんなにタイミングよく出てきたのかと言えば、見張りのエルフ達がいなくなると同時に、ケンキ達も集落のすぐ側まで来ていたからだ。

 魔王ウルとの契約に同意しない内は手を出すことができなかったが、功罪(メリト)契約の締結により、それは同じ功罪(メリト)悪魔との契約(デビルズサイン)】によって繋がっているケンキ達にも伝わる。

 そうして、高らかに戦場と化したホルボット集落へ踏み込んできた、というわけである。


「まだ動けるエルフの人達! 怪我人はこっちに運んで! 専門じゃないけど、治療は僕が担当する!」

「え? しかし……」

「心得がある人は手伝って! それと、薬や道具があるならすぐに用意! 一分遅れるごとに十人死ぬと思って!」

「――わかりました。皆! コルトさんの指示に従ってください!」

「わ、わかりました! 皆、ミーファー様の指示に従うぞ!」


 少し離れたところで叫んでいるのはコルトだ。

 ウル軍の医療部隊はまた別にいるのだが、コルトにも心得はある。最初期よりウルの教えを受けており、また特別にイジメられ……もとい、指導を受けてきたコルトは大抵の知識と技術を教え込まれている。

 薬作りが専門ということもあり、特に医療には専門外としては強い方であり、怪我人の面倒はコルトに任せておけば問題にはならないだろう。

 エルフ達も、突然現れたコボルトに驚きながらも動いている。知り合いであるミーファーがコルトに従うよう言ってくれたおかげで、エルフの敗残兵は即席の医療チームとして動くことになる。医療関係には全く明るくないケンキ達がそっちで手伝えることは無いため、心置きなく戦闘に集中するのが最善だ。


「雑魚共はお前達に任せる。俺は、大将首をもらおう……っと、あれでは首の取りようが無いか」


 ようやく自分の仕事が回ってきたと、鬼族の猛者達は皆凶悪な笑みを浮かべて植物モンスターの群れに飛び込んでいく。

 危険な植物の相手は、故郷で慣れっこだ。森の支配者がウル・オーマに変わると同時に森全体の危険性も跳ね上がり、その中で生きてきた彼らはこの程度のことで一々怯えるようなことはない。

 何よりも、最も強い闘気を発している大将がすぐそこにいる。それこそが、彼らの勇気の源だ。


「大木の怪物……我らの森でも偶に見かけるな」


 ケンキは大剣を振り回し、進路を塞ぐ植物モンスターを虫けらのようになぎ払って進む。

 先ほどまでのエルフ達の苦戦は何だったのか……と叫びたくなるほどに、無造作にあっさりと数体纏めて吹き飛ばされる。


 だが、これが当たり前なのだ。

 彼の名はケンキ。シルツ森林三大魔の一角、赤き巨人オーガ。三段進化体、危険度三桁という領域に踏み込んだ正真正銘の怪物なのだから。


「食せぬ獲物に興味は無いと、本来ならば捨て置いていたが……偶には園芸も悪くはない」


 あっという間に敵軍の壁を抜け、ケンキは植物モンスターの大将……聖なる森の守護樹(トレントガーディアン)の目の前に辿り着いた。

 ケンキはトレントガーディアンに剣先を突きつけ、挑発するようにニヤリと笑う。それを理解してのことかはわからないが、知性ある存在であるはずのトレントガーディアンは、無感情に蔓のムチを叩きつけてきたのだった。


「ぬるいわっ!」


 ケンキは目にもとまらぬ速度で繰り出されたムチを、無造作に片手でつかみ取った。

 この程度は見慣れたものだと宣言するような達人技に、遠くから見ていたエルフ達が息を呑む音が聞こえてくる。

 しかし、ケンキの本領はここからだ。


「ドォッセイ!」


 ケンキは剣を地面に突き刺し両手をフリーにし、そのまま蔓を両手でしっかりと掴む。そして、背負い投げの要領でトレントガーディアンを引き倒そうとした。

 それには根を地面に食い込ませて耐えようとするトレントガーディアンだが、ケンキの真価はその腕力だ。オーガの剛力に引かれた蔓はとても耐えきれないと悲鳴を上げ、半ばから引きちぎれる。

 いきなりメインの武器を奪い取った――と思った矢先、トレントガーディアンは更に数本の蔓を出してきたのだった。


「あれほどの数を……!」


 比較的軽傷、ということで疲労回復効果のある栄養剤だけ飲まされてしばらく休むように言われていたエルフの戦士、シークーは息を呑んだ。

 自分が直接受けたわけではないが、あの蔓一本で同胞が纏めて倒されたのだ。そんなものが複数同時に襲いかかってくるとなれば、どれほどの被害になるかわからない。

 流石のケンキでも危ないのではないか――と危惧したが、ケンキ当人は馬鹿にしたように鼻を鳴らすだけであった。


「一度でわからなかったか? 無意味だとな」

「……殲滅する」


 トレントガーディアンは、顔のように見える幹の部分から感情を感じさせない声を出すと共に蔓を振るった。

 異なる軌道で襲ってくる蔓のムチに対し、ケンキは――


「――王より手ほどきを受けし我が剣。見せてやろう」


 魔王流、天の型・見切りの揃え。

 複数の同時攻撃の軌道を見極め、最も無駄なくその全てを打ち払うカウンター技。

 地面に刺していた大剣を掴み、ケンキは卓越した動体視力で全てを見極め――一太刀でなぎ払う。


「続けて、もう一つくれてやろう!」


 エルフの腕力では二人がかりでも持つのがやっとの大剣を小枝のように容易く操り、二の太刀を繰り出す。

 複数の蔓が、剣圧に負けて吹き飛ばされた。斬られたというよりは消滅したと言った方が正しい破壊力。


 これぞ大魔。現ウル軍戦闘隊長ケンキの圧倒的な力だ。


「ギ……」


 流石のトレントガーディアンも怯んだ――かと思いきや、全く気にせずに今度は枝葉が細かく振動し始める。

 枝に付いている木の実を振動させているのだ。トレントガーディアンの果実は、別名ハリドングリと呼ばれ、非常に硬い殻に覆われ先端は鋭く尖っている。

 それを高速で飛ばし外敵に撃ち込む。次が実らない限り補充ができない奥の手だ。


「……怯みすらしないとは、様子がおかしいな」


 ケンキはトレントガーディアンの奥の手の事は知らない。この種類のトレントはシルツ森林にはおらず、何ができるかという知識は全く持っていないのだ。

 だから、ケンキの懸念はそこにはなかった。いくら植物系のモンスターといっても、知性があるのなら恐怖は必ずある。にも関わらず、ここまで一方的にやられて一切の怯えも感情も見せないなど、何かおかしいと。


 その一瞬の思考の間に、ハリドングリは放たれた。


「ぬっ!?」


 ハリドングリは、発射から一秒の時間も必要とせずにケンキの身体に着弾した。

 ハリドングリはその尖った構造を活かし獲物の体内に撃ち込まれ、その後すぐさま獲物の栄養を吸い取り発芽する。

 その際多量の毒物を生成し、獲物の動きを完全に停止。その間に残された栄養という栄養を吸い取り成長し、新たなトレントとなるのだ。


「ま、まずい。種子乱射!」


 その恐るべき特性を知っているシークーは、ケンキの様子を見て叫んだ。

 これでケンキは戦闘不能。となれば、もう疲労などと言っている場合ではないと気力で立ち上がりながら。

 しかし――


「大丈夫だから安静にしてて。いくら栄養剤飲んだって言っても、そんな一瞬じゃ回復しないから」


 重傷のエルフ兵の治療を行っているコルトは、薄情なくらい冷静だった。

 異種族とはいえ同胞が殺されたというのにその冷徹な反応。やはり魔物など悍ましき獣なのかとシークーは怒りすらこもった眼でコルトの方へと振り返るが、そこには真剣な眼で治療に当たる戦士の目をしたコボルトがいた。


「貴殿……」

「見慣れない? ウル式治療術……縫合って言うんだけど、とりあえず消毒をして傷口を縫っているんだ。治癒系の魔道を使って応急処置をしてもいいんだけど、あんまり大きな傷を魔道で無理矢理治すと正常な形に戻らないリスクがある。骨が歪んで繋がったり血管が肉に埋め込まれたまま再生しちゃったり、今回の場合だと異物が残ったままになったりね。だから、一度手動で治してから最後に魔道で傷を塞がないといけないんだよ」


 コルトは、内臓まで見えるほど巨大な傷を負ったエルフ兵の患部に手をかざし、そこに無の道で操った針と糸で片っ端から傷口を塞ぎつつ中に入り込んだ木屑や小石などを取り除いていく。

 狩猟班の班長としてその手の光景には慣れているシークーであっても目を逸らしたくなる光景だが、全く目を逸らさずに自分の仕事を果たそうとするコルトの眼はコボルトであっても一流のそれであった。

 あまりの気迫に、自分がたかがコボルトに飲まれたことを自覚したシークーは一瞬唖然となるが、それも仕方が無いと諦めたように小さくため息を吐いた。

 だが、すぐにそれどころではないとシークーはまた叫び声を上げる。


「いや、しかし守護樹様の種子を撃ち込まれればもう――」

「よく見てみて、本当にケンキに効いてる?」

「え――?」


 その言葉に再び戦場に眼をやったシークーは、今まで何よりも頼りにしていた己の眼を疑った。

 何故ならば、そこにいたのは……


「最後の不意打ちは少々驚いたが……この鎧を、そして我が身体を貫くには威力が不足していたな」


 傷一つ無い赤い鎧をさすり、大量の魔力で身を守りしっかり二本の足で立っているケンキと、今まさに重低音を響かせて倒れる、幹を両断された守護樹トレントガーディアンがいたのだった。

 大魔オーガ。その身体は、鉄よりも頑丈。圧倒的な破壊力と無敵の肉体。それを誇示するような圧倒的勝利は、エルフ兵全員の心に刻み込まれたのだった。

 その後、残党兵――残る植物モンスター達も、ケンキ配下の鬼軍団によって殲滅され、確実に死ぬと思われた負傷兵もコルトの手によって多くが一命を取り留めた。手遅れの者はもちろんいたが、それでも当初想定された被害からすれば奇跡の結果と言えるだろう……。



「……ほう? それで? お前はその大木の魔物が何かおかしいと感じた訳か?」

『はい、いくら植物と言っても、あまりにも恐れがありませんでした。何かあるのかと思います』

「ふむ……精霊という輩は良くも悪くも正直だ。自然そのものという特性上、不自然な言葉を……嘘を吐けん。その精霊が居住を認めたエルフ共に何の宣言も無くいきなり攻撃してくること自体おかしいな。何か裏にあると思っていいだろう」

『いかがいたしますか? エルフ達は王の契約に同意しました。今後我ら鬼衆はエルフ達の守りを固めるつもりですが……』

「ああ。とりあえずそれでいい。契約に同意した以上、今回の一件は全力を尽くすのが俺の責任だ。こっちの拠点の守りの都合を考える必要があるから少し遅れるが、増援を送る。そこで改めて指示を出そう」

『御意』


 魔王ウル・オーマは天の道を使った通信魔具の使用を終了した。通話先にいたのは彼の配下、オーガのケンキ。

 エルフ達が契約に同意したことと、そこで起きた事件の報告をしてきたのだ。


「……精霊が一度決めたことを覆す……か。クククッ! あいつらは一度した約束を破るような真似は、約束が破られるまでは絶対にせん生き物……何らかの外道な呪術と言ったところかな?」


 ウル個人の城として建造された、周りよりも大きめに作られた木造建築の中で、魔王は嗤った。

 想定される外道の姿を思い浮かべ、楽しくなりそうだと……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こっちは過去作になります
よろしければこちらもどうぞ。
他力本願英雄
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ