第59話「段々似てきたな」
「ウヒャッヒャッ! 僕様の作品は今日も絶好調ぅ……!」
聖なる森。エルフ達が隠れ住む森の中で、品のない男の笑い声が響き渡った。
彼の名はゲッド・アラムズ・ラシル。シルツ森林の攻略のため王都から派遣されてきた貴族にして技術者であり、現在の作戦――先兵として利用するエルフ捕獲作戦のリーダーを務める男だ。
「……凄まじいですな。まさかこうも簡単に領域支配者である精霊の捕獲に成功するとは」
「エルフ共の隠れ里を見つけられないのならば、森自体を支配してしまえば良い……これはまさに奇策という奴ですね」
「なになに。既に領域支配者の強制隷属は我らが師によって実用段階にあるもの。コソコソ隠れているエルフ共の巣を見つけるのは些か手間であるが、領域支配者は存在を領域にアピールしていなければいけない関係上、見つけるだけなら簡単。となれば、後はちょいと痛めつけて僕の作品で繋いでやれば……ってな!」
ゲッドの周囲には、複数の屈強な男達がいた。
彼らは、王都から連れて来た屈強な軍人だ。今回、ゲッドの護衛兼戦闘員として招集されている。
作戦の目的は、聖なる森の支配者――精霊の捕獲と隷属。ゲッドが作った強制隷属の魔道を刻んだ魔化道具、従属の首輪を精霊につけることだ。
その作戦は既に完了されており、彼らの隣には大樹の幹から人の上半身を生やした異形……森の精霊が虚ろな目で控えていた。
その目からは自我を感じることはできず、人間体部分の首につけられた魔具からは、尊厳を否定するような呪いのオーラが放たれている。
「これでこの森は我々の支配下にぃ! 精霊の支配下にある植物系のモンスターへの命令権も自動的に入手ぅ! エルフ共への攻撃命令は既に出したし、後は残党狩りだけ……くはっ!」
ゲッドは卑屈に笑う。
既に捕えているエルフにもつけられている、従属の首輪。身につけた魔物の意思を無視して強制的に従わせる魔具であり、奴隷魔物の調教の手間を削減できるということもあって人間社会で広く流通している代物だ。
しかし、一般の量産品では高い知能を有する亜人や領域支配者級の魔物までは支配できない。故に、対領域支配者を想定して特別に改造を施すためゲッドは派遣されたのであり、見事その仕事を果たしたのだった。
「それじゃ、僕達は帰ろうか……後は新入りの奴隷君が上手くやってくれるでしょ。命令権は僕を第一位として、君らにも渡してあるから、もう森に惑わされることはないよね?」
「はい。ありがとうございました!」
「ここの管理はツカイス隊長に任せるから、まあ上手くやってよ」
「……承知しております」
この場に集まった軍人の中でも、特に異彩を放つツカイス隊長と呼ばれた男が渋々といった様子でゲッドの言葉に頷いた。
どうやら、何か思うことがあるようだが、それを口に出すことはできないらしい。
それも当然だろう。ゲッドの指揮下に配置されている軍人にとって、ゲッドは雲の上の人間だ。
何故ならば、ゲッドは貴族としての権威の他に、国の研究施設に勤めるエリートでもあるからである。
異界学と呼ばれる異界研究の第一人者の弟子であり部下。畑違いとはいえ、その地位は一般軍人達とは比べものにならず、こうして敬礼を受ける存在であった。
自分よりも屈強な男が敬意を示し、本来強大な存在であるはずの領域支配者級を支配下に置く。
そんな環境にこの上ない愉悦を感じるゲットは、ニヤニヤと優越感を抱きながら森から去るのであった……。
◆
「……騒がしいな?」
「うん。何かあったみたいだね」
エルフの里が襲われているのとは反対方向――ギリギリ集落が視認できるという位置で待機しているコルトとケンキ達は、異変に気がついて様子をうかがっていた。
「何が起きていると思う?」
「うーん……とりあえず、人間の匂いはしないよ。ちょっと緑の匂いが強くなったのが気になるけど」
コルトの鼻は一級品だ。
コボルトは戦闘力という意味では弱小であるが、嗅覚による索敵能力に関して優れている種族。
その鼻によれば、周囲に人間の匂いはなかった。もちろんにおい消しなど対策をすることは不可能ではないのだが、特別嗅覚に優れているわけでもないエルフ相手にコボルトの鼻を誤魔化すほどの念入りな細工はしないだろう。
「でも、襲われているのは間違いないね。血の匂い……多分エルフの」
「ふぅむ……なるほどな」
嗅覚を使った情報収集の結果を聞き、どうするかと腕を組むケンキ。
王であるウルの命令は、何としてもエルフ族を傘下に収めること。恩を売れるなら手段は選ぶなということであったが、とりあえず死なれては困ることだけは間違いない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何の話ですか!?」
「ん? ああ……さて、どう言ったものか」
コルト達の話を聞いて、黙ってはいられないと見張りに残ったエルフ兵が声を上げた。
馬鹿正直に全てを説明するのが正しいのか。元々交渉事など未経験のケンキはどうすればいいのかわからず、とりあえずエルフ兵を睨んだ。
困ったときはとりあえず威圧。これが魔物世界の上下関係である。
「え、あの、その……」
一方、突然勝率0%の強大な魔物に睨まれたエルフ兵としては堪ったものではない。
話しぶりからして決してスルーしていいものではないのだが、だからといってこの大鬼を怒らせて良いわけもない。本人はただ考える時間が欲しいとちょっと睨んだだけなのだが、何故か罪のないエルフ兵は自分と同胞の死の恐怖に板挟みされることとなってしまった。
「えーと、どうも集落が襲われているみたいなんですよね。複数人の血の匂い……それと叫び声。突発的な事故ではなく、戦闘中と思った方がいいでしょう」
見かねたコルトが助け船を出した。エルフ族に滅んでほしいわけではないので、丁度良い機会だと恩を売る目的も含めて集落に入る許可を取ろうという判断だ。
「そ、そんな……」
「誰に襲われているのかは流石にわかんないですけど、早く助けに行った方がいいと思いますよ?」
「し、しかし……」
彼らの役割は、集落でウル軍との関係をどうするのかという結論が出るまでここで待機することだ。
勝手に持ち場を離れるのは、厳格なエルフ族としては許容しがたい。しかし、だからといって仲間の窮地を見捨てて良いということにもならない。
このエルフ兵、どこまでも板挟みに苦労する運命にあるらしい。
「……うん? ちょっとデカいのが来たな」
「え?」
「強めの魔力を感じる……。領域支配者……いや、その直属の配下と言ったところか」
ケンキは歴戦の鬼であり、理性さえあれば索敵能力も優れている。特に、強者の気配には敏感だ。
その鬼の直感に、引っかかる気配が一つあったのである。
「ケンキがそういうってことは、ちょっと危ないよね?」
「そうだな。あのエルフ共では……あの護衛の隊長とやらでギリギリだろうか」
「……ッ!」
もはや、エルフ兵の顔は蒼白であった。
コルトやケンキの言葉を信じる材料はないはずなのだが、こう淡々と言われるとつい信じてしまうものだ。同じ言葉でも、自信満々に疑う余地無しという雰囲気で喋られると案外信じてしまうものである。
事実として、二人はただただ真実を語っているだけなのだから当然であるが。
「い、行かなくては……」
「お前らが行っても何も変わらんぞ? 逃げたらどうだ?」
「同胞を見捨てるなどあり得ない!」
勝てない相手からは逃げる。王命を受けているのならば話は別だが、そうでないのならば逃げることを恥と思うような魔物はいない。
野生の世界では産まれたときから戦いの連続だ。そんな中で、一度も勝ち目のない強敵に出会わないなどと言うことはあり得ず、魔物が生き残るために最初に覚えるのは狩りの仕方ではなく捕食者からの逃げ方なのだから。
だが、誇り高いエルフにそんな選択はあり得ない。挑発にも似たケンキの言葉に怒鳴り返し、もはや見張りなど投げ捨て集落へと走って行ったのだった。
「……さて、これでフリーになってしまったわけだが、我々はどうするべきだろうな?」
「ウルの命令は、エルフ達を死なせずに契約に同意させろ、だけど……無償で助けるのも問題だよね? それなら、必要最小限の加勢だけしてこっちに縋るしかないって状況に持っていくのが最善かな?」
「うむ……お前、段々似てきたな……王に」
「……止めてくれない? 何か傷つく」
ウルの悪影響を受けていることを指摘されたコルトは、何かに刺されたような辛そうな顔をした。
しかし現状、ウル軍としてはそれ以上の手はないと、結局コルトの案が採用されることとなる。
見ている間にエルフ達が全滅するようなことがあれば大問題であるが、とりあえずは大丈夫だろうと楽観視できるだけの根拠が、彼らにはあったのだ。
「グリンが行ってるしね」
「あいつの技は見事なものだ。俺の配下として偽装して連れてきたが、流石は王自らが手ほどきした戦士であるな」
――進化種・暗鬼こと元ゴブリンズの戦闘員、グリンがついているのだから。
◆
「クッ――弓矢で止まる相手じゃない! 男は剣を持って前に出ろ!」
植物モンスターの襲撃を受けたエルフの集落は、緊急事態だと剣を取っていた。
通常、エルフの戦闘法とは森に隠れた上で弓矢による奇襲攻撃だ。筋力的には特に優れている種族ではないため、斬った張ったはあまり得意ではないのである。
しかし、矢が刺さった程度ではさほどダメージとも思わない植物モンスターが相手では、苦手だろうが不得意だろうが身体を張って止めに出るしかない。
自立行動する大型植物の群れに矢を放ったところで、血の一滴も流れ出ることはない。痛覚もなければ心臓や脳みそといった急所も持たない植物が相手では、よくて蔓の一本を縫い止める程度。到底効果的な攻撃とはなり得ないのである。
「魔道士は戦士達の援護に回れ! とにかく村に入れるな!」
不得意な剣とはいえ、胴体に位置する部分を切断してしまえば植物モンスターと言えども動きを止めることはできる。タフなものは根っ子さえ残っていれば再生してしまうケースもあるが、大多数は問題ない。
が、それほどの剣技を特に集中して鍛えているわけでもないエルフ達に求める方が酷というもの。必然的に、もう一つ有効打を期待できる魔道を中心とした戦術がとられることになったのだった。
「――森の民を舐めるな!」
「おお! 流石はシークー!」
「見事な剣だ!」
自身も最前線に出ている、狩猟班の班長。族長の孫娘ミーファーの護衛隊長も務めたシークーは、一人不得手な剣を持ちながらも獅子奮迅の活躍を見せる。
他のエルフ達が剣を振っても、植物モンスターの頑丈な身体に阻まれて刃が跳ね返されてしまっている。しかし、同じ材質の剣を持ちながらもシークーの剣閃は表皮を貫き、一刀両断にしているのだ。
その姿は他のエルフの戦士達に希望と勇気を与えるものであり、まさにエルフ族の英雄と呼ぶに相応しいものだろう。
だが――
(クッ――だが、これほどの群れを相手にしていては、とても魔道士達の魔力は持たない……!)
この場において最も強いからこそ、シークーには理解できる。
今のように雄々しく戦うことができる時間は、限られている。元々強行軍で聖なる森とシルツ森林を往復した後、ほとんど休み無く会議に参加していたのだ。
戦う前から精神的にも肉体的にも疲労が溜まっている状態で、いつまでもフルパフォーマンスを発揮し続けられるはずがない。
となれば魔道士達に頼る他ないのだが、植物モンスターの群れは数を増やすばかりで減る様子が全くない。森と完全に一体化している関係上、後どれほどいるのかもわからない。ゴールが見えないまま戦い続けるのはとても現実的ではなく、確実に敵を倒すよりもエルフ族の戦線が崩壊する方が早いだろう。
(いや、スタミナ切れどころか、このまま押し切られる恐れも十分にあるな)
二匹三匹と魔物を切り倒しながらも、シークーは苦悶の表情を隠せなくなっていく。
エルフ達の中に、魔道の心得がある者は数少ない。元々部族の絶対数が少ない上に、碌な教材もなく大昔からの口伝だけで魔道にたどり着けた逸材など一握りしかいないのだ。
その少数の魔道の使い手を全員出動させても、その質がこの魔物の軍勢に対抗できるかは、シークーにはわからなかった。
弓矢で攻撃するよりはマシだと信じたいが、期待するほどの火力を有するのか――そんなこと、シークーは考えたくもなかったのだ。
「[命の道/二の段/蔓の束縛]!」
「ッ!? ミーファー様!」
終わりの文字がシークーの頭に過ぎった時、唯一二の段にたどり着いている魔道の天才、ミーファーの魔道が聞こえてきた。
植物操作の魔道によって、植物モンスター達は通常の植物の蔓にからめとられて動きを止められる。
その隙にと、シークーは剣を振るい足を止めた魔物を斬り捨てる。まだまだ諦めるには早すぎると叱咤されたような感覚を受けながら。
(そうだな。まだまだミーファー様が諦めていないのだ。それなのにここで諦めては、エルフの誇りが泣くというものだろう!)
ミーファーの参戦を受けて、エルフ達の士気は上がった。
再び気合いを入れて剣を握るエルフ達だったが――士気だけではどうにもならないこともある。
植物モンスターが敵に回ることなど想定もしていなかったエルフ達に、いつまでもこの大軍と戦い続けられる力などあるはずも無い。
一人、また一人と力尽きて倒れていく中、ついにシークーの剣は悲鳴を上げた。一体の魔物を斬った瞬間に刀身がへし折れ、その衝撃でバランスを崩したシークーもまた倒れてしまったのだ。
「しまっ――!」
倒れたシークーに、覆い被さるようにまた新たな植物モンスターが襲ってきた。
この種は標的を押さえ込みながら消化液を浴びせかけ、溶かして養分にしてしまう危険な魔物だ。
「ここまでか――」
シークーは必死に危機から脱出しようと、折れた剣を魔物に叩きつける。
しかし、そのような状態からでは満足な力が乗るはずも無く、シークーは自分の命の終わりを確信するのであった。
「申し訳ありません――」
無念の声。最後までエルフの戦士として、同胞のために戦いたかった。
まさか、こんなところで、訳もわからずに殺されることになるなんて――と眼をつぶった瞬間、聞き慣れない声が気配も無く聞こえてきたのであった。
「――魔道剣・影の太刀」
前話を読んで無実の魔王を疑った方、その警戒心を大切にしてください。