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第58話「私達に攻撃を?」

「――ま、魔物に服従しろというのか! 我々エルフ族に!」


 ドゴンッ! と、力の限り拳をテーブルに叩きつけた音が響き渡った。

 ホルボット集落にて行われている、ミーファー達による同胞の説得。それは、予想を外れることなく難航していたのだった。


「……ミーファーよ。その魔物共の首魁……ウルとやらは、我々に服従を求めるというのだな?」

「はい。もしこの提案を受け入れた場合、ウル軍の戦力は我々を庇護し、囚われた同胞の救出にも力を貸すと……」

「同盟ではいけないのか? お互いにとって、人間は害でしかない。協力し合えば……」

「いえ、それは――」


 かつて行われたミーファーとウルとの会談を焼き直すかのように、エルフ達は魔王への服従を拒むための言葉を並べる。

 感情ではそれにミーファー達交渉チームも同調しているのだが、しかしここで引くわけにはいかない。もしここで同胞達の説得ができなければ、待っているのは破滅の未来だけなのだから。


 ミーファーは訴える。ウル軍の強大さを。持っている技術力を。豊富な資源を。

 もしここでウル軍の協力を得ることができなければ、敵は人間だけではなくなる。すぐにでも屈強なウル軍の大魔が集落を襲い、全滅することになるのだと必死に説き続けるのだった。


「……なるほど、話はわかった」

「長老……まさか、こんな馬鹿げた提案を呑むつもりではないでしょうな?」


 ミーファー達が見聞きした全てを話し終えたところで、ミーファーの祖父であり集落の長であるウィームーが口を開いた。

 本当ならば生きて還った孫娘を抱きしめてやりたいところなのだが、持ち帰った話が話であるだけに、今もこうして祖父ではなく一族の長としてこの場にいた。

 そう、エルフの総意――魔物への服従など受け入れられない、という立場の者として。


「ミーファーよ。我々に妥協できるのは、魔物と協力して人間に対抗するところまでだ」

「それは――」

「敵の敵は味方……それが限界。それを超えて、魔に服従するなど、そのように祖霊を貶めるようなことをするくらいならば、潔く死ぬのが我らの生き方だ」

「……ッ!」


 ウィームー老の答えは、否定であった。

 魔物の傘下に入るくらいならば死んだ方がいい。否、死ぬべきである。無意味に死ぬつもりはないが、恥をさらして生きるくらいならば死を選ぶというものであった。


(……正直、予想していたことだったけど……)


 今のウィームー老の眼は、愛する孫娘に向けるそれではない。エルフの代表として、誇りと信念に生きる強い眼だ。

 そんな眼に射竦められたミーファーは言葉を失ってしまうが、だからといって諦めるわけにはいかない。

 魔物達は確かに恐ろしいが、話が通じない相手ではない。ただ魔物だからというだけでそこまで拒絶するのが正しいとは思えないのだ。


「……では、囚われた同胞も見捨てるのですか?」

「ム……」


 困ったミーファーに助け船を出したのは、ミーファーの後ろに控えていたシークーであった。

 彼もまた、ウル・オーマという魔王と言葉を交わした身。信用も信頼もできない相手とは言え、感情的に否定するだけで終わっていい相手ではないことを肌で感じた一人なのだ。


「人間に、倫理や道徳など期待できません。口ではどれだけきれい事を並べたとしても、人間は人間以外を認めるような器を持ち合わせていません。奴らは同族以外はペットか奴隷、もしくは害獣のいずれかにしか分類しない生き物です」

「それは、そうだが」

「我らが諦めて綺麗な死を選んだとして、囚われた者達はどうなるのですか? それこそ、祖霊に恥じる結末しかないでしょう。尊厳を奪われ、これから先の命の全てを屈辱にまみれ、挙句その死すらも穢されることは目に見えています」


 酷い言いようであるが、エルフ達の常識において、この考え方は正しかった。

 何せ、他種族との平等だとか友好だとか、そんなことを定期的に言い出しつつ、すぐに飽きて他種族を迫害し、また思いついたように友愛を唱えることを繰り返してきた歴史があるのだから。

 人間とは、人間以外を隣人とは認められない、支配下に置く以外の関係を持てない心の狭い種族なのである。

 首輪をつけて縄で繋ぐことを共存共栄と言い切る種族を相手に、囚われたエルフ達の尊厳が守られるなどと想像することすら不可能な話だ。


「幸いにも、我々には同胞を取り返すチャンスがあります。自らの手を汚すことを嫌い、仲間を見捨てて死に逃げることを祖霊は許すのでしょうか?」


 祖霊……すなわち、先祖のことだ。

 エルフは森そのものを崇める自然信仰に加えて、自分達の先祖を神のように崇める文化を持っている。

 そこに本来は人間達の間ではエルメス教として信仰されている、かつて魔王を討ち滅ぼした神々も信仰対象に入るのだが、魔物への協力を求めることを決断した時点でその意思は捨てられている。


「……祖霊は神軍の一員だった。だが、我らはそれを承知で魔物に助けを求めたのだったな」

「古来のしがらみを取るか、今の仲間を取るか……どちらが誇り高きエルフの民として選ぶべき道でしょうか? かつて祖霊が仕えし神々は、我らを裏切り捨てたのです。それでもなお尻尾を振り続けることが、果たして祖霊の望みでしょうか?」


 ここぞとばかりに、ミーファーも攻め立てる。

 それが神のシモベとして魔王と戦ったのは、エルフ族の誇りである。しかし、その神様当人が人間ばかりに力を与えるせいで今の苦境があるのだ。

 忠義を仇で返すような輩になお縋ることに、誇りがあるのか。そう言われてしまえば反論できないからこそ彼らはウル・オーマに共闘を申し込んだのであり、今更そんな感情論は愚かであると訴えるのだった。


「……ふぅ」


 誰が発したのかわからない、疲れを感じさせるため息が聞こえてきた。

 長を筆頭とする老エルフ達は、ミーファー達が旅立ってからもずっと考えていたのだ。

 何故神はエルフ族を見捨てるのか。何故神は横暴な人族を許し加護を与えるのか。――何故、祖霊はかつて神々に従ったのか、と。

 考える度にいろいろな可能性が浮かび、あるいはここで魔物の軍勢に下ってでも剣を取るべきなのかもしれないと考えたこともある。

 しかし、長い年月を生きた老人に、人生の中で培ってきた常識を否定することは難しい。積み上げてきた常識をひっくり返すエネルギーが、彼ら老人にはないのだ。


(私も、老いたということか。過去を乗り越え今を変える気力……昔は、そんなものに満ちていたような気がするのだがな)


 埃を被った誇り(プライド)が邪魔をしている。そのことを自分でも理解しているのに、その埃を払う気力がわかない。

 なにか、何か一押しあれば、自分の中の残りカスのような何かを払い、若い世代の生きようとする活力を信じたいと思っても、あと一歩何かが足りていなかった。

 歩むことを止め、未来を切り開くことを諦め、人間を憎みながらも戦うことも抗うこともせずに停滞してしまった老人達が最後の一歩を踏み出すには、何かの後押しが必要なのだ――


「緊急報告! 緊急事態です!」


 会議が停滞していたところに、一人の若いエルフが飛び込んできた。

 集落の外で見張りをしている男だ。


「何事だ? 今は大切な――」

「集落を目指す敵影を確認!」

「なにっ!? 人間か!」

「待て、それは確かに敵なのか? 偶々集落の近くを通った獣という可能性は?」


 突如伝えられた叫びにも似た連絡に、一同は緊張感を走らせる。

 もしこの集落までの道を人間達に発見されたのならば、終わりだ。このまま攻め込まれ、滅ぼされる以外に道はないだろう。

 自害したとしてもなお辱められ、骨の髄まで人間達に利用されることになる。それだけは避けなければならない事だ。


 だが、見張りが告げたのは、彼らの予測とは異なるものであった。


「いえ! 人間でも獣でもありません!」

「なに? ならば何だというのだ?」

「――無数の、植物型の魔物の群れです!」

「しょ、植物の? 森に自生している種か?」

「もしや、精霊様の遣いか?」


 植物型の魔物とは、一般的に異界の中でのみ生息している種族だ。

 植物型の魔物は、普通の植物が領域支配者(ルーラー)の影響を受けて変質することによって誕生する異界資源と同等の存在であり、その種子もまた領域支配者(ルーラー)の影響下でなければ発芽しない。普通の土と水では栄養が不足するためだ。

 異界の中で成長したものを外に持ち出して飼育することならば可能であり、領域支配者(ルーラー)を討伐した後有益な種を持ち帰り人工栽培しようという研究は人間達の間で盛んであるが、基本的には領域支配者(ルーラー)の力の影響下にある存在と思っておけば間違いは無い。


 そして、この聖なる森の領域支配者(ルーラー)は、自然エネルギーの結晶である精霊だ。

 大半の植物型モンスターにはそもそも自我がなく、命令することが可能なのは全ての支配者である精霊のみ。となれば、その植物モンスターは精霊の意思を受けて活動しているものだと思うのは自然なことである。


「しかし……何故精霊様が? 我々に干渉することなど今までなかったはずだが?」


 ウィームー老は首を傾げた。

 エルフは森と共に生きる民であり、精霊の支配する森を守ることを自らの役目と自負している。

 精霊側も自分を信仰し自分を守ろうとするエルフを認め、自らの森の中で暮らすことを許している――という関係だ。

 しかし明確な主従関係があるわけではなく、あくまでも一方的にエルフ側が精霊に祈りを捧げているだけの関係。精霊側にエルフをどうこうしようという意思はなく、コンタクトを取ったことも今までないのだ。


「……ところで、何故敵影などと? 植物型……つまり精霊様のシモベならば、慌てる必要などないだろう?」


 見張りの男が敵影などと叫ぶから皆驚いてしまったが、植物型はエルフにとって敵ではない。同じ存在を主と崇める同志なのだ。

 それが何故と不思議そうに見張りの男を見るエルフ達だったが、見張りの男は何かが喉に詰まったかのような苦しそうな顔で、絞り出すように言葉を紡ぐのだった。


「……こ、攻撃を、受けました」

「は? 誰に、誰が?」

「我々警備団が、植物型に……です」

「……なんじゃと?」


 見張りの男の言葉は、信じられるものではなかった。

 エルフと森は友であり家族。森の一部である植物型がエルフを攻撃するなど今まで聞いたこともない。

 侵略者である人間が攻撃されたということならば話はわかるのだが、それだけはあり得ないと、適当なことを言うんじゃないと短気な者は見張りの男に敵意すら感じさせる眼を向けた。

 苦しそうに、見張りの男がその場で膝を突くまでは。


「ぐ、あ……」

「お、おい!? どうしたのだ!」


 突然倒れた見張りの男に何人かのエルフが咄嗟に駆け寄り、言葉を失った。

 見張りの男の背中から、植物を思わせる芽が生えていたのだ。

 それを、エルフ達はよく知っている。これは、寄生樹の種と呼ばれる、植物型の魔物が獲物を殺すときに使うものの一つなのである。


「馬鹿な……何故植物型が我々を!」


 明確な攻撃の証拠を見て、エルフ達に動揺が走った。

 皆が皆どうしたらいいのか、何が起こっているのかと右往左往する中、真っ先に正気に戻ったのは最近常識をひっくり返されたばかりの最年少、ミーファーであった。


「――見張りの方が攻撃されたということは、他の皆は!?」


 その叫びに、エルフ達は混乱から立ち上がり、武器を片手に我先にと家屋から外に出ようと動き出した。

 そう、見張りが倒され、敵戦力が迫っているというのならば――ホルボット集落の危機なのだから。


(何で、植物型が……精霊様が私達に攻撃を?)


 ミーファーもまた、シークーと共に外に飛び出した。

 一体、何が起こっているのかと不安を抱えながら……。

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