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第57話「少しでも多く取らねばな」

「……そろそろ、到着です」

「うむ……中々難解な森であったな。案内がなければ辛い」


 エルフの一団と、ケンキ率いる鬼軍団は聖なる森に入り、ホルボットの集落を目指していた。

 ケンキ達も森で産まれ森で育った身だが、やはり見知らぬ森となると勝手が違う。ミーファー達エルフの案内がなければ、容易くは進めないことだろう。


「……これより、我々は貴殿らの王……ウル殿との契約に従い、同胞の説得に当たります。しばし時間を頂きたい」

「了解した。我が王よりも指示を受けている。我々はこの辺りで待機しているが故、各々役割を果たすといい」

「ええ、そのつもりです」


 集落が目視できるところまで来たところで、一端鬼軍団とエルフ達は別れることになる。

 これより、ミーファーとシークーはエルフ代表としてウルとの協議の結果を仲間に伝え、その決定を認めさせるために動くのだ。

 その間、混乱を避けるためにもケンキ達は集落に入らず、外で待っていることになる。流石にいきなりケンキが集落に踏み込めば、話し合いなんてする余裕は一切なくなるだろうという配慮だ。


「何人か残しますので、何かあったときは彼らに」

「そうか。すまんな」


 と言っても、エルフ達全員が揃って集落に帰還するわけではない。

 少数精鋭とは言っても、責任者であるミーファーと護衛隊長であるシークー以外にも、エルフの戦士は何人かいる。その内二、三人はこの場に残し、ケンキ達の接待……あるいは監視を行うのだ。


「……コルトよ。この森をどう思う?」

「うん……見たことのない薬草がチラホラ見つけられたね。どんな効能があるのか、とりあえず調べたいかな」


 一礼して集落へと向かっていくミーファー達を見送りながら、ケンキは残ったエルフ達にも聞こえるようにコルトに問いかけた。

 かつてはあんなに怯えていたケンキに対して、今のコルトは大分自然体……というよりも、対等な相手に接するような気安さであった。

 本来格下のコボルトであるコルトにそんな態度を取られれば、力こそが絶対の序列である魔物のルールからすれば、ケンキは怒るところだろう。


「相変わらず、草に興味津々なのだな。俺にはよくわからないが」

「僕もよくわかってなかったけど、やってみると薬学っていうのも楽しいよ? とりあえず手当たり次第に試すのが大体の作業だけど」

「俺には向かん作業だな。生産班の働きには素直に尊敬を覚える」


 しかし、ケンキはコルトの態度に対して何も思うことはないという風に、自然な会話を行っていた。

 本来のコボルトとオーガの関係を考えれば、絶対にあり得ない光景だ。圧倒的弱者であるコルトが、絶対的強者であるケンキと対等な振る舞いをするなど、勇気を通り越した無謀である。

 事実、コボルトのコルトが多少鍛えたとしても、その身体能力は肉弾戦の精鋭を集めた鬼軍団と比較すればはっきり言って低い。この場のウル軍というカテゴリで見れば、単純な腕力で比較するのならば最弱に近いだろう。

 それでもコルトとケンキが対等に接しているのは、彼らの王であるウルが定めた序列によるものだ。


 ウル曰く、自らの配下であるという点において、全ては対等である。

 その中での序列は、ウル・オーマが定めた役割を果たしているか、またより大きな責任を背負う立場にあるかで決定される。

 力こそが権力という絶対的なルールに従いウルが王として君臨し、そのウルの言葉によってウル軍は力に拠らない序列を造り出しているのだ。

 コルトの立場は、薬学研究班の長。ケンキの立場は、直接戦闘班の長。どちらも一つのグループの長という点で言えば同列であり、いわば幹部同士。

 だからこそ、この場における他の進化種の鬼族達は、自らの直接の支配者であるケンキへの無礼を全て黙認しているのだ。何故ならば、彼らよりもコルトの方が格が上なのだから。

 文句があるのならば、ルールを定めたウルに正面から挑んで勝つ。あるいはウルに自分の力を認めさせ、幹部という立場を得てから。それがウル軍の秩序なのである。


「……それで? そろそろ大丈夫か?」

「うん……気は進まないけど、数秒作るよ」


 何気ない会話をしていた二人は、自分達から残ったエルフの注意が薄まった頃合いを見計らい、小声で合図を出し合った。

 まず動いたのは、コルト。コルトは薬草研究の際にも着用している頑丈な服――硬糸を編み込んだ水を弾く魔獣皮製の服を着ており、その服の中には幾つかの薬を常備している。

 基本的には傷を治したりといった平和的な物なのだが、危険な世界で生きるために用意した例外がある。それは――


「クシャミ草の花粉……吸わない方がいいよ?」


 ――鼻から吸引すると、巨大なクシャミが出る嫌がらせのような効能を持った花粉だ。

 冗談のような物だが、自生しているクシャミ草に迂闊に近づくと、強烈な目のかゆみと止まらないクシャミに襲われ、まともに動けないまま脱水症状で死ぬこともある。そうして死亡した獲物の死体を養分として吸収する、中々に危険な植物より抽出したものなのだ。

 と言っても、コルトが取り出したのは効能を弱めたものだ。危険な猛獣や魔獣に襲われたときに逃げる隙を作るために用意しているもので、味方が吸っても被害が大きくならないように調整した物である。


「[無の道/一の段/念力球]」


 球体上の念力を作り出し、その内部に花粉を閉じ込める。

 そのまま、残ったエルフの一人の顔付近へと気づかれないように運び――魔道を解除する。


「ふぁ……」


 その瞬間、エルフの男の顔が大きく歪み――


「ファクション!! ベクションッ!」


 大きなクシャミをした。

 あまりにも豪快なクシャミに、その場にいた者の注意が一瞬逸れる。

 その隙に、一匹の鬼が動く。闇に隠れ音を消す術に長けた、暗鬼が一団から離れたのだ。


「これでよし。もしエルフ達が王の慈悲に唾を吐きかけるような真似をすればすぐにわかる」

「……まあ、ウルの命令だしね。なるべく乱暴なことにならなきゃいいけど……」


 理性を取り戻しても好戦的なケンキと、力を得ても弱腰のコルト。

 対照的な二人を余所に、陰に隠れる鬼は一人エルフの里へと入っていったのだった。


 そして、何事も無かったかのような顔をしている二人の魔物は――


「正直なところ、どうするのが正解なんだろうね? 結構難易度高い命令だけど……」

「うむ……いざとなれば斬る、というわけにはいかないからな……」


 自分達へと与えられた命令の難しさを、改めて思い起こすのだった――



 ――時は少々遡り、魔王ウルとエルフ族代表団が会談を終えた直後のことである。


「……王よ、よろしいのですか?」

「ん? 何がだ?」


 仮契約を行ったエルフ団の護衛と監視をせよと命令を下すため、ケンキはコルトと一緒にウルの下へと呼び出された。

 当然、配下である二人に断る権利など無い。無いが……二人が聞かされたエルフ族との交渉には、首を傾げる部分が多かったのだ。


「だって、エルフ達の技術なんて必要ないって啖呵切ったらしいけど……今日出した食材、全部森から取ってきた奴じゃない」

「ええ。無礼を承知で言わせていただきますが、未だ我らの農業技術は未完成なもの。植物に関して高い知識を持つというエルフの技術は、むしろ必要なものなのでは?」


 ――そう、実のところ、ウル軍が研究している農業技術は、まだまだ満足いくレベルには至っていない。

 放っておいても育つ、というレベルの食材を育てることには当たり前ながら早い段階で成功したのだが、そこから先に進む研究には難儀しているのだ。


「土壌の改善のための肥料作成やら日照条件の比較やら、ブラウも頑張っているし僕も協力してるけど、結果を見るだけでも数ヶ月はかかる話だし、ノウハウのある人の協力を得られるのはもの凄く有り難いんだけど?」

「そのとおりだな。森のどこにでも自生できる品種の栽培には成功したが、様々な条件が揃わなければ根付かない希少食材の畑は未だ焼け野原だ。エルフ共の技術は正直なところ、喉から手が出るほど欲しい」


 薬学の研究班として、エルフ達の重要性を語るコルトに対し、ウルはその言を全面的に認めた。

 予想外の反応にキョトンとなるコルト達だったが、ならば何故エルフ達を突き放すようなことを言ったのかと首を傾げるのであった。


 だが、ウルは話を逸らすように、別の話題を突然口にした。


「俺の領域の中は、とにかく恵みに溢れている。その分危険も大きいがな」

「……? それはよく知ってるよ。……植物系の採取はみんな僕に行かせるし」

「いい修行になるだろう? 研究は頭ではなく足でやるものだと昔俺に仕えていた研究者は言っていたものだ」

「……食材の調達も?」

「食材が薬にならないなどと、誰が決めた? 世界に何があるのかを、まずは知ること。それが研究の第一歩……らしいぞ?」

「自分ではやらないからって気楽に……それで? それがエルフ達と何の関係があるの?」


 コルトにとっても、エルフ達は無関係ではない。

 ミーファー達を威圧するかのような贅を尽くした異界食材によるご馳走の材料を用意したのは、コルトなのである。武術大会をサボった罰として、入手の一つ一つが一歩間違えれば死にかねない、旨さと入手難易度が比例しているものを取ってくるように命じられたのだ。

 コルトとしては、自分の研究に手が離せなかったんだから仕方が無いと文句を言いたいところなのだが、そんなことを聞き入れるほど魔王様は優しくはない。

 尤も、武術大会の日に合わせて手が離せない作業を始めたんじゃないかと言われれば反論できないコルトなのだが。


 ともあれ、そこまでして取ってきた食材を口にした人達のことが気にならないはずがないのだった。


「……一つ講義をしよう」

「何でしょう?」


 急に真面目な顔になったウルを前に、ケンキが姿勢を正した。忠義を誓った王の教えとあらば、聞き逃すことは許されないと。

 反面、コルトはジトーッとした眼をウルに向けている。何となくだが、また傍若無人なことを言い出しそうな気配を感じ取ったのである。


「よいか? 交渉ごとのコツは、強気なハッタリだ」

「は、ハッタリ……?」

「ああ。ただし嘘は吐くな。あくまでも『お前が勝手に勘違いをしたんだ』というギリギリをついて、とにかく自分の優位を主張しろ」

「はぁ……?」


 どういうことなのかと首を傾げるケンキだが、コルトはやっぱりなと言いたげな顔で首を横に振るのだった。


「……要するに、対等な関係で技術と軍事力の提供を行うんじゃなくて、エルフをまるごと支配することで技術もついでにもらっておこう……ってことね?」

「そういうことだ。どうせやることは同じなんだったら、少しでも多く取らねばな。弱みは見せずに強気で押して押して押しまくる。それが俺流の交渉術だ」


 自信満々に断言するウルに、コルトは今度こそため息を吐いた。

 最悪力で従えるつもりだったのだろうが、可能ならば自発的に従ってもらいたい。力による支配では、本来の能力を発揮させることはできないからだ。

 つまりは恩を売りたいというのが本音であり、本当はお互いに利がある取引を一方的に恩を売りつける従属契約にハッタリ一つで持っていった……というのが事の真相なのであった。


「と、いうわけでだ。これからあいつらは同族の説得に向かうわけだが、この森の案内とそれからの護衛をお前達にやってもらう」

「わかりました」

「そうだよね。死なれるわけにはいかないもんね」

「当然だが、森から出るときは農業実験場の方は見られないようにルート取りを考えろ。正式な契約を交わすまではハッタリは真実でなければならん」

「わかりました」

「また、こちらの利益のためにも、是が非でもエルフ共には協力してもらわねばならん。最悪の場合は力ずくになるが、契約不成立だったとしても皆殺しにはするな。改めて協力させるように考えを改めさせろ」

「……具体的には?」

「例えば、奴らの森を囲っている人間共を誘導し、こちらとの共闘を選ぶほか無いように仕向けるとか、反対派の主要人物を暗殺するとか……」

「発想が極悪……」

「魔王であるからな。グリンの奴も付けるから、上手くやれ」


 明らかに悪役な台詞を吐いた魔王ウルは、話はそれで終わりだと二人を下がらせたのだった……。




 ――そんなことを思い返した、ホルボット集落前の二人の魔物は、お互いの顔を見合わせて心の底から小さく呟くのであった。


「……話、上手く纏まるといいね」

「全く、そのとおりだな……」


 王の命令を果たすためにも、エルフ達には賢明な判断をしてもらいたい。

 心からそう思う二人なのであった。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王様は相変わらず強気のハッタリかましますね(笑) 最悪、無理やりでも一部のエルフを確保するくらいは出来そうだから、不成立でもマイナスにはならないし、これくらいで良いのかもですね。 今…
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