第53話「俺の配下である限り」
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「地に這え……ですって?」
魔王のオーラを放つ怪物、ウル・オーマの言葉を、ミーファーはただただ復唱した。
「そのとおり。お前らがまだ出し渋っている交渉の札があるというのならば話は別だが、それができないのならばもう差し出せるものなど一つしかあるまい」
「ま、まさか……私の身体を?」
ミーファーは、咄嗟に両手をクロスさせて自分の身体を抱えるようにし、半身になってウルの視線から自分の身体を隠そうとした。
うら若き乙女……あるいは耳年増。種族的に性欲が薄いエルフではあっても、そこはやはり若さ。そういうことには過敏なのである。
……が、それは見当違いというものだ。
「いや、お前が想像しているようなことではないぞ? 需要があればそれも考えるが、残念ながら、俺の配下には今のところエルフに欲情する種族はいないのでな?」
当たり前だが、悪魔などの一部例外を除いて魔物だって繁殖はする。一度進化すると別の種類の存在に変化する性質上、進化しすぎた魔物は自身と同系統かつ同ランクまで登ってきた同胞がいないと一代限りで遺伝子を断ってしまうのだが、それでも性的な機能が無いわけではない。
が、それでも好みというものはある。現在ウル軍に所属する魔物の系統はコボルトを初めとする獣タイプかゴブリンを初めとする鬼族タイプがほとんどであり、そのどちらも毛も尻尾も角も無いエルフ族は守備範囲外なのであった。
人間の物語では、魔物を悪者にするためにそういった性的な意味での危険性を説くような内容のものもあるが、ゴブリンだってコボルトだって、よほどの変態じゃない限りは自分と近しい種族の異性がいいに決まっているのだ。
まあ、犬に欲情する性癖の人間がいる確率と同程度の割合で、そういう趣味の魔物がいてもおかしくはないのだが。
「……それはそれで複雑なのですが」
ともあれ、想像以上に冷めた反応……軽く引いているウルを見て、ミーファーは何とも言えない気分であった。
エルフ族は美男美女が多いとされる種族で、その中でもミーファーは特に美しい……と自分では思っている。一番若いというだけかもしれないが、その評価は若干自惚れが入っていることは否定できないものの、概ね正しい。
そんな自分が真っ向から否定されるというのは、一人の乙女として手放しには喜べないようだ。とはいえ、別に化け物に襲われたいという趣味があるわけではないので安堵の気持ちの方が大きいのだが、乙女心は複雑なのであった。
「ふぅ……それで? 俺の言いたいことは理解できたのか?」
「……つまり、傘下に下れ、ということですな?」
錯乱したミーファーに代わって、後ろに控えていたシークーが正しい答えを導き出した。
ミーファーは「あ、そういうこと」と小さく呟いた後、数秒固まり――
「って、えぇ!? なんでそんなことになるんですか!?」
またもや叫んだ。
もう完全に交渉としてはダメな姿でしか無いのだが、そんなダメな娘モードのミーファーを見て、ウルは毒気を抜かれてしまったようだ。
ウルは、威圧感を引っ込め、席にだらしなく座って解説をするのだった。
「いいか? まず、お互いに共通の目的を果たすために戦力を出し合いましょう……という提案は却下した。これは、俺たちの目的が自衛と敵の殲滅、征服にあるのに対し、お前達にはそれに加えて人質の救助という危険が大きいものが含まれるためだ」
「それは……」
「人質を傷つけないように戦うなんて面倒なことをするリスクの方が、お前達を味方にするメリットよりも高いということだな。となれば、それでも俺たちへの協力を求める場合、お前達にはそのリスクを補えるだけのメリットを提示する必要がある。要は俺たちを雇うという形だな」
「……しかし、それは難しい……のですな?」
「ああ。今のお前達……ホルボット集落だったか? そこが出せる財貨では、俺の心を動かす程のものが出せないようだ。報酬で折り合いがつかないのでは契約不成立と言わざるを得まい」
「……それでもあなた方への協力が欲しければ、この身を――エルフ族の忠誠を以て対価とせよ。つまりは、そういう話でしょう?」
「如何にも。物わかりがいい者がいて助かったぞ?」
ウルは、ようやく言いたいことが伝わったとシークーから視線を切り、改めてミーファーを見る。そして、ウルから投げられたボールをホルボットの民はどう扱うのか、楽しげに眺めていた。
対して、ミーファー達ホルボットのエルフは即答はできない話であった。
確かに魔物の勢力に救援を求める特使として派遣された身ではあるが、一族全ての今後の人生を魔物に預ける……なんて決定ができるほどの権限は無いのだ。
「……あの、ちょっといいでしょうか?」
「何かね?」
混乱から立ち上がり、改めて困り果てたミーファーは、別の切り口が無いかを探ることにした。
先ほどウルが述べた理論……そこにつけいる隙が無いのかを模索するのだ。
「私達は人質を取られている分あなた方よりも不利な立場にあり、だからこそ同等の関係を築くことはできない……んですよね?」
「そのとおりだ。人質を見捨ててもいいならば話は別だが、そうでないのならば制限がでかくなるだけだからな」
「あの、魔物にもいっぱいいますよね? その……人間に囚われている者達は」
ミーファーは、エルフ族と協力できない理由として挙げられている、捕虜のことを思いついたのだ。
エルフ族は確かに攫われ奴隷のような扱いを受けているが、それは魔物も同じこと。むしろ、数で言えば奴隷エルフよりも奴隷魔物の方が遙かに多いと言えるだろう。
人間と事を構えることになったときに、人間が魔物相手に人質作戦なんてやるとは思えないという問題はあれど、それでも立場だけならば同じではないかと考えたのである。
だが、それは魔王ウル・オーマを理解していないが故の問いであった。
「ふむ。確かに、人間共に囚われこき使われている魔物は多くいるようだな」
「お互いに、同胞を奪われている者同士です。ならば、そこに差などないのではないでしょうか?」
「うん? 何故だ?」
「え? だって、囚われた同胞を助け出したいのはお互い様……」
「いや、別に同胞なんぞ一人も捕まっていないぞ? 俺が王として君臨して以来、人間共に攫われた配下などただの一人もいないからな」
ウルは心底不思議そうに、ミーファーの言葉に首を傾げた。
ウルに取って庇護すべき対象とは、魔物全てではない。あくまでも、自分に忠誠を誓った臣下、国民だけが魔王の庇護を受ける資格があるのであって、魔物だからという理由で無条件にウルの加護を受けられるわけではない。
事実、ウルは今も昔も大量の魔物を殺して食らっている。魔物イコール同胞、という考えは、ウルの中では全く成立しないものなのだった。
「……同族であっても、配下でないのならば守るつもりはない。逆に言えば、エルフであっても貴殿の配下に入れば、その庇護を受けることができる……という理屈ですか?」
「そのとおり。俺は差別はせんぞ? エルフとは些か遺恨がないわけでもないのだが、契約の下俺に従うことを誓うというのならば、俺は王としてその全てを守り繁栄を与える義務が生じるからな。これは主従契約の基本だ」
「善意は期待するな、ということですか」
「悪意でよければいくらでもプレゼントするが、俺に第三者への無償の善意を求めるくらいなら、天から最強の武器でも降ってくることを期待する方がまだ勝算高いぞ?」
手を貸してほしいのならば、それ相応の対価を支払うか、自分の軍門に下れ。ウルの主張は、どこまでも曲がることは無かった。
どんな理屈を並べても、どれだけ言葉を尽くしても、ウル・オーマは自分の考えを曲げることは無い。少なくとも、良心や善意に期待する方法では、永久に首を縦に振らせることはできないのだ。
だからこそ、ミーファーは決断をする必要があった。祖先より続く魔物と敵対し続ける道を進むのならば、果ては人間の奴隷として討ち死にか、筆舌に尽くしがたい屈辱の果てに使い捨てられるかのどちらか。
ならば、魔物に従う道を選ぶのならば――
「……一つだけ、聞かせてください」
「既に幾つも聞いている気がするが、まあいいだろう? 何かね?」
「配下を守り繁栄を与える、といいましたよね? それは、具体的にはどういうことなのでしょうか?」
「具体的に、とは?」
「守るとは、何を守ってくれるのでしょうか? 繁栄とは、一体何を指しているのでしょうか?」
ミーファーは、気持ちを強く持って恐ろしい怪物、ウルの眼と視線を合わせ続ける。
一般的なマナーとしては失礼にも値する程に力強い視線を真っ直ぐに向けているが、その眼の奥に宿る恐怖と、その恐怖をねじ伏せられるだけの勇気を、ウルはその目に見るのであった。
「フフフ……正しいな。ようやく交渉の体を成してきたようだ。契約を結ぶのならば、その子細まで詰めるのは当然のことだからな」
「……それで、どうなのでしょう?」
「まず、守る……という言葉だが、俺は貴様らの種族としての生命と尊厳を保証しよう。俺の庇護下にある限り、お前達の一族が絶滅ないし絶滅に等しい被害は受けないように配慮する」
「種族として……ということは、個人としては保証しないと?」
「俺の配下に入る以上、時には命を捨てる覚悟をしてもらうこともあるだろうし、あるいは突発的な事故や戦闘で死亡することもあり得る。俺に従えば絶対に死なない……ということはないと明言させてもらおう」
「……わかりました。では、尊厳とは?」
魔王の配下として戦うことは、当然死のリスクもある。
そんな当たり前のことを誤魔化して『俺についてくれば絶対に安心安全』なんて言うようならば、他に手立てが無くともミーファーはこの話を断っただろう。
しかし、ウルはただただ当たり前のことを正直に語っている。ウルが自分達を前に誠実な態度で挑んでいる証であるようにも感じられて、ミーファーはほんの少しだけウルに心を許すのだった。
「まず、大前提だが、不必要にお前達を苦しめるような命令を出すことはしないということだな」
「不必要ということは、必要ならばすると?」
「まぁな。内容はその時々だが、服を着るなとか日常生活を四つん這いで行えとか特に意味もなく土下座しろとか、嫌がらせ目的でそんな命令を出すことはないと約束しよう」
「いえ、そんなことは考えてもいませんでしたが……」
発想は悪辣であるようだが、と、ミーファーの心は少しだけ離れたのだった。
「そして、その上で俺が考える尊厳とは……進化だ」
「進化、ですか?」
「ああ。どんな辛いことがあっても、人も魔物もエルフも、その状況を打開し更なる発展を望む力があるはずなのだ。だが、その歩みを、進化すべく進むための道が無粋な輩に塞がれているということは、悲しいことだが珍しいことではない。そうする内に、皆欲を捨て、未来を捨て、希望を捨て……進化を諦めてしまうのだ」
ウルは、今までで最も言葉に力を込め、己の思想を語り聞かせる。
これは、ウル・オーマの王としての言葉なのだ。
「俺の配下である限り、俺は俺のシモベが進む道を潰させはしない。成長することこそ、最も大切な万物の権利なのだ。そう――俺は、お前達が望む方向を向いて歩ける世界を、約束しよう」
――道を用意されても、その上を歩けるかどうかはお前達の努力次第だがな。
最後に付け加えられたその言葉に、ミーファーはもう何も言えることは無かった。
彼女は、知っているのだ。前を向いて歩くことが許されない世界の窮屈さを、歩きたいと思っても力が無いから諦めなければならない現実を。
森の外に出ようとすれば、人間に襲われる。人間から逃げても、人間が占有していない狭い世界しか見ることができない。夢を抱いても、未来を想像しても、どこまでも狭い森の中で隠れ住むイメージしかすることができない。その深い霧の中にいるような閉塞感を、ミーファーはよく知っている。
それを取り払ってくれるというのならば、相手が神でも悪魔でも構わない。
後、考えるべきなのは――
「……その言葉を、真実であると証明できますか?」
――ウル・オーマの言葉が、その場しのぎの嘘ではないか、という点だけだ。
ウルはその言葉を聞き、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、右手に魔力を集中させる。
咄嗟に動くシークー達護衛団だが、ウルは無視して力を行使するのだった。
「【魔王の功罪・悪魔との契約】……魂の契約書だ」
ウルの手には、いつの間にか黒い紙片が握られていた。
そこには、今までウルとミーファー達が語った内容がエルフにも伝わっている古代文字で記されており、最後にウルの名とミーファーの名が記されていた。
「これは俺の功罪、契約の力だ。お前達は客人だからな。問答無用の強制契約ではなく、きちんと書面での契約を行うとしよう」
ウルはそれだけ言って自分の親指を噛み、少量の血を流す。そして、その血で黒い書面に血印を押すのだった。
「これが俺の証明だ。功罪による契約……お互いに同意して契約を破棄しない限り、偽りがあれば命を落とす究極の証明書だぞ?」
黒い契約書。それは、まさに悪魔との取引であり、そして……未来に進むための、道しるべとなるものなのであった……。
この世界のゴブリンのチャームポイントは角の大きさ、コボルトのチャームポイントは尻尾の毛並みらしいです。




