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第49話「今宵の祭りは終いだ」

お待たせしました。

第二章を開始します。


※更新止めている間に総合1000pt達成しました。ありがとうございます。

「クッ……!」

「族長! もうダメです!」

「おのれ……! 引け! 引けぇ!」


 森を背に、何者かが叫んでいた。

 その声には焦燥の色が強く、明らかに余裕がない。


 それもそうだろう。彼らは今、死の危機に直面しているのだから。


「逃がすな! 確実に捕えろ!」

「火矢を使え! 森は多少焼けても構わん!」


 悲鳴を上げる者達を襲い、彼らの住処である森を襲っているのは、人間という種族の者達であった。

 皆が皆、金属製の鎧で身を包み、手には先端が燃える矢を番えた弓がある。

 そう、これは、人間による狩りなのだ。森の住民を襲い、殺し、奪うための狩り――人が当然の権利として行っている、他種族への略奪なのだ。


「ク――人間共がぁ……!」


 襲われる森の民は、心の底からの憎しみを込めて人間達を睨み付ける。

 しかし、彼らには為す術がなかった。長い時間をかけて森の中で手に入れてきた繁栄も、共に手を取り合ってきた仲間達も、次々と蹂躙されていく。

 人間という強大な武力を持つ種族を前に、いくら繁栄したといっても弱者でしかなかった彼らは、ただ奪われるだけの存在であったのだ。


「せめて、女子供達だけでも逃がすのだ! 戦士達よ!」

「逃がすな! エルフ共を生け捕りにせよ!」


 ――そう、聖なる森の住民、エルフ達は、人間達に狩られる存在であるのだ……。



 一方、聖なる森とは正反対の魔の森と化したシルツ森林では、祭りが行われていた。


「ヌゥルグアァァァッ!」

「――【地の道/三の段/旋風刃】!」


 森の一角を切り開いて作られた、巨大な広場。普段は兵士の訓練やら娯楽のための運動場やらのために利用されているスペースなのだが、今日はそういったものとは違う催しが行われていた。

 その名も、魔王軍武力トーナメント。そのまんまの名前であるが、数が増えてきた魔王軍の戦士の中で序列を決める戦い、という名目で行われているどんちゃん騒ぎのお祭りである。

 今や、ウル軍は一部を除いて森の制圧を完了させている。大魔、赤の巨人や風の牙と恐れられた者達の領域はもちろん、彼らの領域の隙間を縫って君臨していたそのほかの領域支配者(ルーラー)達も軒並み制圧され、もはや森の中で本気の戦闘は起こらないと言っても過言ではない状態。

 そうなると、戦闘専門の兵士達は必然的に暇を持て余す。殺意と恵みに満ちたウルの領域(魔界)での活動は決して温いものではないにしろ、やはり戦ってこその戦士だ。

 これは、そんな連中の鬱憤を解放させるための祭りであり、非戦闘員達は食事のおかずなどを賭けて日頃の疲れを癒やし、楽しんでいるのであった。


「ケンキ様とカーム様。どっちが勝つと思うよ?」

「やっぱタイマンならケンキ様でしょ」

「いやいや、今のカーム様はウル様の教えを受けて魔道使いとしても一、二を争う腕だぞ? 昔の感覚で言うのは間違いだろ」

「でも、それを言うならケンキ様は魔王流武術の使い手として最強格だぜ? 成長しているのはケンキ様も同じだよ」


 わいのわいのと、闘技場となっている広場を見ながら騒ぐギャラリーの魔物達。

 ケンキと呼ばれているのは、かつて赤の巨人、オーガと呼ばれた鬼であり、カームと呼ばれているのはかつて風の牙と呼ばれていた魔狼のことである。

 どちらも、この一年の間に功績が認められ、その褒美としてウル・オーマより名前を授かることを望んだのだ。

 願われた本人としては名前なんて勝手に決めればいいと思いつつも、それが望みならと本人のセンスで名を与えたのである。


 そう、かつてはこのシルツ森林の覇者として名を知られていた二体の大魔は、今でもその威光をウル軍の配下に知らしめている。

 現在行われているのは、決勝戦。王であるウル・オーマは不参加で審判を行っているため除外され、参加者の中では武力最強の称号の下馬評どおりに恥じない戦いで数々の対戦相手を蹂躙してきた二体の大魔は、決着をつけようと力をぶつけ合っているのだった。


「――見切ったぞ!」


 オーガ――ケンキが手にする大剣は、嵐風狼(シウルフ)――カームの魔道を切り裂いた。

 仮にも三の段の魔道を剣で斬ることができる者など、現在世界の支配種族とされる人間の中にもそうはいない。身体能力によるところも大きいが、達人的技量と褒めていいだろう。

 しかし、その程度の賛辞では、もはやこの二体の力を測ることなどできはしない。


「魔道だけ見切って満足? だから脳筋だと言うのですよこの筋肉馬鹿」

「ぬぅ!?」


 魔力を込めた一撃で風を切り裂いたと思った瞬間、カームはケンキの背後に回っていた。

 このスピードこそが、嵐風狼(シウルフ)と呼ばれる魔物の武器。腕力では鬼族には敵わないが、四本の健脚による高速移動で敵を翻弄するのが本来のスタイルなのだ。


「クッ――!」

「もらった!」


 背後より、ケンキの首目掛けて噛みつこうとするカーム。

 これが決まれば文句なしの必殺判定が出るだろうが、ケンキはそれを認めない。


「【地の道/二の段/帯電剣】!」

「なに!?」


 カームの牙が首に届く瞬間、ケンキは手にしているのが大剣とは思えない程のしなやかな動きを見せ、瞬時に逆手に持ち替えることで背後への攻撃を可能にした。

 もちろん、それでは到底決着に届く威力にはならないが、その不足分は剣に雷撃を付与する魔道によってカバーしている。

 アレに触れれば、いかなカームとはいえ数秒動きが止められるだろう。そうなれば、実戦の場では死んだも同じだ。


 両者ともに、必殺の一撃。その決着は――


「――グッ!」

「カッ!?」


 カームの牙は、確かに首に届いた。しかし、その瞬間にケンキの剣がカームの胴体に届いてもいる。

 結果は、相打ち。双方共に攻撃が届いたというしかなく、相手を殺さないこと前提の試合ではどちらが勝ったのかは不明である。

 もし実戦の場でならば一噛みでケンキの首を食いちぎっていたのかもしれないし、そうなる前にカームの身体を痺れさせていたかもしれない。

 勝敗は、審判に委ねられることになる。そう、王の采配は――


「……そこまで。両者同時にノックアウト――相打ちによる引き分けだな」


 ――勝者無し。どちらも死亡という判定がくだされた。


「ぐ……」

「……残念です」


 試合終了の合図と共に、二体の大魔の身体から闘気が抜け落ちていく。

 決定に不服はあるのかもしれないが、王の言葉に異論は許されない。全ては完全なる勝利を手にすることができなかった自分の未熟が悪い――それが、魔王軍最強の双頭が持つ矜持なのだ。


「引き分けかよ!」

「これ、どうなんだ?」

「賭けは不成立か?」


 ギャラリーも、試合終了の合図と共に感想を言い合ったり――というよりは、食料を賭けた勝負の結果について話し始めていた。

 未だ通貨という概念は持ち込まれていない魔王軍であるが、その代わりに個人所有の食料を初めとした財産の概念を持ち始めていた。

 魔王軍に所属する者には、その働きや能力に応じて日々食料が配布される。もちろん、最下級の者でも決して飢えて死ぬことはないよう計算された量だ。少なくとも、最下級に甘んじるような弱小魔物が一年前にこれほどの安定した食事を行えることなど、夢にすら見なかったという待遇である。

 とはいえ、それよりももっと沢山食べたいと思う者が出てくるのは自然の摂理である。食料調達班は食料そのものが成果となるので、ある程度自分用に取っておくことはできる。だが、直接食料には関わらない生産班はそうも行かない。

 そこで、魔王ウル・オーマにより定められた軍に納めるノルマを超えた分の成果物で、食料調達班と取引を行う文化が生れたのだ。

 ウルは指定した分の仕事さえすればそれ以上のことには何も言わなかったため、物々交換の概念は瞬く間に広まり、今や各自の所有財産というものが存在しているのである。


「いや……一人だけ、いるわね」

「あ? なにがですかい?」

「……引き分け、に張っていたの、一人いるのよ」


 そんなわけで、今日の夕食のおかずが増えるか減るかがかかる賭けの決着は、集まっているウル軍――ゴブリンやコボルトはもちろん、そのほか様々な種族の魔物達にとって重大な問題なのである。

 その中で、賭けの胴元を務めていた一体の魔物が、引きつるような声を出した。


「アラフの姉さん! マジですかい!?」


 胴元――種族名、アラクネ、今は個人名としてアラフと名乗る蜘蛛の女王は、無表情で手にした紙に書かれている文字を読み上げる。なお、この文字を伝えたのは当然ウルであり、現代のそれではない。


「引き分け……コルトの坊やね」

「コルトさん!?」

「あの人……何で引き分けなんかに」

「そういや、参加してなかったよな?」

「まあ、一応生産班所属だし、当然じゃないか?」

「でも、コルトさんウル様の教えを直接受けている幹部勢の中でも一番の古株だろ? 実力はあるんじゃないのか?」

「まあその辺は性格もあるし……って、いやそれよりも、コルトさん一人勝ちかよ!!」


 阿鼻叫喚。ギャラリーの賭けていた魔物たちは皆膝から崩れ落ちた。

 今回の祭りの賭けで動いた数々の物資……その全てが、コルト一人の物となったのだ。そりゃ嘆きもするだろう。


「うぅ……勝利の祝いになんか奢ってもらえねぇかな」

「チクショー! こうなったら飲むぞ俺は!」

「祭りじゃ酒が大盤振る舞いって話だ! こうなったらとことん飲んでやるよ!」


 当たりも外れも賭けの楽しみ。これもまた、娯楽であると皆が皆感情のままに叫ぶ。

 そんな配下達を見て、一年前とは大きく異なる装いのウル・オーマは満足そうに笑みを浮かべる。

 今は一段進化のワーウルフを基本の姿としており、その体格に合わせて作られた衣服を身に纏っているのだ。

 もう、未開の魔獣ではない。動物の革や草木の繊維から作った糸と布で作られた豪華な衣装を身につけ、ようやく外見的にも王を名乗っていいものになっているのだ。


「さて――これで今宵の祭りは終いだ。後は――飲み食いの時間としようか!」

「オォォォォォッ!!」


 良くも悪くもガス抜きにはなった祭り。後は熱気を食欲に変えて、明日からの英気を養わせる。

 今日の目的は十全に果たせたと笑うウルの指示により、運び込まれてくるのは調理班が用意したご馳走の数々。

 この一年で、魔物達が最も関心を示す食に関する技術は特に進歩しており、かつてのような料理もどきではない、立派な美食が並べられていく。

 もちろんその道のプロが作る本物の料理に比べては、まだまだ技術的にも経験的にも劣るだろうが、それでもこれは立派な食事だ。


 針鳥の照り焼き。沼豚のポークステーキ黒キノコのソース。闘士牛のシチュー肉キャベツ入り。黄金魚の唐揚げと刺身。シャキシャキ草のサラダ卵ドレッシングかけ。冷やし密林檎と大蛇苺のヨーグルト和え。酒米の清酒……そのほかにも、様々な料理が並べられていく。


 腹を満たすだけの食料ではなく、舌を満足させる料理。それを手にした魔王軍の士気は、日々上がってくのであった。

 どんちゃん騒ぎは夜通し続き、やがて日が昇る頃になったとき――


「ん?」

「知らない匂いだな」

「侵入者か?」


 普段とは異なる気配を森の戦士達は感じ取るのだった。

 酒を飲もうが夜通し騒ごうが、そこは皆魔物。その感覚は人間のそれとは比較にならないものがあり、今の彼らの感知網を突破するのは並大抵のことではない。


「――人間の匂いではない。だが、我らの同志でもない」

「どうしますか? アラフ様」

「……訓練どおりに。可能ならば生け捕り、最悪でも殺します」


 こういうとき、最初に動くのは領域防衛の責任者である人頭蜘蛛(アラクネ)ことアラフである。

 軍隊としての序列では、王であるウルを除いても更に上に元大魔であるケンキとカームが存在するも、こと防衛に関しては彼女が真っ先に動くことになっているのだ。


「まずは誘導を。巣の内側まで導いた後、巣を閉じて退路を遮断。その後無力化を」

「了解です!」


 アラフの指示を受けて、彼女の部隊に配属されているゴブリン達が一斉に動き出した。

 同時に、アラフ直属の配下である大蜘蛛達も動き出し、先ほどまでのお祭りムードは一転して、好戦的な殺気が充満していく。

 この一年、外部からの攻撃を受けたことはほとんどない。人間勢力が森への攻撃を中断したため、入ってきてもルール無視の密猟者くらいしかおらず、その全ては森で消息を絶ち、魔物達の腹に収まっている。

 そう――無敗の防衛網。それが、今のシルツ森林の守りであり、ウル軍なのだ。

 今日もまた、王の許し無くその領域に入ろうとする無礼者を捕えるべく、彼女達は動き出すのだった――。

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