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第42話「まだ、足りんな」

「契約の確認を行う」


 周囲をオーガ軍とウル軍、それぞれの魔物達が囲うことでできた即席の闘技場。

 そこに立つのは、白く輝く武器を持つ魔王ウルと、豪快な巨大さが売りの棍棒を片手で振り回す森の支配者、大鬼(オーガ)

 両者の力の差は歴然であり、端から見ればどうみても公開処刑であるが、両者の覇気はそうは言っていなかった。


 そう、今より、この二体の魔物はお互いの誇りと尊厳、そして支配権を賭けた決闘を行うのだ。


「契約の内容は、この一戦の勝者が敗者に対して無期限で絶対的な命令権を得ることである。また、その命令権の行使対象は決闘を行う当事者だけではなく、その配下全員に対して有効であることとする。異議は?」

「……ナイ。コイツラモ、文句、言ワセナイ」

「……よかろう。確かに、貴様は群れの絶対的支配を完了しているようだ。――【契約は成立した】」


 ――契約は成立した。その宣言と共に、ウルの身体から不可思議な魔力が放たれる。

 その魔力は特にオーガやその配下に対して害を及ぼすものではなかったが、意味のないものとも思えない……そんな不思議な感覚を覚えさせるものであった。


(……うむ。一度の進化とはいえ、これだけ下準備があれば何とか使えたか)


 ウルは、戦闘開始前に、事前の仕込みがなんとか成功したとまずは一息吐いた。

 今の、本来の魔王ウル・オーマからすれば残りかすのような存在へと成り果てているとはいえ、それでも決して失うことのない『魂』に宿る功罪(メリト)……その発動を確かに成し遂げたのだ。


「フハッ……では、始めるとするか」


 ウルは、やるべきことは終えたと、魔光鉄メッキを施した棍棒を正眼に構える。

 対して、オーガは片手で巨大棍棒を振りかぶり、いつでも叩きつけてやると威圧感を放つのだった。


(……ふむ。この無理矢理形にした魔光棍棒でも、流石にあれは受けきれんな)


 ウルが、そしてウル軍のゴブリン達が持っている魔光棍棒……これは、技術開発担当のロットと共に試行錯誤の上で完成させたものである。

 造り方は、到底技術とは呼べない力業だ。高熱で溶かした金属に棍棒を差し込み、コーティングした上で冷やして固めるというメッキ方法を行おうとして『棍棒が燃える』という失敗したのは記憶に新しい。

 その解決策として、元の棍棒をアラクネが使っていた耐熱糸でぐるぐる巻きにした上でこれでもかと魔道による保護を行ってからメッキすることで中身が燃えないようにしたのだ。

 そもそも、この方法……ドブ漬けと呼ばれるメッキ方法は、金属を金属でメッキするために使われるものであり、木製の棍棒でやるべきものではない。というか、普通はできない。

 物理法則をねじ曲げて無理矢理形にしたのがウルの手の中にある武器であり、本来交渉材料に使えるような『技術』を名乗るのにあまりにも不足した代物だ。

 そんなものをハッタリも同然に交渉材料とし、契約を結ばせたウルは、はっきりいってかなり性格が悪かった。


(……こいつの強度は、見た目ほどではないからな。魔化させて何とか誤魔化しているが……上手く立ち回る必要があるか)


 所詮はハッタリ。普通の棍棒よりはマシとは言え、武器としては命を預けられるほど信用できるものではない。

 となれば、勝敗を左右するのは持ち主の力量だ。オーガに武芸の心得があるようには見えないが、実戦の中で培われた戦闘術とみれば決して侮ってはいけないものである。


 故に――


「先手、必勝と行くか!」


 先に動いたのは、ウル・オーマ。

 全力の7割ほどの速度で前進し、オーガの射程範囲の内に一歩入る。

 その瞬間――


「グルゥアッ!!」

「ッ! ウル!!」


 周囲で観戦しているゴブリンやコボルトでは目視もできない速度で、オーガの棍棒が叩きつけられた。

 純粋な腕力だけで実現した威力と速度。並はもちろん、一流と呼ばれる戦士であっても防御すらできずに肉塊に変えるその一撃は――


「危ない危ない……直撃していたら死んでいたぞ?」


 オーガの間合いの()()()で止まっていたウルは、余裕の笑みを浮かべてオーガの一撃に感想を述べた。


「あ、あれ?」

「今、潰されたんじゃ……?」


 ギャラリーが困惑の声を上げた。

 ……確かに、周囲から見ていても、ウルは今オーガの棍棒の下にいたはずなのだ。それなのに、何故か届いていない。その不思議な結果にギャラリーは首を傾げた。


 その種は、魔王流地の型・歩進退身(ほしんたいしん)という名の歩法であり、足の動きだけで前進の予備動作のように思わせ、実は後退するという重心のコントロールが成す技だ。

 これにより、ウルは一歩分だけオーガの間合いを狂わせ、初撃を回避したというわけである。


「さて、まずは挨拶代わりだ」


 魔光棍棒を振りかぶり、無防備を晒しているオーガの頭目掛けてウルは得物を横薙ぎに叩きつける。

 とはいえ、コボルトの腕力ではいくら武器の力を借りてもまともなダメージにはならないだろう。

 そこで、ウルは振りかぶると同時に魔力を解放し、ワーウルフへと進化するのだった。


「な、なんじゃと!? このタイミングで進化しおったじゃと!?」


 ウルの進化に、猿亜人(マシシラ)が驚愕の声を上げた。自身も進化種であるからこそわかるのだろう。

 進化とは、本来このようにコントロールできるものではないと。

 しかし、それができるからこその魔王ウル・オーマなのだ。


「吹っ飛べ」


 ワーウルフと化したことで腕力を飛躍的に高めたウルは、思いっきり魔光棍棒をオーガの頭に叩き込んだ。

 同時に、魔光棍棒に込めた魔道を発動。ウル軍のゴブリン達も使っていた無の道・衝撃波を解放することで、まるで打撃力で吹き飛ばされたかのように見せることができるのだ。


「グガッ!?」


 魔道の発動と共に襲ってきた衝撃波によって、オーガの巨体も僅かに揺らいだ。

 流石にゴブリンのように吹き飛びはしないが、頭に強烈な一撃を受けたのだ。思わず棍棒を手放し、2、3歩後退するくらいのダメージにはなったのだった。


「ま、まさか……」

「オーガ様が、下がった……?」


 観戦していたオーガ軍の猿たちが、戸惑いの声をあげた。

 今まで、一対一の戦いでオーガが下がるところなど、見たことがなかったのだ。それはオーガの絶対的な戦闘力の証であり、だからこそ今目の前にいるウル・オーマの異常性が垣間見えるというものである。


 しかし――


「グ――ルゥアッ!!」

「ッ! ――ググッ!!」


 僅かにふらついたと思ったのもつかの間、即座にオーガは手放した棍棒の代わりに、自前のそれこそ棍棒のような腕をウルに向けて思いっきり叩きつけてきた。

 オーガは思考力が低い。しかし、思考というプロセスを必要としない分、戦闘時には動作の一つ一つの始動が早く、不意を突かれても動揺するということがない。

 常に、敵を倒す。死ぬまでそれだけに本能を集中させる狂戦士とも呼べるそのスタイルの一撃に、ウルはたまらず大きく吹き飛ばされてしまうのだった。


(……ふむ。一撃でこのダメージか。両腕は回復まで使いものにならんな)


 咄嗟に両腕を盾に挟ませたウルだったが、それでもたったの一撃で深刻なダメージを受けていた。

 両腕がへし折れたのだ。ウルの意思にかかわらず、魔光棍棒も地面に転がってしまっている。本来ならば激痛で悶え苦しむところをウルは命の道により痛覚を遮断することで堪え、オーガとは逆に高速回転する思考によって次の一手を模索する。


(治癒の魔道で骨折の治療は不可能。後で纏めて治療するとして、この場は――)

「グルゥアアアッ!」


 オーガは休む暇を与えずに、巨体を揺らして再度突撃を仕掛けてきた。

 ゴブリン用に作った落とし穴で何とかなる相手ではなく、追撃を受ければいくらウルでも耐えられない。

 ならば、どうするのか。


「誰の許しを得て我が前に進む? [地の道/四の段/黒炎]」

「グオッ!?」


 接近させればどうにもならないのならば、近づけさせなければ良い。

 両腕がない分経絡の流れが乱れ、魔力の練りが甘くなるのが懸念点だが、それでもウルは構わず四の段を使用し、オーガへと叩きつけた。

 ここ数日連続で使い倒していた魔道は緊急時にも問題なく発動し、金属をドロドロに溶かす高温の炎を生み出す。

 並の炎ならば涼しい顔で耐えきるオーガの皮膚であっても、流石にこれを受けて無傷とはいかない。

 強行突破しようと突っ込んだところから血液が瞬時に沸騰し、肉が焼ける匂いが漂う。これは堪らないと、流石のオーガも黒炎から逃げるように横に転がるのだった。


「グ、ヌゥ……」

(突っ込んでくれたから直撃した……だが、やはりこれは戦闘向きの魔道ではないな。武器として使うならもっと弾速を上げるか、あるいは追尾性能……もしくは回避できないほど広範囲に広げる形状変化が必須。しかし、それをやるにはまだまだ魔力が足りなすぎるか……)


 ウルは、今の攻防の結果をデータとして頭に叩き込む。

 魔道・黒炎は、ただ魔力の障壁に対して有効な性質を持つ炎を生み出すだけの魔道だ。そこに目的に応じて様々な変化を付けるのが魔道の発展なのだが、より有益になるような付け足す工夫をすればするだけ消費が増えるのは自然の摂理である。

 もし黒炎に武器として使えるような変化を加えれば、それは段位を一つ上げてしまうこととなり、今のウルでは使えないレベルのものになってしまうのである。


 それでも、四の段の中では、黒炎は破壊力だけならば最強クラスの魔道であるのは間違いない。

 事実、見事オーガに傷を付けたのは間違いないのだが……


「グルゥゥゥ……!」

「……ダメージにはなった、というだけだな」


 黒炎に抉られた部分は、血すら流れずに炭化していた。間違いなく重傷、もし人間であればそのまま致命傷にもなり得るような傷。

 それでも――生命力に満ちたオーガからすれば、痛かった以上のものではなかった。


「拘束魔道……無理だな。パワーだけで引きちぎられる。攻撃魔道は今以上の成果は期待できない。ならば――」

「グゥルァァァァッ!」


 一つ一つ、自分の手札の有効性を検証し、却下していく。

 迫るオーガの拳が自分に届くまで、後数秒。死が迫ってきている僅かな時間にも、ウルの思考は止まらない。


「アレで行くか」

「バァッハァ!」


 拳を思いっきり後方に引いてからの、突きというよりは拳を叩きつけるような一撃。巨大棍棒を持っていなくとも、その破壊力に変わりは無い。

 直撃すれば死は免れない一撃を、ウルは――


「我が支配せし大地よ、その力を有りっ丈我に捧げよ!」


 ――領域からの魔力供給量を一気に増やし、身体能力を強引に引き上げることで対処することにした。

 瞬間的に、今の身体では耐えきれないほどの魔力が領域よりウルの身体に注がれ、ワーウルフの身体に宿る筋肉が膨れ上がる。

 そして――


「――グ、ヌゥアァァッ!!」


 その膨れ上がった身体ごと、あっさりと吹き飛ばされる。

 元々、いくら進化種とは言え、そのずっと先にいるオーガの本気の攻撃を身体能力で防御しようなど、不可能なのだ。

 回避すら、腕の負傷によるバランスの崩壊により困難。

 シンプルな腕力、強靱な肉体、痛みを無視する精神力、筋肉の塊に相応しく速度もあるのに、3メートルを超す巨体を持つ。

 小細工不要。絶対的な身体能力という武器を前面に出すオーガの戦闘スタイルは、敵の技という概念すらも粉砕してしまう。


 だからこそ、ウルは身体能力そのものを無理矢理強化するという手段に出たのだ。

 完全な回避も完全な防御も不可能ならば、残された手段は『ダメージを受けた上で耐える』しかなかったのだから……。


「が、ハッ……」

「う、ウル! 生きてる!?」


 拳の威力で、水平に吹き飛ばされたウル。その惨状を見てコルトが叫び声を上げたが、ウルはそんな配下の方を見もせずに、平然と立ち上がった。

 全身骨が砕け散ったかのような痛みの中、それでもその顔に笑みを浮かべ、魔道を駆使し自分の身体を立たせたのだ。


「[無の道/二の段/傀儡糸]……まさか、たった二発でここまでやられるとはな」


 魔道・傀儡糸。本来ならば、意識を失った人間などを操り人形のように魔力の糸で動かす魔道だ。ウルはそれを応用し、自力では立つこともできない身体を無理矢理動かしていた。


「仮にも、狭い森限定とはいえ王と呼ばれるだけの存在か……おかげで、準備は整った」


 僅かに動かすだけでミシミシと悲鳴を上げるウルの身体から、更に歪な音が鳴り始める。

 それは、死へ向かっているようにも見えるだろう。崩壊する肉体の、最後の断末魔の悲鳴だと。


 しかし、周囲で見ていたコルト達には、別のものに見えたのだった。


「あ、あれって……」

「進化だ!」


 自らの心身を窮地に追い込み、死を実感することで進化のトリガーを強引に引くウルの作戦。

 目の前の光景を前に見たことのあるウル軍は、先ほどまでの不安から一転し、歓声を上げるのだった。


「――進化樹形図(ソウルツリー)励起。進化情報を確認。選択――」


 崩壊寸前の身体が、限界以上に領域から取り込んだ魔力と一体となりはじけ飛んだ。


「――戦狼人(ウォーウルフ)


 二回目の進化。オーガという強敵を前にすることで、ウルは二度目の進化を果たした。

 ワーウルフの先にいる種族、ウォーウルフ。常に戦いを求める好戦的な種族であり、ウォーウルフの群れは一匹の例外もなく百戦錬磨の戦上手であるとされ、古代の時代では傭兵種族として名高かった獣人系の魔物だ。

 ワーウルフに比べると、純粋な身体能力の強化が行われており、爪と牙の鋭さが特に上がっているほか、手の形がより人間に近づいたことで武器の扱いにも優れるようになっている。


 二段進化体……これで、ウルはアラクネと種族的にも同格となった。

 その力は、オーガを相手にするには……


「グルゥア!!」

「――ク、予想どおり……まだ、足りんな」


 身体の再構成。それにより、身体の傷は再生している。

 進化による回復は、退化を絡めた自己進化ではできない。完全に肉体が未知の領域に飛び込む、最初の進化でのみ起こる現象だ。

 進化回復によって、ウルの身体は万全に戻っている。戻っているのに――オーガと再びぶつかり合えば、またしてもあっさりとウルの方が吹き飛ばされてしまうのだった。


 先ほど以上に身体が赤く輝き、ただでさえほとんどなかった理性が更に失われたその姿……赤の巨人と呼ばれ恐れられる大魔の本当の力の前には、二段進化では届かない……。

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