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第39話「見せてもらおうか」

 ――オーガ軍。

 ゴブリン、オークとおまけのコボルトの混合部隊。囮兼生け贄要員のコボルト約20匹、雑兵のゴブリン約50匹、主力のオーク約30匹、そして指揮官のオーク進化種1匹。総勢約100匹。


 ――ウル軍。

 守る大蜘蛛の巣。アラクネ配下の大蜘蛛約30匹、進化種、大毒蜘蛛5匹、最近進化した切り札の八刃蜘蛛2匹。司令官たるアラクネはこの場にはおらず、総勢約40匹。

 数の差では倍以上の差を付けられている中、オーク進化種率いる先遣隊と、大蜘蛛進化種率いる境界防衛ラインが激突しようとしていた。


 その戦場の上空を、一匹の虫が旋回していることなど気にすることもなく。


(……やはり数では負けているな。しかし敵軍に今のところ領域支配者(ルーラー)からの補給を受けている様子は無い。温存か?)


 戦場から遠く、本拠地であるピラーナ湖に陣取るウルは、進化したワーウルフの姿となり片目を閉じたまま戦場を見ていた。

 戦場の上空を飛ぶ虫は、ウルが命の道の魔道によって作り出した疑似生命体……使い魔と呼ばれる存在だ。

 極小の虫一匹生み出すだけでも四の段以上の力を要求される高等技術だが、こうした情報収集には非常に役立つ。今も作り出した羽虫を起点に視界を飛ばし、遙か遠くの戦地を把握しているように。


「……どうなの?」

「今見せてやる。[地の道/一の段/水鏡]。重ねて[地の道/二の段/光写し]」


 ウルはこの場に控えているアラクネやコルト達に戦場の様子を見せるべく、事前に用意していた水を張った桶に対して魔道を発動させる。

 水を操り鏡のようにする魔道だが、ここに光を操り幻影を作り出す魔道を重ねることで、使い魔から送られてきた映像を水面に映し出す即席の遠隔カメラを作り出したのだ。


「……多いね」

「単純に正面対決すれば勝ち目は無い。以前お前らから聞いた話を基にして考えれば、これでもまだ全戦力の半分にも満たないのだからな」


 事前にわかっていたことだが、戦力だけで比較すればオーガ勢力は圧倒的であった。

 当然の話だ。この近隣の森の支配者として恐れられる強大な魔物。それがオーガであり、ウル達の敵なのだから。


「だが、少なくとも現状は問題ない。そうだろう?」

「……そうね。あの程度なら、あの子達だけでなんとでもなるわ」


 数の差は絶大であるが、まだまだ悲壮感が漂うというわけではなかった。

 短い間ではあるが、ウル達も準備してきたのだ。少なくとも、前哨戦で何もできずに壊滅……などという無様な結果にならないように。


「見せてもらおうか。大蜘蛛共の成長をな」

「期待していいわよ、ボス」


 ウルとアラクネは、示し合わせたかのように邪悪な笑みを浮かべた。

 アラクネは、自らの一族が絶対的な優位を持てる防衛戦の始まりに対して。そして、ウルは――


(勝利を確信している輩の鼻っ柱をへし折り、惨めに殺す瞬間に勝る娯楽は早々ない……)


 悪魔そのものの思考をしながら、戦いを見守ることとしたのだった……。



(大蜘蛛の巣、か。猿亜人(マシシラ)殿の助言は正しかったようだな……)


 オーガ軍先遣隊の指揮官、ピンク色の体表を持つ豚鬼(オーク)の中で一人目立つグレーの身体を持つ進化種、灰色豚鬼(ハイオーク)は敵の布陣を見て頷いた。

 彼らのボスであるオーガと違い、進化により知恵を身につけたハイオークには戦術という概念がある。預けられた百の兵をどのように使い、勝利するのか……それを考える義務と責任があるのだ。


「ドウ、シマス?」

「ツッコム?」


 ハイオークの周囲を固める精鋭オーク達が、ダミ声で指示を仰いでいる。オークは種族的に僅かながら言葉を操れるだけの知性があるのだ。


「いや、如何に数で勝っているといっても、大蜘蛛の巣に入るのは危険だ。ここは遠距離から大蜘蛛共を殺すこととする」


 大蜘蛛の巣に無策に入れば、糸に絡め取られどんな怪力の持ち主でも身動き一つ取れない状態となり、生きたまま食われることになる。

 そうやって死んだ同胞を何人も見てきたハイオークは、無理な特攻という危険を冒さない。


「落ちている枝や石を拾い集め、数が揃ったら一斉に投擲することにする。準備にかかれ!」


 ハイオークの指令に、オーク達は了承の返事を挙げてゴブリン達に指示を出していく。

 ここにいるゴブリン達に言葉を理解する知性は無いが、身振り手振りでやるべきことを指示していく。その辺りは慣れたものである。


「コボルト共! 貴様らもだ!」


 コボルトはある程度言葉を理解できるので、オーク達の命令に従いすぐに足下の堅いものを拾い始める。

 投石とは、コストゼロでお手軽に使える遠距離攻撃手段であり、それでいて確かな殺傷力を持つ優秀な戦術である。

 近づけば巣に捕らわれる大蜘蛛相手であっても、石を投げるだけならその脅威が発揮されることは無い。我ながら優秀な判断であるとハイオークは自画自賛し、部下の準備が整うのを待つ。


 しかし、大蜘蛛達にはそんな悠長な準備を黙って待っている義理などないのだ。


「フシュー……」


 大蜘蛛の中に僅かに紛れる特異個体、進化種の大毒蜘蛛が静かに動き出した。

 大毒蜘蛛は名前の通り毒を有する魔物で、主に牙から標的に毒液を流し込むことを得意としている。また、糸に毒液を垂らすことで毒糸を作り出し、皮膚から吸収させることで毒を送り込むことでも知られる魔物だ。

 だが、ここにいる大毒蜘蛛は一味違う。大毒蜘蛛ならば誰でもできる二種類の他、悪辣非道な魔王の入れ知恵により第三の選択肢を得ているのだ。


 その名も――


「ギ……?」

「ギュギャッ!?」


 ゴブリンやコボルト達が、突然呼吸困難を起こしたように倒れ、痙攣し始めた。


 ――毒の霧(ポイズンミスト)

 使用するのは、アラクネ経由で活性化させた経絡を用いた地の道。水を霧状にする、というだけの一の段を自らの毒液に対して使用し、毒の霧を作り出しそれを敵陣に流し込む技だ。

 あくまでも霧状にするだけなので操ると言うことはできないが、今の状況に限っては敵軍が風下にいるので問題は無い。

 問題は無いからこそ、短い時間の中で大毒蜘蛛にこの魔道を習得させたのだ。


「シュ……」


 大毒蜘蛛たちは牙を鳴らし、作戦成功の喜びを示す。

 残念ながら発声器官を持たないので会話することはできないが、大蜘蛛達も魔道を習得したことでそれ相応の知恵を得ている。

 喋れはしなくとも、言語は理解できるのだ。そんな大毒蜘蛛を相手に、目の前でダラダラと物拾いをする指示など出せば、こうなって当然である。


「な……! ど、どうした!?」


 これに慌てたのがハイオークであった。

 突然配下が倒れたのだから当然だが、そこは進化した強者。動揺は最小限に、状況を見極めるべく頭を回転させる。


(この症状……毒、か? 大毒蜘蛛の連中に噛まれた同胞と同じ症状だ……)


 大毒蜘蛛が体内で生成する毒物は、体内に入ると同時に相手の四肢を麻痺させ、行動不能にする麻痺毒である。

 あまりにも大量に取り込めば、また少量であっても弱い者、小さい者が受ければ呼吸器官まで麻痺して死に至るが、そうでない限りは半日ほどまともに歩くことができなくなる程度で済む。

 むろん、大毒蜘蛛相手にそんな隙を晒せば、後は意識はあるのに身体は動かないという状況下でじっくりと生きたまま食われることになるのだが。


 それを知るハイオークは、方法はともかくこれを大毒蜘蛛の攻撃と断定。

 倒れた者の救助を行うべきか、それとも攻撃に移るべきか。一瞬迷った末――


「――投擲開始! 速やかに敵を殺すのだ!」


 倒れた者を見捨て、敵を殺すことを選んだ。

 非道にも思えるが、ハイオークにも言い分はある。敵の攻撃の正体がわからないのだから、下手に救助に手を回しても犠牲者が増えるだけで終わるリスクがある。また、救助しようにも解毒の(すべ)などないので具体的にできることなど、精々後ろに下げるくらいのことしかないこと。

 何よりも、同胞のオークならばともかく、森を少し探せばいくらでも手に入るゴブリンやコボルト如き使い捨ての駒に戦力を浪費することなど愚かなことだから、だ。


 そんな考えの下、毒霧が届かなかったゴブリンやコボルトが、手にした石や枝を大蜘蛛の巣に向って投げつけ始めた。

 そこに豪腕を誇るオークまで参加しているのだ。いかに大蜘蛛の巣が強靱であるといっても、かなりの被害を当たることができるはずだった。

 だが、そこにも誤算があった。


「な、何故だ!? びくともしないだと!?」


 ハイオークの目論みは外れ、小石や枝などいくらぶつけられても大蜘蛛の巣は糸の一本も切れることはなかった。

 当然だ。ただの大蜘蛛ならばともかく、ここにいるのは領域支配者(ルーラー)の配下。領域支配者(ルーラー)より魔力を受け取っている強化大蜘蛛が作った巣の強度は当然、並のそれとは桁が違う。

 ハイオーク達も同じように領域支配者(ルーラー)のオーガから力を受け取っていれば話は違ったかもしれないが、ここにいる兵の中に魔力を受け取っているものなどいない。唯一の例外は、将であるハイオークだけだ。

 自分の力が減ることを嫌ったオーガがケチったということもあるが、それ以上に『何の価値もない雑兵』に領域支配者(ルーラー)が力を分け与えること自体魔物の常識に反すること。だからこそ、目の前の大蜘蛛全員に力を配っているということなど想定もしていなかったのである。


「クッ――!」


 ハイオークは改めて決断を迫られる。

 配下による投擲攻撃は、何の効果も上げられていない。その理由もやはりわからないが、このままでは不味いことははっきりしていた。


(原因不明の遠距離攻撃があることがわかっている以上、時間をかけるわけには――)


 方法は不明だが、敵は毒物を飛ばしている。それを理解しているというのにいつまでも効果の上がらない投擲を繰り返しているわけにもいかない。

 現に、今もなお倒れる者が続出しているのだ。ご丁寧に大蜘蛛の巣に近い位置にいるものから倒れているので、敵軍からの何らかの攻撃であるのは間違いない。

 どうすればいいのかと、ハイオークは歯ぎしりして考えを巡らせていた。


 そんなハイオークの焦りを、更に大蜘蛛達は加速させる。


「シュッ!」

「ギャッ!?」

「タスケ――」


 技の名は、粘着引き糸。巣作りにも使う粘着糸を束ね、口から発射する遠距離攻撃手段。

 大蜘蛛通常種では糸を生成する魔力が不足するため使うことができず、彼らの女王であるアラクネクラスで初めて実戦に使えるようになる技術だ。

 だが、領域支配者(ルーラー):ウルより限界まで魔力供給を受けている今の大蜘蛛達ならば使用可能だ。口から吐き出された糸に絡め取られたゴブリンやコボルトは、そのまま大蜘蛛の巣へと飛ぶように引きずり込まれ、哀れな獲物として捕食される運命にあるのだった。


「あんなことまで……」


 大蜘蛛の巣に強制的に連れて行かれ、断末魔の悲鳴を上げながらバリバリと食われている兵達。

 オークならば糸に絡め取られても大蜘蛛との力比べで対抗できるだろうが、所詮雑魚種族であるゴブリン、コボルトでは一度捕まればあの糸から逃れる方法は無いだろう。

 このままでは、何もできないまま預かった兵を全て失うことになりかねない。そうなれば、殺されるのは自分だ。

 いかに進化種とはいえ、オーガの怒りに触れれば助からない。希少な戦力とは言え、オーガの群れには他にも進化種は沢山いる以上、確実に見せしめにされてしまうだろう。


 その焦りが、ハイオークに決定的な間違いを犯させるのだ。


「……突撃だ」

「ハイ?」

「もはや、距離を取ることに利は無い。かくなる上は、突撃し、直接巣を破壊せよ!」


 ハイオークの決断。逃げることなどできない以上、残された道は最初に危険だと判断した突撃しかなかった。

 一応、何も考えずに巣に触れるのではなく、巣の起点になっている糸の端を一つ一つ排除するように指示は出しておいたが、これで相当数の配下が死ぬこととなるだろう。

 理想的な戦果は決して得られない。オークの同胞も犠牲者ゼロというわけにはいかないだろう。

 だが、それでも勝利だけはつかみ取ってやると、兵と共に自ら先陣を切り、雄叫びを上げて突撃した。


 そして――


「グアァァッァ!?」


 その突撃は、糸を排除しようと触れた瞬間に流れた、肉を焼く電撃によって止められた。


 これぞ、大蜘蛛通常種がウルの指示で身につけた魔道――地の道に分類される、電撃の魔道だ。

 大蜘蛛達は一つ一つは弱い電気を作るだけのそれを、数の力で威力を強化。糸を媒介とする強力な電撃糸を作り出し、オーク達が触れるのを待っていたのである。


 全く警戒していなかった電撃という攻撃手段に、流石のハイオークも感電、麻痺を起こしてしまう。

 その隙を、大蜘蛛一族において処刑を担当する刃の蜘蛛は決して逃さない。


「ア――」

「シュー……」


 進化種が一体、八刃蜘蛛。以前ウル達に壊滅させられてから改めて進化することでその力を得た個体は、自慢の脚の刃でハイオークの首を見事に刎ねたのだった。


「ヒッ!」

「ギィ!?」


 指揮官を殺しても、大蜘蛛達は満足しない。

 同じように突撃し、麻痺したオークを、ゴブリンを、コボルトを次々と殺していく。

 ここに来て、ようやく侵略軍は悟った。圧倒的優位に立ち、敵を狩る側だと思っていたのは間違いだった。この場において、狩られるのは自分達だったのだと。


「ブゥオォォォッン!!」


 全軍への指示を出す咆吼が響き渡った。

 指揮官であるハイオーク無き今、副官とでも言うべきオークが上げた号令。

 内容は、退却。本来決してあり得なかったはずの、ほとんど敵に被害を与えることもできないままの敗走。

 それしかないと認めた先遣隊達は、我先にと逃げ出していったのだった。


 その姿を上から眺め、嗤っている魔王の思惑どおりに……。


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