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第37話「できるまでやる」

「――っていうことがあったんだけど、石は拾ってきたよ」

「一匹も逃がさなかった、か」


 コルトたち採掘チームは、よそのゴブリンに襲われたことを除いて大きな問題もなく生還した。背の籠には光る石が目一杯入っており、収穫は十分だったと言える。

 その報告を聞いたウルは、一瞬別のことを考えているかのように視線を逸らしたが、すぐにコルトたちの功績を評価する。


「ご苦労であった。お前たちは確かに俺の命令に応えたようだな」

「相変わらず偉そうなお褒めの言葉ありがとう。……で? この石をどうするの?」

「あぁ。溶かすんだ」


 珍しく素直に配下を褒めたウルは、そのまま荷を担いでこいと歩き出した。

 向かう先は、湖の方角だ。


「……何? あれ」

「炉……の、つもりだ。下手をうって火事になるとさすがに問題だからな。湖の中に土台を組んで島を造り、そこに設置した」


 ウルが見せたのは、突貫工事で造られた浮き島と、その上にそびえ立つ石の塊だった。

 火災対策を施した上で作成したそれは、かつて自国の職人たちが愛用していた高温により鉱石を加工する炉――の超劣化版である。

 石を積み、隙間を泥で入念に埋めただけの原始的なものであるが、技術も材料もまともにない今のウルではこれが精一杯。吹きっさらしの焚き火の上で鉱石を焼くよりは遥かに効率のいいそれで、ウルは鉱石加工の実験を行うつもりなのである。


「こんなのどうするの?」

「使い方はすぐに見せるが、その前にもう一仕事してもらう。……砕け」

「へ?」

「お前らが運んできた石、砂になるまですり潰せ」


 自分で持ってこいと命じた物を、自ら破壊しろと命ずる。

 何の嫌がらせなのかとコルトは一瞬遠い目になるが、もちろん嫌がらせが目的ではない。嫌がらせが目的ならば、穴を掘らせてそこに埋めろくらいのことは言う。


「いいか、鉱物加工はとりあえず砕くところから始まる……はずだ。職人共はいつもそうしていた」

「……そうなの?」

「要するに溶かしてから好きな形に整えるのが鍛冶仕事のはずだからな。砕いといた方が溶かしやすいんだろ」


 それで上手くいくのかは知らないが……と、最後にウルは聞こえない大きさでポツリと呟く。

 技術の世界は失敗の積み重ねで作られる。とにかく溶かせば武器になる鉱石であることだけは確実なのだから、後は成功するまでやればいいの精神なのだ。


「と、いうわけで砕いてみろ。丁度いい筋トレにもなるだろ」

「えぇ……」

「あ、一つアドバイスだが……領域の影響を受けた異界資源は普通の鉄鉱石よりも頑丈だ。まぁお前らは普通の鉄鉱石も知らんだろうが、とにかく腕力だけでやってもほぼ不可能。経絡を意識し、魔力を使う身体強化を上手く使わんといつまで経っても終わらんぞー」


 気楽に一言付け加えたウルを前に、激しく重労働になる予感を感じながらも、コルトは渋々頷いた。

 野生の世界、疲れているから嫌だなどと愚痴を言っている余裕はないのである。


 ――そのまま、一時間ほどゴリゴリガリガリと石をすり潰す音が湖に響き渡った。


「……砕けた、よ」

「堅かった、な」


 苦労の末、コルト達が持ち帰ったサンプル用の魔光石は粉々に砕け散った。

 自慢の腕力でも傷一つ付かない石を前に、慣れない魔力操作を必死になって苦労すること一時間。ウル的には「思ったよりも早く終わったな」という感想だったが、実際に作業を行ったコルトとゴブリン達は既に疲労困憊であった。


「で、ウルは何してたの? 人がこんなに苦労している間に」

「俺には俺にしかできない仕事というものがあってな。単純労働など、お前ら下々の者が汗水垂らしてやっていればいいのだ」

「……怒る気力も湧かない……」


 一時間の苦闘。それに一切手を貸さなかったウルに恨みがましい眼を向けたコルトの事など無視し、ウルはすり潰された魔光石を別に用意しておいた器に入れる。これから高温で熱するのだが、器が溶けては話にもならないため、専用の耐熱容器だ。

 なお、提供者は進化に協力してくれた上にこんな森の中に入るときまで実験器具を持参してくれた親切な人間である。


「さて、では早速」


 粉々になった魔光石を、ウル手製の炉に設置し、蓋をする。

 そして、炉の下に設置した点火部から魔道で火を付けた。燃料は乾燥させた木の枝である。


「……これ、正解か?」


 ウルの記憶にある金属加工を行う炉とは、魔物であっても近づけば火傷では済まない高温を発するものだ。

 だが、目の前にある土の塊――内部からの力に負け、煙がそこら中から溢れている――は、そうは見えない。肉でも入れておけば丁度良く燻製になるかもしれないが、金属を溶かすには全くもって不十分であると見るだけでわかるものなのだった。


「……魔光石の融点なんぞ一々覚えてはいないが……これは絶対足りんな」


 ウルの記憶からは長い年月の彼方に消えているが、かつての魔王国で利用されていた魔光石の融点は鉄の倍以上であった。

 当時に比較して、ウルの領域支配者(ルーラー)としての格は大幅に落ちている。故に、今のウルの領域で採れる鉱石の品質はかつての物よりも大きく落ちるとは言え、それでも鉄を溶かすくらいの温度を浴びせなければ魔光石はびくともしないのである。


「さて、どうするんだったかな……?」


 専門分野以外の記憶など、ほとんど残ってはいない。長い封印弊害であるが、それでも何とかしなければならない。

 一応、裏技がない訳ではないが――技術の発達は、頭に描く計画に必須なのだ。


「何か混ぜるんだったか? あるいは燃料の品質を良くする、せめて炭を使うか……」


 素人考えながらも、ウルはとりあえず解決策を模索する。

 そして、ひとつの結論に達するのだった。


「……ロット!」

「何でしょう?」


 ウルは遠目から作業を眺めていた配下の中から、一匹のゴブリンを呼び出した。ゴブリンたちのなかでも最初に魔道に目覚め、特に魔化武器の製作に才を見せているロットだ。


「お前に名誉ある称号をくれてやろう」

「称号……?」

「本日より、お前を技術開発長に任命する。励むがよい」


 ウルは一方的に言い放った。今日よりロットを技術開発の責任者にすると。

 意味がわかっていないロットは目を白黒させるが、ウルは気にすることなく命令を下す。


「最初にやってもらうのは、魔光石の加工だ。見ての通り、炙る程度ではこの石はびくともせん。そこで、まずはどうにかしてこの石ころを加工可能な状態に……つまりドロドロに溶けた状態までもっていけ」

「ドロドロって……どうすればよいので?」

「それを考えろと命じているのだ。一応、目標とすべきゴールは見せてやろう」


 ウルは混乱するロットに向かい、畳み掛けるように言葉を重ねていく。

 ウルにも現状で打つべき正解はわからない。わからないのならば、部下に考えさせる……つまりはそういうことなのである。

 当然の考えというべきか理不尽な無茶ぶりというべきかは人それぞれであるが、ウルは自分が100%正しいと常に信じているので当然の考えなのだと疑うこともなかった。


「いいか? とにかく、この砕いた魔光石に熱さえ加えれば溶けるはずなのだ」


 ウルはでき損ないの炉から、無の道を使い砕いた魔光石を取り出した。触ると火傷をする――という程度には熱されているが、溶ける気配はない。


「フンッ!」

「え?」

「ちょっ! ウル!?」


 フワフワと浮かべた魔光石を前に、ウルは気合いを入れた。すると、全身に魔力の光が満ちていき――その体躯を、コボルトよりも遥かに巨大なものへと変えた。


 ワーウルフへの進化だ。


 突然の変身に驚く一同。その驚きを露にした様に満足したのか、ウルはなんの説明もなく魔道を発動させた。


「[地の道/四の段/黒炎]」


 ウルの手より、黒い炎が放出される。魔力による守りを無効化する性質を持った、魔道の炎だ。


「重ねて[無の道/四の段/炎熱遮断壁]」


 黒炎を魔光石にぶつけると同時に、更に無の道で作り出した熱を封じ込める結界を展開する。黒炎の熱が逃げることなく魔光石へと向かうようにする、魔道製の即席炉だ。

 みるみる内に魔光石は黒炎によって赤く染められていき、やがてドロドロとした状態へと変化する。

 それを確認した後、ウルは最後仕上げを行った。


「後は適当に形を整えてやればいい。本当はハンマーで叩いて鍛えるのだが、無いものは無いからな」


 無の道で溶けた魔光石を成型し、最後に高熱を冷ますべく湖の水に浸ける。じゅわっという音と共に大量の水蒸気が視界を覆うも、魔力を潤沢に含む魔素水によって冷やされることにより、魔力と相性がいい異界資源は更なる力を得るのである。


「うん……なまくらだな」


 そうして、ウルは一振りの刃を作り出す。

 しかし、その刃は素人目にも上等とはとても言えない出来であり、はっきり言って駄作であった。

 成形の雑さが原因で歪みが大きく、空気でも含んでしまったのか非常に脆そうであり、全く取り除けていない不純物のせいで質も最悪。とても実用には耐えられないだろう。


「まあ、こんな感じだ。とにかく、まずは加熱から始めろ」

「……今の魔道を習得しろということでしょうか?」

「それはそれとして一つの手段だが、できれば特別な力が無くとも作れるような技術の完成を目指せ」

「技術……」

「炎を高温にするにはどうするのが効率がいいのか、成形の際に形を整えるにはどうすればいいのか、脆さをなくし堅さと粘りを持たせるにはどうするのがいいのか、不純物を取り除くのはどうすればいいのか……などなど、まあそういう課題を一つ一つ見つけ、解決するという繰り返しだな。こればかりはどうしても時間がかかる故、今日明日中に何とかしろとはいわん。技術開発に関して他の連中に対する指揮権を与えるが故、こき使っていろいろ試してみろ」

「わ、わかりました」

「まぁ、最初は難しいだろうし、俺も技術班に当面は注力することになるだろうがな」


 未だに目を白黒させるロットだが、何とか理解は示したようだ。

 これ以上自分が言うべきことは無いと、ウルは次の指示を出していく。


「小僧は引き続き資源の調査回収だ。この手の仕事にはサンプルが多量に必要となるし、魔光石以外にも使える物があるかもしれん。また、食料の入手もお前達の仕事になる」

「う、うん。わかったよ」

「拠点の警備は引き続きアラクネが担当しろ。手駒は大蜘蛛だけでいいか?」

「……そうね、警備だけなら問題ないわ。待ち構えての迎撃戦なら負けるつもりは無いから」

「よし、ならばロット配下の作成班とコルト配下の探索班にゴブリンを分けるとするか。ああ、それとアラクネ。今回と同じく探索班に領域の道案内と周辺警戒を行う大蜘蛛を付けたいのだが、いくらか都合できるか?」

「そうねぇ……群れの数が結構減っているから、少し警戒網に穴が空くかもしれないわね」


 ウル達の襲撃を始めとして、ここ最近群れの数を減らすような強敵との戦いか続いたため、大蜘蛛の数が少々心許なくなっていた。

 それでも巣を守るくらいならば可能なのだが、二手に分けるとなると流石に不安が出てくる。アラクネがボスであったときよりも領域自体広がっているのだから当然だろう。


「ふむ……まあ、探索班につけるのはそれほど数はいらんが、現状で守りが薄くなるのはまずいか。ならば、グリン」

「はい」

「お前をアラクネの補佐につける。肉体能力だけならゴブリン共の中ではトップ、多少の無茶はきくだろう」

「そうね……彼がいるなら何とかなるかしら?」


 肉体能力に優れるグリンを防衛に回すことで、戦力を補強する。種族として上位である大蜘蛛の代わりになるのかと疑問も感じるところだが、今や接近戦に限定すれば大蜘蛛より強いと断言できるグリンならばそれも可能となるだろう。


「後は、その他の雑用だな」

「雑用?」

「食事の準備や片付け、回収した資源の管理などだな。召使いだと思えばいい。細々とした生活用品の作成なんかもそこに含むことになる。今までは俺が作ってきたが、そろそろそんな雑務は他に投げるとしよう」

「投げるって、誰に?」


 コルトはウルの言葉に首を傾げる。まだまだ人手不足の群れでは、今までに述べた仕事だけでほぼ手一杯だ。魔物だって生き物なのだから休息も必要であり、交代要員まで考えればこれ以上手の空いている者はいないのである。


「あいつらだ。戦力になる素養の持ち主がいればそれに越したことはないが、無理なら無理で働いてもらわねばな」

「……あいつらって、捕虜のコボルト?」


 ウルが指さしたのは、先ほどコルト達の手で捕らえてきたコボルト達であった。

 ブルブルと震えるその姿からは一切の敵意を感じることはできず、危険は無いのだろう。ゴブリンの奴隷として使われていた経緯からすっかり怯え癖がついているらしく、確かに戦力としては役立ちそうになかった。


「意外ね、殺すんじゃないの?」

「それでもいいのだが、人手不足に違いは無いからな。使えるものは使う。先ほど一通り話はつけておいたから問題はあるまい」


 先ほどコルト達が鉱石を汗だくになって砕いていた間、ウルは捕虜の尋問と交渉を行っていたのだ。

 元々強いものに服従していただけのコボルトに忠誠心などあるはずもないため、情報の収集と隷属はさほど苦労すること無く成功した。といっても、そんな最底辺の立場であったコボルトが有益な情報など持っているわけも無く、ぼんやりと敵の輪郭が見え隠れする程度であるが。


 が、交渉済みにしては些か怯えの感情が強すぎるようにも思えるのだった。


「……怯えてるけど」

「俺の偉大さに恐怖したのだろう。時間が余ったから多少教育もしたが」

(あ、それだきっと)


 コルトとゴブリン達は、同時に心の中で納得した。ゴブリン達が受けたスパルタ言語教育……それを彼らも僅かだが受けたのだろうと察したのだった。


「本格的な戦がいつ始まるかわからん。速やかに行動に移せ。以上だ」


 ウルは全ての指示を終え、配下に動くように命じる。

 解散していく面々を見送りながら、ウルは先ほど作ったなまくらを手にする。ロットに技術開発を任せたことに嘘はないが、目の前の脅威に対抗するには間に合わないだろう。

 ならば、直近のことは自分で何とかするほかない。


「……できるまでやる、か。確か何かしらを混ぜてから焼くと不純物を取り除けるのだったか? 融点の違いを利用するというのもあったような気がするが……」


 太古の記憶を引っ張り出し、専門外だとため息を吐く。

 やれやれとウルは首を振り、動き出す配下から離れて一人研鑽を始めるのであった。

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