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第36話「生け贄はあれで」

「えーと、これより光る石……『魔光石』の採掘に向かいます」


 魔王ウルが拠点とするピラーナ湖の側で、十数人の影が集まっていた。

 コルトを隊長とした、鉱石採掘部隊。軽傷のグリンはもちろんのこと、完全には回復していないとはいえ動くことならばできるゴブリン六人と、護衛と道案内を担当する大蜘蛛達だ。

 ゴブリンとコルトはそれぞれがウルお手製の蔓を編んだ(かご)を背負っており、頑丈になるよう魔化を施した石製のツルハシとシャベルを背負っている。土木作業の準備は万全である。


「サンプルが発見できた場所は大蜘蛛達が把握しているので、そこに行った後地面を掘ります。ウルによると、この魔光石って石は地面の中で領域の力を受けて変質するとか何とかなので、石がある場所を掘れば出るそうです」


 コルトは集まった採掘部隊の前で、事前に丸暗記した説明文を棒読みで説明する。

 この石が何の役に立つのか、現地にどのくらいの量があるのか、運搬はどうするのか――等々、不明な点も考えなければならない点も多々ある。

 そこを全て今のコルトに解決しろというのは流石に酷であるため、とりあえず現地に行って集められるだけ情報を集め、更なるサンプルを確保すること。それがウルから与えられた命令なのだが、コルト自身にも詳しいことは理解できない以上、とりあえず行ってみるしかない。

 つまりはそういう説明であった。


「……話はわかりましたが、つまり我々は採掘……穴掘りをすればよいと?」

「うん。元々、穴掘りとか得意でしょ?」


 ゴブリンもコボルトも、寝床には穴蔵を使う。もし運良く発見できれば自然に作られた洞窟を利用するが、無ければ自分の手で穴を掘ってそこに隠れて眠るのだ。

 ウルと共に暮らすようになってからは普通に地面の上で寝ていたが、元々の暮らしぶりからして穴掘りは得意分野なのである。


「場所は、えーと……」

「私の部下が案内するわ。あなたたちでは言葉が通じないでしょうけど、ここの守りもあるしね。流石に私はここから動けないわ」

「あ、はい。もちろんです。それじゃあ、僕らはこの大蜘蛛についていけばいいんですね?」

「ええ。ボスは領域をアの1とか2とかに分類してたけど、それは聞いてる?」

「うん。湖の四分の一くらいの広さで区分けしたとかなんとか……」

「文字とやらの意味はよくわからないけど、ともかくその分類法に従えば、その場所はウの4に当たることになるわ。これで大体の場所はわかるかしら?」

「えっと……方角だけなら」

「十分ね。それじゃ、近い場所まで行ったらこの子が案内するから」


 キシャーと鳴き声を上げながら、大蜘蛛が身体を僅かに沈ませる。突進の構えにしか見えないが、大蜘蛛的には挨拶のような意思表示である。


「よろしくお願いします。……それじゃ、出発!」


 大雑把な事だけ確認し、コルトは一団を率いて歩き出す。

 つい先日まで、近くにいるだけで震えが止まらなかっただろう魔物の集団を自分が率いている。そのことに優越感を感じる――ようなこともなく、ただただ「僕、何か大事なものが壊れてる気がする」と自分の変化に内心で乾いた笑いを漏らすのだった。


………………………………


 そのまま、一時間ほど歩いたところでようやく目的地に到着した。

 相も変わらず木々が生い茂る森の中であるが、どことなく石が落ちている割合が多く、草に覆われてない面積が心なしか広い地域だ。


「ここ?」


 コルトは案内役の大蜘蛛に、鉱石を発見したのはこの辺りなのかと確認する。言葉を喋ることのできない大蜘蛛は、先ほどと同じように身体を沈めることで応答する。

 それがイエスの意であると理解するコルトは、早速引き連れた採掘班に指示を出すのだった。


「えー、それでは、これからこの辺りを掘り返します。とりあえず石が出てきたら全部回収。今回は持ち帰ることができる分だけ持ち帰るつもりですが、ただの石を持ち帰るのは極力避けたいので持ち帰る石は選別します。それは僕がやるから各自、適当に地面を掘ってください」


 またまた暗記した文章をそのまま諳んじるように説明を終えたコルトは、ゴブリン達に採掘作業を行うよう指示を出した。

 大蜘蛛は身体の構造上土いじりには向かないので、周辺の警戒だ。ここはウルの領域であるとはいえ、外敵がいないわけではない。領域支配者(ルーラー)傘下の魔物に喧嘩を売る野良魔物はまずいないが、ゼロではないのである。

 領域の外から外敵がやってくることも含め、どんな状況でも油断してはならない。それが野生の絶対ルールなのである。


 ……とはいえ、何事も無く採掘作業は順調に進んでいったのだが。


「地面を掘ると、確かに石がゴロゴロ出てくるな」

「この石、植物の成長を妨げる力が出ているようだ」

「そうなのですか?」

「ああ。俺が植物操作の魔道を使えるからか、そんな感じがする」


 掘り進めるうちに、どんどん鉱石と思わしき石が入手できた。

 その内、植物操作を得意とするブラウが何となくの感覚以上に明確な識別ができることも判明し、作業は効率よく進んでいったのである。


「ふぅ……とりあえず、こんなもんかな?」


 コルトは額に汗――は犬頭(コボルト)なので流れていないものの、身体に溜まった熱を放出すべく舌を出してハァハァと息を荒立てながら呟いた。

 元々、籠に入る分だけ、つまり持ち帰ることができる分だけあればいいのだ。流石にスタミナの問題で魔道を使った運搬は現実的ではないし、背負った籠に加えて腕で抱えて持って行こうとするといざという時の対応が遅れる。欲をかいて命を落とすでは洒落にもならない。


「よーし! それじゃ、皆魔光石を籠に入れて! そろそろ戻ろう!」


 時間にして、およそ三時間ほどの採掘作業。浅い部分を軽く掘り返しただけでもかなりの量を入手できたこともあり、物資の運搬方法さえ確立すればかなりの採掘量が期待できるだろう。

 コルトはウルにいい報告できると軽く安堵し、拠点へと戻るべく全体に指示を出した。


 その時、大蜘蛛の一体が警戒音を発したのだった。


「シュー……」

「ん? 敵?」


 大蜘蛛の放つシグナルの中で、絶対に忘れてはならないと教え込まれた鳴き声。

 それは、敵の接近を教えるうなり声と牙をぶつけるカチカチという音。即座に警戒態勢に入り、ゴブリン達も戦闘行為にはまだ早い状態ながらそれぞれ構えを取る。

 警戒音を発する大蜘蛛の方角から、姿を現したのは――


「……ギィ?」

「ゴブリン?」

「ギギィ?」


 数匹のコボルトを先導として率いている、十数匹のゴブリンの群れであった。

 魔道を習得し飛躍的に知性を高めたブラウ達とは異なり、ゴブリンらしいダミ声で奇声を発している。

 ただし、普通のゴブリンではない。それは、魔物の本能でわかること――領域支配者(ルーラー)の眷属であることを指し示す、外部からの力の供給を受けている魔物だったのだ。

 領域支配者(ルーラー)自身が領域の外に出ればその権限のほとんどを使用不能になるが、眷属が外に出る分には小規模になるものの領域支配者(ルーラー)からの補給を受けることができるのである。


(ここはウルの領域の中。余所の領域支配者(ルーラー)の力を受けられると言っても、自分の領域の中に比べれば大きく落ちる。向こうも僕らが別の領域支配者(ルーラー)の力を受けていることはわかるだろうし、無理に事を荒立てなくても帰るかな……?)


 弱小種族として、ゴブリン相手でも勝ち目はないとかつては判断していたコルトであるが、今は違う。

 遙か格上の大蜘蛛進化種を、そして人間を打ち倒したことでそれ相応の自信が身についている。今更ただのゴブリンに怯えるような醜態を晒すことは無い。

 しかし、それと戦うべきだと短絡的に考える事は話が別だ。今まで行っていた採掘作業の目的も、外敵と戦うための下準備であると聞いている。それも、交渉を行うためであると。

 つまり、コルトの意思一つで勝手に他の領域支配者(ルーラー)勢力と交戦状態に入ることは好ましいとは言いがたいのだ。


「……ギギィ!」

「ギギュアァ!」

(えぇっ!? なんでいきなり好戦的!?)


 ゴブリン達の様子から考えて、これはお互いに想定していない遭遇だろう。コルトはそう考え、この地の領域支配者(ルーラー)と戦闘を行わないよう逃げるのが普通だと思ったのだが、何故か見知らぬゴブリンは揃って好戦的であった。

 何も考えていない――ということはない。野生の世界で生きる以上、生存本能と危機察知能力を持たない魔物などあり得ないのだから。


(こいつらはここで僕らと戦いになっても問題ないと思っているってことは……それだけの力がある領域支配者(ルーラー)の支配下にいるってことかな?)


 強大な力を持つ魔物のみが名乗ることを許される領域支配者(ルーラー)。その配下に、相手の領域内で戦いを挑むことができる。

 すなわち、それはより強大な力を持つ領域支配者(ルーラー)の支配下にいることを意味する。その自信が好戦的な態度を取らせているのだろう。

 ここにいるのがコルトだけなら、矮小なコボルトだけならばゴブリン達が無謀な自信を持っただけという可能性もある。だが同種族であるブラウ達ゴブリンや、ゴブリンよりも種族的に格上である大蜘蛛まで揃っている一団に喧嘩を売る以上そうとしか考えられない話だ。


「――全員、戦闘準備! 逃がさないことを第一に! 可能なら何匹か殺さないで捕まえて!」

「了解!」


 コルトは逃走と戦闘を天秤にかけ、戦闘を選んだ。

 ここで逃亡してはせっかくの鉱石を置いていくことになるし、もしこの辺り一帯を背後にいる領域支配者(ルーラー)の支配下に上書きされれば大問題になる。領域支配者(ルーラー)の眷属が他の領域支配者(ルーラー)の領域に侵入し、迎撃されずに留まり続ければ支配者の書き換えが始まる――というのは、魔物ならば誰でも本能で知っていることなのだ。

 ならば、ここで重要なのは逃がさないこと。ゴブリン達を支配している強者にここで戦闘があったことさえ知られなければ、とりあえず問題は起こらないはずだとコルトは判断したのだった。


「ギィ!」


 まず仕掛けたのは、襲撃してきたゴブリン達。戦術も何も無く、ただ各自が勝手に敵を倒すべく飛びかかった形だ。

 なお、襲撃者に連れられていたコボルト達は後ろに下がって小さくなっている。彼らに求められているのは戦闘ではなく探索であり、こういった場面では囮に使う以外では速やかに安全を確保するよう命じられているのだろう。

 当然、ここでコルトが警戒すべきなのは――


「――ブラウ、ロット、グリンの三人はゴブリンの足止めを! 大蜘蛛は包囲とコボルトの確保を! 怪我人は無理せず他のサポートに!」


 ここでの勝利は、情報を漏らさないこと。問題なのは突っ込んでくるゴブリンではなく、いつでも逃走できる位置にいるコボルト達だ。

 同族の情など投げ捨て、勝利のみを追求する。なんだかんだと言っても、コルトもウルの影響を受けているようだ。


「――[命の道/一の段/蔓縛り]」

「[地の道/一の段/氷柱]」

「ギギィ!?」


 突っ込んできたゴブリン達は、ブラウとロット、魔道に目覚めた最初の二人の術によってその勢いを殺された。突如伸びてきた蔓に足を絡められ、小さな氷柱で貫かれたのだ。

 ゴブリンは、部族ごとに纏まって生活、あるいはより上位の魔物の支配下として生きる。所属が違えば同族で殺し合うことも珍しくは無いため、二人に躊躇は無い。

 身体の傷も、直接殴り合うのではなく魔道を発動するだけならば問題は無い。


「――天の型・正拳!」

「ゴボッ!?」


 足を止められたゴブリン達は、一気に間合いを詰めてきた肉体派ゴブリンのグリンの拳によって沈められる。

 魔王流・天の型は攻撃の術理。特に武術に関して適性があると見なされたグリンは、他のゴブリン達が療養に努める間に攻撃の基本、拳の作り方と打ち出し方を学んだのである。

 領域支配者(ルーラー)の眷属として、多少普通のゴブリンよりも魔力量が多いとはいえ、今のブラウ達から見ればこの程度の敵の相手などあまりにも役不足。それが、このゴブリン達への客観的な評価であった。


「キュ、ヒュ――」


 一方、コボルトの制圧も瞬く間に完了した。大蜘蛛達が一斉に襲いかかり、糸で縛る。それだけで終わりだ。

 元より抵抗する意思を根本からへし折られている奴隷コボルトであり、強者の敵意を浴びせられてなお抗うことなど不可能なのだった。


「……うん、これで問題ないかな」


 不意の遭遇戦だったが、問題なく制圧できたことにコルトは安堵の息を漏らした。

 後は情報源として、何匹か連れて帰ればいい。後の判断はウルに任せればいいと、コルトは今度こそ帰還指示を出すのだった。



「ふーむ……あのゴブリン共、怪しげな術を使っとったの」


 捕虜と鉱石を持って立ち去るコルト達を、視線の通らない木の上から見ている者がいた。

 その正体は、オーガ勢力のNo.2である猿亜人(マシシラ)だった。マシシラという種族には特殊な眼があり、ちょっとした木の葉程度の障害物ならば透視することができるのだ。


「特殊な力を得た魔物か……実際にワシらのシモベを手にかけたわけじゃし、生け贄はあれでよいかの」


 まさに猿そのものというべき身のこなしで樹上より降り、その皺だらけの顔を歪める。

 面白いものを見れたと、マシシラは一人本陣へと戻っていくのだった。


「奴らの大将はあのコボルトか? あまり強そうには見えんかったが……大蜘蛛共まで従えとったということは、そういうことなんじゃろうのぉ……。いやそれにしても、妙な力を持った珍しい個体となれば、毛無し猿共も喜んで買い取ることだろうの……ウキキッ!」


 不穏な独り言を漏らしながら、邪気を纏う猿は森に消えていったのだった。

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