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第35話「人手が不可欠だ」

ブクマ100達成しました!

皆様、応援ありがとうございます。

「ゴミ、ゴミ、ゴミ……使える可能性はある」

「何してんの?」


 ピラーナ湖の畔に、ごちゃごちゃとした山が出現していた。

 大蜘蛛たちに命じ、ウル・オーマの領域から拾ってきた数々の資源の山だ。


「見てわからんか?」

「わかんないから聞いた」

「そうか」


 どっかりと拾ってきた資材の山の前に腰掛け、一つ一つ手に持ち見定める。魔王の仕事とは思えない地道な分別作業を行っているのが、群れの主であるウルだった。

 ウルは山となっている資材――別名、ゴミ山――を構成する何かしらを、魔王お手製の分別箱に分ける。それぞれ『ゴミ』『食材』『資材』と書かれた三つの箱の中に投げ入れているのだ。


「大蜘蛛共に役に立つ物なのかの区別なんてできんからな。とりあえず目についた物は全部持って帰るように命じたから、集まったものをゴミなのかどうか判断せねばならんのだ」

「……果物なんかは別にしても、それ以外に役に立つ物あるの? 実際、ゴミって書いてある箱が一番大きいけど」


 ウルの分別作業を興味深そうに眺めているのは、コボルトのコルト。種族的な本来の能力を遙かに超える頭脳からくる好奇心を感じさせる姿であるが、そもそもこの作業に懐疑的であった。

 道具を使うと言っても、精々が石を削ったり木の棒を持つくらい。そんな文化レベルで生きていたコボルトの群れ出身であるコルトからすれば、武具の強化と言われてもピンとこないのは仕方が無い。

 コルトやゴブリン達からすれば、人間の持っている金属製の武器も「随分と硬い石があるんだな」くらいの認識なのである。


「……まぁ、大概ゴミだな」

「やっぱり」

「しかし全てがそうだとも言えん。領域の影響を受けた物質は特殊な性質を宿すことも多いからな。それを発見して効率よく利用するのがこの先重要になってくるはずだ」

「ふーん……僕らは領域支配者(ルーラー)の側になんて行かないから、どうもよくわかんないな」

「今はわからんでもよい。実際に見ればわかる。それよりも、ゴブリン共はどうだ?」

「あ、うん。最初から大きな怪我が無いグリンは別として、他の皆は意識こそ取り戻したけどまだ万全には動けないみたい」

「歩くくらいはできるということか?」


 人間の魔道士による襲撃。その決着から、三日の時が流れていた。

 魔物の生命力と回復力があれば、それだけの時間があれば大概のダメージは抜ける。しかし、ゴブリン達からすれば遙か格上の魔道の直撃を受けた者達は、まだ完全には回復していなかった。

 資材集めを命じたアラクネとその配下は全員出かけており、今この湖に陣取っているのはピラーナを除けばウルとコルト、そしてゴブリン達のみ。その大半が動けないため、看護員に任命されたコルトと分別作業を行っているウルを除く最後の一人、肉体派ゴブリンのグリン一人で警備を行っている状況である。


「動けるのなら案山子にはなるな」

「カカシ?」

「ハッタリには使えるという意味だ。傷の回復を最優先としても、見かけだけでも万全なように見えるようにしておけと言っておけ」

「いいけど……誰を警戒してるの?」

「ぶち殺した人間の仲間。それとこの辺りで最大の領域支配者(ルーラー)だというオーガの勢力」

「……戦いになると思ってるの?」

「どっちが先かは半々だが、まぁなるだろうな。現状だと人間と小競り合いをするメリットが無いことだし、できればオーガの勢力を潰して吸収したいところだ」


 ウルは手を休めること無く今後の事を口にする。

 攻め込んできた人間がどのような地位にいるのか。それをウルは知らない。やたらと偉そうで実力の割に自信過剰であったことから、地位だけは立派なボンボンなのではないかと予測している程度だ。

 その程度の情報しかないため、魔道士の一団が生きて帰らないことでどれほど人間勢力を刺激することになるのかは未知数なのだ。

 それ故に、ウルは急いでいる。防戦はいくら勝利しても得るものが無い。精々が自分達の安全が得られるだけで、被害と消耗が増えるばかりなのだ。

 どうせ戦うならば、奪える攻めがいい。ウルは心の底からそう考えているのである。


「吸収って……勝てる前提なんだね。やっぱり進化した自信?」


 コルトはそんなウルの言葉に、少しの恐怖と頼もしさを感じている。

 何だかんだと言っても、魔物の正義は強さである。強いリーダーの下にいれば自分が生きる確率が上がる。技術的なものではなく、もっと根源的な強さを進化によって見せたウルにコルトは本能的な頼りがいを感じているのだった。


「そんなフワッとした勝率を誰が語るか」


 もっとも、ウルはそんなことに頼ってはいないようだが。


「え? 進化したからオーガにでも勝てるってことじゃないの?」

「それもあるにはあるが、それを言ったらオーガだって確実に進化種だぞ? そもそも、進化していない俺に進化種(アラクネ)が負けているだろうが」

「……そうだけど、じゃあどうやって勝つの?」


 少々興奮気味だったコルトの頭が強制的に冷やされた。進化したんだから勝てる、などと浮かれた気分では困るのである。


「そのための準備をしている」

「……このゴミ掃除が?」

「ゴミの中から宝を見つけようとしているのだ。そもそもお前らにもっとまともな知識があれば王である俺がこんなこと……」


 ブツブツと文句を言いつつも、ウルはテキパキとゴミ山を仕分ける。

 領域支配者(ルーラー)が支配する領域、異界。そこで採れる資源は、通常の世界ではあり得ない性質を持つことがある。異界資源と呼ばれるそれは、その領域を支配する領域支配者(ルーラー)の性質によって決定するとされる。

 すなわち、同じ領域支配者(ルーラー)が支配する領域は、本来異なる環境であったとしても似通ってくるのだ。肉体が別物になったとはいえ、全ての力の源である魂が同一であるウルにもその法則は当てはまり、全盛期に比べれば規模こそ小さいがウルの知る素材が手に入るはずなのである。

 領域支配者(ルーラー)権限を持つ配下であるアラクネの影響もあり、またかつての領域には魔王として君臨していた時代の配下の影響もあった。そのため完全に同じとはいかないが、ウルならば使える資源の見極めができるはずなのだ。

 まだまだこの森の一角を支配する領域支配者(ルーラー)となってから日が浅いこともあり、数も少ないが――


(――オーガの勢力を取り込むためには、外見で威圧できる武具が必須。自分達とは異なる技術、力を持っているとわかりやすく伝えなければ交渉の席にすらつかんだろうからな)


 ウルが求めているのは、武具の材料だ。今もオーガ勢力は配下のゴブリン達に数任せの警戒態勢を敷かせているところから考えても、効率的とは言いがたいまでも組織だった行動が取れるのは間違いない。

 つまりある程度の知性に期待ができる。正面からお互いが全滅するまで争う――なんて戦い以外に選択肢を持たない阿呆ではなく、条件次第で犠牲を最小に抑えられる可能性があるのだ。


(できるならば、お互いの傷は最小限に抑えたい。別にこの時代のオーガとやらに恨みも無いしな)


 ウルの目的は戦力の更なる補強。人間勢力との戦いが本格的なものとなる前に、少しでも兵を増やしたいのだ。

 故に、求められる最大の戦果は両陣営が一人も欠けること無くウルに頭を垂れること。森に巣くう魔物の中でも特に大きな勢力をまるごと支配下に収めることなのだ。


「うちの雑魚共であっても、装備がまともならそれなりに強そうに見えるだろうしな」

「……人間達が使っているような奴?」

「あぁ。と言っても、専門の職人がいるわけでもないし、鍛冶仕事のノウハウがあるわけでもないからハッタリにしかならないかも知れない――」


 ピタリとウルの動きが止まった。

 コルトの相づちに適当に答えていたウルだったが、小さな石ころを手にした瞬間、その手触りを、重量を吟味するかのように動きを止めたのだ。


「ど、どうしたの?」


 突然のことに、コルトは驚きを隠せないままウルに問いかけた。


「……持ってみろ」

「え?」

「いいから持ってみろ」


 ウルは何も答えずに、コルトへと小さな石を手渡した。

 その石を持ってみても、特にコルトに思うことは無い。どこにでもある普通の石ころとしか思えないのだ。


「……この石がどうかしたの?」

「それなら、次はこれを持ってみろ」


 何が何だかわからないと首を傾げるコルトに、ウルはやはり何も答えずに次の石を手渡した。先ほどゴミの箱に投げ入れた石だ。


「……やっぱりただの石じゃないの?」


 両手に二つの石を持ったコルトだが、特に違いがあるとは思えなかった。

 より集中して二つの石から感じるものを比較してみても、()()()()違いは無いのだ。


「何も感じないか?」

「うーん……あえて言えば、最初の石の方がちょっと重いような気も……」


 コルトにはそれが限界だった。二つの石の大きさは大体同じなのだが、ほんの僅かに最初の石の方が重いような気がする。気のせいと言われればそのまま頷いてしまうような違いであるが、コルトはそう感じたのである。


「中々いい感覚を持っているじゃないか」

「え?」

「俺も専門の職人というわけではないからな。あまり偉そうなことは言えんのだが……これは恐らく、俺の領域で発生する鉱物だ」

「こーぶつ?」

「質はかなり悪そうだが……どれ、割ってみればもっとわかりやすいぞ」


 ウルはコルトから最初の石を引ったくり、適当な岩を削って作ったテーブルの上に置いた。ちなみに、石製テーブルの作者は魔道の練習だと言われて仕事したコルトである。


「――ハッ!」


 ウルは見いだした鉱石に、魔力で覆った普通の石を思いっきりぶつける。テーブルにも傷が付くが、元々ガタガタなので許容範囲内だ。

 強化された石の一撃により、鉱石はビシリと音を立てて二つに割れた。その断面は――


「……キラキラしてるね?」

「そのキラキラが鉱物だ。表面は風化して輝きが無くなっているようだが、確かにこれが俺の求めていたものだ」


 割ると断面がキラキラ光る石。コルトはそれが何の役に立つのかはわからなかったが、ウルが笑っているので役に立つんだろうと思う。

 知識は武器。弱者としてそれをよく知る身として、それを知りたいと身を乗り出した。


「あー……ゴブリン共は動くくらいはできるんだったな?」

「うん」

「じゃあ呼んでこい。ものづくりには人手が不可欠だ」


 好奇心に目を輝かせるコルトに、戦闘は無理でも動くことはできる――という程度にまで回復したゴブリン達を呼ぶように命じる。

 この鉱物の中に含まれている金属の量など、ほとんどない。精錬すれば小指の爪の欠片ほどの量もなくなるだろう。専門の職人でも何でもないウルでもわかることであり、何を置いても必要なのは量なのだ。


(……戦闘行為は大蜘蛛に任せて、採掘をゴブリン共にやらせるか。俺がついていってもいいんだが、鉱物があっても道具が何もないのでは手も足も出ない……そっちの準備を考えれば、ここは雑魚共に働かせるのが合理的か)


 ウルにしかできない――というよりも、文明を持たない野生動物レベルまで落ちた魔物達に任せられる仕事はほとんどない。

 そこはこれからの成長に期待と言えば聞こえがいいが、今必要な労働力の確保にウルは頭を抱えたくなる。専門である魔道のことならウルが教えればいいが、工業技術的な話は深く掘り下げていくとウルでもお手上げだ。王として工房の視察を行ったことはあるので、過去の記憶を頼りに何とかしてみるしかないが、技術の発展となるとかなりの時間は必要不可欠だろう。

 幸いにも、鉱物の見分けを何となくとは言えコルトはこなしてくれた。後はその感覚を信じ、コルトに部隊を預けて採掘に向かわせる。ウルは内心に大きな不安を抱えながらも、その決定するのだった。



「……オデのメシ、減っタ?」


 その頃、森の三大魔と恐れられる怪物の一人、オーガが濁った眼で山積みにされた食料を前に首を傾げていた。

 配下であったゴブリンが減ったことで、僅かながら一日に取れる食料が減少したのだ。更にその原因を探るために多くの部下を割いたことで、必然的に狩猟班も減り一日の獲物が大幅に減っている。

 その影響でオーガの食事も減っているのだが、その因果関係を理解できないオーガはわからないまま苛立ちを爆発させた。


「おイ! オデ、コれじゃ足りなイ!」


 近くにいたゴブリンに向けて、その丸太のような腕を叩きつける。殺しはしないまでも、大きく吹き飛ぶくらいの威力は持った一撃だ。

 理性というものを感じさせない濁った瞳を前に、配下のゴブリン達は皆縮こまって震えていた。


「ギィッ!?」


 吹き飛ばされたゴブリン――給仕担当――もまた、悲鳴を上げて蹲る。今の一撃の痛みももちろんだが、ここで騒いで更に不興を買えば今度こそ殺されると知っているのだ。


「メシ! モっと、メシ!」


 癇癪のまま暴れるオーガ。配下の者ではどうすることもできないまま、無意味な破壊が続く。

 そのとき――


「まったく、また暴れておるのか?」

「ア? オデのメシが、足りなイんダ!」

「人手を他に回したんじゃろ? そりゃそうなるじゃろう」


 森の奥から、一人の老人が姿を現した。

 二足歩行であり、一見すると人間にも見間違うようなまともな衣服を身につけている。どこぞのコボルトの魔王が見たら嫉妬するような出で立ちだ。

 しかし、人間ではあり得ないことは全身を覆う体毛と、興奮しているわけでもないのに赤みがかった顔が証明している。

 彼は猿亜人(マシシラ)と呼ばれる魔物である。種族的に非常に賢く、また器用さに長けるのが特徴だ。特に歳を重ねたマシシラは、その狡猾な頭脳により磨きをかけ魔物にはあり得ない知略を張り巡らすことを危険視され、場合によっては魔力量が並であっても危険度二桁半ばに認定されることもある。


「まったくまったく。群れのボスならばもうちょっとこう……威厳とか保てんのか?」

「イゲン?」

「キキキッ! もっと落ち着きを持て、ということだ。メシが足りんくらいで暴れるでない」


 老いたマシシラは、暴れるオーガに臆することなく宥める。

 同時に、右手で背後にいたシモベへと合図を出す。我慢ができないことはわかっているので、予め用意していたものがあるのだ。


「肉?」

「ああ、そうじゃとも。どうせこうなっとると思って、ちょいと狩りに興じてみたんじゃよ」

「うまイ!」


 暴れるオーガを宥めるには、食事が一番。それを理解しているマシシラは、取れたての肉をオーガに投げ渡したのである。

 腹が膨れて満足した表情を見せるオーガにため息を吐きながらも、マシシラは考える。配下が突然消えた――それを放置するのは愚かなことだ。オーガのボスとしての威厳に関わる話なのだから。

 しかし、このまま無策にダラダラと探し続けることが上策であるとも思えない。本当に配下のゴブリンが消えた原因を探す必要は無いが、下手人を裁いたという事実が必要なのだ。


 もしゴブリンの行方不明と自分が行っている商売の関連性を誰かに知られれば、厄介なことになるのだから。


(……こうなったら、最近活発に動いている何かしらを生け贄にするのが得策かの?)


 マシシラは、顎髭を扱きながらそう考える。

 本当の犯人であるかなどどうでもいい。適当な生け贄を、探して殺せばそれでいいと。

 オーガの群れ。その頭脳を担当するNo.2は、一人静かに冷酷な決定を下すのだった。


(最近、ゴブリンの数が減ったせいで商売にも支障が出ておるしのぉ……)


 頭の中で、群れの構成員としての大罪を何でも無いことのように考えながら……。

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他力本願英雄
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