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第33話「例外の系統」

「ワーウルフ……獣人種とも呼ばれ、確かに二足歩行する獣という意味ではコボルトにも近しいと言えなくもない。しかし――それがコボルトの進化種だったってのは、初耳だね」


 目の前で行われた、魔物の進化。その事実を前に、魔神会のアズ・テンプレストは今まで抱いていた怒りの全てを一旦棚に上げ、研究者としての顔を露わにする。

 魔道の研究と探求が専門であるが、それでも研究者。専門外の分野とはいえ、未知の現象への好奇心は抑えられない。抑えられるようでは、魔神会に所属することなどできない。


「初耳か……そんな言葉が出る時点で、貴様は何もわかってはいない」


 そんなアズを前に、今までとは大きく異なる屈強な姿に変貌した魔王ウル・オーマは、身体の調子を確かめるように軽く身体を動かしながら、馬鹿にするように口を開いた。


「そもそも、魔物と呼ばれる魔石生物は一度進化すれば別の生命体と言っても過言ではないほどの変化を遂げる。同じ進化樹形図(ソウルツリー)を共有し、同一の道を辿った種ならばともかく、異なる群れで進化したのならば別物だ。外見的に共通するものは多くとも、本質的には同じものは存在せん。お前のいうワーウルフと、今の俺が同一の存在であると決めつけてはいかんな」

「へぇ? それじゃあ、やろうと思えば鳥にもなれたとでも?」

「流石に進化一回でいきなり全く別の種族になるほどの変化は起きにくいがな。とはいえ、コボルトだから進化するのはあの種族であるなどと決めつけるのは、あまり賢いとは言えん」

「実に興味深い意見だよ……。元々魔道を使う魔物の生態を知りたかっただけだったけど、その知識……これは本気で欲しくなってきたよ。もしかしたら、異界の研究にも役立つかもしれないね」


 アズは研究者として、ウルが自分の研究に役立つと確信する。

 今までもそのつもりで捕らえようと思っていたのだが、ここで知った知識は想像を遙かに超えていた。もはや、珍しい魔物の捕縛などというありきたりなフィールドワークではない。滅多に見せることは無い、自らの本気を以て遂行すべき任務であると判断したのだ。


「異界か。そんなものに興味があるのか?」

「おや? 知らないかい? キミのような、領域支配者(ルーラー)に支配された土地のことを僕らはそう呼ぶけど、異界は有益な資源の宝庫だからね。安全確実な供給を得る手段は国を問わず研究されているんだよ」

「ふぅん。人のものを我が物顔で奪い取り、それを自分の手柄と語るか。実に傲慢で欲望に忠実。いいことだな。貪欲で強欲……人間の数少ない美点だ」


 領域支配者(ルーラー)の力の影響を受けたことによって誕生した異界資源は人間にとっても宝である。その特殊な資源が魔道の発展に役立つことは多々あるため、魔神会としても注目している研究対象なのだ。

 しかし、異界はあくまでもその地を支配する領域支配者(ルーラー)の所有物。それを当然の権利という顔で略奪する人間の在り方は――魔王的には至極自然なものであり、特別怒ることではなかった。

 欲しいと思ったら奪う。奪われる方が悪い。その理論は魔王ウル・オーマからしても同意するものであり、自分が奪われる側となったら怒るというのは我が儘というものだから。


「フン……異界を見れば、領域支配者(ルーラー)の力もわかる。ここにくるまでに簡単に植生を調べたりもしたけど、キミの異界にあったものはどれも通常のものと大差なかった。だから、ぶっちゃけ危険はないって踏んでいたんだけどね」

「目論見が外れて残念だったな」

「外れた? 確かに進化には驚かされたけど……僕にとって危険じゃないって事実には、変わりないけどね!」


 アズはそこまでで話を止め、攻撃に移る。

 ワーウルフをハンターの基準で評価すれば、危険度二桁後半。単純な身体能力に優れ、鉄をも引き裂く爪と牙を持つ戦闘種族。白兵戦における戦闘能力だけで評価すれば、二段進化体にも匹敵する危険生物だ。

 だが、その程度ならば、アズの前には無力。魔神会員の推定対応危険度は三桁級――英雄の領域とも呼ばれており、シルツ森林ならば三大魔以外に後れをとることはない。


「そんな身体になったんだ。多少無茶しても死ぬことはないだろう? [無の道/二の段/空気遮断の結界][無の道/三の段/張り付け十字][地の道/三の段/鋼豪弓]」


 アズは、立て続けに三つの魔道を発動させる。

 相手の周囲に結界を張り、空気を遮断する魔道。相手の五体を縛り付ける魔道。そして、金属を創造し矢として放つ魔道を。


(ちぃっとばかりやり過ぎかもしれないけど、死なないでくれよ?)


 アズが得意とする無の道を起点とする、必勝のコンボ。これを受けたものは酸欠で意識が朦朧となり、足掻こうとしても腕一本動かすことも叶わず、あらゆる意味で無防備になったところにトドメの矢を受けることになる。

 ワーウルフ相手だろうが、確実に瀕死にできる。むしろ、手加減を間違えれば殺してしまうことになる連続技だ。


「ははは。中々やるではないか」


 しかし、死を突きつけられたウルに焦りはなかった。

 魔物などに、魔神会のアズが本気ではなった魔道を止められるはずがない。いくら魔道を使えるとは言っても、所詮は低級の術が使えるだけなのだからと、アズは確信を持っていたのだ。

 自らの自慢の術が、発動する直前までは。


「この身体も慣らさねばならないしな。少しだけ児戯に付き合ってやろう。[無の道/三の段/障壁破壊の魔弾][無の道/三の段/戒め破りの斧][命の道/三の段/鉄蟹の肌]!」

「――なんだと?」


 新たな身体を得たウルが発動したのは、アズに倣うような三の段の三連発。

 指先から放たれた魔弾が空気遮断の結界を粉砕し、魔力の斧が拘束台を切断、そして迫る矢を自らの身体を鋼鉄のような強度に変えることで弾き返したのだった。


「三の段、だと……?」

「驚くことではあるまい? この程度の魔道を使うくらいなら、進化するまでもなく使えたぞ?」


 ウルは身体の調子を試しつつ、何でもないことであるかのように語った。

 進化によって何が変わったのか。身体能力はもちろんの事、何よりも体内に蓄積できる魔力量の上限が大きく底上げされている。

 元々進化とは、保有しきれないほどの力を身体に満たした魔物がそれに見合う身体を得るために行われるもの。故に、領域支配者(ルーラー)として使用権限があるにもかかわらず使うことができなかった土地の魔力を振るうことができるようになっており、その力はコボルトのままでは一度使うのが限界であった三の段を連発できるほどに増大しているのであった。


「……三の段は、一部のエリートにのみ許される高段位魔道……魔物風情が使っていいものではないよ」


 ウルの言葉に、アズは心中穏やかで入られない。

 人間社会の常識として、まず魔道を使えるだけで才能がある一握りの逸材として扱われる。しかし、その大半の限界は一の段だ。

 更に努力を重ねれば、やがて二の段までならば誰でも手が届く可能性がある。魔道を操る資質を持つものの中では才能に乏しいとされる者であっても、努力次第で至れる限界と言ったところだ。

 そして、三の段とは選ばれし一握りの中でも更に優れた才を持つ天才にのみ許される魔道。魔道士として一流であると誰もが認める段階だ。

 魔道士として天賦の才を生まれ持ち、血の滲むような修練を重ねたことで更に上の領域――四の段に手をかけているアズ・テンプレストであるからこそ、許せない。

 録な教本の一つもないはずの、生まれ持った力だけで生きている知性に乏しい下等生物が、自らの誇りである領域に迫ってきていることを。


「ふん……? たかが三の段で何をそんなに興奮している?」


 そんなアズの怒りを、ウルは少し不思議そうに聞き流す。

 そんな態度に苛立ちが積もるアズは、再び魔力を解放する。これで二度目となる、真の切り札の開帳。魔物風情では決してたどり着けない、極限に迫る力を見せつけるために。


「……研究サンプルとして、キミは素晴らしいものを持っている。だから、もう倒れとけよ」


 アズの言葉と共に、強大な魔力が放たれる。

 もし、先程の発動でアズが気まぐれに魔道を解除しなかったのならば、確実にウルを潰せていた。少なくとも、コボルトのままでは耐えることはできても、防ぎきることなど不可能だったはずだ。

 そして、アズは確信している。それは、一度進化した程度で変わることはない事実であると。


 ――魔神合砲。


「同じ手品を見せるのは、エンターテイナー失格だぞ? ……ふむ」


 再び魔神の砲撃が迫る中、ウルは涼しい顔をしていた。

 相変わらずの獣顔であるが、表情を読みにくい体毛に覆われた顔を、少し愉快げに歪める。面白い余興を思い付いた、と。


「お前の自慢は、これなのだな?」

「――は?」

「少々形式は違うが……[無の道/四の段/魔神螺旋砲]」


 ウルの言霊と共に、迫る砲撃の前に、同じような魔力球が二つ出現する。

 そこから放たれるのは混じり合って螺旋を描く砲撃。砲撃と砲撃は激突し、轟音を響かせながら拮抗する。そのままお互いを破壊すべく力が込められるが――やがて、お互いに力尽きて消滅する。相討ち、と言ったところだろう。


「……は?」


 その光景を、事実を前にして、アズは完全に思考を停止させる。

 四の段とは、究極迫る魔道。対抗できる魔物など、英雄と称される規格外でなければ対抗できない危険度三桁級のみ。

 そして、それを使えるものなど、勇者のようなそもそものスタートラインが異なる一部例外を除けば、魔神会のメンバー以外には存在しない。自分が選ばれし存在であることの証明であり、自負。その証のはずの力。

 それが、相殺された。しかも、四の段の魔道で。絶対にあり得ない現実を前に、アズは無防備にも棒立ちで硬直してしまったのだった。


「隙だらけだな。……丁度いい。進化記念ということで、少し特別なものを見せてやろう。あの世の土産には丁度よかろうよ」


 決定的な隙を見せている(えもの)に、情けをかけるほどウルは甘くも優しくもない。

 勝利を確定させるべく、ウルは最後の魔道を紡ぐのだ。


「これは燃費が悪くてな。他の道に比べて、3つは上の魔力量を要求されてしまう」

「何を……」

「魔道段位とは、消費魔力量を意味する。より大きな力を使う方がより大きな威力を出せるのは当然の事だからな。しかし、あらゆる意味でこの系統だけは――例外だ」

「何を、言って……?」


 ウルの全身に、すさまじい魔力が充満する。土地からの力の供給――領域支配者(ルーラー)特権をフルに活かし、消費した魔力を回復。そのまま使用すべく、一気に練り上げられていく。

 その魔力を見たアズは、自分の優秀な脳みそが弾き出した推論に驚愕する。それはあり得ないと、自分の回答は間違いであるはずだと。


 地の道、命の道、無の道……それら魔道の系統には、魔力の質に違いがある。魔道として形成する際に、地の道ならば地の道のための魔力に、無の道ならば無の道のための魔力に変化するのだ。

 それなりの術士であれば、発動前に相手が発動しようとしている魔道系統を先読みするくらいのことは容易い。当然、アズの目にも、ウルが放つ魔力の質は見えている。

 正体がわからない、という鑑定結果しか出ない魔力の質を。


「その魔力は、例外の系統……」

「そうだ。三系統に分類できない、例外の系統。この世の法則では説明できない異端の術。他の系統ならばその3つは上の段位の魔道が使えるはずの、燃費最悪の魔道の一端――」


 そこまで聞いたアズは、咄嗟にどうすべきか迷い、硬直する。

 もし予想が当たっていれば、ハッタリではないのであれば、余りにも危険。現代においてはほぼ失伝したと言っても過言ではない、魔道の名家が一子相伝で受け継いでいる程度の例外の術。この世の力では、あらゆる法則から外れたその術を防ぐ手だてはないとされる、魔道士ならば誰もが憧れ手を伸ばそうとする秘術――


(どうするどうするどうする!? 使うか――)


 アズが隠している、使いたくはない切り札を使うべきか躊躇する僅かな間。

 魔道士としてのプライドと生命としての恐怖が拮抗するほんの僅かな間に――絶望を告げる調べは完成した。


「――[天の道/一の段/飢餓]」

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