第31話「魔王流」
「魔道を操る魔物の集団……ああ、早く研究してみたいものだな」
「師は可能な限り生け捕りにすると仰った。加減を間違えるなよ」
「わかっていますとも。精々が、このくらいだろ!」
コルト達と戦闘に入った魔道士達は、とても危険地帯である魔物の領域で魔物を前にしているとは思えない余裕を見せていた。
彼らの目的は、特殊な個体であるコルト達の捕縛。その後研究材料にすることだ。
そのため、より詳しく調べるためにも生け捕りを目論んでおり、手加減してた。使用する魔道の段位を落とし、じわじわいたぶるような攻撃を行っているのだ。
魔神会の高弟である彼ら二人の使用可能段位は、三の段。それも全力を出してようやく一回二回使える程度ではなく、連射とまでは行かないものの十数回発動できる魔力を有している。
その上の四の段を使えるのならば魔神会に入会することも叶うかも知れない偉業なのだが、そこまでは至っていない――三の段以上四の段未満と言った実力なのだ。
「グッ! うわっ!?」
「二の段程度なら楽に連射できるからな。このまま動けなくなるまで嬲ればいいだろ」
二人の魔道士の魔道により、コルト達はダメージを蓄積させていく。意図的に威力を落とし、低位段の魔道を使っているとはいえ、それでもコルト達の実力では発動できない威力を持つ魔道。手加減――手抜きと言っても過言では無い攻撃ですら、確実にコルト達を追い込んでいた。
(――ギリギリだけど、避けられない攻撃じゃない。ウルの『魔王流』、結構効果的なのかも……)
炎が、風が、念弾が襲いかかる。その多様性、発動の速さ、威力……どれをとってもコルトにはまだまだ届かない領域だ。
そんな魔道の嵐を受けながら、コルトはそれでもまだ倒れていない自分の身体を思い、ウルとの短い特訓を思い出していた。
『いいか小僧。これから教えるのは、俺の国で教えていた軍用格闘術だ。正式な名称は魔王国軍用格闘術と言うのだが、長いので魔王流と呼ばれていた』
『魔王流? というか、国って……』
『その辺の細かい話はもっと賢くなってからだ。とにかく、今からパパッと体術の基礎……それと技を二つ教えてやる。習得と言えるほどの完成度を望むことはできんが、技のさわりだけでも身につけておけ。魔王流の一つ、地の型――』
(――魔王流、地の型・幻歩!)
ウルの教えを思い出し、コルト達は脚を動かす。
一流どころはもちろん、二流の格闘家ですら鼻で笑う完成度。到底統合無意識からの支援が受けられるレベルではないそれを、コルト達は懸命に繰り出す。
魔王流は四つの型に分かれる。魔道と同じ天・地・命・無の型だ。
その意味、性質は魔道とはまた別のものであり、地の型とは歩法を指す。つまり歩き方、足の使い方である。
『歩法って……歩き方? そんなことやるの?』
『なんだ、そんなこととは』
『いやだって、ウルのことだから攻撃の仕方を一番優先させそうだったし……』
『……その認識は間違っていないが、今回に限っては違う。いいか、殴ったり蹴ったりは手足があれば誰でもできるだろ?』
『まあ、そうかも。でも、それを言ったら歩くことなんて当然出来るよ?』
『戯け、これが一番技術と本能に差があるんだよ。知っていると知らないとで大きな差が出る分野ということだな。普通に歩くのとは全く違うことをすることこそが肝なのだから』
――コルト達が使用している地の型・幻歩の極意は、一見した動作に変化を出すこと無く、歩幅を変える技術。つまり相手に悟られること無く速度の緩急をつける技だ。
達人が使えば、自分の移動先を相手が全く予測できないように動くことも可能。コルト達はまだまだその領域には遠く及ばないが、攻撃が命中する瞬間に、ほんの少しだけ自分の位置をずらし、敵の目測を誤らせることはできるようになっていた。
(この技の肝は、相手の眼を欺くこと。今の僕らの技量じゃ、注意して対処すれば素人でも見破れる程度だってウルは言ってたけど、今のところは大丈夫みたい)
コルト達は苛烈な魔道の連撃を受けているように見せて、実のところ直撃はしていなかった。
もし魔道士達が本気であれば――生け捕りを前提にしているにしても、手加減はしても手抜きをしていなければ、気がついただろう。自分達の攻撃に手応えがあるのか、という程度のことは。
魔物との命を懸けた戦いを行う専門家――ハンターであっても、依頼内容によっては魔物の捕縛を行うこともある。しかし、決して手を抜くような真似はしない。
戦闘の専門家である彼らは熟知しているのだ。敵を殺すことと捕らえること――どちらが難しいのかを。相手は自分を殺すつもりなのに、自分は敵を殺すことができない。そのハンディの大きさを、戦う者ならば誰しもが知っているのだ。
だからこそ、本来捕縛任務は討伐任務よりも遙かに高い実力を必要とする。殺すつもりで魔道を使っていれば、とっくの昔にコルト達を皆殺しにできているだろう実力を持つ魔道士二人を相手に、未だに戦闘を続けているのがその証明のようなものだ。
「ったく、しぶといね」
「手加減していると言っても、ここまで粘るとはな」
魔道士達に緊張感は無い。絶対に負けるわけが無い敵――否、敵とすら認識していないからこそ、本来あり得ない『コボルトとゴブリンに粘られている』という非常事態に気がつけない。
その心の隙こそが、コルト達が待ち望む僅かな可能性を生み出すことにも、気がつかない。
彼らは優れた魔道士であっても、優れた戦士ではないのだから。
「皆、耐えるんだよ――!」
「わかっていますとも」
「ボスから教えられた、もう一つを使うタイミング。それが来るまで、死ぬことはもちろん、動けなくなるような怪我も禁物」
破壊音が響く中で、コルト達は死線を越えながら言葉を交わす。
圧倒的格下であるコルト達が勝利するには、魔道士達の油断と慢心を突くほか無い。もし有効打を放てば、その慢心も消えて無くなるだろう。
コルト達の勝利唯一の可能性は、一撃必殺。コボルトを、ゴブリンを爪も牙も無い小動物程度にしか思っていない人間を、その誤った認識のまま殺す。それ以外にないのだ。
(来る、きっと来る。この魔道の嵐が収まる、一瞬が――)
回避に全力を注がなければならない今のままでは、どう足掻いても勝ち目は無い、
だから、待つのだ。二人の魔道士が、同時に攻撃に疲れる瞬間を。どんな優れた魔道士であろうとも、その力は無限ではない。必ず疲労し、手を止める瞬間は来るのだから。
もし、彼ら魔道士がチームとして戦うことに慣れていれば、そんな隙を晒すことは無かっただろう。
二人いるのだから、シンプルにお互いの僅かな休憩時間が重ならないように連携すればいいだけの話だ。チームで動くハンターであれば口にする必要すら無い基本中の基本だ。
だが、自分達のスタミナ切れまでに勝負がつかないなどと、想像もしていない魔道士達は気分良く魔道を放ち続けた。
「しま――ぐぅ!」
「ブラウ!?」
「キャッ!?」
「リーリ! クソッ!」
攻撃の嵐を前に、ついに二人のゴブリンが直撃を許してしまった。圧倒的な力量差を見せつけるかのように、僅か一発の直撃でその身体は大きく吹き飛ばされ、意識を失ってしまう。
その成果に、魔道士達は更に気分を良くして無の道を、地の道を、そして命の道を思うがままにぶつけた。全力よりも落ちる段位の魔道ということもあり、さほど疲労を感じることも無く感情のままに振るい続けたのだ。
「ク――うわっ!?」
被害の連鎖は止まらない。二人脱落したことをきっかけに、更に被害は広がっていく。
既に、勝敗は決した。なぜだか妙にしぶとかったが、所詮自分達の敵ではなかったと魔道士達が笑みを浮かべるほどに、明確に優劣がついていた。
もはやこの戦闘の決着はついたと、魔道士二人は確信したのだ。
……戦う者にとって、もっとも危険な瞬間とはどんなときだろうか?
戦闘態勢に入り、戦意を身体に宿しているにもかかわらず、気力が抜けてしまう瞬間とはいつだろうか?
その答えは――
「――今だ!」
「おう!」
「え――」
長い魔道の嵐を避けきったのは、僅か二人。
コボルトのコルト、そしてゴブリンズの中でもっとも身体能力に長けるグリンの二人だ。
魔道士達が勝利を確信したことで、緩んだ魔道の弾幕。その隙を突くために、倒れた仲間の仇を討つために、コルトとグリンは地を蹴った。
「魔王流・地の型――」
「瞬足!」
「なっ!?」
魔王流・地の型・瞬足。一瞬の溜を作ることで、初速からトップスピードに近い速度を出す歩法。
敵の想定を大きく狂わせることのできる加速の技であり、これを以てすれば敵が守りを固める前に懐に飛び込むことが可能なのだ。
元より獣の瞬発力を持つコルトと、足の速さでは敵わなくとも野生に生きるグリンにとっては幻歩よりも相性がいい技であり、その習熟度は中々のものだ。
しかし、所詮は奇襲技。多様な技を持つ本職の戦士であれば様々な場面に組み込める有用な技であっても、不意を突くことが可能なのはこの歩法を持つことを知られていない最初の一回だけ。
だからこそ、二人は一切の躊躇を交えること無く拳を握った。
「――えいっ!」
「――貫っ!!」
既に手にしていた魔化棍棒は壊れてしまっている。
だから、コルトは爪を立てた、貫手に近い攻撃を。グリンはその太い腕を十全に活かせる拳打を放った。
どちらも生来の身体能力にのみ頼った攻撃であり、技術を持つ戦士からすれば失笑ものだ。しかし、それでも――
「――ゴッ!?」
「グハッ!!」
本来インドア派であり、魔道士の矜持として鎧一つ身につけていない人間の脆弱な身体を貫くには十分だった。
もし、彼らがもっと注意して戦っていれば、そもそもここまで戦いが長引くことは無かっただろう。
もし、彼らがもっと自らの敗北の可能性を考えていれば、こんな無防備を晒すことは無かっただろう。
もし、彼らがもっと繊細な戦い方をしていれば、魔力のスタミナが一時的とはいえ切れることはなかっただろう。
その『もし』が実現していれば、近づかれることはなかった。近づかれたとしても、距離を取ることはできた。一瞬でも魔力を切らさなければ、魔道の鎧が攻撃を弾いただろう。
様々な『もし』があり得るが――現実は一つ。経絡の活性化による、身体能力の強化。それをも加えた一撃は、人間達の心臓を正確に射貫いたのだった。
「ば、か……」
「なん、で……?」
魔道士達は、自分の身に何が起こったのかわからないと、信じられないと言いたげな表情を浮かべ、膝から崩れ落ちた。
自らの身体から流れ出た血だまりの中に、ゆっくりと沈んでいく。圧倒的格下を侮ったことによる死――ド素人同然の新人ハンターの死因にもっとも多い、無様な理由によって。
「――ふはっ。ま、まだ生きてるよね……僕ら」
「うむ。あいつらも傷は負ったが、命に別状は無いだろう」
「ウルが作った無の道のお守りもあるしね。しばらくは動けないだろうけど、命に別状は無いか」
コルト達は人間の死を確認した後、倒れた仲間達を看て回る。皆かなりの大怪我ではあるが、命に別状は無い。魔物の生命力を以てすれば、しっかりと寝ていればその内治る程度の怪我だった。
「……あら。そっちも終わったのね」
「あ……アラクネさん。そっちの人間は?」
「もちろん、念入りに殺しておいたわ。私たちのボスには通用しなかった……というか使わせてすらもらえなかった、とっておきを使う羽目になったけどね」
仲間の回収が済んだ頃、大蜘蛛達の手によって作られた蜘蛛糸ドームが溶けるように消えていった。
中から現れたのは、体中に軽傷が見られるものの、大きな問題は一つも見られないアラクネとその配下達。
そして、重なるように地面に倒れ伏し、命の鼓動を止めている二人の人間であった。
「さて、残るはボスだけだけど――」
「うん。ウルはどこに――」
お互いの勝利を確認し合ったコルトとアラクネは、自分達の大将がどこにいるのかとキョロキョロ辺りを見渡し、耳を澄ませる。
すると――
「――グッ!」
「あ、あっちから声が聞こえたような……?」
「ええ。でも……」
自分達でも勝てたのだ。ならば、ウルはあっさりと勝利しているだろう。
そんな風に考えていた二人の耳に入ってきたのは、ウルの苦しげな声。まるで、大きなダメージを負っているかのような声だった。
「あー、めんどくさ。どんだけタフなんだよ……俺に勝てるわけもないのにさ」
「ほう……その程度の力で、随分と粋がるものだな……」
「その様で言っても挑発にもならないからね?」
声の方角から見えたのは、二人の人影。
一人は、傷一つ負うことも無く悠々と立つ人間の大将。そして、もう一人は――
「嘘、でしょ……」
「これは、拙いわね……!」
大樹にもたれかかり、立っていることも出来ずに座り込んでいる傷だらけのウルであった……!