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第30話「一筋縄じゃ行かないね」

「……合図、みたい」


 魔道を操る五人の人間。その襲撃を前に、コルトとゴブリン達は揃って茂みに潜んでいた。

 奇襲を仕掛けた大蜘蛛の戦いを観察し、情報を収集するために。大蜘蛛が敗北した後、今度戦うのは自分達なのだから。


「……アラクネさんとその部下が二人引き受けるから、もう二人を僕たちで何とかしろ……だって」

「あれほどの使い手が相手とは……腕が鳴りますね」

「全身震えているの間違いじゃないの? あれ、かなり強いでしょ」

「我々全員でかかっても、勝てるかは定かではないな」

「どちらかと言えば、勝てない方があり得るな」


 大蜘蛛の糸ネットワークを使った連絡を受けたコルトがゴブリン達に指令を伝えるが、彼らは皆無理矢理な笑みを浮かべるばかりであった。

 当然だろう。明らかに格上の術者をこれから相手にしろ、と言われているのだから。

 逃げるとは、野生に生きる者にとって当たり前の行為だ。彼らにとっての勝利とは生き残る、ただそれだけ。逃走がもっとも生存する可能性が高いのならば躊躇無く撤退するのが当然であり、正面から敵を打ち倒せる強さを得ることよりも、逃げるべき時に逃げられる能力を磨く方が遙かに重要なのである。


「でも、やるしかない」

「わかっている。ここで逃げれば……どうなるかは考えるまでも無い」


 強い相手からは逃げる。その結論に一切の迷いを持たないゴブリン達だが、だからこそここでの逃亡は無い。

 確かに、目の前で魔道を発動し、大蜘蛛を一瞬で殲滅した人間達は強い。だが、彼らに命令を下す魔王ウルが内に秘める力はもっと強いに決まっているのだ。

 そう信じるからこそ、魔王ウルと敵対するよりも人間に挑んだ方が生存率が高いと信じるからこそ、彼らは本能に逆らい武器を取るのだ。


「……ま、やるしかないよね」


 人一倍臆病なコルトは若干逃げ腰ではあるが、それでも逃げることは無い。人への憎しみと……ウルの方が怖いから。


「で、作戦は?」

「うーん……こっちの戦力は、僕を含めて八人。相手は四人だけど、まずアラクネが仕掛けて分断してくれるらしい。実質二人だから、半分に分かれて相手にする方がいいかな?」

「こちらも分断されることになりますよ? それよりも、全員で連携を取った方がいいのでは?」

「相手にも、連携を取られるぞ?」

「うーん……」


 戦うと決意したのはいいが、どうすればいいかは纏まっていなかった。

 ブラウにロットを始めとするゴブリン達は、通常ではあり得ないほどの知性を得た。だが、それでも頭脳明晰とはまだまだ言えない様子だ。


 だからこそ、ゴブリン達よりも賢いと評価されるコルトが彼らのまとめ役なのである。


「……よし、じゃあこうしよう」

「何か思いついたので?」

「僕らは全員で連携を取る。つまり、8対2の勝負を仕掛けよう」

「理由は?」

「さっきの魔道、お互いに連携し合うというよりは個人技で押しつぶしたって感じだった。多分、チームとして連携するような訓練はしていないんだと思う。それなら、こっちはチームで戦えば実質8対1対1に近い状況になる可能性もある」


 コルトは敵を観察した結果を踏まえ、作戦を立てた。

 その考えにゴブリン達も賛同し、後はその時を待つべく息を潜める。頭にある段取りとしては、八人全員が習得した、魔道という力を初手から全力でぶつける。その後は、新しい技に賭けると言ったところだろう。


「――【火炎糸】!」

「ッ!? なぁっ!?」


 人間達に、アラクネが奇襲を仕掛けた。既に大蜘蛛の出現により警戒していた人間達であったが、これには流石に驚いた様子だった。

 何と、本来火が弱点であるはずの蜘蛛糸が炎を纏って飛んできたのだ。火で燃えない糸があることにも多少の関心は持っていたようだが、まさか燃えたまま攻撃できる糸があるとは想像もしていなかったのだ。


「……地の道と蜘蛛糸の組み合わせ。流石は領域支配者(ルーラー)を務めた上位種アラクネ。既に私たちよりも、魔道という分野ですら上にいるようですね」


 アラクネの攻撃を見た、ゴブリンの中で最も魔道に精通しているロッドがその原理を見抜いた。

 アラクネが使ったのは、地の道による炎の攻撃。それを蜘蛛糸と組み合わせることでより破壊力と操作性を高めているのだ。

 ウルの配下となってまださほど時間も経ってはいないにもかかわらず、魔道を習得した上に応用技まで完成させている。そのセンスは、やはり一介のゴブリンでしか無い自分達とは一線を画するものがあると息を呑んだ。


「炎の糸で分断……これで敵を封じるつもりだね」

「だが、そう上手くいくのか?」


 炎の糸は瞬く間に広がり、炎の壁となった。

 それを魔道だけで再現しようと思えばかなりの消耗を強いられることになる技であったが、人間達には驚きこそあれさほど焦りは見えない。

 この程度のことなら、簡単に切り抜けられると確信しているのだ。


「これは驚きですね。ですが――[地の道/三の段/消炎]」

「ついでに[無の道/二の段/膨張壁]」


 人間が使ったのは、炎を消す魔道。地の道とは自然界に存在するエネルギーを操る系統であり、生み出すだけではなく消すことも当然可能なのである。

 更に、自分を中心として魔道のバリアを展開。それが大きく広がることで周囲の物を押し出す無の道によって蜘蛛糸を排除しにかかったのだ。


「まあ、そのくらいのことはできるわよね――糸壁、やりなさい」


 アラクネは、自分の新技をあっさりと対処されたことにさほど苛立つことも無かった。最初の攻撃を見せられたときから、この程度のことは想定済みなのだ。

 故に、アラクネは先日の戦いでは使えなかった本来の戦法を取る。まだまだ数多くいる配下の大蜘蛛に、一斉に糸吐きを使わせたのだ。

 最初の一撃で全滅させられたとはいえ、それは所詮少数の特攻隊員。個では無く群で生きる大蜘蛛の総数から言えば大した被害では無く、他にも隠れていた大蜘蛛達によってあっという間に粘着糸の壁が人間達の中心に作られたのだった。


「私たち大蜘蛛の一族の本領は、数と罠。私たちの巣の中に飛び込んでおいて、そうそう簡単にいくとは思わないでほしいわね」


 自らの戦闘フィールドを完成させたアラクネは、大勢の大蜘蛛を引き連れ二人の魔道士の前に立った。

 人間の魔道士二人は、周囲に張り巡らされた分厚い糸の壁が折り重なったドームを観察し、諦めたようにアラクネへと向き合った。流石に、この糸の壁を簡単に破壊することは困難だと判断したのだ。


「蜘蛛の女王、アラクネ……大蜘蛛種の進化体か」

「確か、二段進化体でしたっけ?」

「ああ。大蜘蛛の群れの主のみが進化する特殊形態だ。三段進化の怪物級ほどではないが、ハンターの使う危険度で言えば間違いなく二桁後半だな」

「私たちで対処できないほどではないですし、いざとなればテンプレスト師のご助力を願えば問題ないでしょう」

「そうだな。もっとも、早々に師のお力を借りているようでは高弟である我々の面子が立たん。戦闘は専門ではないが、我らの魔道ならばこの程度の魔物風情簡単に倒せると証明しようではないか」


 二人の魔道士は、揃って構えを取る。魔道を発動する構えを。


「……舐められたもんね。うちのボスとの戦いでは不意を突かれたけど……人間風情が、巣の中で私に勝てるなんて、思い上がるんじゃない」


 アラクネもまた、構えを取る。思い上がった人間を殺し、捕食すると殺気を放って――。



「あいつら、捕まったぞ」

「どうする? 助けるか?」

「自力で出てこられないようなら手を貸すべきだろうけど……こっちも、お客さんだ」


 一方、蜘蛛糸のドームの外に残された二人は、どうしたものかと頭を掻いていた。

 彼らは皆王立魔道研究所の職員。つまり、エリートである。

 更に、その中の頂点である10人――魔神会の一人がその才能を認めて高弟と定めた、エリートの中でも更に特別な存在なのだ。

 故に、その力には絶対の自信があった。それはそのままお互いの能力への信頼にも繋がり、自分達が負けるなど想像もしていない。実戦経験こそさほど多くは無いが、高位段の魔道を操る自分達を上回る戦闘能力を持つ者など、戦闘の専門家であるハンターや騎士の中にもまずいないはずなのだから。


 故に、こうした不測の事態を前にしても、冷静に――あるいは傲慢に自分達の行動を決めることができるのだった。


「……あらら。全然動揺してくれてないや」

「仕方がありませぬな。ならば、実力で勝負としましょう」

「数ではこちらが圧倒的に優位……各自、決して無理に一人で戦おうとはしないでくださいね」


 片や、コルト率いるゴブリン部隊は、大蜘蛛による奇襲に崩れること無く自分達を見据える人間達に果敢に立ち向かう。

 彼らにもはっきりと解っている。個々の自力で言えば、人間の魔道士の方が遙かに格上であると。特に、魔道の実力で見ればようやく一の段を使えるようになったばかりのコルト達と、三の段を使ってなお余裕を見せる人間達……その差は歴然だ。

 故に、コルト達は数を武器にする。連携し、地力の差を補おうとしているのだ。


「……本当に喋ってるな」

「ああ。進化種ですらない下等な魔物が……」

「――[無の道/一の段/念拳]!」


 魔道士二人は、余裕を見せているのかコルト達を前にしても口を動かすばかりであった。

 戦いの口火を切ったのは、コボルトのコルト。習得した無の道の魔道による、先制攻撃だ。


「ははっ! マジで魔物が魔道を使ったぞ!」

「驚くべき事実だ。これは確かに研究のしがいがある」

「全くだ。いったいどのような過程でそれを身につけたのか、非常に興味深い。……もっとも――」


 使えるだけだがな。

 その一言と共に、魔道士達は軽く腕を振るう。ただそれだけで、コルトの作り出した念力の拳は霧散した。魔道解体だ。


「クッ!?」

「怯むな! 一斉に行くぞ!」


 コルトの攻撃を軽く受け流した魔道士を前に、七人のゴブリン達は怯まず追撃を放つ。

 この結果は予想の範疇。ならば、驚く必要も無い。


 植物操作を得意とするブラウは、木々を操る攻撃を。

 冷気を操ることを得意とするロットは、冷気の弾丸を。

 障壁系の無の道を得意とするゲルブは、壁で上から押しつぶす攻撃を。

 魔道は苦手ながら、他よりも一回り大きな身体のグリンは無の道で手にした棍棒に魔力の刃を。

 他者への支援を得意とするリーリは、その魔道で全体のサポートを。

 そして、つい最近魔道に目覚めた二人――他のゴブリンよりもやや青みがかった肌のファーブと、鋭い眼光が特徴的なオレンは、互いの得意技を発動させた。


 しかし――


「……どれも、一の段。それでは魔道研に入ることはできないね」


 七人がかりでの攻撃も、コルト一人による攻撃の焼き直しだった。

 コルトの魔道をかき消した魔道士とは違う、もう一人の魔道士が軽く腕を振っただけで、容易く七つの魔道はかき消されてしまうのだった。


「……やっぱり、一筋縄じゃいかないね」


 コルトは、敵と味方の実力差を改めて認識する。

 魔道を魔道でねじ伏せるのでは無く、魔道そのものの無効化――コルトは、その現象を知っている。

 コルトの前で復活した魔王ウルが最初に戦った、三人のハンター。その中の一人が使った魔道をかき消したのと同じ現象なのだ。


(……確か、魔道士としての技量に天と地の差がある場合にのみできる技、だったっけ。覚悟していたとはいえ……ウルの言ったとおりだったなぁ)


 コルトは大きく深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 魔道での戦いでは勝負にもならない。それはもはや動かしがたい事実であると敵味方がはっきり理解したところで、本命を使うために心を集中させるのだ。

 勝負にもならない――誰もにそう思わせるほどの、圧倒的な差は十分に演出した。これで、成功率も少しは上がっているはずだと信じて……。



 ――そして、最後の組み合わせも動き始めていた。


「うーん……皆上手いこと捕まっちゃったか」

「あまり連携が取れているとは言えん動きだな」

「そだねー……ま、別に問題は無いけどさ。それで? まさか、キミは僕と戦うつもりだったり?」

「安心しろ。戦いになどならん」

「……うん、同意見」


 魔物達の長、魔王ウル・オーマ。

 ル=コア魔道士の頂点が一人、アズ・テンプレスト。


 二人の大将が、向かい合っていた。

 ウルはコボルトの小さな身体でありながらも、見下すように笑いながら。アズは目の前の矮小な魔物を興味深く、モルモットを見る目で観察する。

 お互いがお互いを対等とは思わない、ある意味で似た者同士の二人の胸中は、奇しくも一致している。


 ――これから始まるのは戦いではない。一方的に相手を利用するだけなのだと……。

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