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第24話「頭が高いぞ」

「……まさか、こんな手でくるとは思わなかったわ」

「想像もできなかった、の間違いだろう?」


 アラクネは怯えていた。突然空から湖を降らせる――そんな、天変地異が如き攻撃を行った目の前の怪物に。弱小種族の皮を被った化け物に、内心で怯えていた。


「にしても、あの水蛇の巣を奪ったのが高々コボルト風情だったとはねぇ。……どうやったのかは知らないけど、此処に来た以上、精々苦しんで死んでもらうとしましょう」


 しかし、その怯えを外に出すことはない。

 自分は、群れを統括する女王なのだ。その自分が、正体不明とはいえ侵略者に怯えることなどあってはならない。そんな姿を配下に見せるなど、許されることではない。アラクネは、女王のプライドで自らの動揺を抑え込んだ。

 何よりも、そもそも種族的に強いのは進化種の更に先であるアラクネたる自分なのだ。本来ならば怯え命乞いをすべきは、この侵略者。ならばこそ、圧力をかけるためにも高圧的に出るべきであると判断したのだった。


「……フン。想像していたよりもいい面構えではないか。虫けらと侮ったこと、謝罪せねばならないかな?」


 が、侵略者たるコボルトは、アラクネの脅しに一切の怯えを見せなかった。

 どこまでも威風堂々と、自らが上位者であると疑ってはいないと言わんばかりに構えを取っている。


「だが、どちらにせよ――キサマの処遇は決定している。精々恐怖し、この俺の糧となるがいい」


 両腕を交差させた、特殊な構え。先ほど自分の親衛隊たる八刃蜘蛛をすり抜けた動きから見ても、巣を襲いに来ることもある人間が使っていた、武術という奴を身につけているのだろうとアラクネは判断する。

 どこまでも特別な、あるいは異常なコボルト。その力の底を見極めることができないまま、アラクネは口から無数の糸を吐き出す。戦闘準備、完了だ。


(……奴の配下は、コボルトにゴブリン……それにピラーナ。ピラーナ共は統率も取れていない様子だし、この際無視でいい。その内私の子供達が殲滅するだろう。残る雑魚共も、私の親衛隊ならさほど時間をかけずに処理できるはず。ならば、無理に勝ち急ぐ必要は無いわね)


 アラクネは、正体不明のコボルトへの対処法を、持久戦と決めた。配下と一緒に、複数で襲いかかるのがもっとも確実な戦術だと考えたのだ。

 故に、水流で破壊されてしまった巣を再構築するように、自分の周囲に糸を張り巡らせる。耐火仕様はもちろん忘れない。


「……フン。[命の道/二の段/樹槍連撃]」


 糸に触れることを嫌ったのか、コボルトは距離を詰めること無く何かを呟く。

 それと同時に、無数の木々がアラクネに襲いかかってくるという形で、いよいよ開戦となるのだった――。



「怖っ!」


 コルトの首の数センチメートル前を、鋭い刃が掠めていった。


「この!」


 対し、怯まず手にした木の棒を振るう。型も何も無い出鱈目な振りだが、その棒には氷の魔化がかけられており、命中させれば相手を凍らせる。

 それだけで戦闘不能に追い込めるとまではいかないものの、ダメージにはなるだろうとコルトは信じて武器を振るった。


「キシュッ!?」

「よし」


 その予想は、正しかったようで、突然の冷気に八刃蜘蛛は怯んで後退した。

 その距離が欲しかったと、コルトはその隙に自らの経絡を活性化させ、魔道の準備に入る。


「――潰れろ!」


 発動させたのは、念力で相手を押しつぶす無の道の基本だ。

 熟練の使い手ならば、数十人の敵を纏めて平らにできる性能があるが、今のコルトでは身体が重くなる程度。しかし、動きを止められるのならば十分。


(求める結果を得る道筋は、一本じゃない!)


 魔道がパワー不足であるというのならば、他で補えばいい。魔道は足止め用と割り切り、攻撃は他で用意すればいいのだ。

 戦いの直前に、ウルから諭された理念。それをコルトなりに解釈し、戦闘に活かした結果がこれだった。


「――シャアッ!」

「うっ!」


 だが、相手は格上。考え方一つ変えただけで簡単に倒せるのならば誰も苦労はしない。

 コルトの棍棒による一撃は確かに効果を上げたが、倒すほどではない。打撃に意識がいったことで魔道が解除され、八刃蜘蛛はその脚を存分に振るいコルトを切り裂いていく。

 腕、脚、胴体――いずれも致命的ではないが、武器を交える度にコルトは傷ついていく。


(痛い――)


 コルトは体中の痛みに顔を顰めるが、戦意を喪失すること無く武器を構える。

 コルトもまた野生に生きる魔物。多少の傷で怯むほど平和ボケしてはいない。だが、心はともかく、出血を伴う切り傷は徐々に体力を奪っていった。

 打撃と斬撃。この武器の違いは、時間をコルトの敵にしているのだ。


「じ、持久戦、無理……」


 コルトは涙目で呟いた。

 コルトと八刃蜘蛛の戦いが始まって、約一分。ただそれだけで、コルトは自分の不利を悟る。

 元々、一対一で勝てる相手ではない。ならばと時間稼ぎを行おうと思っていたのだが、体中を瞬く間に切り裂かれてしまい、その思いはあっさりと霧散。作戦変更を余儀なくされた。


(魔道で持久戦……は無理。僕の魔道じゃ数秒足止めするのが精一杯。攻撃としては足りない……どうすれば――)


 戦いを長引かせるには、相手の攻撃を完全に防ぎきる防御能力か、相手を牽制できるそれなりに強い攻撃が必要になる。

 しかし、コルトにはどちらもない。種族として格上の相手に有効な手段など、持っていないのだ。


「勝つことも、長引かせることも不可能――!」


 強い相手と戦う。その経験値が皆無であるコルトにとって、この状況で出来ることはなかった。

 強者との戦いにおいて大切なのは、経験である。自分よりも力が強く、動きが速い相手に立ち向かうには、自分よりも速く強い相手との戦闘経験に基づいた先読みが必須となる。

 しかしコルトにそれはない。野生の勘――等という都合のいい能力もお互い様レベルでしか持ち合わせていない以上、客観的に見て手詰まりなのだった。


「グッ! なんの!」

「バアッ!」

(他の皆も、苦戦中か……)


 コルト以外のゴブリン達も、苦戦していた。それぞれの得意分野で多少手傷は負わせているものの、それ以上に自分が傷ついている。

 戦闘経験ではコルトよりはマシであるが、能力差を埋めるほどではない。元々、敵の支配領域での戦い――つまり領域支配者(ルーラー)からのサポートがある大蜘蛛達の方が有利なのだ。このままでは、やがて全滅するだろう。


(今の方法では不可能ならば、どうするのか――)


 想像していたよりも、ずっと困難な任務。魔道を身につけたことで『圧倒的弱者』から脱却したという自信を人間に砕かれ、それでもなお磨いた力を持ってしても結果は変わらない。

 その現実を前にしたからこそ、コルトは自分が知る限りもっとも強い存在の言葉にすがる。力押しではどうにもできないのならば、別の手段を考える。頭を休ませずに、考えるのだと。


(一番簡単なのは、数に頼ること。でも、一対一の戦いが二対二になっても、八対八になってもまるで変わらない……)


 偶然ではあるが、アラクネの親衛隊である八刃蜘蛛は八匹。対するコルト達も八人の構成であり、自然と一対一を八カ所同時に行う形になっている。

 その構成を変え、集団戦に移行すればとコルトは一瞬考えたが、意味はない。全ての戦場で敵の力が勝る以上、集団になってもその差は変わらないだろう。

 倒木の謎かけの時とは、話が違うのだ。


(……あの謎かけ? あのときは、僕の力量以上の重さを支えられなかった。だから、他の手を借りることを思いついた。じゃあ、大蜘蛛は……?)


 ウルの謎かけを思い出し、コルトの脳裏に稲妻のような閃きが走った。

 先ほどコルトが仕掛けた魔道は、敵を上から押しつぶすもの。しかし殺すには至らず、少し敵の動きを止めるくらいのことしかできなかった。

 何故そうしたのか? それは、以前攻めてきた大蜘蛛相手でも足止めとしては有効な戦術だったからだ。だが、何も上から押すだけが全てではない。倒木を自力で動かす際、持ち上げるのではなくずらすという方法があったように、大蜘蛛が相手ならそれに相応しい方法があるのだ。


「――そうか! [無の道/一の段/念動]!」

「シュ!?」


 コルトは無の道を使い、八刃蜘蛛を掴み上げた。

 大蜘蛛は虫の常識を無視する巨体ではあるが、それでも他の種族に比べれば体重は軽い。精々30キログラムほどだろう。通常種よりも小型化することで小回りと動きの鋭さを得ている八刃蜘蛛はそれ以下だ。

 つまり、コルトの魔道で簡単に持ち上げられる。魔力を放出することで魔道を振りほどく――などという知性を持たない蜘蛛相手ならば、この方法が動きを封じる最適解だ。

 どんなに力でコルトを上回っていようとも、地に足が付いていない状態では力の入れようが無いのだから。


「もういっちょ!」


 更に、コルトは自分の対戦相手である八刃蜘蛛を浮かしながら、別の八刃蜘蛛も宙へと跳ね上げた。

 複数の対象に、同時に魔道を発動させる――その技術は、ものづくりを通じてこの数日で叩き込まれていることだ。


「今だ!」

「ッ!? 承知!」


 コルトが宙に浮かべた八刃蜘蛛の対戦相手は、先日魔道に目覚めたばかりのゴブリン――グリン。

 魔道の経験値は仲間内でも少ない方だが、代わりにグリンには他にはない個性がある。

 他のゴブリンに比べ、身体が大きい。シンプルな特性だが、こと戦闘において、身体の大きさは非常に重要な要素だ。

 単純な腕力による攻撃力――それにおいて、グリンは七人のゴブリンの中で最強なのだから。


「――魔道剣・無の斬!」

「シュギュ!?」


 グリンはその場で跳躍し、蜘蛛の弱点――頭上を取った。

 身体の構成上、その鋭い刃を持つ脚も身体より上には振るえない。上からの攻撃に、蜘蛛は無力なのである。

 その絶対的優位なポジションを得たグリンは、そのまま手にした棍棒で胴体を叩く。自らが開眼した系統――無の道を使った、不可視の刃を棍棒の先に展開した上で。

 無の道は、固い障壁を作ることができる。つまり、鋭く堅い刃を作ることもできるのである。

 魔道による武器の作成を得意とする、肉体能力に優れたゴブリン。それが、グリンの特性なのだ。


「討ち取ったぞ!」

「それじゃあ、グリンさんは他のフォローに!」

「承知した!」


 八刃蜘蛛の一匹を仕留めた勢いをそのままに、グリンは仲間のフォローに回る。

 それがコルトの作戦。一対一でも八対八でも勝てないのならば、二対一の状況を作ればいい。

 一瞬でも自分が二匹同時に止めることが出来るのならば、戦場を二対一に持ち込むことができる。蜘蛛の攻略法を発見したからこそできる、頭脳の勝利だ。


「このままいけば――」


 コルトの作戦は面白いように功を奏し、見る見るうちに戦況はゴブリン達に傾いていった。

 頭脳であるアラクネがいない今、有効な戦術を見いだしてしまえばこちらのもの。即座に対応する臨機応変さがない蜘蛛たちでは、巻き返しは不可能だ。

 そんな時――


「え? うわっ!?」

「な、何が起きた!?」


 空から、突如何かが降ってきた。否、凄まじい勢いで地面に叩きつけられたのだ。

 水をたっぷりと吸い、泥状になった地面に埋まるほどの勢い。しかしその何かはまだ生きているらしく、泥の中から這い出してきた。

 その正体は――


「えっと、こいつは……」

「蜘蛛……だよね」


 他の大蜘蛛とは一線を画すフォルム。下半身はよく知る蜘蛛のものだが、上半身は人間のもの。

 大蜘蛛の領域支配者(ルーラー)、アラクネが、空から降ってきたのだ。その泥だらけの身体に相応しく、あちこちに傷を付けた姿で。


「お、おのれ……!」

「フン。領域支配者(ルーラー)として、土地の力を借りてなおこの程度なのか? その程度でこの俺の前にいつまでも立つなど、不敬。……頭が高いぞ、虫けら」


 遙か高みから、全てを見下す絶対者。

 魔王の風格をほんの僅かに取り戻した獣人――ウル・オーマが、アラクネを眼光で殺すとばかりに睨み付けていた。

 その身体に多少の傷を残しながらも、自らが圧倒的強者であるのだと知らしめるように、威風堂々とした姿で……。

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