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第21話「それを是とするのか?」

「魔道を操る魔物の……集団?」


 ア=レジル防衛都市の一角を牛耳る、ハンターズギルド。

 シルツ森林より襲ってくる魔物を想定して作られた防衛都市において、魔物との戦いの主戦力であるハンターを束ねるギルドは大きな権力を持つ。そのハンター達の拠点の中で、困惑に満ちた声が上げられた。

 声を出したのは、レジルギルドの最高責任者であるマスター・クロウ。彼は自らがシルツ森林に派遣した、専属ハンターチームからの報告を受けていたのだ。


「信じがたい話ですが、事実です。確認しただけでも、魔道を操るゴブリンが二匹にコボルトが二匹。正体不明ながらも、無の道と思われる魔道を使ったのが一匹です」

「……何らかの功罪(メリト)を習得した、上位種ということはないのか?」

「魔道を会得した方法が何らかの功罪(メリト)である可能性はありますが、奴らが使っていたものが魔道であるのは間違いないかと。魔道士ではない俺が言っても説得力が無いかも知れませんが、異能の領域に入った功罪(メリト)は……魔道と違って生まれ持った才能じゃない、何かを成し遂げた者のみが使うことを許される異能です。あれだけの数の魔物が全て功罪(メリト)持ちであるとは、考えにくいかと」


 マスター・クロウに報告を行っているのは、シルツ森林よりつい先ほど帰還した専属ハンターチームのリーダー、コーデ・エゴル。2メートル近い巨体と、それに見合ったパワーを駆使する戦闘系ハンターである。

 コーデは今、シルツ森林で遭遇した信じがたい魔物の集団についてギルドに報告すべく、森から帰還した後最小限の治療だけ行ってすぐさまギルドマスターのもとを訪れていたのだ。


「……魔物に魔道を教えている者がいる? いや、そもそも、下等な怪物如きが魔道を会得することなど可能なのか?」

「常識で言えば不可能ですが、事実として存在した以上、認めるしか無いかと」

「……あるいは、配下に魔道のような能力を与える功罪(メリト)、と言ったところか。しかし、ゴブリンやコボルトがな……」


 マスター・クロウは話を聞いてなお、信じがたいと頭を振る。

 自らが信用する実力派ハンターの報告を、疑うことなどしない。それでも、信じがたいものは信じがたいのだ。


「そのゴブリン共、進化種か?」

「……どうでしょうね。外見的には通常種とほとんど同じです。マナセンサーで測定した限りでは、普通のゴブリンよりも多くのマナを持ってはいましたが……」

領域支配者(ルーラー)の配下だった、ということか。その口ぶりでは、多いとは言っても進化種ほどではないと」


 進化に至った魔物は、別種へと姿を変える。

 一度でも進化した魔物の危険度は跳ね上がり、領域支配者(ルーラー)から力のお零れを貰っているだけ――という次元とは大きくかけ離れるというのが通説だ。


「ええ。後は、そうですね……少々小綺麗だなとは。思いましたが」

「……遭遇地点は、確かピラーナ湖の手前だったな。小綺麗なのは、恐らく湖で身体を洗ったからだろう」

「私も同意見です。進化した魔物は、外見に大きな変化が出るのが普通ですから。……まあ、下等な種族であるはずのゴブリンやコボルトが、流暢に言葉を操っていたのは、気になりますが」

「……魔道習得により、知能に統合無意識(コミューン)からのサポートを得ていると考えれば、説明は付くな」


 マスター・クロウは難しい顔をして考え込んでしまう。

 話を聞けば聞くほど、そのゴブリン達が魔道を操っていた――ということが事実であるように感じられてくるのだ。

 とても信じがたいのだが、そう考えれば全てに説明が付くと。


「……もし、魔物の中で魔道の習得法が確立しているとすれば、由々しき問題だ」

「はい。それも、極一部の強力な魔物が無理矢理行使するのではなく、最弱に近い魔物ですら習得しているのが問題です」

「ああ。最大数がいくらいるのかはわからんが、放置すれば、最悪国家存続レベルの問題にもなりかねん」


 マスター・クロウとコーデは、共に深刻な表情で現状を言葉にする。

 この世界で知られる異能は、神の奇跡である恩恵(ギフト)を除けば功罪(メリト)と魔道の二つに分類される。その中でどちらが強力なのかと言えば、それは功罪(メリト)だ。単純なパワーの比べあいをした場合、統合無意識(コミューン)より力を受けられる功罪(メリト)と個人技能である魔道では、功罪(メリト)に軍配が上がる。

 しかし、組織レベルで見るとまた話が変わる。真に選ばれし者にしか習得できない功罪(メリト)と違い、魔道は才能があれば複数人が習得することができる。その才能自体が選ばれし者の特権とも言えるが、魔道士養成学校を運営し、魔道士の部隊を編成できるくらいには数を用意できるのだ。

 魔道の技術を身につけられる魔物がどのくらいいるのか、彼らにはわからない。人間のみに許された奇跡の技であったはずの魔道を、魔物に習得させようなどと考えたことが無いからだ。

 だが、もし大勢の魔物が魔道を習得していた場合、その総戦力は測定不能。一ギルド支部の保有戦力では到底足らず、場合によっては国家に応援を要請する必要がある案件だ。


「それと、一番警戒しなければならないのがもう一つ」

「……まだ、何かあるのかね?」

「はい。奴らのリーダー格と思われるコボルトについてです」

「ああ。推定領域支配者(ルーラー)クラスのコボルトだったか。魔道を使える、という以上の問題が、何かあるのかね?」

「ええ。極めて高度な、その……武術を扱っていました」

「武術? 魔物が、かね?」

「はい。力では私に大きく劣りながらも、互角以上に格闘戦が行えるほどの技を」


 その言葉に、マスター・クロウは組織の長としてはありえない、大口を開けた間抜け面を晒してしまう。

 マスター・クロウは知っている。目の前にいる、コーデという男の実力を。素手の格闘戦に限れば、レジルギルドの全ハンターの中でもトップクラス。その適正危険度は約60。常識を超越する三桁級には届かないものの、勇者補正(神の力)なしで到達可能な限界値とされる二桁後半の入り口に届いている、本物の実力派なのである。

 その男と、互角に打ち合えるコボルト。しかも、身体能力ではコーデが勝っていたということは、技量的にはそのコボルトの方が上回っているということだ。魔道の心得まであるとなると、その危険度はマナセンサーで測定したものより遙かに上がる。

 力と本能で暴れるしか能が無いはずの魔物に、魔道と武術……二つの技術が存在している。もしそれが広まるようならばと、マスター・クロウは魔物を狩る者として最悪を想像した。


 しかし、実際に()()を見たコーデには、更に続きがあった。


「……マスター・クロウ」

「何だね?」

「本当に危険なのは、魔道や武術……そんな表面的なことではないかもしれません」


 コーデは、本能で感じ取っていた。優れた戦闘者として、そして……集団のリーダーとして。


「あのコボルト……明らかに異常。戦闘力云々ではなく、内側に凄まじい何かを持っている」

「具体的には?」

「これを見てください」

「うん……傷だらけじゃないか。これは……噛み跡、か?」


 コーデはいつも身につけているガントレット・巨人の拳を外し、その下の手袋も外した。

 そこにあったのは、小さな何かに食いつかれたような傷跡があった。それも、一つ二つではない。無数の傷がコーデの手を、腕を抉っていたのだ。


「かのコボルトに直接接触した際に、受けた傷です」

「うむむ……魔道……か?」

「かもしれませんが、少し違うように感じました」

「つまり、リーダー格のコボルトは功罪(メリト)持ちか……いや、そんな明らかに普通ではない存在なら、持っていて当然か……やれやれだな」


 単独で考えても、功罪(メリト)を持つ者と持たない者では力に大きな差がある。というよりも、大きな差があるからこそ功罪(メリト)を持つのだ。

 ならば、やはりそのコボルトは危険。その結論は変わらないだろうなとマスター・クロウはコーデの顔を見たが、その表情に少し驚いた。

 強敵を恐れるのならばわかるが、コーデの表情は少し違っていた。ただ強い魔物を恐れるだけではなく、もっと大きなものを見ている様子だったのだ。


「あれは、絶対に普通の魔物ではありません。偶々強くなり、偶々功罪(メリト)を得た……そんな普通の魔物とは、明らかに違います」

「……よくわからないが、どういうことなのかね? 功罪(メリト)を得た魔物の中でも、更に特殊ということか?」

「ええ。アレの本当に恐ろしいところは、内に秘めた意思の力。全てを屈服させようとするカリスマとでもいうべき、強烈な圧力。私は見たことがありませんが、王と呼ばれる存在は、あんな感じなのかもしれません」

「……コボルトの王、か」


 組織は(トップ)によって如何様にでも変化する。優秀な王の下では組織は成長し、愚鈍な王の下では自然と崩壊するだろう。

 魔物のカリスマの出現――それは、もしかしたら、魔道を会得した魔物の量産という最悪にも近しい未来予測を、より悪い方に向かわせるのかも知れない。

 お伽噺に出てくるような、魔王時代のように。


「確実に、絶対に奴を狩れる戦力を整える必要があります。ハンターチームの一つや二つでは足りません」

「……わかった。話を聞く限り、レジルギルドで動かせる戦力だけでは不安が残るか。今すぐにというわけにはいかないが、王都へ応援を要請しよう。中央のお偉いさんを説得するのは一苦労だが……何とかしよう」


 優秀な魔物の王。そんな存在を空想し、現実に存在する自分達の王を思い返してマスター・クロウは内心でため息を吐く。

 緊急の案件であり、極めて危険な状況である。それを理解させ、多くの戦力を動かす……それを迅速に行えないのが今のル=コア王国なのだとマイナス方向に考えが行ってしまう。


 ハンターズギルドは魔物を狩る者の組織。しかし、所属員は当然国に属しており、行動の一つ一つに国の意思が影響してくる。

 故に、特に大きな戦力移動には国の承認が――場合によっては国王直々の決断が必要となるのだ。

 それでも、一々腰の重い国の決断を待っていては手遅れになることも多々あるため、ある程度ならギルド同士が現場判断で戦力の融通を行うのが常である。しかし、こういった特に危険性が高いと判断できる一件では、どうしても最高戦力の指示権を持つ中央のギルド本部に話を通す必要があった。


(……まずは、現状を正確に報告するとしようか。運良く職務に忠実な者の目にとまれば危険性も理解してくれるだろう……。十中八九賄賂の要求があるだろうが、まずは中央がなんと言ってくるかからだな)


 ギルド本部は、王都に居を構えるだけあり王侯貴族の影響が非常に強く、ハンターの正義よりも貴族の利権が優先されてしまう。

 自分自身も三男坊とはいえ貴族出身であるため大きな声では言えないが、現場からの叩きあげであるマスター・クロウから見て、ル=コア王国の貴族王族は無能の集まりであった。

 だからこそ、不測の事態に陥った際、中央の決定を仰ぐ必要なく動ける戦力である専属ハンターを重宝していたのだがとマスター・クロウは疲れた表情で頭を振るのだった。


「……要請一つ通すのにも、逐一賄賂を要求してくるような馬鹿共が相手とは言え、何とかしよう」

「すみません……ですが、本当に危険なのです」

「わかっている。わかっているよ……」


 マスター・クロウはそこで話を終え、自室の窓の外を見る。

 一見して晴れているが、すぐ側に暗雲が立ちこめている。自らの――そして、国の波乱が待ち構えている。マスター・クロウには、そうとしか思えないのだった……。



「人間共がどれだけ早く攻め込んでくるかはわからんが、その前に蜘蛛共の領域を落とし、拠点を強化する必要がある!」


 一方、ハンター達にこれでもかと警戒されているコボルトことウルは、へし折れた腕に治癒の魔道をかけながら檄を飛ばしていた。

 人間を相手に必死になって稼いだ時間だったが、その代償としてウルは大きな傷を負うこととなった。加えて、自覚させられたのだ。確かにコルトとゴブリンたちは強くなったが、本当に強い相手には手も足も出ないという事実を。


「はぁ……」

「どうした? そんな辛気くさい顔をして」


 これより更なる行動に移ろうというのに、コルト達の士気は低かった。

 彼らは理解しているのだ。人間達の撃退に成功した理由は、実力ではない。最初の一撃だけを見せつけ、防ぐことでこちらの戦力を過剰に評価させただけであり、あのまま戦いを続ければ殺されていたのは自分達であったことを。

 結局、自分達の魔道が彼ら人間の戦士に、なんの痛みも与えていないことを。


 そんな配下の心を、ウルは当然理解している。そもそも勝ち目がないことを戦闘開始前から理解していたくらいには差があったのだ。まだ魔道もどきを使えるようになっただけのコルト達では満足な結果が出せないことなど、最初からわかっていたことなのである。


「……よいか? お前達に言っておかねばならないことがある」

「……何?」

「はっきり言って、貴様らは弱い。ビックリするくらいに弱い。今のままでは些細な嫌がらせくらいのことしかできないくらいに弱すぎる」

「……わ、わかってるよ」


 僅かに芽生えていた自信をへし折られた弱小種族に、ウルはさらに追い討ちをかける。

 彼は魔王であり暴君。傷ついた配下を慰めるようなことはしない。速やかにあらゆる努力を行い立ち上がるか、死ぬか。魔王ウルの配下となった以上、それ以外の選択肢などないのである。


「俺が戦力と呼ぶ最低限の力……そこにすら達してはいない。今のままではその内殺されるだけだろうな。お前らは、それを是とするのか?」

「そんなの――いいわけないよ」

「いいわけがないな。というわけで、早急に力をつけてもらう。何、安心するがいい」


 ――貴様らのような雑魚を鍛え上げるノウハウなら、いくらでもあるからな。


 コルトたちの返事を聞く気すらなく、ウルは宣言する。

 これより、本格的な戦闘訓練に入ると。魔道を使えるだけではなく、武器として振るえるようになってもらうと。


「ただ力を振り回すだけなら誰でもできる。兵に重要なのは、与えられた武器を使いこなすことだ。できなきゃ死ぬことになるが、やらなくてもどうせ死ぬのだ。ならば考える必要はあるまい?」


 ウルはそれだけ告げ、各自に指示を出した。

 未だ魔道に目覚めていないものは変わらず今まで通りの修練を。魔道に目覚めた者は、個々の特性に合わせた強化訓練をさせてきたが、そこから更に一歩先に進ませることにしたのだ。


「……今のままじゃ、ダメだからね」


 ウルの独断に、コルトは逆らうこと無く立ち上がった。

 コルトは、人間が憎い。仲間を殺した人間を、許せない。でも、そんな人間に歯が立たないこと――それが一番嫌だった。

 コルトが成長し、人類の敵となるのか。あるいは許す心を持ち、共存繁栄を目指すことになるのか。それは誰にもわからない。

 それでも、今のコルトを見ていると、ウルはとても楽しくなってくる。落ちぶれ、大きく弱体化した今の魔族にとって、今必要なのはこの感情なのだろうと確信しているから。


(……精々強くなるといい。俺が回復するまでに必要なのは、三日と言ったところ……。それまでに、最低限のところにまでは来てもらう)


 全ての指示を終えた後、ウルは一人物陰へと移動する。

 へし折れたウルの腕を治すのに、魔道を使っても三日はかかる。折れるというよりは砕かれたと言った方が正しい、コボルトの生命力では一生治らないかも知れない――そんな大けがをその程度の時間で治せるのは十分驚異的な話なのだが、ウル本来の技量ならばもっと早く治せただろう。

 にもかかわらず、回復が遅い理由――それは、簡単だ。


 ウルの身体は、腕一本などという()()怪我とはまた違ったダメージを残しているのだ。


「ゴフッ!」


 ウルは口から血を吐き、その場に跪きそうになる。王として、指導者として弱い姿を見せないために踏ん張っていたが、そろそろ限界だった。

 今のウルの体内は、あちこちが滅茶苦茶に傷ついていた。その理由は、無理な力の行使。現在のウルでは――ちょっと強いコボルト程度では使えるはずの無い力を、無理矢理に使った代償だ。


(一度目は、俺の魂の残骸で何とかなったのだが……二度目はそうもいかないか)


 人間の拳士との戦いで使わされた異能。全てを失っている今のウルでは持ち得ないはずの力を、行使した代償。

 切れない切り札しか持ち合わせない自分に腹を立てつつも、自戒する。


 次からは、もうあんな苦し紛れは通用しないと……。

人類の最適解はこの時点で今出せる戦力を一斉に突撃させること。

それをやられるとガス欠でシンプルに殺されるしかないので、この場に限っては脅威を脅威として正しく認識できる有能な人間であったために後手に回ることになってしまいました。

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他力本願英雄
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[一言] 戦力の逐一投入はその組織の力の低下と技術の低下があるので、確実に滅ぼすには待つのが最善。
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