第206話「理想にはほど遠いけど」
「……ちょっとは効いたかな?」
これ見よがしに発動していた、維持型の魔道二つを使った魔力爆発。
それを悪魔ヨグニに叩き込んだコルトは、地面に向かって落ちていた。空に浮かべた足場から飛び降りた途中なのだ。
「ふぅ……[無の道/三の段/空中浮遊]」
落ちながら精神を集中させ、自分の身体を浮かせる。これは素早く飛ぶというよりは空中に浮かんでゆっくり降りるためのものだが、それでもミスすれば自分の身体を破壊するリスクがあるので慎重に降りるコルトであった。
「これで倒せていればいいけど、多分――」
「ぐ……まさか、こんな手で噛みつかれるとは思わなかったよ……」
「やっぱりね!」
爆風が晴れると、そこには僅かに身体が削れているだけのヨグニが空に佇んでいた。
半ば予想通りだったと、コルトはゆっくり落下しつつ両手を前に突き出して一気に魔力を集めていく。
「[無の道/四の段/魔神螺旋砲]!」
今のコルトが戦闘中に魔道で出せる最大火力。かつて魔王ウルが使用した魔道であり、本家のウルから『おまけして30点だな。1000点満点で』と評価された出来の代物である。
なお、ウルを除けばコルト以外にはそもそも使える者が他にいないので、比較対象は他にいない。
「ん、それはヤバそうだ」
ヨグニはコルトの砲撃に危機感を抱いたのか、ふざけた態度を引っ込めて魔力を集中させた。最初に見せた砲撃で迎撃しようとしているようだ。
(単純な技術なら絶対僕の方が上なんだけど……戦っていてわかった。単純な魔力量じゃ勝負になんないや)
技で勝っていても力で負ければ勝負には負ける。まるで、七聖人を相手にしているときのように。
「カアッ!!」
ヨグニから放たれた魔力砲撃とコルトの魔神螺旋砲が空中で激突する。
一瞬だけ拮抗する二つの砲撃だが、瞬く間にヨグニの砲撃がコルトの砲撃を飲み込んでいくのだった。
「――緊急回避!」
このままでは砲撃に飲み込まれると、コルトは咄嗟に魔力の放出方向をずらした。その反動で自らを飛ばすことで、射線から外れたのだ。
同時に、刃向かうものがなくなり真っ直ぐ地面に突き刺さるヨグニの砲撃。その威力で、足下のサーバ村は吹き飛ばされ、村のあった場所に大穴を空けつつ多くの家屋が消し飛んだのであった。
「あちゃー……」
動ける村人はほとんど最初の動死体騒動の時点で避難済み……逃げだしていたので、被害に遭ったのは動死体状態の手遅れ村人と動けない患者、ついでに村に迫っていた動物動死体だけだろうが、それでも住処を失ったのは痛いはずだ。
コルトからすれば別にどうでもいい話であるが、寄生蛭被害で労働力が激減した上に周辺一帯動死体だらけ、しかも寝床すら無しとなるこの先の人間達の生活を思うと同情せずにはいられない話であった。
(ちゃっかりアラシャさんは避難済みで……聖人は魔力だけで防御か。やっぱり、七聖人相手にどうこうするのは無理そう)
着弾点にいたはずの二人は各々の方法で対処したようだと確認した後、コルトは悪魔ヨグニの情報が集まってきたと上空の悪魔を睨むのだった。
(さて、と。功罪対策ができても魔力量で大敗しているのがきつい。ここは僕が領域化した場所から外れてるから支援はないし、戦いながら領域化とかそんな変態染みたことできないしねー……。でも、そもそもあいつの魔力はどっから出てるんだろ?)
地上に降りながら、コルトはヨグニの力の出所について考える。
今のヨグニは功罪武器の類い。つまり本自体に魔力を溜め込んでいるということになるが、それにしては多すぎるようにコルトには思えた。
もちろん、神器に代表される伝説に語られるような武器にはこんな異常な魔力を秘めたものもあるかもしれない。しかし、そんなとんでもない代物ならばどれだけ封印してもその気配を隠しきれるものではないはずだ。
(まあ、あの聖人の隠蔽技術はそんな常識を超えたものであった、という可能性もあるけど……そもそも、こんなとんでもない魔力を持った悪魔が潜んでいるものを単身で封印して持ち歩くなんて判断しないでしょ、普通)
聖人の立場に立って考えれば、ヨグニの本体にそこまでの力があるとは考えづらい。
ならば、その魔力にはどこかに供給源がある。その可能性が一番高いのは――
「――[無の道/四の段/念飛行]!」
空中浮遊をキャンセルし、代わりに正真正銘の飛行魔道を発動させる。
失敗すると身体がねじれたり潰れたりして、最悪死ぬリスクを抱えた繊細さを求められる魔道だが、これこそが人類が夢見る『自由に空を飛ぶ術』だ。
「行くぞ!」
「おや? 正面から……?」
コルトは先ほどまで必死に距離を取ろうとしていたスタイルから一変して、自らヨグニへと突っ込んでいく。
その速度は悪魔であるヨグニから見ても中々のものであり、疑念を覚えながらも考えている暇はないと迎撃のため構えを取るのだった。
「――[地の道/四の段/魔乱閃光]!」
「ッ!? 小細工だね!」
ヨグニの注意が自分に向くと同時に、コルトは閃光を放つ魔道を発動させた。
勇者相手には有効だった閃光による目潰しだが、そもそも目がないヨグニに有効かは未知数だ。そのため、コルトは勇者相手に使ったものよりも更に一段上に位置する『魔力知覚を狂わせる』という付加効果のある閃光を放ったのだった。
(――効果あり。ヨグニが周囲の情報を得る手段は、光か魔力知覚のどっちかだね)
ヨグニは光の前に硬直し、コルトの姿を見失った。
コルトがこの魔道ならば効果があると考えたのは、先ほど毒ビンを投げつけたときの反応だ。
あのときは脆弱な魔力弾が霧散した瞬間を狙ったが、あれで攪乱できるのは視覚か魔力知覚のどちらかしかない。そのため、その二つを狙うこの魔道ならば隙を作れると考えたのである。
(よし、今のうちに――更に高く!)
コルトはヨグニが自分を見失っている間に、ヨグニを抜かして頭上を取った。更にそのままぐんぐん上昇し、そして――
「ここら辺が僕の限界高度……これでダメならお手上げかな」
自分の魔道で到達できる限界点……約600メートルほどの高さで停止した。
まだサーバ村に空いた穴を目視できる程度の高さだが、今のコルトにはここが限界である。
「――このっ!」
ヨグニはコルトを探してキョロキョロと首もないのに辺りを見渡すようにしていたが、自分の遥か上空ということに気がついて苛立ったような様子を見せた。
飛行能力の差を考えればそのまま突っ込んできてもおかしくはないが……何故か、ヨグニはその場で留まりコルトと同じ高さまで飛んでこようとはしないのであった。
「やっぱり……活動限界距離があったみたいだね」
コルトは自分の予想が当たったと、疲れた顔ながらも会心の笑みを浮かべる。
どんな能力にも射程というものがある。今のヨグニが本を本体としている以上、本体から離れられる距離には限界があるのではないかと考えたのだ。
更に言えば――
(恐らく、今のヨグニの持ち主は聖人だ。どんな条件かはわからないけど、あの悪魔は聖人の魔力を横取りしている)
悪魔ヨグニが湯水のように使っている魔力の供給源など、この場では一つしかない。それこそ、ヨグニ以上の魔力量の暴力で暴れ回る七聖人以外にあり得ないのだ。
どうなると持ち主判定されるのかまでは仮説も立てられないが、聖人が持ち主と仮定すれば魔力の略奪自体は実に当然のことと納得できる。
何せ、ヨグニの正体は功罪武器。つまり持ち主が魔力を注いで動かすのが当然なのだから、持ち主の意志を無視して魔力を奪うような性質を持つ功罪武器がヨグニなのだと考えれば無尽蔵の魔力にも説明が付くのである。
その予想は当たったらしく、ヨグニは本体である本と魔力の源である地上の聖人とあまり離れることができないようだ。運のいいことにその限界はコルトの高度限界よりも狭かったようで、怒気と殺気を飛ばすばかりでコルトへ接近することも攻撃する様子も見せないのであった。
(魔力砲撃に代表される遠距離攻撃くらいは十分あり得るけど、これだけ距離があれば避けるのは簡単。向こうもそれはわかっているみたいだね)
ヨグニから自分への有効な攻撃手段はない。それを確認した後、コルトは大きく深呼吸をするのだった。
「ここでなら、ゆっくりを魔力を溜められる――」
コルトは魔力的にも精神的にも消耗の激しい念飛行を解除し、代わりに空中に足場を作る簡単な無の道を発動する。
そして、ヨグニが手が出せないのをいいことに、残った魔力をゆっくりと手の中に溜めていくのだった。
(練習こそさせられてたけど、僕の魔力じゃ出力不足で使えないんだよね……これ。たっぷり10秒以上かけないとさ)
先ほどのように、両手を突き出して――今度は足下に向けて構える。
同時に、身体中の魔力を絞り出すように、本来どれだけ長くとも構築から発動まで三秒以内に留めるべしとされる魔道の常識を無視して力を溜める。
とてもまともな戦闘中には使えないようなチャージ時間の後、コルトの手の先にとんでもない規模の魔力球が生成されるのだった。
「うーん……まだまだ構成が甘くて無駄も多いなぁ……ウルからお説教あるかも」
自分の手の先でバチバチと音を立てている大魔力球を見て、コルトは出来が悪いやと自虐的な笑みを浮かべた。
お手本として見せられたものには到底及ばないと思いつつも、今まで集めたデータから、これならば確実にヨグニにも通用すると気合いを入れるのだった。
「目標はヨグニ……そして、その先に聖人!」
聖人がヨグニの持ち主であるという仮定が正しければ、ヨグニは聖人を守らねばならない。
お互いにお互いのことなど全く尊重していない関係であることは間違いなく、それどころか聖人は自分がヨグニに魔力を渡している自覚など全くないだろうが、それでも主であることには変わりない。
もし今聖人を失えば、ヨグニは力の供給源を失い実体すら保てなくなる……なんてことも十分にあり得る以上、この角度の攻撃が最適解だろう。
……仮に予想が外れていても、別にコルトには損は無いのだし。
「まだまだ理想にはほど遠いけど、それでも形にはできるかな――外殻、展開!」
膨れ上がった魔力球が収束し、同時にエネルギーを包み込むように外殻が作られる。
術者ですら制御できないほどの魔力球を作り出し、外殻で魔力の解放先を一つに絞ることで狙いを定める。魔力で作られ、魔力を放つ大砲のようなものだ。
その外殻は、竜の頭を青白く輝くエネルギー体で再現している。この魔道は、世界最強の種族――ドラゴンのブレスを再現するものなのだ。
「発射用意――[無の道/五の段/竜口砲]!!」
魔力で作られた竜の口から、コルトの保有する魔力の大半が解放された。
段位にして先ほどの魔神螺旋砲を超える、五の段。魔道士のエリート集団である魔神会の会員ですら、到達した者は半数にも満たない五の段に数えられる高位魔道。
発動まで10秒以上もかかる上に、ウルの見せる手本に比べれば威力のロスも多いまだまだ粗い完成度しかないのは間違いない。
だが、それでも――生を受けて10年にも満たないコボルトが使えるものではないことだけは確かなものだ。
如何に魔王の指導を受けていると言っても、コルトというコボルトは……本人もよくわかっていないくらいには、規格外の天才であることを証明するものなのであった――
「ぐ、おおっ!!」
回避することができないヨグニは、ドラゴンブレスを模した砲撃を受け止めるべく自らもまた砲撃で合わせた。
しかし、その結果は先ほどとは真逆。天の裁きかの如く降り注ぐ魔力砲を支えきれず、ヨグニの身体は青く輝く魔力に飲み込まれていくのだった――
「――お、惜しかったね……クソガキ! 時間切れだ――」
身体を削る魔力砲撃の中で、想定外の攻撃に痛みを堪えながらも邪悪な魔力を放ちながら……。




