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第202話「僕に傷を付けることはできないさ」

 時は少し戻り、コルトたちが大蜘蛛からの連絡を受けて少し経った頃――


「う、うーん……。これ、どういうこと?」


 感染症の正体を突き止めたコルト一行は、寄生蛭によって操られるゾンビの群れに襲われているサーバ村を見渡せる丘まで足を運んでいた。

 火をつけられても暴れる死体、正体不明の強者、後続のゾンビ軍と、大蜘蛛からの報告だけでは状況が掴めないほど混乱していたため、自らの目で把握するために。


 だが、現場を見たことで彼らは更に混乱してしまうのであった。


「あれ、多分聖人だよね……?」

「そうだね、あの服装はエルメス教の法衣……それも、最高位の七聖人を示すものさね」


 コルトたちが注意している一人の人間は何らかの隠ぺい手段を有しているようであり、目視できる距離でも魔力感知には引っかからない。

 しかし、その身分は一目瞭然であった。神器研究のため七聖人の知識は人並み以上に持っていたマジーの断言もあり、何故こんな辺境にいるのかはわからないがアリアスやアストラムと同格の聖職者……魔物の天敵であることは確かであった。


「多分、あれは七聖人のルーカス・『アト』・グルマートだね。資料で見ただけだから面識はないけど」

「何か詳しい情報ない? 能力とか得意分野とか」

「さてね……生憎、私の興味は神器の力だけだったからそこまで詳しいことは覚えていないよ。その神器に関しても、エルメス教国がガチガチに秘匿しているせいで碌に情報集まらなかったし」

「やっぱりか……僕の方でも聖人関係の情報は優先的にもらってたけど、一般公開されている以上のことはわからないんだよね……」

「あの……それよりも、何故その高潔神聖なはずの神官様からあのような邪気まみれの魔力が漏れているのかの方が重要では?」


 推定七聖人ルーカスについてコルトとマジーが話し合いを始めたら、クロウが待ったをかけた。


 ルーカスからは、かなり大きな邪気――魔王ウル・オーマよりはマシだがそれでも禍々しいとしか言いようがない魔力が放たれているのだ。

 今重要なのは、何故その聖人からとんでもない邪気が放たれているかではないかと。


「私から言わせてもらうと、あの邪気は中々心地いいけどね」


 アラフが邪気についてコメントする。といっても、なんとなく自分と相性がよさそうだ、という軽いものだったが。


「まあ、どう見ても邪気と聖人本人は出所別だよね。懐に何か入れてるのかな?」

「気配を隠しているせいで分かりにくいけど、こりゃ呪いの類かね? 大方、何かを封印していたのが緩んだってところだろうさ」

「それで、どうするので? 相手が聖人となれば、迂闊に動くことはできませんが……」


 村人の救助を願っていたクロウであったが、七聖人が絡んでいるとなれば簡単に動くことはできない。

 現状、七聖人を相手にして勝利を計算できるのは個人戦力では魔王ウル・オーマただ一人。複数でチームを組み数の有利を得た状態でなら、というところまで基準を下げてもケンキ、カームの戦闘方面における魔王軍双璧だけだろう。

 引退した身体を磨きなおしているクロウとて、まだまだ七聖人級には遠く及ばないことは自覚している。魔導士として大国最高の腕を持っていたマジーですら、七聖人アストラムには一矢報いることすらできなかったのは記憶に新しい。当然、魔物としての階級でケンキとカームに明確に劣っているコルトやアラフでも同じことだ。


 つまり、この場の戦力では七聖人が介入している事件に関わるのは自殺行為ということであった。


「……ま、見てるしかないか。ただでさえやばそうな呪いの品が暴走しようとしているっぽいし――」

「いや、それはつまらんな」


 結局、静観を選んだコルト。今あの混乱の中に飛び込んだらどんな目に合うかわかったものではないと成り行きを見守ることにしたのだが、背後からとても聞き覚えがある不吉な声を聴いて硬直するのだった。


「嫌な予感が――」

「中々面白いことになっているではないか。祭りは参加しなければ世を楽しめんぞ?」


 いつの間にかコルトたちの背後に立っていたのは、コルトの想像通りの存在――不吉な笑みを浮かべるワーウルフ形態の魔王ウル・オーマであった。


「いつの間に……」

「お前たちがあの邪気に関して話し始めたあたりからだな。ククク……九分九厘そうだとは思っていたが、やはりあれが今の世にあるとは驚きだな」

「えーと、それって、ウルが用事があるって言ってたのは、あの邪気のことだったってこと?」

「それに関係する話ではあるな。さて――」


 軽い再会の挨拶を終えたウルは、そのままコルトの首根っこを摘まみ上げるのだった。


「あの、物凄く嫌な予感がするんだけど――」

「俺の命令は覚えているな? ……あの村で流行っている病を解決しろ、だ」

「それはわかっているし、今できることはやったつもり――」

「だから他にもできることをやってこい!!」


 全力で目を泳がせて魔王の横暴を止めようとしたコルトであったが、そんなこと知らんとウルは思いっきりコルトを投げ飛ばした。

 当然、狙った先はサーバ村――あふれ出る邪気を放つ聖人ルーカスの頭上であった。


「ぶべっ!?」

「ぬおっ!?」


 情けない悲鳴を上げて落下してきた思いっきりコルトと、ルーカスは頭からぶつかった。目から火花が出る勢いであるが、お互いに頑丈なのでそこまで深刻なダメージではない。ただ痛いだけだ。

 ただし――


「あ」


 悪魔の書の再封印、という急務に集中したところにコボルトの特攻を受けたルーカスは、その集中を解いてしまった。

 その結果――


「破れ――」

『カアァァッ!!』


 ルーカスの手元から悪魔の書が弾き飛ばされ、そこから黒い煙が立ち込める。

 その煙の正体は、邪悪な魔力。小国を一つ潰したという悪行にふさわしい呪いの塊であった。

 呪いの煙はやがて一か所に集まり、一つの形を成す。その姿は――


『……はぁぁぁ。まさか、ちょっと運動しただけでまた封印されてしまうとか、これだから亡霊は嫌になるねぇ』


 その姿は、一言でいうのならば醜悪な枯れ木、というところだろうか。

 身体のパーツは不気味な紫色の胴体に手、足、翼。そのいずれもカサカサに乾燥した枯れ木を思わせる細い枝のようなものであり、最も目を引く特徴としては頭部に該当する部位が存在しないことだろう。

 誰がどう見ても邪悪で歪な生物であることは一目瞭然であった。


「うーん……身体はこんなものかな? あいつのせいでこんな姿が限界とか、本当にムカつく……」


 煙の状態ではどこから響いているかわからない、壁一枚隔てたような曇った声であったが、実体がはっきりしてくると透き通った声が聞こえてきた。

 その外見に反して、声は思ったよりずっとまともであった。頭がないのにどこから声を出しているのかは不明であったが。


「……! まさか、あの本に封じられていたのか?」


 ルーカスは、現れた存在を見て目を見開いた。

 悪魔の書は小国アルバンを滅ぼした功罪(メリト)武器と思わしき呪具。発見したときはクーデターを起こした主犯らしき男の骸が抱えていただけであり、あのようなものが入っているとはルーカスも思っていなかったのだ。


「うう……なんで僕ばっかりこんな目に」


 そして、理不尽に投げ飛ばされて一人危険地帯に放り出されたコルトはどうしたものかと頭を抱えるしかなかった。

 魔物だから邪悪な何かは味方である……なんて、そんな楽観的なことを考えるほどコルトも馬鹿ではない。現状、コルトからすれば危険生物に囲まれている孤軍でしかないのであった。


(あの本から出てきた謎の生物は危険に決まっているが……このコボルトは何なのだ? 敵、だとは思うが……)


 ぶつけた頭を涙目で摩っているコボルト――コルトの存在は、ルーカスからすればやはり謎の存在である。

 いくら消耗し、更に原因不明の痛みに蝕まれているといっても、それでもルーカスは七聖人。その辺の魔物など触れただけで消し飛ぶ力を纏っているはずなのだが、そんな自分と勢いよくぶつかっても痛いで済んでいる魔物が普通のはずないのだから。


「……しかし、これどんな状況なんだい? 随分賑やかのよーだけど」


 そして――本から解放された存在からすると、現状は意味不明のようであった。


「どんな状況……と問われれば、キサマが出てきて大混乱というところだな。何者なのか……名乗れ」

「おや、これは失礼したね。僕はしがない亡霊……それとも、悪魔と名乗った方がいいかな?」

「悪魔、だと?」


 ルーカスの警戒心は一気に跳ね上がる。

 魔王復活前の、魔物が弱体化した時代であっても危険視される種族――悪魔。自らを悪魔と名乗った未知の魔物を前に、聖人であるルーカスが敵意を露わにするのは当然のことだ。

 だが――


(今の状態は不味い……。神の指輪(ゴッド・ブレイブ)の過剰使用でただでさえ弱っている。しかも原因不明の胸の痛みがある状態で、これほどの悪魔を滅することはできるか?)

(あ、この人……)


 本来七聖人であるルーカスがする必要などないはずの『勝算を計算する』思考。

 圧倒的力で敵を蹂躙することができる七聖人であっても、人間だ。疲労もすれば病気にもなる。時には力を大きく落とすこともあり、今がまさにそのときなのだ。

 そんなルーカスの状態に疑念を持ったコルトは、危険人物二人から無視されているのをいいことに無言で観察を始めていた。


「そーだよ? 僕は悪魔。冒涜の悪魔さ。名前はヨグニ。ヨグニ・ソグラス。どうぞよろしく」


 枯れ木のような不気味な身体で、あたかも紳士のように頭を下げる――頭部は存在しないので、正確には腰を曲げた――悪魔ヨグニ。

 その態度からは、本来聖人を前にした魔物が感じるべき恐怖や闘志が全く感じられない。まるで、ルーカスのことなど脅威とは見なしていない……とでも言いたげであった。


「冒涜の悪魔……ヨグニか。悪魔とあれば一切の慈悲は不要――ここで浄化する!」

「ふーん……。キミが誰かは知らないけど、確かに強そうだ」

「俺はエルメス教国が七聖人の一人、ルーカス・『アト』・グルマート。エルメスの神々に変わり、邪悪を成敗する!」

「エルメス……? 久しぶりに聞く名だね。僕が本に封じられてからどれくらい経ったのかわからないけど、まだ生きてたんだ」

「神は不滅だ!」


 世界に名を轟かせるエルメスの神々の名を聞いてこの反応。本に封じられていたという発言からも、ルーカスはこの悪魔ヨグニはかなり古い時代の存在であると推察する。

 もしかしたら、千年前――人類にとって最悪の時代とされた、魔王時代の住人かもしれないと。


「うーん……しかし、僕を成敗するか。難しいんじゃない?」

「なに……?」

「確かに、悪魔とは名乗ったけどね、実際には、今の僕は亡霊みたいなものさ」

「亡霊だと?」

「そうなんだよ。実は、とっくに死んでいるみたいなものでさ……僕。消滅寸前に、残った力を本に封じて無理矢理延命しているって感じなんだよね」


 悪魔ヨグニは軽薄な口調で、自らが既に死んでいると語った。


「昔、とんでもない奴と戦うことになってね。そこで消滅寸前まで追い込まれちゃって、消える前に自分の功罪(メリト)を本に封じたんだよ。自分の魂を混ぜ込む形でね」

「……功罪(メリト)武器に人格を移した、ということか」

「まーね。だから、今の僕は本来の力よりもずっと弱っているし、性質上所有者がいて初めて動くことができる。ずーと本のまま動けずに埋もれていたんだけど、最近少し前に偶然僕を見つけた所有者を得ることができてね。彼は王族を殺してやりたいって願っていたから、その願いを叶えてあげたんだ。その魂と、手にかけた人間の魂を対価に貰う代わりにね」

「――小国アルバンの壊滅か」

「名前なんて知らないけどね」


 小国アルバンを滅ぼしたのは、目の前の悪魔の亡霊。それを改めて確認したルーカスは、握りしめた槍に力を込めるのだった。


「今はその時に手に入れた魂や魔力で実体化しているに過ぎない状態でさ。所有者も僕の力に溺れて死んじゃったし、また都合のいい傀儡を探さなきゃいけないわけ。だから――」

「もはや、問答は無用!」


 どれほど弱っていても七聖人。これ以上の使用は死ぬかもしれない、と理解しながらも神の指輪(ゴッド・ブレイブ)の力を解放する。

 自らの生命力を削り命の光を作り出し、それを自らに再び戻す。神器の力で増幅された生命力は瞬間的にルーカスの身体に活力を与え、同時に命を削っていった。


(長くは持たん! 一撃必殺で――)


 命の輝きに包まれた姿。勇気の功罪(ブレイブメリト)にも似た姿となったルーカスは、僅かな時間しか維持できない本気を超えた速度を発揮する。

 並みの魔物では殺されたことを認識することすらできない速度。音を置き去りにして一本の矢のように飛び出したルーカスは、手にする槍でヨグニの胴体に向けて全力で突いたのだった。


「あまり力の無駄遣いしたくないんだよ」

「――何だと」


 確実に貫いたと思ったルーカスの攻撃は、何の手応えもなく空を突いた。胴体の中心を狙ったはずの槍は、大きく狙いを外してヨグニにかすりもしなかったのだ。

 高速移動、瞬間移動、幻術など、ルーカスの脳裏には今の現象を説明できる敵の能力が巡るが、その答えを出す暇はなかった。


「確かに、今の僕だとキミはかなり強そうだ。だけど――今のキミじゃ、僕に傷を付けることはできないさ」


 ルーカスの槍から何らかの手段で逃れたヨグニは、枯れ木の指をルーカスの胸に向け――ほんの少しだけ、魔力を放つのであった――

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他力本願英雄
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[一言] 美少女じゃなくてコボルトが降ってくるとか、 これはまさしく魔王の所業…!!
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