第201話「最優先されるは」
「まさか、こんなことになるとはな……!」
聖人ルーカスは、燃える村人ゾンビを聖句によって縛り上げていた。
「いやー……。葬儀中に死者が蘇るなんて物語でも中々お目にかかれない光景を見ることになるとは思いませんでしたよ。いえ、最近似たような話は聞きましたか」
ナイフを片手に、燃える死体を興味深く観察している吟遊詩人アラシャは自分の感想を素直に述べていた。
ルーカスとアラシャは、森の異変との戦いの後、そのまま葬儀に参加していた。
予定よりもかなり時間を食ってしまったこともあり、既に葬儀の予定時間ギリギリの帰還となったのだ。
村の外で獣の動死体モドキが暴れまわる異常事態で葬儀なんてやっている場合か、という考えもあったが、葬儀は葬儀で大切なことだ。残された者たちの心の整理という意味はもちろん、病死という未練の残る死を供養せずに放置すればこっちはこっちでモドキではない不死者騒動が起こってしまうかもしれないのだから。
そのため、葬儀の後村人たちを避難――伝染病のこともあり隔離の意味もあり――させようとしていたのだが、いざ火葬という段階になり棺が焼け落ちたところで中の死者たちが立ち上がり襲い掛かってきたというのが今の状況であった。
(俺に感知されないネクロマンサーでもいるというのか? しかし、だとすれば弱いが……)
ルーカスは、弔うべき死者の肉体を傷つけることに躊躇いを覚えていた。
ただ不死者化したというだけならば容赦なく破壊するところであるが、利用されているだけの死者に鞭打つような真似は聖職者としてできない。
そのため、本来戦闘には適さない長い言霊を唱え『拘束の聖句』により燃え盛る死体たちを足止めしているのであった。
「た、祟りだ……」
「もう村はお終めぇだ……!」
「神様、お助けくだせぇ……!」
あまりにも過酷な状況に、逃げ遅れた村人たちは地に伏して神に祈りを捧げるばかりだ。
普段ならばその姿勢は評価すべきかもしれない。が、今はいいから逃げろと声を大にしたいルーカスであった。
「これ、止めているだけでは解決しませんよ? 燃え尽きるの待ちですか?」
「幸いにも、数は数名の死者だけだ。どんな原理で動いているのかはわからんが、流石に燃え尽きれば……」
アラシャが手を出せずに聖句で足止めに終始しているルーカスへと問いかけるも、ルーカスは現状維持以外にできることはなかった。
とにかく、イレギュラーな事態であるとはいえ、本来の流れに従い死体が燃え尽きるまで待つ。そうすれば、この異常事態も収束するだろうと。
しかし、悪いことというのは重なる物なのであった。ドタドタと、大量に何かが近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。
それも、人のものではない――獣の足音が。
「あれは……」
「森の獣動死体だと!?」
燃え盛る村人動死体の悲鳴でも聞いたのか、森からわらわらと獣動死体モドキが村に向かって押し寄せていた。
動死体モドキの駆除を神器の力で行わせていたルーカスだが、いくらなんでも一日二日で広大な自然に住まう敵のすべてを駆除できるわけもない。
まして、まだ命を宿す剣を取り出してから数時間も経っていないのだから。
「多分同じものでしょうが……仲間の危機に駆け付けたんですかね?」
「だとしたら見上げたものだが、今はシャレにならんぞ!」
仲間意識は美しいことだが、動死体の友情など生きている人間からすれば迷惑なだけだ。
元々、聖句は戦闘用に用いるには隙の大きい技術。相手が少数だからこそ今は使えているが、流石に遠目から見ても軽く100体は超えていること間違いなしの軍勢を相手にするのは不可能だ。
それでも、ルーカスだけならばゆっくり倒していけば問題はないのだが……
(悠長なことを言っていては、村人は全滅する……!)
村人の安全を第一に考えるならば、躊躇している場合ではない。
他の七聖人たちがもつ神器と比べて――神が与えた力に文句を言うことそのものが不敬という考えは今はよそに置いておく――使用にリスクがある神の指輪の連続使用は本来やるべきではないのだが、自分が身体を張るだけで救われる命があるのならばやらない道理はない。
「聖鍵解放――第二級までだ!」
召喚の聖具を取り出し、自らが保有する武装を大量に呼び出すルーカス。この召喚も魔力コストはルーカス自身からの持ち出しであるため消耗するのだが、七聖人の膨大な魔力をもってすればさほど気にすることではない。
製作者の呼びかけに応じて現れる無数の武具たちは、当然重力に従い地面に落ちる。このままでは使用者のいないただの鉄くずだ。
「【神の指輪】解放!」
だからこそ、ルーカスは休む暇もなく神器を解放する。
神の指輪の能力は、生命力の活性化。所有者の魔力と生命力を対価とし、生命エネルギーの塊である命の光を作り出すことだ。
命の光を与えられた生命はその命を超活性させる。死にかけの老人であっても全盛期以上の活力をもって動き回ることができるし、余命幾ばくもない病人であっても健康体以上に活動的となり、瀕死の重傷者ですら本調子を超えた120%の力を発揮するようになる。
それどころか、本来生命エネルギーなど持たない無機物すら命の光を与えられれば一時的に命をもって動き出す。まさに、生命の根源と呼ぶべき奇跡の能力なのである。
発動に魔力だけではなく生命エネルギー……つまり体力を使うため、乱用すると聖人であってもかなりの疲労を覚え、使いすぎれば寿命が縮みかねない――それどころか、最悪死亡のリスクはあるが、その効果はすさまじいものだといえるだろう。
最も、リスクがあるのはルーカス側だけではなく、命の光を与えられた側にもあるのでいずれにせよ乱用するつもりはないルーカスであるが。
(命の光は本来、命あるものを強化するサポート神器なのだが……強すぎる力は器ごと破壊する。やはり武具に命を宿すのが最善か)
命の光は膨大な生命エネルギーを対象者に与えるが、同時にその身体を蝕むのだ。
決して、毒や呪いの類ではない。あくまでも純粋なエネルギーであり、対象の助けになるものであることには変わりない。
だが、悪意などこれっぽっちもなくとも莫大な力とはそれだけで危険なのである。先ほどの例でいえば、老人も病人もけが人も命の光が残っているうちは元気に動き回れることだろうが、与えられた力を使い切れば前以上に身体は弱りそのまま死亡する、ということである。
命の光のエネルギーにも耐えられる強靭な肉体の持ち主でなければ、神器の真の恩恵を受けることはできないというわけだ。
「――命を宿した我が作品よ。迫る敵を滅ぼせ!」
だから、ルーカスは壊れても後悔は無い自作の試作品や失敗作を使うのだ。
しかし、本来、この手の無から軍勢を作り出すのは同じ七聖人、聖女アリアスが持つ神の杖の能力だ。
ルーカスがやっているのはその劣化であり、神器本来の能力を活かしているとはいえない。神の指輪の真価は強者を更に強くすることであり、有象無象の兵を作ることではないのだ。
「これで何とかなるか……? いや、武具兵にそこまで細かい動きはできない。取りこぼしはでるか……」
命を宿した武器たちはルーカスの命令に従って飛んでいったが、所詮は仮初めの命を宿しただけの存在。目の前の敵を倒せ、という単純な命令が限界であり、敵の動きを見て取りこぼしのないように戦え、などは不可能だ。
それで数と数の戦いを行い、全てを防ぐことはまず無理である。
「最優先されるは、民間人の命――」
世の理として、絶対的強者が一人いれば『敵を倒した方が勝ち』という前提条件の戦いに勝つことはできる。
だが、戦いにおける勝利条件などその時々によって変わるものだ。一人の絶対強者は自分が殺されることなく敵を滅ぼせ、ということならば容易く達成できるが、自分以外のか弱い一般人を守れとなれば簡単にはいかないのである。
なにせ、一人しかいないのだ。民間人一人助けている間にほかの民間人が死ぬ、という状況になることは避けられない。どれだけ超スピードや特殊能力を駆使してみせても一人では限界があるのであった。
故に、この状況はルーカスによって最悪に近かった。
どれだけ七聖人が強くとも、防衛戦は味方の数が何より肝心なものであり、単独行動中の今多数の雑魚の群れというのは最悪の敵なのである。
そういう時は、大将首を狙うのが定石だ。単独である以上は防御よりも攻撃に出るべきであり、その時狙うのは有象無象ではなく仕留めれば敵勢力を止められる司令官である。特に、特定の術者によって操られている魔道的な兵力ならば一人潰せばそれで壊滅なのだから。
だが、相手が原因不明のゾンビ集団ではそれすら不可能だ。そもそも司令官がいるようには見えないし、術者を探そうにもいったいどういう原理で死体が動いているのかも皆目見当がつかないルーカスではお手上げであった。
(アラシャ――だめだ。あいつも民間人、頼ることはできん)
危険を承知で聖人であるルーカスに勝手についてきているアラシャだが、その実力は高い。一人が二人になっても焼け石に水かもしれないが、それでも一人で頑張るよりはずっと心強いことだろう。
それを理解しないルーカスではないが、個人的信条により却下する。名乗っている肩書に比べて強すぎる怪しい人物であるが、それでも現状は巻き込むべきではない一般人なのだ。
「うーん……見栄えの悪い戦いですが、はてさてどうなるやら」
当のアラシャ自身も、そこまで積極的に協力するつもりはないようであった。
彼女は吟遊詩人、語り手だ。その本文は英雄たちの物語を見聞きし語ることであり、自らが舞台に上がる役者ではない。
その信条に従い、アラシャは自ら動くつもりはない。英雄のサポート、くらいならば許容範囲だが、自ら視点人物になり英雄の仕事を奪うようでは語り手として未熟というほかないだろう。
そんな二人は、結局現状の戦力で動死体軍とぶつかるしかなかった。
ルーカスは一人獅子奮迅の活躍を見せるも、当初の予想は覆らない。アラシャはマイペースに自分に降りかかる火の粉を払うだけで、村人の世話まではしない。
「――【神の指輪】! 立ち上がれ、我が作品よ!」
結果、ルーカスは更に無理をするしかなかった。
ルーカスの神器は使用の度に、持ち主の生命力を消費する。他の神器は自身に宿る魔力だけで大体の力を行使可能で、更に大きな力を使おうとしても追加で魔力を注ぐだけでいい。聖人という例外なく多量の魔力を持つ肩書の持ち主達からすれば、まず問題にならないコストのはずだ。
しかし、神の指輪という生命力を必要とする神器だけは、魔力以外にも生命力を必要とするため、本来使ってはならないラインを定めておかねばならない。
ルーカスは、それを百も承知で無視した。魔力だけならばまだまだ有り余っているが、自身の活動に影響が出るレベルで命の光を行使したのだ。
絶対に越えてはいけないラインだけは越えないように、そのギリギリを見定めて。
すると――
「――ん?」
ルーカスは、胸の辺りに違和感を覚えた。
聖人として苦行も熟してきたルーカスならば、本来何も問題はなかったことだろう。しかし……神器の過剰使用によって通常ではありえないほどに弱ったことで、胸の違和感は一気に広がっていくのであった。
「何事だ?」
常人ならば、痛みに悶え苦しみ倒れてしまうことだろう。
しかし、ルーカスが聖人として積んできた修業は半端なものではない。少なくとも、痛み程度で心を乱すほど軟ではない。
そんなルーカスだからこそ、自分の胸の中で何かが起こっていることを客観的に分析できるのであった。
「これは――」
自分自身の異常を確認している間も、武器たちは動死体モドキと戦っている。
召喚生物を制御しなければならない普通の召喚系功罪とは異なり、神の指輪は一度使いさえすれば完全オートなのでルーカスが意識を逸らしても問題はない。
だから、痛みの分析に集中することができたのだ。
それで、本来ならば問題はなかった。ゆっくりと自分の異常を分析し、後は魔力のごり押しで大半のことは何とかなっただろう。
だが――今だけはダメだった。ルーカス自身も想定していなかった体内からの消耗によって、本当に越えてはいけないラインを越えてしまったのだ。
「しま――」
ルーカスが懐の中に持ち歩き封印していた『悪魔の書』の封印。
その維持だけは決して崩さないように計算していたというのに、ルーカスからすれば謎の消耗によって、封印に亀裂が走ったのだった。
「いかん! 再封印を――」
ルーカスは破れた封印を何とかしようと、自身の生命維持すら後回しにして悪魔の書の封印に力を注ぐ。
そんなとき――
「ああぁぁぁぁあぁぁ」
「は?」
突如、頭上から切ない悲鳴が聞こえてきた。
何事かとルーカスが思わず顔を上げると、そこには――
「ぶべっ!?」
「ぬおっ!?」
小さな毛むくじゃらの魔物――コボルトが、ルーカスの頭に思いっきりぶつかってきたのであった。