第200話「ダメかな? 助けないと」
第200話となります。
「お疲れー……御免ね? 急にお願いしちゃって」
「別に構わないわよ。どうせ配下達の運動ついでだし」
村人の死体が動き出すという怪現象を目の当たりにしたコルトは、マジーへ協力を仰いで研究を進めていた。
それと並行して、拠点の強化を進めていたアラフにもまた指示を出していたのだ。もし『周辺に不死者反応がないのに動く死体があれば、種族問わず捕獲してほしい』と。
アラフはコルトの要請を受けて、拠点構築のために呼び出していた大蜘蛛達を派遣した。それによって、人里離れた山や森といった場所に、獣の動死体モドキが大量に潜んでいるのを発見したのである。
「それにしても……予想的中だね」
蜘蛛糸で雁字搦めにされながらも、もごもごと動いている獣動死体モドキ。
コルトはそれを見ながらも、やはり感染は人間だけに広がるわけはないのだと頷くのだった。
「予想というのは?」
「うん。出発前に説明したとおり、伝染病の正体は寄生蛭。心臓に寄生して宿主から血を奪いつつ、死んだ後は血管を使って死体の全身に体液……僕は蛭液って呼んでるけど、その蛭液を流し込んで死体を操る生態があるんだ」
「ということは、この不死者もどきもその蛭が?」
「多分ね。それを確定するためにも、さくっと開いて中身を見ようか」
コルトはそう言って、蜘蛛糸で蓑虫のような状態になっている獣の胸を切り裂いた。
本来なら糸を剥がして丁寧に解剖すべきかもしれないが、死んでも暴れるのだから仕方が無い。
そうして、心臓を剥き出しにしてみると――
「やっぱり、蛭がいるね」
「そうね……気色悪い」
うごうごと心臓周りで蠢く蛭の大軍に、アラフは嫌悪感を露わにする。
大蜘蛛種であるアラフからすれば外見の気色悪さなどさほど問題ではないのだが、それでも宿主を殺して死体まで操ろうとする寄生虫の類いなどには嫌悪感を覚えるのだった。
「それで、その蛭液の成分なんだけど――マジー?」
「魔道的な見地から見るなら、これは確かに無の道に近しい反応が見られたよ。蛭液そのものを動かすってだけのシンプルなものだけどね」
「じゃあ、やっぱり全身に蛭液を流した後、蛭液を動かすことで間接的に死体を操作しているってわけか……」
蛭液の死体操作の原理はわかったと、コルトは軽く頷いた。
「成分分析の結果としては、この蛭液は一種の生殖液だったよ」
「生殖?」
「うん。この蛭液、中は小さな蛭の卵でびっしり。その他の成分から考えて、卵が孵化するための栄養素を詰め込んだ培養液ってところかな」
「それは、気持ち悪いですな……」
コルトの解説に、思わずといった様子で呟いたクロウ。彼もまた、元とは言え自然の中で戦うハンターなのでその手の耐性はある方なのだが、生理的に嫌悪するのは仕方が無いだろう。
「ここからは推測混じりだけど、多分この蛭は蛭液を宿主となる生物に流し込むんだ。蛭液はそのまま血管に混じって血流に乗り、卵が心臓へ到達。そこで孵化してそのまま心臓に寄生して血を吸って成長。そのうち宿主が死んだらその死体を操って次の卵をまた別の宿主にって感じで繁殖するんだと思う」
「流し込む方法は?」
「噛みつくとか引っ掻くとか、とにかく宿主ゾンビを操って対象に血が出る程度の怪我を負わせることだと思う。あるいは単純に蛭として噛みついたりとかね。血管を利用して全身に巡っているから、どこからでも蛭液を死体から送り出すことは可能なんだよ。これは予想だけど、寄生状態でも宿主なしの裸状態でも問題なく活動できる……というか、死体が長持ちしない関係上外で動いている方が数多いんじゃないかな?」
一晩で蛭の生態を概ね分析し終わったコルトは、寄生蛭の繁殖に関してかなり具体的な仮説を立てるに至ったのだった。
説明だけで顔を引きつらせる面々であるが、皆修羅場慣れした戦士達。すぐさま危険への対処へと頭を働かせる。
「掠っただけでいいとなると……流石に怖いね。配下達に寄生されていないか確かめる方法あるかい?」
「簡単に誰でもってのは難しいけど……魔道で生命感知検査するしかないかな、今のところは。卵状態の感知となるとかなり難しいけど……」
そこまで言って、コルトはマジーの方に目を向けた。
「ま、私クラスならば予め卵であるってわかっているなら感知できるよ。並みレベルじゃ難しいけどね」
コルトの無言のパスを受けて、マジーが魔道士として回答する。
初めから感知すべき対象がわかっているならば、一流ならば探知は十分に可能だと。ただし、一流未満のものでは不安が残る、という意味でもあると。
「んー……まあ、今はマジーにお願いしようか。大蜘蛛の血液でも蛭が繁殖するのかも興味あるし」
100点の検査方法とはとても言えない人を選ぶ方法だが、それでも今はいいかとコルトはマジーに依頼をすることにした。
村人ゾンビの拳を白衣越しとはいえ自分の腕で止めたコルト自身にも不安はあるが、自分の身体は既に自分で検査しているので問題はない。
なお、蜘蛛にも血液はちゃんと流れている。人間のようにヘモグロビンを含まない体液であるため赤くはないが、ちゃんと血液自体はあるので寄生を心配する必要はあるのだ。
「ところで……ゾンビに襲われるのが感染条件だとすると、何故村人達に集団感染しているのでしょうな? もしゾンビに襲われた、なんて事があれば原因不明の病とは言わないでしょう?」
マジーが大蜘蛛達の検査に向かったところで、クロウが疑問を投げかけた。
その言葉はそのとおりであり、そんなわかりやすいことがあるのならばどんな馬鹿でも直接の原因として考えるだろう。
しかし、残念ながらその問いにはコルト自身も明確な答えはまだ出せていないのであった。
「そうなんだよね……襲われたんなら誰でもそれが原因だと考える。それがないってことは、少なくとも襲われたってほど派手なことは起きていない、もしくは血液感染以外にも感染ルートがあるってことになるかな?」
「その他の感染ルートはわかりますが、派手なことが起きていないとは?」
「例えば……さっきも言ったけど、寄生蛭が普通に噛みついただけ、とか? あんまりにも数が多いと流石に誰か疑問に持つと思うけど……そうじゃなくても本人が襲われたと認識できないような小さなものから寄生されたって事はあると思う。蚊みたいな小さな虫を媒介にする寄生虫もいるしね」
寄生虫の感染ルートして考えられる例を幾つかあげるコルト。
そのどれもまだ仮説の域を出ないが、小さな寒村一つ、という程度の範囲で収まっている内はどの説でも表面化しないということは十分にあり得る話だ。
「後は、寄生された動物とか卵が付着した植物とか水とかを飲んだり食べたりとかが定番かな。宿主を捕食させることで入り込むなんて寄生虫の常套手段だし」
「目に見えない脅威というのは厄介ですな……剣で対処するわけにもいきませんから」
「そうだね……。実際、シルツ森林でも死因の上位に来るからね、病原菌や寄生虫の類いは」
寄生虫の問題は魔物達にとっても他人事ではない。むしろ、自然の中で暮らす魔物こそ危険視すべき問題である。
コボルトもゴブリンも、寄生虫にやられて死亡した例などいくらでもあるのだから。
「で……考えないといけない問題は大きく二つ。一つは感染ルートを特定しての予防。もう一つは、寄生された後の駆除薬の開発」
「予防と治療……ね。予防の方は時間かければある程度は特定できるかもしれないけど、駆除薬って簡単に作れるのかしら?」
「無理。副作用とか一切無視していいなら五秒で用意できるけど、投薬後も患者が死なず健康に影響がないって条件つけるなら本気で取り組んでも年単位でかかると思う」
寄生虫を殺したが患者も死んだ、では本末転倒であるため、患者には影響なしだが寄生蛭は死ぬ、という都合のいい薬品を作らねばならない。
ただ殺すだけなら手持ちの毒薬でいいんだけどね、とコルトは呟くのだった。
「いずれにしても、ここでできるのはここまでかな……。これ以上となると、しっかり予算組んで人集めないことにはどうにも――」
「あら? ちょっと待って」
今できることはやりつくした。そうコルトが締めようとしたとき、アラフが待ったをかけた。
「どうしたの?」
「村の方を監視させていた配下から連絡が入ったんだけど……なんか、すごいことになっているみたいよ」
「すごいこと?」
アラフは配下の大蜘蛛に、サーバ村を監視させていた。
クロウ経由で調査した寄生蛭が入っていると思われる遺体の扱いとして『箱に入れて燃やす』と聞いたコルトは、それならば問題はないだろうと特別なアクションは起こさなかった。だが、一応何かあったときのために監視を依頼していたのだ。
その監視網の一つから、緊急連絡が入ったとのことであった。
「えーと……なんでも、火が付いた死体が暴れているそうよ」
「え?」
大蜘蛛からの報告によれば……火だるま死体が村で暴れている、という中々に凄まじいことになっているようであった。
それを聞いたコルトは――
「燃えた死体? 火に包まれても死なないのかな?」
襲われている村人のことなど一切気にかけることなく、燃えながらもまだ活動する蛭の生態について思考を巡らせていた。
「燃やしてみるのはやってなかったな……火に耐性がある? いや、火をつけられて生命の危機だからと暴れだした? 胸を開いたら暴れだしたことから考えると、後者かな?」
「あの、いいですかな?」
蛭入り死体を破損するようなことをすると、防衛するために動き出すのか――とコルトが考えていたら、今度はクロウから待ったが入るのだった。
「え、あ。ごめん。どうしたの?」
「いや……助けに行かなくていいのですか? 村人が襲われているらしいですが」
「あー……ダメかな? 助けないと」
クロウの申し出は、村人の救援にいかなくていいのかというものであった。
昔のクロウならば一も二もなく村人を助けに走っただろうが、今のクロウは既に魔王配下として生きることを誓った身。できれば苦しむ同族を助けたいとは思っているが、それはもう魔王軍の利益に優先することではない、というのがクロウなりのけじめである。
「ウルからは病の解決をしろって言われてるけど、それって村人の安全確保も含まれていると思う?」
「え? いや……」
一方コルトからすれば、人間を助ける義理などこれっぽっちもないのだ。
個人的に友好関係を結んだ相手ならば時間と労力をかけても救いの手を差し伸べるだろう。しかし赤の他人が相手となると、特別なリスク、コストをかけることなく解決できる程度なら手を貸すくらいはかまわない、くらいのものだ。
元々人間を憎んでいるのがコルトの根っこであり、人間というだけで全てに敵意を向けるのは愚かなことだと理解しているので積極的に悪意を向けたり危害を加えるようなことはしないが、だからといって善意や施しまで期待されても知ったことかというスタンスなのだから。
「えーと、うーん……でも、村が滅んだら被検体がいなくなって後で困るかな? どうせ死ぬならお願いしたい死に方いくらでもあるし」
コルト個人の感情はこれ以上ないくらいドライなものであるが、複雑な表情になったクロウの様子を見て人間を助けるメリットを絞り出し始める。
クロウは自分たちの群れを全滅させたハンターたちの親玉、という中々に複雑な立場の人間であると同時に、今は同じ群れに属する仲間なのだ。魔物の常識として、今同胞ならば過去のことは水に流すとその辺はすっぱり割り切って内側に入れているコルトであった。
とはいえ、そのメリットの提示もまた中々に魔王の悪影響が見られるものであったが。
「助けに行く、ということならちょっと待ってくれる? 続報があるから」
クロウの顔を立てて村人救出に舵を切ろうとしたところで、アラフから追加報告があったと告げられた。
「え? 燃えるゾンビが村人を襲っている以外にも何かあるの?」
「ええ。なんでも、村人とは異なるやたら強い雰囲気の人間が二人混じっているらしいわ。妙に気配が薄くて今まで気が付かなかったらしいけど」
寒村の貧弱な村民たち。そんな、魔物からすればエサ以上の価値を持たない集団の中に、何らかの手段で力を隠ぺいしている強者が混じっているというのであった……。