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第2話「ここに契約は成立した」

 人と魔物が対立しあう世界。

 魔物の中でも弱く、食われる側の弱小種族――コボルト達は、洞窟の中で身を寄せ合って生きていた。

 腹を満たす肉にありつくことなどほとんどなく、彼らでも採れる虫や草を食らうことで必死に命をつないでいたのだった。


「……うん、そんなものだね」

「コレ、イイカ?」

「十分だよ」


 大人コボルトが採ってきたギチ虫と呼ばれる虫を食べ、子供コボルト達は今日の活力を得る。

 しかしできることなら肉を食いたい。そのためには狩りを成功させなければならないのだが、コボルトの力で獲れる獣などまずいない。小動物にすら負けることもある小柄なコボルト達にとって、肉を得るとはそれだけ困難な話なのだ。

 しかし、総勢40匹ほどの群れであるこのコボルト達は違った。一見ただのコボルトの群れだが、唯一異彩を放つ子供コボルト――コボルトとしてはあり得ないほどの知恵を持つ天才少年コルトがいたのだ。

 コルトの指示の下、普通のコボルトではあり得ない罠を使うという発想――落とし穴を作るため、その材料であるツルを結んでいるのだった。


「後はこれを格子状にすればいいんだよ。こんな感じで」


 コルトが実演する作業を真似て、コボルト達も働く。

 落とし穴に獲物がかかれば、本来絶対に捕らえることができないような大きな獲物を捕らえることができるかもしれない。

 明るい未来に向けて、準備をする。日々を怯えながら暮らしていただけのコボルトからすれば夢のような時間だったのだ。


「ワカ――ギッ!?」


 しかし、その儚い夢は無慈悲な一矢によって砕かれる。一匹のコボルトが驚いて出した鳴き声と、直後に匂ってきた鼻を突き刺すような刺激臭を開幕の合図として、絶望はあっさりと訪れるのだった。

 火だ。火矢が打ち込まれたのだ。コボルトが巣にしている洞窟に燃えるものなど、落とし穴用のツルくらいしか無い。だが、撃ち込まれた火矢の先端には特殊な薬を染みこませた布が巻いてあった。その布が燃えることで多量の煙を発生させ、洞窟の中にいるコボルトを燻すことを可能にした物だった。

 加えて、その煙には人間程度の嗅覚でも顔を顰めるような嫌な臭いがついており、鼻が利くコボルトからすれば洞窟の中はあっという間に地獄と化したのだった。


「ギ、ニゲロ!」


 群れの長であるコボルトは、慌てて命令を出した。このまま洞窟の中にいたら蒸し焼きになってしまうと恐怖したのだ。

 鼻を突き刺す臭いも加えて完全にパニックとなったコボルト達は、族長の命令に従いただ駆け出すしかなかった。


「待って! ただ外に出るのは危ない!」


 コボルト達が大慌てで洞窟の外を目指して走りだす中、コルトは一人叫んだ。

 元々そんなに深い洞窟ではない。外から居住区まであっさりと火矢が届いたことからも分かる通り、入って30秒もあれば最深部まで到達できてしまうような小さな洞窟なのだ。

 故に、コボルト達はすぐに出口に到着してしまう。ただ一人、煙から逃れるべく外に走るのではなくその場で屈むことを選んだコルトを除いて。

 外にはこの火矢を撃ち込んだ犯人がいる――そんな悲痛な叫びを上げたコルト以外の全員が、殺戮者が手ぐすねを引いて待ち構える外へと無防備に出てしまったのだ。


「ギィ!?」

「ギャッ!!」


 自慢の鼻を異臭が潰している中、コボルト達に待ち伏せを防ぐ手段は存在しなかった。

 コボルトは肉体的に脆弱であり、これといった特殊能力も持たない種族だ。コボルトの戦いとは鼻で外敵を察知し、小柄故の敏捷性を利用して外敵から逃げることを指す。正面から戦って勝つなど夢物語だ。

 それは動かしようのない事実。それを証明するかのように、殺戮者を前にコボルト達は無残に倒れていった。


「ひゅう! ナイスヒット!」

「この群れは50匹くらいか?」

「……狩りに出ていたオスの数からの推定と、マナセンサーの反応とも一致。問題ない」


 コボルト達の頭に次々と矢を撃ち込んでいるのは、三人組の人間だった。

 火矢を放ち、飛び出してきたコボルトの命を奪っている弓矢の男。弓矢の男を守るように立つ、大きな盾を持った男。そして森の中に入ってくるには少々不釣り合いな軽装の、目つきが鋭い小柄な女の三人だ。

 シルツ森林は魔物の領域であるが、こうして時おり人間が侵入してくる。その目的はマナ、あるいは魔力と呼ばれるエネルギーが濃い環境でのみ発生する『異界資源』と呼ばれるこの森の資源の採取、あるいは森で暮らす魔物の狩猟だ。

 今まさにコボルト達の命を無慈悲に狩り取っていく人間達の目的は、後者だった。三人の人間達は魔物を殺しに来たのだ。

 何故コボルトのような、特別に強い牙も爪もなければ食用にも適さない魔物であっても狙われるのかと言えば、全ての魔物が保有する体内器官、魔石と呼ばれる魔力エネルギーの結晶を入手するためである。

 人間達は、魔物を殺すことで手に入れることができる魔石を重要なエネルギー源としているのだ。

 また、奴隷、愛玩動物として捕獲するというケースも多々あるが、捕獲は難易度が高い上に手間もかかるため、彼らは今回皆殺しを目的としているのだった。


 もっとも、そんな事情はコボルト達には関係が無い。

 彼らが今思っているのは、痛いという事実。そしてこのままでは群れが全滅するという危機感だけであった。


「――ギィ!」


 人間の中の一人、弓矢を手にして次々とコボルト達の命を奪っている男に向かって、数体のコボルトが突撃を仕掛ける。

 まだ鼻が潰れていて感覚があやふやであるが、それでも突っ込む以外にはないと判断し、いざというとき外敵と戦うこと――勝利するためではなく、群れが逃げる時間を稼ぐため――も役割としている狩猟班が動いたのである。

 種の存亡を懸けた突撃――そんなものの無意味さをあざ笑うかのように、弓矢の男の代わりに丈夫で大きな盾を持った男が前に出てくる。

 コボルトの全長を超えるほどの盾を、男は軽々と扱い壁とする。コボルトのひ弱な突撃は盾で軽く弾かれ、ぶつかったコボルトの方が怪我をする有様だった。


「……群れは多分、全部出てきた」

「そーか。んじゃ、トドメ頼むわ」


 盾の男は片手で少々短めの剣を持ち、倒れたコボルト達の首を刎ねる。

 弓矢の男はコボルトが逃げ出さないよう、離れようとするコボルトを優先的に射殺す。

 そして、しばらく時間をかけて全てのコボルトがいぶり出されるまで待っていた軽装の小柄な女は、ようやく自分の仕事がやって来たと右腕をコボルト達に向かって突き出すのだった。


「――[地の道/二の段/雷球]」


 小柄な女がブツブツと何かを呟くと、女の手からバチバチと雷鳴を響かせる球が出現した。

 天の怒りと恐れられる雷を球形にしたかのようなそれは、女の意思を受けて飛ぶ。狙いは当然、固まっているコボルト達だ。

 雷球と呼ばれたそれは、コボルト達の中心まで飛ぶと同時に弾けた。内に秘めた雷撃を、これでもかと炸裂させたのだ。


「ギィィィッ!?」


 突然の電撃に、コボルト達に為す術はない。感電によって身体の自由を奪われ、大半がそのまま命を落としていった。


「……任務完了」

「相変わらず無口だねぇ」

「だが、やはり心強い。魔道士は一人いるだけで火力が違う」

「まぁな。俺らだけじゃいくら雑魚つっても全滅はちと厳しかっただろうしな」


 群れのコボルトの大半が死亡した。死んでいない者も、それはただ偶然生き残っただけ。身体が痺れて指一本動かせない状態では死んだも同然だろう。

 そんな惨劇を起こした人間達に、罪の意識など欠片もない。当たり前だ。彼らにとって、これは極当然の行い――人の害をなす恐れがある魔物を討伐し、更に人に有益な素材を入手できる正義の行いなのだから。


「で、これで全滅か?」

「……待って。念のためサーチする」


 魔道士と呼ばれた女は腕に巻いている機械を操作する。

 その機械にはモニターが付いており、画面には幾つかの光点が示されている。その一つ一つには数字が表示されていた。

 一番大きな数字の光点が中心、二番目と三番目に大きな数字を持つ光点がそのすぐ近くに。そしてガクッと数字が落ちる光点が同じ場所に複数。


 最後に、大きな三つの光点ほどではないが小さな光点より大きいものが、離れた場所に一つだった。


「……マナセンサーに反応あり。コボルトにしては大きなマナが洞窟の中に一つ残っている」

「何? あの煙矢で出てこないとは……特異個体か?」

「単に臭すぎて気絶しているだけかも知んねぇよ?」


 魔道士の女が腕に付けている機械の名称はマナセンサー。その名の通り、マナ、あるいは魔力と呼ばれる万物に宿るエネルギーを感知する装置である。

 これさえあれば、隠れている魔物を発見することは容易い。


「んじゃあ、俺ら生き残り狩っとくからよ、中の奴よろしく」

「おいおい。特異個体の可能性もあるんだぞ?」

「……三人全員で行くべき」


 軽い口調の弓矢の男の意見は却下され、三人は油断なく洞窟の中に入るべく足を進める。

 中に残っているのは、外の危険を唯一察知して迂闊に動かなかったコルトのみ。だが、その命運もここまでだろう。

 コルトはコボルトにとって希望となる天才児であったが、その戦闘力はコボルトの域を出ない。むしろ、肉体能力で言えば子供であるコルトの力は成体のコボルトより下なのだ。

 生まれ持った魔力量が他のコボルトよりも多少多いことなど、気休めにもならない。三人組の人間は、誰もがコルトよりも上の魔力を持っているのだから。


「く……クソッ!」


 コルトにできることは、洞窟から玉砕覚悟で飛び出すことだけだった。

 仲間の敵を討ちたい。仲間を助けたい。そんな思いが力に変わるような奇跡を信じて、手近な武器を、大きな石を削り出した鈍器を手に取って殴りかかるくらいしかできなかったのだ。


「子供か」

「ギャンッ!?」


 いくらコボルトの天才児とはいえ、確かな経験と技術を積んできた大盾の男の前には無力だった。

 その突撃はあっさりと防がれ、甲高い犬の鳴き声のような悲鳴と共に弾かれる。そして、その首に刃が添えられるのだった。


「さっきの反応ってこいつ?」

「……そう。この子供コボルト」

「子供なのに魔力が多いんか……将来的に危険な魔物に進化したのかもな」


 コルトが成長すれば、やがてコボルトの地位を大きく変えるような英雄になったかもしれない。

 コボルト達が夢見た未来を、人間達もまた想像する。しかし、その未来は人間にとって不都合なもの。故に、ここで狩りとる以外の選択肢など無い。


「ゴルド……ニゲ、ロ」

「あん? 何だ? このコボルトまだ動けるじゃねぇのよ?」

「……広範囲に展開される魔道は、どうしても威力が落ちる」

「まぁ取りこぼしがいるのは予定通りだ。動けるのは計算外だがな」


 自分たちの種族の希望であるコルトだけでも生き残らせたい。その思いが本来動かない身体を動かし、一匹のコボルトが電撃で焼け焦げた腕で人間達の足を掴んだ。

 焼け爛れた喉から発せられる濁った声で、必死に逃げろ逃げろとコルトへと願う。

 しかし奇跡はそこでお終い。必死に動いたコボルトの心臓に剣が振り下ろされ、あっさりとその命を絶ちきられる。

 倒れたままそれを見ていたコルトも、辛うじて生き残っている少数のコボルト達も、それを見て否が応でも理解させられる。


 自分たちは、ここで滅ぶしかないのだと。


「……タス、ケテクレ」

「あん? ……おいおい聞いたか?」

「さて、俺には何も聞こえないな」

「……私にも聞こえなかった」

「タノム、オレタチ、イイ。セメテ、コルトダケデモ――」

「雑魚魔物風情がウザいって」


 また一つ、命が失われる。

 人間達に慈悲などあるわけがない。魔物を殺すことは、彼らにとって国にも認められる正義の行いなのだから。


 だからこそ、コボルト達にできることはもう何もなかった。

 それこそ、いるはずもない魔物の神に祈るくらいしか。


(タノム、ダレデモ、イイ。ダレカ、タスケテクレ……!)


 生き残ったコボルト達の思いは、ただ一つ。個よりも群を優先する種族として当然の思想――より優れた同族を生き延びさせたいという複数の思いが、一つの祈りとなる。

 自分たちはどうなってもいいから、コルトだけは救ってくれと。


 その思いが、どこに届くなどとは想像もしないままで。


『――よかろう。契約はここに成立した』


 どこからともかく、そんな声が聞こえてきた。この世のあらゆる邪悪を含んだような、歪な声が。


『我が名において、貴様らの願いを叶えよう。代償として、貴様らの全てを頂く!』


 その発言と共に、倒れ伏したコボルト達が立ち上がった。いや、何かに引っ張られるように浮かび上がったのだ。

 その異常な光景を前に、思わず人間達はコルトの首に添えていた刃を引いて距離を取る。いったい、何が始まるのかと驚愕を顔に浮かべながら。


『長き封印より、貴様らを依り代としてここに我は蘇る。我が名を知り、我が名をその魂に刻め!』


 コボルト達の身体は宙を舞い、一カ所に集められる。その中心にはやがて黒い穴が空き、その中でコボルト達の身体を一つに融合させていくかのように圧縮していく。

 その光景の、何と悍ましいことか。先ほどまで平然とコボルト達を殺していた人間ですらも嫌悪感を露わにするような冒涜的な儀式の果てに、ついに黒い穴より一滴の雫が落ちてくる。

 全てのコボルトを融合させた、新たな生命体となるべく凝縮された魔が落ちてきたのだ。


 その魔を身体とし、宿らんと天から一つの光が落ちてくる。

 神々しさとも神聖さとも絶対に縁が無いと断言できるような、邪悪という概念を煮詰めたような黒い輝きが。


「――我が名は、ウル・オーマ。ここに契約は成立した」


 コボルトを生け贄に、召喚されし者の名はウル・オーマ。

 邪悪なオーラを纏ったその姿は、素材そのもの――つまりは、非常に弱々しいコボルトそのものなのであった。

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他力本願英雄
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[良い点] >人間達に慈悲などあるわけがない  生存競争の観点から見れば、間違ってないですからね。コルトから見れば残酷でも、害獣駆除を兼ねた狩猟ですし。 [気になる点] >マナと呼ばれる万物に宿るエネ…
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