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第193話「初心者も熟練も」

 エルメス教には五柱の神がいる。

 同じエルメス教徒と言っても、信仰する神によってその教義は少し違う。特に、鍛冶神アトラの信徒は神官であると同時に技術者としての顔を持つべしとされており、他の四柱信徒にはない信仰無関係の技術がある。


 そして、アトラ信徒にとっては鍛冶職人としての腕前がそのまま信仰心の深さという扱いになる。

 すなわち――七聖人ルーカスは、エルメス教国最高の鍛冶職人であるという意味である。


「聖具の作成ですか……エルメス教の聖人にしか造れないということですし、作成を見るのは初めてですね」

「そうか。別に見せないようにしているわけでもない。見たければ見るといい」


 普段はアラシャを邪険にするルーカスも、鍛冶仕事の時だけは例外のようであった。

 アトラ信徒にとっての鍛冶は宗教家が神に捧げる祈りに等しいもの。つまり鍛冶に興味を示されるのは説法を聞きたいと言われているようなものであり、これを否定することなど決してできないのである。


「ちなみに、聖具ってよく造られるので?」

「そうだな……これは俺にとっては日常に等しい。時間と材料さえあれば、常に何かを造ることを考えているな」


 アトラ信徒として祝福を受けた者は、常に創意工夫を重ね何かを造ることに人生を費やしている。

 それこそが彼らの祈りであり、修練なのだ。聖人の領域に達し、更に七聖人の位に至ったルーカスの頭の中など常にものづくりに満ちているのである。


「今も、ルーカス様お手製の聖具とか持っているんですか?」

「うん? それはもちろんだ。例えば、俺が持っている武器なんかは全て俺手製だな」

「それは素晴らしい。見事な槍ですね」


 ルーカスの作品として真っ先に目に付くのは、彼が背負ってる純白の槍だ。

 素材はアラシャの知識にないもののようであるが、それでも武器として一級品であることだけは疑いようがない。細やかに入れられた細工を見ても作成者の技量が見て取れ、仮にこれを武器屋に並べれば庶民の生涯賃金程度ではレンタルもできないような値がつくのではないかと思われるほどであった。


「その他には……最近造ったものだと、これがあるな」


 そう言って、ルーカスは胸元から下げている金属の板のようなものをアラシャに見せた。

 少し変わったデザインのネックレス、と言われれば納得できなくもないが、どちらかと言えば防具の類いと思った方が受け入れられる無骨な金属板だ。

 しかし、そこに込められた力は決して手抜きではない。デザインに拘る余裕がないほどの短時間の仕事でありつつも、性能には一切妥協していないことがアラシャの目にははっきり見えるのであった。


「これは悪魔の書を発見したときにその場で作成した、一種の封印聖具だ」

「封印ですか?」

「これを中心として、常に魔力を封じる小型の結界を張っている。邪悪な力は更なる邪悪を呼び寄せてしまうものだからな。悪魔の書本体にも俺一人でできる精一杯の別の封印を施しているが、これは僅かに漏れ出す気配を隠す封印というところだ」

「ほぉ……では、これを身につけている限り貴方が悪魔の書を持っていることに気がつかれることはないと」

「そういうことだ。おまけ的な効果として、俺自身の気配も隠しているがな」


 ルーカス製の金属板型封印聖具は、気配遮断効果を宿している。

 これを身につけている限り暗殺者顔負けの気配隠蔽を常に行なっているような常態になり、奇襲や盗みを働く時にはこれ以上ない力を発揮することだろう。

 善性の塊である七聖人だからこそ悪用などこれっぽっちも考えていないが、これが悪人の手に渡ればあらゆる犯罪に手を染めること間違いなしの危険物である。


「あー……それは素晴らしいことで」


 人を見るのが仕事の一つでもある吟遊詩人のアラシャは即座にその危険性を理解するが、触れない方がいいかと口を閉ざすことにした。

 それよりも、今大切なのはこれから造るなにか、であろう。


「それで……ここで造れるんですか? 聖具って」


 アラシャがそう言って見たのは、村の鍛冶場であった。

 とはいえ、本職の鍛冶職人が使うような本格的な設備があるわけではない。一応包丁やナイフといった生活用品の修理をするための簡素な炉くらいはあるが、所詮は素人が必要に迫られて最低限の仕事をするためのもの。本格的な職人仕事に応えられる性能はとても期待できないだろう。


 しかし、元々ルーカスは寒村の鍛冶場にそこまでのものは期待していないと強気に笑うのだった。


「俺はアトラ信徒。常に祈りを捧げる――つまり、鍛冶仕事を行えるように持ち運び用の道具を常に携帯している」

「あら、それは便利」


 そう言って、ルーカスは身に着けていた小型の道具をいくつか取り出していく。

 鍛冶用のハンマーを筆頭に、正直旅に持っていくには中々の高重量な品々を並べていくが、重量は聖人パワーで解決……というよりも、その体格から察することができる体力で何とかしているようであった。

 これもまた、信仰心を示す荒行の一つなのかもしれない。アラシャは残念ながら信仰心とは無縁の旅芸人なので、深く突っ込むのは面倒くさそうだと早々に諦め、ルーカスの仕事を黙って見守る。

 すると、何かに気が付いたアラシャはルーカスに問いかけるのだった。


「もしかして……これ、全部聖具ですか?」

「わかるか? やはりいい仕事はいい道具から始まるものだ。本来なら本国にある俺の工房が一番だが、こうして旅の最中で仕事にかかるときも極力手を抜くことは俺の誇りが許さん。そこで、携帯用の鍛冶道具一つ一つを聖具として作成し、可能な限り作業の質を高めているのだ」

「はあ……」


 基本的にむっつりとした表情で、旅の間アラシャの問いかけにも最小限しか語らなかったルーカス。

 しかし、自分の専門であり仕事であり趣味でもある鍛冶の話題になったとたん饒舌になっており、その落差に少しばかり引き気味のアラシャ。とはいえ、無視されるよりはずっといいと、ルーカスの仕事道具語りを真面目に聞くのだった。

 こんな小ネタも、物語を紡ぐ者としては意外と使える話なのである。


「とはいえ……素材は流石に妥協するほかないか……」

「まあ、こんな田舎の寒村に上質な鉱石の類いはないでしょうね」

「事前に村長代理殿から使わなくなった壊れた農具を幾つか譲り受けている。これを使うとしよう」

「そんなもの使えるんですか?」

「普通なら使えるとは言えん品質の鉄だが……それしかないのならばそれで何とかしてこそのプロだ」

「プロって……本職神官ですよね?」


 アラシャの小さい疑問はルーカスの耳には届かなかったようで、職人の目で素材となる鉄製の鍬や鋤を睨み付けている。

 正直なところ、まず農具としての性能も褒められたものではない。さほど腕のない職人が、低品質な素材で作った安物である上に、長年使い込んだせいで歪みと錆で酷いことになっているのだ。

 それでも何とかしてみせると、ルーカスは早速火事場の炉に火を入れるべく、持参してた鍛冶道具の一つを取り出すのだった。


「……発火の聖具ですか」

「そのとおりだ。我が神、アトラ神の象徴とも言える炎の聖具。鍛冶仕事を行うのに最も相応しい火炎を放出し、どこでも仕事ができるようになる」


 ある程度の密閉性はあるオンボロ炉に入れることで、鉄くらいならば簡単に溶かす熱量を放つ聖具を使用するルーカス。

 ただの燃料ではなく、聖具による炎なので温度調整も使い手であるルーカスの意志一つという非常に便利な道具である。


「まずは農具を解体し、金属部だけを取り外す」


 材料となる農具は金属製の刃と木製の柄で作られている。

 今回木製部分は不要なので、炉が温まるまでの閒に手際よく解体を進めていった。


「さて……では、始めるとするか」


 それから、ルーカスは一切の言葉を発しなかった。それに釣られるように、アラシャも無言を貫く。

 ルーカスから放たれる気迫が、喋ることを職業とするアラシャからすらも言葉を奪ったのだ。


(作り方自体はさほど複雑なものではない。その辺の量産品を作る方が難しいくらい。でも、それを感じさせない気迫か……)


 環境と素材の問題で、ルーカスにできることは限られている。

 しかし、その僅かな仕事量であっても一切手を抜かず、妥協を最小限に留めようと鬼気迫るものであった。

 そうして――


「ウム……あまり納得のいく出来ではないが、できる限りはやったつもりだ」


 一時間ほどハンマーが金属を叩く音が響いた後、幾つかの作品が完成していた。

 ジュー、という熱された金属が水で冷やされる音を最後に作業台に載せられたのは、シンプルな金属板。先ほどルーカスが見せた封印聖具にも近い印象を持つ飾り気のないものを複数作製したのであった。


「……シンプルですね」

「もっと凝った装飾を施してもよかったのだが、素材も時間もないのでな。元々外見に拘るべき仕事でもないが、その分効果には妥協なく造ったのだ」


 外見はただの金属板。本人的にはもっと凝った仕上げをしたかったようであるが、残念ながらそこまでの余裕はない。

 それよりも、注目すべきは金属板に刻まれた不可思議な文様であった。


(これが文字に起こした聖句……話には聞いていたけど、実物は初めてね)


 金属板に刻まれているのは、先ほど病人隔離室でルーカスが詠唱していた聖句、と呼ばれる古代言語である。

 当然ながら、それを読むことができるのはエルメス教の聖人クラスのみ。アラシャにそれを読み解く知識はないが、聖具の仕組みは知識として知っていたので何故ここにそれを刻むのかという意味は大体理解できている。


「聖具とは聖人の祈りである聖句を刻んだ物体のことであり、聖人本人がいなくとも奇跡を起こすことができる……という理解で合ってます?」

「それで概ね問題はない」

「ちなみに、そんな文様を私に見せてもいいんですか? 普通の聖具って、聖句を刻んだ部分は表に露出しないように造られていると聞きますが」

「別に問題はないな。文字の形とは言え、これはあくまでも祈りの所作だ。形さえ真似できれば誰が刻んでも効果を発揮するというわけではないのでな。普通の聖具が文字の露出を避けているのは、単に外的要因で文字が削れたり風化したりして壊れるのを防ぐためでしかないのだ」


 聖具は聖句を刻んだ物体であるが、ただ刻めば聖具ができるというわけではない。

 もしそうならば、少数ながらエルメス教国外に流れた聖具の研究を行っている各国がとっくにその作成方法を解析し、複製していることだろう。

 聖具とは、あくまでも聖句を唱え奇跡を起こすことができる聖人が刻んで初めてその効果を発揮することができるものなのである。つまり正確に文字を刻むことができる技術を持ったアトラ信徒の固有技能とも言えるものということだ。


(魔道具に似ている……なんて言ったら、また機嫌悪くなるかしらね?)


 アラシャはその在り方をみて、優秀な魔道士が魔道を物体に込める――魔化と呼ばれる技術に酷似しているという感想を持った。が、口に出せばまた『一緒にするな』と怒るだろうなと賢明にも沈黙を守るのであった。


「聖句の保護に関しては、廉価版で申し訳ないがこれで済ませよう」

「……木箱に入れるだけですか」

「用途は同じだ。本来ならこれをコーティングでもした上で文字を潰さないようにもう一枚金属を重ねて保護くらいはするのだが、素材の関係上断念させてもらう」


 作成した金属板を、事前に幾つか譲ってもらった村で使われていた粗末な木箱にしまうルーカス。性能的には問題ないのかもしれないが、ビジュアル的にそれでいいのかと見栄え重視の吟遊詩人(アラシャ)は些か不満である。

 詩にするにしても、聖人がもたらした聖具の見た目が薄汚い木箱では盛り上がりに欠けるだろう。この辺りは個人的判断で事実とは異なる脚色が必要だなと、何かいいイメージは無いかと考え始めるのであった。


「後はこれを病人の側に置いておけば、持続的に癒やしの力が発動する」

「では、これでこの村でできることはお終いですか?」

「そうだな……いや、製作者として一応正常に機能するか確かめておきたいところだ」

「聖人様の仕事に問題があるなんてあるんですか?」

「100%のつもりで造った物にも思わぬ欠陥がある。そんなことはよくあることであり、その心配は初心者も熟練も変わらないものだ」


 ルーカスは急ぐ旅ではあるが、せめて数日は経過を見守りたいという方針に決めたようであった。

 この辺りは職人として、アトラ信徒としてのプライドの問題であるらしく、アラシャ本人は別に急ぐ理由など何もないので特に反対もしない。

 こうして、七聖人と勝手に着いてくる吟遊詩人はしばしの閒サーバ村に留まることにしたのであった。

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