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第184話「閑話・魔王的公共事業前編」

「刑罰ですか?」


 一通りの戦後処理が終了――と言っても、まだまだ問題は多発しているが――した旧ル=コア王国、現魔王国ル=コア領にて、統治者代行を任されているルドルフが現王、ウル・オーマの発言に首を傾げた。


「現状は旧王国法をそのまま適用していますが、それを変えるということですか?」

「そうだ。現状の刑罰ははっきり言ってぬるすぎる。こんな様だから貴賤を問わず犯罪者だらけなんて国になるのだ」


 そう言って、ウルは目を落としていた資料をルドルフへと押し付けた。

 ルドルフは嫌な予感を感じながらも、渡された資料に目を走らせる。常人からすれば速読のペースであるが、そこは一流の為政者。ルドルフは一言一句漏らさず資料の内容を素早く把握し、その結果……


「ああ……戦後の一斉摘発の件ですか」


 そこに記されていたのが、ルドルフ自身も頭を悩ませていた問題であったことを理解するのだった。


「貴族や官僚で言えば、脱税や横領は序の口。ご禁制の品を扱う不正取引から権力を悪用した恐喝の類は数え切れず。殺人すら正当化する輩が珍しくない状況……。そして庶民は庶民で盗みに強奪詐欺に暴行といった犯罪は山ほど報告例があり、現在も摘発されていないものが複数あると思われる……いや、確かに酷いですな」


 ルドルフとしても、王都の治安の悪さを前にはついつい盲目になりたくなる酷さだ。

 犯罪組織の大本であるカラーファミリーを魔王が抑えたことで治安も良くなると思っていたのだが、マフィア抜きでも罪を犯すものが多すぎるのである。

 これは魔王軍の攻撃により国の土台そのものが不安定になっているものもちろん原因の一つであるが、それ以上に根本的な土台が腐っているのが大本だろう。


 秩序を守るべき貴族たちは法を守るという良識を持たず、それによって虐げられた庶民たちは法を守っていては生きていけない。ル=コア王国の輝かしき首都とは、つまりそういう世界だったのだ。


「これを手っ取り早く改善するには、苛烈な罰が一番手っ取り早い」

「しかし……あまり刑罰を重くすると、反感が高まりますが」

「それは今更だろう。文句があるならいつでも俺の首を取りにくればいい」


 苛烈な政策は民衆の非難を集める。政治の大原則であるが、そこを力で無視するのが魔王であった。

 何せ、玉座についた方法が方法だ。初めから民衆の理解だの人気だのは完全に無視する暴君であった。

 そんな態度を一切隠さない魔王を前に、ルドルフは何かを諦めて話を続けることにしたのであった。


「はぁ……。では、具体的には?」

「前々から準備はしていたのだがな。これより、死刑制度は撤廃。代わりに穴倉行きの罰を設定する」


 ルドルフはますます混乱を深めた。罰を大きくするというのに、最も重い刑罰である死刑を撤廃とはどういうことかと。

 とはいえ、ルドルフ自身死刑制度の撤廃自体は賛成寄りであった。というのも、確かに死んで償うほかないほどの罪というものはあるのかもしれないが、それ以上に『合法的な殺人の手段』として悪用されるケースが多すぎるのだ。

 権力者が適当な罪をでっち上げ、それにより死刑を執行させる。これ以上ないほど完璧な完全犯罪の温床と化しているのが現状なので、そこを潰すのはいいことだろう。


 その代わりに用意される『穴倉行き』というのがどういう意味なのか?

 立場上は聞くべきなのだが、善良な人間としては聞きたくないという第六感がルドルフに語り掛けてきてはいるのであった。


「穴倉は俺の食糧倉庫だ」

「え……」


 何の迷いも後ろめたさも感じさせずに言い切られたルドルフは、流石に顔をひきつらせた。

 確かに、ルドルフは魔王に従うことを選んだが、それも全ては旧ル=コア王国の民のため。流石に民を魔王の食料として提供しろと言われるのならば抵抗する立場である。

 しかし、そんな彼の心境を見通していたらしい魔王ウルは、安心しろと笑うのであった。


「言っただろう? 死刑を撤廃すると。穴倉行きにするのは本来死刑判決を受けた者に限定する。それならば問題はあるまい?」

「それは、まあ……」


 旧王国での処刑方法はギロチンである。それが魔王に食われるという方法に変わるだけならば――生理的嫌悪感さえ無視すれば――確かにさほど問題はないのかもしれない。死刑制度の悪用という問題の解決にはならないが、現状維持と変わらないのならば反対できる立場にもない。

 結局、仕方がないかとルドルフは魔王の命令に素直に従い、法の改正と魔王が提示する穴倉作成に必要な予算申請を承認した。

 まさか、穴倉の正体があんなものだとは想像もしないままに。


 そうして、一か月後、王都に作られた穴倉――別名、拷問洞窟は正式稼働することになった。


「えっと……え?」


 魔王肝いりの公的施設ということで、ルドルフもまた視察に訪れていた。今回はそのほかにも、暗い顔をしたコボルトの少年――コルトも同行している。

 しかし、そんなことはルドルフには関係がない。王都から少し離れた草原に僅かひと月という超突貫工事――魔王直属のアンデッドが主な工員だったので、昼夜問わずの連続稼働――で完成したそれは、一見するとただの倉庫である。

 中に入っても、殺風景な使われていない倉庫という印象しか受けないシンプルな作りだ。これだけだと、何の施設なのかも不明である。

 しかし、この建物の本命は地下にある。倉庫の床のど真ん中に設置されている地下への階段……それが正式な入口なのだ。


「……なんでこんな隠し通路みたいになってるんです?」

「いや、逃げ出すのを防ぐには地下に埋めるのが一番確実なのだ。それに、食料をためておく場所を隠すのは当然だろう?」

(……つまり、誰かが侵入、妨害を企てるかもしれないと思うくらいのことをやるということか)


 それが義憤なのか利害からかはともかく、少なくとも誰かに妨害されることをやるという認識はあるらしい。


「では行くとするか。あぁ、中はちゃんと換気しているから、呼吸は心配無用だ」

「わかりました……」


 既に、試験稼働として死刑判決を受けた囚人をいくらか魔王へ渡している。

 罪人たちはそれぞれが一切同情の余地のない罪を犯した――と言っても、王都中の生き残りのほとんどが殺人犯なのだが――身の上である以上、同情の余地はない。

 しかし、それでも同族として一目見れば同情したくなる何かが行われていること間違いなしの地獄への階段。

 地下通路への道を歩きながら、ルドルフは心に武装をしていくのであった……。


――第一層、労働地獄の間。


「……ここは?」

「ここは極一般的な労働施設だ。労役など至極当然のことだろう?」


 ルドルフが案内された地下一階には、様々な道具が並べられていた。

 それは想像していたような表に出せない危険物の類ではなく、ある種意外なほどに真っ当な作業道具であった。

 簡単な大工仕事を行うための工具、紙の製造を行うための設備、衣服の作成を行うための裁縫道具、地下に生息する植物を育てるための農具などなど、まさに真っ当な仕事をするための道具が並べられていたのだ。


「……刑務作業とは、なんと言いますか……」

「まともすぎて拍子抜けか?」

「いえ、そのようなことは」


 ルドルフの本心は魔王の言葉どおりであったが、文句があるはずもない。死刑囚相当の囚人にやらせるにはむしろ優しすぎるとか、そういう方面での文句が出そうなくらいには常識的な設備なのだから。


「まぁ見てのとおりだが、ここは囚人を労働力として使用するための階層だ。ここにいる限りは最低限の飯も食えるし、仕事もある。穴倉に入った瞬間無期懲役は確定だから、刑期を終えてシャバに出るなんて希望はないがな」


 簡単に言えば、第一階層は奴隷を労働させるための場所なのである。一度入れば一生自由を手にすることはほどんど不可能という絶望の世界であるが、それでも第一階層には人間らしい尊厳がある程度は保障されているのだ。


「元々ここに入るのは死刑囚。となれば、無期懲役刑による強制労働程度なら問題はないでしょうな」


 魔王の言葉に嘘がないか自分の眼であたりを観察した結果、ルドルフはそう結論した。

 しかし、そこでコルトが首を傾げるのであった。


「うーん……」

「おや、どうされましたかな?」


 コルトとルドルフの関係は、はっきりいえば限りなく関係性の薄い赤の他人である。

 戦時中は直接的に出会うこともなく、戦後はさっさと自分の研究施設へ戻ってしまったため、ほとんど初対面である。

 それでも、ルドルフは魔王軍幹部という情報を元に、一見ひ弱なコボルトにしか見えないコルトにも敬意を払っているのであった。


「いやね、ルドルフさん。僕の経験上……ウルが優しさを見せた時は、その裏にえぐい悪意を隠してあるのが大半だからさ」


 魔王との付き合いが最も長い魔物、コルトはしみじみと実感を込めた声でそう語った。


「ねえ? ウル」

「なんだ?」

「ここの労働内容が一般的なものであることは納得するとして……労働条件はどうなってるの?」


 コルトの経験上、魔王の命令には、内容か条件のどちらかに爆弾が潜んでいることが大半だ。

 そもそも命令の達成自体が物凄く難しかったり危険だったりするものか、やるだけならば簡単だが付属する条件が鬼畜であるか。魔王には部下に仕事を振る際、達成できるギリギリのギリギリを見計らったような、己の限界に常に挑ませるような要素を持たせたがる習性があるのだ。

 その経験から言って、真っ当で良識的な刑務作業となれば、必ず裏の条件が付いているとコルトは既に確信しているのであった。


「労役のスケジュールはそこに貼ってあるぞ」

「え? ああ……一日の作業スケジュールね――」


 にやりと笑うウルに嫌な予感を覚えながらも、コルトとルドルフはウルが指さした壁に貼ってある紙に目を向けた。

 そこには――


「……一日20時間労働だね」

「食事睡眠風呂全部合わせて4時間しか設けられていませんな」


 驚異のスーパーブラック労働であった。もちろん、休日など生涯0日。有休もなければ祝日、病欠や忌引などそんな制度はありません状態である。

 どれだけ従業員を金儲けの道具としか思っていない最低の経営者だとしても、もうちょっと慈悲の心があるだろう。

 食事と入浴をどれだけ手早く済ませたとしても、睡眠時間は確実に一日三時間程度。それでこんな過密な労働を行うなど、どれだけタフな人材を用意しても過労死まっしぐらに間違いない。

 それを見て、ルドルフはなるほどと理解した。確かに、これは死刑相当の刑罰であると。


「穴倉に落ちた以上、その後の人生で四時間も連続で眠れるわけがない。とはいえ、それでもここはまだ食えるし眠れるだけ幸せだがね」

「ここ以降が恐ろしい限りですな……」


 ルドルフからすれば、既に死刑より酷いと確信していた。

 何せ、ただ殺すのではなく骨の髄まで搾り取ろうとしているのだから。

 しかし、その発想はまだまだ魔王の底意地の悪さを侮っていると言わざるを得ない話である。


「いや待って。食事と風呂、それに寝床って……どんなの?」


 コルトが次に目を付けたのは、囚人に与えられた僅かな休息であった。

 この悪魔がただ安息を与えるとは思えない。休息という時間を設けたということは、当然そこにも心を追い込むような仕掛けがしてあるのだと臆病なコボルトにはわかっているのだ。


「ふむ……いや、食事に関しては次の階層を説明してからの方がいいな」

「え?」

「今は気にするなということだ」


 ニヤリと何か含みを持たせつつ、魔王はそこで一旦話を打ち切るのであった。


「さて、第一層はこんなものだ。罪人を相手にするには実に良心的だろう?」


 魔王基準における、優しさの塊のような第一層。

 それに対しノーコメントを貫く二人を無視して、魔王は次の階層――地下二階へと二人を案内するのであった。

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こっちは過去作になります
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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[一言] しばらくなろうから目を離してたうちに更新が再開してる・・・! 読まねば
[良い点] 単純な死刑よりもエグイ刑罰、流石は魔王様。 一番優しそうな階層でこれなら、下の階層がどうなるのか凄く楽しみです。 [一言] コミックス二巻、購入しました、面白かったです! >ウルが優しさ…
[良い点] 1日20時間労働…まあ死刑囚なので死ぬことに比べればまだマシですね。 ショートスリーパーの人なら生き残ることも出来ますしね!! [一言] 2巻発売おめでとうございます!
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